真田陣営の酒宴2

「ふん。諸侯の武官は見た。南部最強と聞いたカーネルもさほどでは無い。あの道具を使い鍛錬したあかつきにはレイブン殿にも負けはせぬ」


「馬上ならレイブン殿の上にメリア・スキト殿が居るぞ。兎に角、油断せぬようにという事だ。強者は何とかなってもフェニガ殿やセキメイ殿のような知恵者が敵に居ると酷い目にあうからな」


「いや、それ大軍師グレース・トークなら。の話だろ。小職らを一緒にされたら堪らんぜ。

 で、どんな話があるんだ? 文官の端くれとしては大軍師の食い方から真似してぇ」

 

「相変わらずだなフェニガ。しかし話せんよ。それこそ何を食べるかまで話すなと言われている。全く。ソウイチロウ殿。そちらの二人があの手この手で聞きまわっているのは拙者の耳まで届くほどだ。その内腐った兵糧が届けられるようになっても知らぬぞ」


「そんな、類まれな栄達を成し遂げたトークを敬して見習いたいだけですのに。

 大軍師を師と仰ぐ我ら二人の真心、ラスティル殿にはご理解くださいますよね?」


「……セキメイのその笑顔も変わらんな。大軍師は誰にも見習わせたくないとよ。

 今日持ち込んだ酒と肉も元を辿れば大軍師ゆえ、拙者は首根っこを掴まれているのだ。了見してくれ」


「はぁ。昔から妙に律儀な所がありましたけど。益々良い武官になられましたね。

 グレース・トーク殿いいなぁ羨ましいなぁ。幾ら智謀があっても従って動いてくれる素晴らしい武官が居ないと絵に描いた餅ですもの。

 何処かに武だけじゃなく知もあって、表面上は飄々としていても芯の所では律儀で信頼できるそんな武将が居ないでしょうか。勇猛な将なら皆嫌がる兵站の仕事をさせられても、不満を見せない見識があると尚いいですねぇ。これ以上ないほど厚遇しますのに……」


「セキメイは望みが多すぎるぜ。そんな芯の所まで知るには、何度か共に戦う必要もあるじゃねーか。……でも、居てくれると嬉しいなぁ。主君の寝所を守らせても大丈夫なほど律儀な槍使いが」


 あからさまな演技の言葉を並べながらこちらを見おって。そんなに拙者は引き抜けそうだと? まぁ一番はソウイチロウ殿の魅力への信頼であろうが。


「二人とも、ラスティルなら今すぐこちらへ来てくれはしないんだからそれくらいで。

 ただ……どう言ったら良いかな。うんと、男爵になって色々試して思ったんだ。俺がケイで一番民の生活を良く出来る諸侯だ。と。

 何処まで出来るかはまだ分からない。矢の一本で死ぬかもしれないしね。でも、一人でも多くの民が幸せになれるよう頑張るつもり。勿論勝って生き残るためでもあるけどさ。

 ラスティルは、ケイの名のある人の中でも特に民の事を考えらえる人だと俺は信じてる。

 だから、何時でも歓迎する。……フェニガなら、こういう時なんて言うんだっけ」


 相変わらず戦いに勝って領土を増やし、兵を多く持つ事を物のついでと言わんばかりに無欲な。そして闇夜の如く黒い瞳と同じくらい純粋で輝かんばかりの自信も変わらぬ。確かに魅力的な方だ。

 今の本当の我が主君も同じ黒い髪と瞳なのだがなぁ。あちらは煤けてるように感じる。何なのだろうなこの差は。

 いや? 富への無欲さは二人とも非常に似ているか。ふぅむ。かえって奇妙な。


「今の俸給より高い俸給を貰えそうだと感じたら。で良いから来てくれ。だな」


「そうそう。ラスティルなら『名が遺りそうなら』が良いかな? 俺たちが人が足らず危機に陥った時、颯爽とラスティルが来る。……凄い似合ってそうな感じがするね」


 ほぉ。危機を聞いた時には終わっている物だが、心惹かれる物はある。

 ―――正しくはトークが滅んだ時にも頼れ。との意であろうか。

 ……有難くはあるな。大軍師たちが何を考えているか知らぬが、ビビアナの隣である以上何時消し飛んでもおかしくはない。それは、ソウイチロウ殿も一緒の筈だが。

 ダイとリーアにこの文句伝えるべきか。

 ―――伝えられぬ。拙者個人への親愛の情故の話を伝えるのは、我が道に反する。


「そして功を成してそちら二人の上に立つ。快なる話と拙者も思う。

 ただその場合この二人の事だから苦しい時を共にしていなかった者が同格以上などあり得ぬ。と、不満を並べるぞ。宥めて頂けようかソウイチロウ殿、ユリア殿」


「じ、自分は! お二人が……そうと決めたのなら、ラスティル殿が上に立っても……」


「義姉貴ってそういうのよく言うよ。俺っちは嫌だぜ。だって次会う時には俺っちの方が強いはずだからな」


「……なぁソウイチロウ様。本当この二人に言ってくれよ。名が広まる長物振り回す仕事以外嫌がるんだからよぉ。冗談抜きにラスティルが来てくれたら小職はラスティルを二人の上に置くよう願うぜ。この二人が一番上になったら兵まで影響を受けて誰も兵糧運搬しなくなっちまいそうだ。なぁ、セキメイ?」


「そうですねぇ。お二人は文官を軽く見過ぎてて。いえ、頭を下げて欲しいとは言いませんが、食料と武具を意地悪で出し惜しみしてると勘違いなされてそうなのが。

 守る為の予備である武具と矢まで使って勝つよりは、撤退した方が良いと分かって頂ける方に武官の長を任じたいとは思います」


「言わせておけば! 戦場でそのような言い訳が敵に通用するものか。撤退すれば追い打ちをかけられる程度は理解した文官を自分も持ちたいわ!」


 そして売り言葉に買い言葉、と。何処でもこの手の争いは産まれるのだな。トークのように文官の権威が強く小声で愚痴程度しか言えぬのは例外か。

 何にしても拙者を教育の当て馬として都合よく使うのは止めて欲しいものだ。後で文句は言っておかなければ。


 それにしてもリディア、ダン。共に全く名を聞かん。全てグレースの名だ。

 これ程の名声を奪われて何とも感じないのであろうか? この乱世は数多の物を手に入れ正史に名を遺す機会であろうに。

 無欲な者でも名を遺せるだけの何かを成したいとは考える。庶民の出であるダンならば貴族への嫉妬や憧れを持っていよう。立身出世に必須な名声をグレースに奪われるのは耐え難い屈辱のはず。

 ……この場に居ない者について幾ら考えても仕方ないか。機会を得られれば聞くとして……飲もう。満足に飲めぬ明日からの分も飲まなければ。



 ……げふぅっ。と、いかぬ無様だ。流石に飲みすぎた。他所の陣地で寝るのはよろしく無かろうと帰ってきたが……少し危なかったな。良い女でなければ馬から落ちていよう。

 静かな夜だ。見張りの者以外皆寝ている。……おや?

 寝たいだけ寝るのが強い体の秘訣。と口癖のように言っている者の天幕に灯りが。

 あー……つまり……これは……。酒が回っている頭でも、分かった。


******


 ……眠れない。お肌に悪い。はぁ~情けねぇ。かと言って必要でもなければ蝋燭の明かりで読書も目に悪いから御免だ。……蝋燭も勿体ないな。血税で買われた物、本当に血が流れて買われた物を浪費している。でもなぁ。今頃真田とよろしくやってるのかなと思うと。

 流石に酒の勢いがあってもそれは無かろうと思うが。そういう気配の奴では無かったし。てか今日一日剣振り回して夜に酒飲んで更に。は体力的に人間じゃ無理でしょ。スヤスヤよ。

 ……まぁ、別にイタしてても良いんですが。嫉妬とかは本当に無い、と思う。

 あいつどうも元は学生の小僧だと思うんだよな。それが戦国乱世で出世し、今日も馬に乗って剣を合わせ矢を避け、斬り捨て御免。まぁハイスペックです事。この世情じゃ人としての基礎値評価は最高で当然。何か背負ってない限り、アレに惚れない女性は早々居ないだろう。当然の理屈に文句付けるほど子供ではもう無い。はず。

 でもなぁ。アレに味方されちゃうとなぁ。しかしラスティルさんは実に明るいお方で、つまり向こう側。はぁ……。


「もし、失礼してもいいかなダイ」


 え、この声、噂もしてないのに影が天幕に映ってる。


「どうぞ」


 ―――今返って来たのなら散々飲んでるだろうに。顔は少し赤くても足取りは確かだし結構きちんとした姿。流石良い女。……暇乞いの挨拶だったりは、まさかね。


「お帰りなさいラスティルさん。楽しい宴でしたか? と、もう寝る時間ですね。一応お送りしましょうか。それか何か御用でも?」


「うむ、その、用。というか。……こんな時間まで起きてるのは、拙者がソウイチロウ殿の所へ行きそうに感じたから。に思えたのでな。自意識過剰であったのならそう言ってくれ」


 何とも真っすぐ仰いますねぇ。


「お恥ずかしながら明察です。今日戦場から戻る真田家の皆様を見ましたが、当主ご自身も血に塗れていました。その中でも皆が明るいご表情で。少なくとも私では比べるのも愚かな方。ですから……心配しているようです。あちらからのご招待もあって当然に思えますし」


「お前も明察だ。勧誘は受けた。配慮に満ちた物を」


 くぅぁ。そりゃそうだよな。隣村の人間とも直接会って話すのは難しい。他所の領地に居る人間ともなればこんな機会は決して逃せない。

 私ならそうする。真田だってそうする。


「ラスティルさんならさぞ魅力的な話しだったのでしょう。お話しとはその事ですか?」


「……あのなダイ。向こうとしては今を輝くカルマ・トークの配下と考えているのだ。幾ら何でも今すぐ来いとなる訳は無かろう。……いや、一度トークに帰ってから。というのはあるかもしれぬが。

 何にしても断ったよ。今後も何があろうと話を受ける気は無い。……ただ、宴でどんな会話があったかは言えぬ。拙者への好意ゆえに、何か秘密を聞いていた場合それを外へ出したくない。……罰は、将来の功績で返させて欲しい」


 真田の秘密の話。聞きたい。しかしこれは仕方ない。いや、そうじゃなくて、

「黙っていれば良い事を態々言って頂いて罰もありませんが……断ったの、ですか」


「意外そうなのも、心の底から心配されてしまってたのも我が身の不徳、なのだろうな。お前かリーアが親しまぬ方が良いと考えるのなら今後は付き合いを薄くしよう。不快な思いをさせて申し訳御座いませぬ我がご主君」


 ―――。誠意が、目に見える。初めて会った時、まだ少女と言っていい歳の頃からこの人はこうだったな。あの時、何とかして恩を返したいと思った。しかし今の私はもう……。


「感謝すべきか、謝るべきか。あちらの方が馬は合うでしょうに。それに彼らは大きくなるつもりです。共に苦難を越えていくのは、さぞ充実した時間のはず。それを」


「ご主君の元でも伸び伸びと生きられているではないか。何より王都を一早く見、その後の戦いでケイ全土で噂になるような戦いに参加し、勝ち功を評された。

 拙者には何がどうなって勝てたのかも良く分からぬが、縁と成長をくれたのは貴方だ。或いは、我が命を救ってくれたのも。

 ……? 泣いて、いるのか? そうまで不安にさせてたのなら……本当に申し訳ない。ほら、来てくれ。拙者は此処に居るだろう? 何処にも行きはしない」


 あの時と違い皮鎧が無い。温かく、強く柔らかい筋肉を感じる。あの時と同じように抱きしめ慰めてくれる。本当に変わらない人だ。

 しかし、この涙は……。恥知らずな罪悪感で。

 ラスティルさんは、絶対に私の意志と覚悟を誤解している。今の彼女は。サポナを始めとした諸侯。それに真田と戦い誰かを殺す覚悟をしていても、最後はどちらかの臣従で未来は繋がるという甘い希望さえ心の何処かにあるだろう。

 

 私は既に真田以外には勝っている。後は歴史の選択。そして真田が私の手を潜り抜けられるかだけ。

 遥か昔に私はラスティルさんの敵。何時か、知るだろう。気の合う仲間との立身出世を諦め、義理を尽くした相手が裏切り者という言葉でも足りない相手だと。


「抱きしめておいて、なんだが。……酒臭く無いか?」


「……ふっ、ふふ。気になりませんでした。素晴らしい女性とこのように親しくなれて、匂いを感じないくらい舞い上がっていたようです。流石ですねラスティルさん」


「おぉ。口が上手い。うむ。安心出来たであろ? これほど良い女が臣下になる男なのだお主は。自信を持て」


「……そうですね。貴方に出会いそして親しくなれたのは、自信を持つのに十分な話です」


 あの時、これ以上ない程混乱していた時。このお嬢さんに助けられなければどうなっていただろうか。或いは、何も問題無かったかもしれない。しかし……やはり大きな恩だ。

 既に裏切っている。彼女が気づくとしても、本当にどうしようもなくなってから。当然筆舌に尽くし難い恨みと怒りを抱くはず。

 それでも命だけは。邪魔にならない場合だけだとしても、手の届く限りは……。

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