真田陣営の酒宴1
***
サナダ殿たちとの酒宴は何年ぶりであろう。
やはり賑やかだ。皆明るいざっくばらんな人柄で長年の友とさえ感じる。
毎月あるトークでの酒宴だとアイラは口が上手い性質では無いし、ダンとリディアは話すにしても老人のように静か。年頃は同じのはずなのだが。
「本当に久しぶりだねラスティル。また会えて嬉しいよ。トークでの生活は大丈夫だった? 特にトーク閣下はどう。親切にしてくれる?」
うむ? 心から心配してくれている?
カルマ殿とは面識が無かろうに。例の悪評の所為か?
「してくれるぞ。カルマ様は下々に目を向け、侯爵同然となったにも関わらず謙虚。苦労性な所もあり中々魅力あるお人柄だと言えよう」
おや? 今度は悩みはじめてしまった。噂が所詮噂なのは常識であろうに。
「トーク閣下が謙虚で苦労性……。やっぱり
聞かぬ名で考え出すのも久しぶり。尋ねても『あやふやな話だから』と返されるであろうがトークと言われては、
「トウ……タク? リョフ? チュウタツ? 名か? 異国の響きがするが……とんと聞かぬ。カルマ様に似ているのか?」
「あ、いや、こっちの話。所でラスティルが下に穿いてるの、物を入れる袋が付いてるね。俺たち以外は北方の獣人が近い服を着てるくらいでケイだと凄く珍しいはず。トーク家では普通なの?」
「ああ、これはサナダ殿の真似だぞ。様子を探って便利そうだったのは真似て作らせた。農具が特に素晴らしかったな。民も喜んでいた。流石サナダ殿だ」
「お、俺が頭を捻った物を盗んだってのにそんな笑顔で。使用料くれても良いんじゃない?」
「言葉をグレース殿に伝えよう。が、くれないと思う。恨むのであれば盗めないようにしていなかった自分にして、勉強になったとお考えになるがよろしかろ」
「くっ……特許の無い時代はこれだから……。農民が使う道具なんて秘密にしようがないじゃんか……なぁセキメイ、酷いと思わない?」
「はい……でも、その、間諜を入れてどんなことをしてるか探るのは当然ですし、ソウイチロウ様の物ほど傑出していれば真似されます……。ただ遠方の男爵へ目を向けたグレース殿は気になりますね。どれ程広い目を持っているのでしょうか」
「あ、すまん。それは拙者がサナダ殿を褒めたからだ。調べた結果を聞いて皆驚き感心していたぞ。拙者も友が褒められて非常に鼻が高かった」
「……グレース殿も含めて? 彼女にとっても目新しい物だったと?」
「サナダ殿が作ったのはケイ全土を探しても無き物。当然では?」
「そうなのか……」
考え込むような話であろうか?
まぁ、一人全く表情を変えない者も居たが……あれは計算に入れてはなるまい。
「ま、流石のグレース・トークもソウイチロウ様の知恵には負けるってこったろ。何といっても異世界の知識だ。こんな表現を思いつくのもソウイチロウ様だけだぜ」
「いや、そうなんだけどさ……はぁ。仕方ないか。で、負けるで思い出したんだけどラスティル凄く強くなったね。前は俺たち三人と大体一緒だったのに、負け越すとはねぇ。馬上はもうはっきりと一枚上だし。レイブン殿が良い師範だったのかな?」
ほぉ。あえて話題に出さなかったというのに。ああ……残り二人が可哀想なまでに悔し気な様子を見せている。
―――まずい、顔がにやけてしまいそうだ。確実に主君の影響だなこれは。
拙者のような良い女にまで小人の楽しみを染みつかせる。うむ。誠恐ろしい主君である。
……クフッ。
「うん? え、二人とも負けたの? 以前はロクサーネと互角でアシュレイともそんなに差が無かったよね? 二人とも腕を上げてアシュレイは絶対に勝つと言ってたのに」
「ま、負けたと言っても……偶た……くっ……。大した差ではありません! 次は勝ちます。ユリア様、どうかご信頼ください」
「い、いや、信頼してるよ? でも凄いねラスティル。二人ともずっと鍛錬してたの。そんなに強くなってるのなら、少し無理してあたしも参加すれば良かった」
「俺っちも今なら勝てると思ったんだけどなぁ。残念だったぜ。しかし乗馬は上手くなり過ぎだろ。あ~うちにもレイブン殿みたいな達人が居たらなぁ。まぁ、子供の頃から馬なんて早々乗れる訳ねーから仕方ないけどさぁ」
「拙者としてはアシュレイ殿の成長に驚いたぞ。簡単な挑発に乗らないのは当然、落ち着きが増していた」
「……それで成長したって言われてもよぉ。まぁ、散々ソウイチロウ様と、セキメイに説教されたんだ。今日の戦でもめっちゃ怒られたんだぜ? あ、それよりもラスティル、強くなった鍛錬方を教えてくれよ」
それは勿論、拙者とレイブン殿二人同時でやっと勝ち目が出る化け物と散々鍛錬してるからなのだが。
言ってはいかんのだよな。
「先日の二領主が一番だが、他にも戦をしてきたしな。死線を潜り抜けた数の差が一番ではないか? 加えてレイブン殿やガーレ殿と言った猛者たちと鍛錬出来てもいる。新しい人物と鍛錬出来た分多くの経験を得られたのだろう。
馬術に関してはお察しの通り。トークは辺境中でも特に獣人との交流がある所為か、兵に至るまで大したもの。そしてレイブン殿は中でも特別だ。三人とも教えを受けては?」
師匠としては真の一番であるアイラよりもレイブン殿の方が遥かに良い。
何を聞いても、
『友達になるまで乗ればいい、と思う。そうしたら考えた通り動いてくれるから』
ではな。
「ふん。確かに組手では後れを取ったが、今日自分は馬上で特別な功を立てた。武人にとって馬術よりも大事な事はある」
馬術に引き目を感じていてもこう言える意地の強さは確かに大事ではある。
しかし、
「ああ、実はレイブン殿から伝言を預かっているのだ。『戦いの最中に無用な事を考えるから無様を晒す。馬が言うことを聞いてくれなければ死んでいたぞ』と。
拙者も敵将を叩くだけで十分な働きなのに、加えて兵を笑わせようとするは求めすぎなように思う」
「っっっ! ぐ、愚弄するか!」
「愚弄と言うがレイブン殿と拙者は実に良い人物だと思うのだがなぁ。ほれ、ソウイチロウ殿たちの意見を聞いてみよ。皆が謝れと言うなら言葉通りにしようとも」
「うっ。…………くぅうぅ」
「うん、まぁ……そうだね。一応ロクサーネはあの後、フェニガから説教されてるんだよ?
そもそも発案とロクサーネに任せたのはユリア。策を練ったのはセキメイ。許可したのは俺。だからその三人に責任がある訳で、想像以上の結果を出してくれたロクサーネへは純粋に感謝を言いたいんだけど……」
普通言えぬだろう。又アレをするのではないかとの心配が先に来て。
……こちらの知恵袋殿なら『望むなら死なせてより強力に釣る』と言いそうだが。
「よく『愚弄するか』なんて言えるよなぁ。コルノの乱で戦った農民兵とケイ最強であるビビアナの兵を同じように見たんだろアレ。信じられねぇよ。あの急いで馬首を返そうとしたとき、俺っちは心臓が凍ったように感じたぜ。あの時、義姉貴の馬術で馬が素直に応えてくれた事こそ奇跡じゃねぇの? なぁソウイチロウ様。次からは俺っちに任せようぜ。きっちりやり遂げて見せるからさ」
「アシュレイも大差ねぇよ。アグラを倒した後更に突っ込んで袋叩きにされそうだ。なんだその顔。突っ込まないって自信を持って言えねーだろ? これは小職ら軍師だけじゃなく、ソウイチロウ様とユリア様の意見でもあるからな?」
アシュレイは不快そうだが、フェニガの言う通りであろうな。幾らか落ち着いても血が滾る戦場ではまだ信用出来ない感触がある。
「―――決めた。このような屈辱、二度も受けたくない。特に馬術で劣ると言われるは武官として余りに恥ずかしい。ソウイチロウ様。あの道具を使わせてください」
「うぇっ!? 本当かよ義姉貴。あれこそ馬鹿にされるぜ。良いのか?」
「良い。前から思ってはいたのだ。ソウイチロウ様が作っただけあって良い道具と。……少しでも、強くなる為に……手段を選ばぬ!」
拳を握りしめ、泣きそうな顔。大げさ……とは余り感じぬな。拙者もアレは嫌だ。よくもまぁこの意地っ張りが。
「え~と。そんなに嫌がられても……。というかさ、もう言っておくけど。あれ、うちで馬に乗る人は必須にするからね。それこそ命令で」
「うぇええ!? 嫌だぜ俺っちは格好悪すぎ。下手したら絵に描かれてばら撒かれちまうよアレ!」
「駄目。……罰としてアシュレイには明日から使わせようかな」
おお。蛮勇では人後に落ちぬ者が怯え切った兵のような顔色に。しかし明日からは。言うべきであろう……む、フェニガが言うか。なら任せよう。
「あ~ソウイチロウ様。今は止めてくれ。小職も何時かはと思ってたが、やはり評判とか色々で断念してたんだ。落ち着いて兵一人一人を見られるようになるまで待とうぜ」
「あ、そうなんだ。分かった」
「ちょ、ちょぉ!? なんで俺っちが嫌がったら罰なのにフェニガの野郎が言ったら即なんだよ!?」
「日頃全体を見てくれてるからよ。なのに『野郎』なんて。村に居た頃もう少し厳しくすべきだったわね……御免なさいねフェニガ。あたしの教育が悪いの」
「で、ロクサーネ。馬具を使ってくれるのは嬉しいのだけど……敵の目前で無駄な挑発をしたのは本当反省してくれ。セキメイとフェニガがせっかく良策を出してくれても、余計に危険な真似をされたら危なっかしくて使えなくなっちゃうだろ?」
「……うぅ。はい。あるまじき油断でした。あの時は、どうかしていたのです。アグラを馬から叩き落して自分こそ天下一だと。それで、つい……」
「拙者もあれだけの業を成せばそう感じるだろうなぁ。しかし古来より使い古された油断大敵の言葉を我々は何時でも心すべきであろう。どれ程鍛えても中々必勝とはいかぬし、隠れた強者が居るかも知れんぞ」
何せどう考えても天下最強の者が本当に全力で隠されておる。
戦場ではカルマ殿と同じ装いをし、功を賞す場ではその他としてしか名を出さぬ。
グレース殿が考えたとの話なれど……真実は尋ねたら否定した男からであろうな。
隠してどうするつもりなのだろうか。戦場で名も無き指揮官と思わせてぶつけるだけでも畜生の所業だが。……あの二人なら畜生と言われて大喜びしかねんな。
或いは……単なる趣味か。二人とも隠れなければ眠れぬ病の気を感じる。
庶人と貴族の全く違う訳わからぬ主従なのに、変に似ている二人だ。あれも蓼食う虫も好き好きの一種になるのか?
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