　新しく得た領土も安定し、村を襲撃する獣人の対処も草原族の手伝いで上々。

　乱世が始まる前へ戻ったかのように平和な日々。素晴らしいわ。

　この日々を楽しみたいけど今こそ将来を見て一番の不安を、ダンたちへの対処を積み重ねなくちゃね。

　リディア、ラスティル、アイラは非常に有能で有難い人材。でも今のままだと有能な獅子身中の虫になる危険を常に意識しなきゃならない。

　……本当なんであの誰もが欲しがる人材たちが、下級官吏の配下になってるのかしら。男女の仲ならまだ納得できるけど、そんな感じも無いし。

　その下級官吏も有能なのか凡庸なのか。能力があったとしてもやる気は確実に無いから凡夫と言える。ただ、偶に得体のしれない感じが……。

　そして能力よりも欲望、望みが見えないのが本当に問題。名誉、権力、富、女。全部面倒くさいと言うのに、領地の行動へは口を出すもんだから。どう動くか分からない奴に飛び切り有能な三人の配下なんて暴れ馬の隣で寝るようなものじゃない。

　事態を変えるにはやはりアイラね。元は姉さんの配下だったし、残り二人と違って嘘を吐いてるかが直ぐわかるもの。彼女をこちらへ戻せれば幾らかは安心出来る。

　あの野ろ……ダンの居ない今こそが機会よ。今日のアイラ、フィオ、ガーレを呼んだ酒宴で必ずや切っ掛けを！

***

「アイラ殿～♪　お酒をどうぞ。こちらの肴も中々っスよ～♪」

「有難うフィオ、貰う。この炒め物も美味しいよ食べるなら取ろうか？」

「はい♪　頂くっス……うーん、流石アイラ殿のお勧め、美味しいっス。酒宴を開いて下さったカルマ様には感謝っス」

　この子たちほんっとに幸せそう。あたしも時にはこれくらい能天気になりたいわ。

「本日あるのは皆のお陰だ。好きなだけ食べ、飲んでくれ」

「はっ。頂きますカルマ様」

「ガーレ、今宵は無礼講だ。何か不満があれば言うてもよいぞ」

「特に御座いません。十分重用して頂いております。欲を言えばそろそろ戦いが欲しいですな。今年は獣人どもの襲来さえ辺境に置いた草原族の奴らが追い払ってしまい殆ど我が戦棍を振るえませなんだ。……ま、近いうちにあるのだろうグレース？」

「……あるわ。準備も始めてるところ。ただ、ランドで今行われてる戦いの結果次第では無くなるかも」

「む？　隣のチエン領を取るのだろう？　ビビアナと戦う準備をしなければ。船戦では嫌がらせしか出来ぬが、地上戦なら多少の不利も覆してみせようぞ」

「ビビアナ相手に多少の不利で済む訳無いじゃない。全く。そのビビアナが勝つか負けるかまだ分からないのよ。……色々迷ってるの。今連合軍に参加してる三人を待って万全の態勢で攻めるべきか、とかね」

　一番の迷いはビビアナと同盟を組むかどうか。あちらから拒否される事を考えたら、せめて感触を確かめられるまではビビアナの防壁であるチエンは除けない。

「……俺一人でも、と言いたいが、チエンは山賊崩れなだけあって山を砦にした本拠地があると聞く。少々厳しかろうな」

「無茶な戦いは今の所予定に無いから安心して。ほら、注いであげるわ」

　ビビアナが同盟を受け入れるのなら、危険な河渡りを短期間にするため対岸であるトークの領地へ渡らせるが上策。当然撤退にはチエンの領地を通らないといけない。あたしたちは有難く後ろをついて行けば楽に橋頭保を確保出来るでしょう。

　ビビアナとしても苦しい撤退戦で傷病兵、補給、道案内の援助は無上のはず。

　一番苦しい時に最も欲しい助けを与えたのはカルマ・トーク。最も信頼できる唯一の盟友もカルマ・トーク。……と、なるはずなのだけど。

　全て人目の付かない場所での事になるよう努力したいわね。

　同盟の成否は知られるのが遅ければ遅いほど有利だもの。

　あれ？　あたし昔からこんな狡（こす）く考えてたかしら。やだ。ダンの影響？　　

　困るわ。節約は大事だけどあいつ本当に貧乏くさいんだもの。

「くっ。グレース、今ダンの事を考えていただろ？　嫌そうな顔をしていた。そうまで嫌いか？　俺は中々面白い奴だと思うがなぁ」

「……嫌いとは言わないけど。貴方みたいに単純に考えられないのよ」

「統治する者として臣下の意識無き者が傍に居る厄介さは俺にも少しは分かる。しかし問題にするならリディアでは無いか？　実際はあちらが主君かもしれん。

　しかしそれも平地に乱を起こす懸念に思えるぞ。俺も最初は派閥争いやらで面倒になるのかと気にしたものだが、此処に居る者以外は皆リディアを忠臣と見ているようだ。それくらい大人しいのだろう？」

「そうね。幾つか要所要所に自分の意の通る者を置いたりしたけど、それも仕事を果たすのと用心の最低限。ただ貴方だって少しは感じてるでしょうけど、アレは人物が違うの。しかも信じられない速度で成長している。……今だってどちらが教えてるのだかというくらいだけど、十年。いえ、下手したら五年後には歯が立たなくなってるかも。

　この乱世、誰だって頼りになる人物の下につきたいでしょう。何時の間にかトークの領主がリディア・バルカ同然になっててもおかしくない。一緒に働いているとそう感じるくらいなのよ」

「……分からんでもない。ふん。そして俺とレイブンだけでは剣に物を言わせるのも難しいか。俺としても楽しい話では無いな。俺が忠誠を誓ったのはカルマ様だ。せっかく乱世で武官として名を建てた以上、最後まで一人の主君に忠誠を尽くした男として名を遺したい」

「……有難い話ね。貴方、同じように家でも話てるの？　姉さんが奥方に嫉妬されたら少し嫌よ？」

「それは知らん。俺は好きなようにする。文句があるなら出て行けば良い。

　いや、で、だ。不安は分かるが、リディアにそういった乗っ取ってやろうという気配は……今は無いが……そうだな。何時かやろうと決めた時には反抗する手が無くなってそうだなあの者は。それにダンの奴も……分からぬ奴ではある。

　成程。俺なら成るようにしか成らぬで終わるが。お前ならそうは行かんな」

「成るようにしか。が正解かも。とはあたしだって思うけどね」

「は～～、アイラ殿とこうやって酒を酌み交わす幸せ……何時までもこんな時が続けばいいっス……」

「うん。そうだね……」

　こ、この子たち。普通の声で話してたのに全く聞いて無かったわね。

「うう、あいつが帰ってこなければ、ずっとアイラ殿と一緒に過ごせるっスのに……」

「フィオ、ダンの配下にならない？　そうすればもっと一緒に居られるよ」

「嫌っス。我が主はカルマ様だけっス。大体あいつがアイラ殿ほどの武人の主君なんて身の程知らずっス！　あいつはアイラ殿の優しさに付け込み過ぎっスぅ～」

　あー、アイラの胸に抱きついて頭を振ってる。

　フィオもそろそろ二十なのに……酒が入ってる所為か甘え方が酷いわね。

　しかし、

「アイラまで彼の配下になれと言うなんてね。何処にそんな魅力があるのか分からないわ。その勧誘はダンの命令かしら？」

「ダンとリディアは良い人だよ。……味方だったら。命令はされてない。僕が全員でダンの配下になるべきだと思ってるんだ。僕たちは皆ダンが居たからこそこうやって生きてられる。それに……うんと……。リディア、そう、リディアの方針に皆で従えば、僕たちは強くなるもの」

　……それだと、リディアの配下じゃないのかしら。

「つまり、あたしと姉さんに従ったら弱くなるって言うの？」

「うん。そう」

　欠片の躊躇も見せずに。流石アイラだわ……。

　ああ、姉さんが落ち込んでる。

「領主となってより共に働いてきた者からこうまで言われるとは情けない……。仕方ないのだろうな。実際今の方針はリディアの物なのだから……」

「ち、違うわ姉さん！　主君に必要なのは献策を判断する能力でしょ。高祖陛下も自分に能力は無いけども、数多の賢臣を使ってこのケイ帝国をお創りになられた。己を主君と認めない者の策でさえ公平に判断出来た姉さんは素晴らしいわ。悪いのはあたし。主君の威を脅かすような策よりも良策を提示できなかったあたしなの」

「どっちが悪いかよりも、……うんと、リディアの考えがずっと一番なだけと思う。……カルマたちと、リディアの話を両方聞いた僕には分かる。リディアの方が乱世では勝ってる。だから、皆でダンの配下になった方が僕たちは強い」

　それは認めるけど。辺境で国境を警備していた領主と、中央で数多の貴族と何代にも続く親交があった由緒正しい官僚貴族じゃ人脈と情報量が違い過ぎるけど！　ビビアナと直接の親交があったとか意味わからないわよ！　あたしたちが大宰相だった時の親交は最悪に違い事務的な物だけだった。だから、判断で勝てる訳も無いけど！

　でも代替わりするだけで領地は混乱するのに誰かの下へつけなんてよくも軽々しく……ッ、いえ、怒っては駄目。アイラが深く考えず話すのは何時もの事。

「リディアがどれほどでもこの土地の領主はカルマ・トーク。姉さんが居るからこそ才を発揮できるの。土台を無視して道理を無視した無茶をしてるのはダンよ」

「道理なんて殺し合いでは何の役にも立たない。……その道理に従わせたくてオレステに勝った後招いてくれた酒宴の一週間前、夜中に刺客を送り込んだの？」

　やはりあれはアイラが防いだのね。

「それは初めて聞いたわ。刺客なんて物騒な者がレスターに入り込んでいたのだったら次は教えてちょうだい」

「な、なんですと！？　グレース殿、アイラ殿に害を加えようとしたっスか？　絶対に許さないっス！」

「違うよフィオ。来たのは食い詰めたよそ者の盗賊三人だけ。そんなのを僕に送る訳ない。狙いはダンでバレても今みたいに言えるようにだろうね。多分僕がダンを守るか試したんだと思う」

　正解。

　加えて兵を持っていない彼がどう反応するか見たかったし、ついでにこっちへ来て貰って二人きりで話し合いをし、因果を含められれば尚良い。

　駄目でもダンへ報告するだろうから示威行動くらいにはなると思ったのだけど。

　何の反応も無かったのよね……。

「三人も来たの？　それは大変。ダンの事だからさぞ怖がってたでしょう？」

　あら？

　アイラ、凄く変な……見た覚えが無いような表情……困ってるのかしら？　何を？

「……すっごく大変だったんだよ？　何とか家の中へ入られる前に気付けたから、音が出ないよう素手で殺して。それでも物音がしてダンが起きて来たから誤魔化さないといけなかった。死体を街の外に埋めるのも三人は大変だったし。グレース、二度としないでね。次はもう助けない」

　隠していたのか……。それは確かに大変だったでしょう。

　どうして其処までして隠したのかしら？

「グレース、本当にそのような事をしたのか？　ワシは聞いていないが」

「あたしは知らないわ姉さん。ダンの事だから誰かから恨みを買ったんでしょ」

「うううぅう、アイラ殿、あんな男の為に其処までする必要は無いっスのにぃ。あいつは交渉していた草原族皆からさえ軽く、はっきりと言えば馬鹿にされてる程度の男っスよ？　良禽（りょうきん）は木を択ぶと申します。忠誠は正しい人間に捧げて下さいませ」

「……皆？　フィオ、どうして皆だって分かるの？」

「勿論尋ねたからっス。文官、街の警備をしてる奴ら、他にも。昔少しの間だけ此処には来てない一部の者に文字を教えたらしくて、それは感謝されていました。だけど、乗馬や弓の練習でそれはもう無様を晒したと聞いたっス。遊牧生活のあいつらっスから同じ氏族でも直接会ったのは少数なのに『ケイ人の中には此処まで乗馬の下手な者が居る』そうオウラン氏族の隅から隅まで知れ渡ったのだとか。加えて生活の仕事が何一つまともに出来ない奴と、ほら、以前うちで今も働いてるキリという娘が話していた通りの笑い者だったっスよ」