連合軍戦場見学1

 林を背に天幕を張って囲むように虫よけを焚く。後は椅子と長机を置けば……うむ。見える。かなり遠いが大きな旗くらいは私にもはっきりと。そして其処で向かい合う十万に届きそうな人々が。

 いやー、壮観っすわ。近すぎれば敵味方の斥候と鉢合わせの可能性があるし。此処が限界点でしょう。


「リーアさん。大変素晴らしい観戦場所を見つけてくださり有難うございます」


「恐悦。実は向こうの総指揮官が堪え性の無いアグラと聞きましたゆえ、テリカの挑発に乗って誘い出され詰まらぬ戦いにならないか心配で御座いましたが。

 このように見応えのある潰しあいとなり安堵しております」


 血の川が出来そうでメチャラッキー。とは言いおる。……こう感じるのは人命尊重主義が残ってるからだな。頑張らないと。実際残り二人は平静な顔で頷いてる。……あ、先に茶の用意を頑張らないと不味い。此処には皆様の世話をするという口実で来てるのに。


「テリカ殿には同情するがな。砦が背にあれば怪我した兵を直ぐ運び込めるし、包囲される恐れも無い。ただでさえ単一の軍相手に連合軍で挑む不利があるというのに。

 マリオ閣下の令を届けた時、一瞬上に持ち上げたのは叩きつけたかったのだろう。

 何処でもそうだが上の命令で下は苦労させられる」


 うん。あの時は一緒について行って良かった。外の人の前だからとブチキレを必至に抑える武人系お嬢さんは目の保養でした。しかしレイブン。マリオ閣下贔屓を抜いてもその意見には賛成しかねる……おいいいぃ。火つかねぇぞ。焚き木微妙にしけってねぇかこれ。


「一理無いとは言いませんが、あちらが動く可能性は酷く低いと私にも分かりましたし。これだけの軍の兵糧殆どを用意しているマリオ閣下としては、さっさと終わらせないと堪らないでしょう。毎日金貨何枚飛んでるんですかねコレ。私なら卒倒します」


「そうは言うがご主君。……いや、良いでは無いか誰も居ないの……ダイ、この陣形を見ろ。向こうのしたい力押しにずっと付き合うのだぞ。あちらはどう見ても精鋭であるし、負けても責めれん程だこれは。

 と、始まるのか。……お互い何を言うのかと楽しみにしていたのだが」


 言葉合戦か。これだけ真正面からぶつかるのなら、確かに。兵に心構えをさせるだけでも有益だしね。


「あちらの総大将アグラは口より先に手が出る人物にて。向こうが決して砦から出なかった点を見ても、砦にいるはずのホウデから喋って失言せぬよう言いつけられておりましょう。

 テリカは……全軍の前に出て名を売りたかったに違いありませぬが、マリオと同格であるかのようにふるまった。等と誹られるのを恐れましたかな。

 所でダイ。茶はまだで御座いましょうか?」


 ひぃん。今やっと火がついた所なのにぃ。


******


 兵がぶつかり一時。前線を巡り様子を見定めたリンハクがテリカの元に戻った。


「テリカ様、多くの戦線が押されてやがりました。すぐさま崩れはしないでしょうが、頼れませんね。ジャコ、メント、カーネルへ慎重に動けと伝えてあります。もう少し上の人望があれば違うんですがねぇ」


 周囲に聞こえないようしているのは分かるが、それでも口を引きつらせて、

「本当止めて。もし誰かに聞こえてたら自業自得で突き出すから。……やっぱり皆に苦労させるのね。最右翼に置いたサナダはどう? アタシとしては一番心配なのよ」


「それが最も良いんすよ。攻める気は無さそうですが、サナダ自ら陣頭に立ち兵を鼓舞してますし、配下の部隊長は稀に見る勇将のようで」


「はー……義勇兵もどきを指揮してやるじゃない。ならばもっと頑張ってもらおうかしら。リンハク、貴方に右翼を任せる。サナダに負担をかけて凌いで。左翼は改めてカーネルに。中央はアタシが何とかする。……やはり勝つのは無理そうかしら?」


「うわぁ。引き分けるにもテリカ様の類まれな将器に頼るしかないのに。負けず嫌いは勘弁してくださいよ」


「類まれな将器、ね。引き分けでは人がそんな物を認めてくれるとは思えないのだけど」


 不遜なリンハクも難戦の前にテリカを励ましたく思うが、良い言葉は思いつかなかった。

 実際この場に居なければテリカがどれだけ不利な兵を持たされてるか理解しにくく、引き分けを高く評価はしないだろうと思う。


「確かに。しかしこの状況で引き分ければこの場に居る者はテリカ様の手腕を認めるっしょ。一歩一歩行くしかないっすよ。遠くの者も分かる者には分かると信じて」

 更に声を潜め、

「……もしもマリオから離れる時、縁を持ちたいのは英明な者っしょ。とりあえずは分かる者からの評価を得られれば十分す。それに余りに勝ち過ぎてマリオの嫉妬を買っても面倒だ。今はこの程度で満足すべきです」


「……確かに。下らない愚痴を言ったわ。リンハクに改めて命じる。兵の命を最優先し、温存に努めよ」


「はっ! 承知いたしました! うんで一つお願いが。決して矢の届く距離に出ないでくれやがりません?」


「駄目。アタシを狙えばその分兵と将が助かる。第一やっと届く程度の矢で死ぬようじゃニイテ家の長としては不十分じゃないの」


「ねぇです。長の一番の仕事は生き残る事。成人前の妹君を泣かす気すか? 出来れば全軍の後ろまで首に縄付けてひっぱりたいんす」


「でも嫌。下がる訳無いと分かってるでしょうに。偶に真面目ねリンハク」


「誰だって真面目になるっしょ何ですかその傷だらけの体は。一個一個が俺っちらの恥ですよ。グローサの奴が貴方様を甘やかしまくった結果がソレじゃないっすか。今日傷が増えたらその日数分禁酒させるんで。よろしく」


「……グローサをそんな風に言うの貴方くらいのものよね。まぁ貴方には感謝してるけど。見つけてくれた妹のビイナにも。そして今グローサは居ない。頼りにしてるから」


「あれと比べられたら堪らんすけどね。精々頑張りますよ」


 そう言ってリンハクは適当極まる口調と似ても似つかぬ謹厳な礼をする。


******


 昼飯はまぁまぁで御座いました。乾燥肉は汁物にするのが一番だ。眼下の人たちは隙を見て硬いまま必死に齧ってんじゃないかな。後方で行われている竹水筒に水を入れる作業も大変そう。

 はぁ、温かいお茶が優雅ざんす。さて、茶飲み話でもしますか。


「午前中いっぱいあちらこちらが崩れたのに、直ぐ建て直せたのはテリカの指揮が良いのでしょうか?」


「何故疑問形なのだ……。皆がテリカの手腕に驚嘆してるというのに。拙者は恥ずかしい」


 それは御免なさい。戦場の事を全然分かってなくて私も恥ずかしく思います。

 鉄砲や変な射程の弓みたいな明らかに他と違う装備が無いか探すのに必死こいてた。という言い訳もあるが。

 結局見つかったのは六文銭の下に『真田総一郎』と漢字で書かれた真田の旗くらいで心から一安心。……適当に当て字していた奴の漢字が想定通りだったのには驚いたけど。

 今まで一度も鐙を見て無いし、違う文化で儲けてる的な話も真田以外で聞いた事が無い。

 今後とも世の噂は聞き続けるが私と真田以外にズレてる奴は居ないとしましょう。

 それはそれとして……、

「しかしあの下半身しか守ってない台の上で態々矢の標的になってるのがテリカですよね? あそこに立ち続けて生きてるのは偉大ですが、流石に全体の指揮は無理でしょう。配下の方々が頑張ってるのではありませんか?」


「優秀な配下を正しい場所に配置するのも総指揮官の手腕で御座いましょう? 何よりテリカがあのように矢を受けているからこそ、マリオから借りた兵にイルヘルミが置いて行った兵まで士気高く戦えるというもの。

 わたくしは狂気の沙汰と申しますれど、功績で言えば傑出していましょう」


「テリカ殿は非常に攻めるのが好きなご気性。このような凡戦の潰しあいはさぞ鬱屈が溜まろう。それもあって兵の分まで矢を受けているのではないかな」


 その考えは生き急いでる系でも狂ってます。特に家長としては。


「攻めるのが好き。一緒に鍛錬をしてそう感じたんですか?」


「うむ。始めて見たと言えるくらい攻めっ気が強い。フォウティ閣下も最前線で戦う気性もあって虎と呼ばれたらしいが、まさしく虎の子だな。

 船を使った戦の方が得意と聞いて今日の戦いを心配していたのだが。いやはや若いのに立派なものだ。我らなら同数まではまず勝てる。しかし水上戦をすれば目も当てられまいな」


「えぇ。素晴らしい手腕と褒めておいて結局は自分たちの方が強いと言っちゃうんです?」


「そ、それは……事実なのだから。仕方が無かろう」


「あ~ダイ。あちこち見て回った拙者が断言しよう。

 トークは同数ならケイ最強に近いぞ。元より辺境は強い。その上先日の二領主の戦いで残った者はまさしく精鋭でアイラが隠れてもいる。我ら二人にアイラが加わった騎兵の突撃は恐らくどこの領主だろうと脅威を見誤り痛撃を与えられると思う。

 勿論今後兵が増えれば質は落ちるし、そもそも同数が平野で同じ条件で戦っての強い弱いなど酒飲み話にしかならぬが」


 へぇ。アイラを隠した甲斐があるようで結構。トークが強いのも喜ばしいね。

 ただテリカ・ニイテは……。陸上戦は良い。しかし水上戦が得意。その上リーアが言っていた彼女たちの望む領地はでっけぇ長江の向こう側。

 良くないな。リーアはニイテ家が独立と自由を求めてそうとも言っていた。水上戦が得意で有能な独立勢力が長江の向こうに産まれたら……非常に良くない。

 と言っても遠すぎて……。その上頼みのオウランさんたちは南方へ近づくのも厳しい。仕事で来たトークの者相手に『トークでは獣人と一緒に住んでると聞いたけどマジ? あいつら誰一人名前も書けない蛮族なんだろ。恥ずかしくねーの?』的な煽りをしてくる調子コキぞうが兵として居るような領地だもの。

 うん。どう考えても無理。忘れよう。

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