真田陣営を偵察2

「実際羨ましいよ。これだけ名を上げればどれほどの人材がトーク家へ仕官しに行くか。小職でも知ってそうなお人でも結構居るんじゃないの?」


 と言って新しい人材の名前出せと目で語るとは。こやつめスッポン尋問しおる。

 しかぁし間違ってるぞ。聞く相手を。ケイの人材なんぞ使いようが無いので記憶する気が無い。


「それが以前広まったトーク閣下の悪評がまだ残っているのか、特に誰か。という話は聞いておりません。一官吏の身では身の回り以上の話は中々」


 人員自体は新しく領地得てさぞ欲しかろうけど。人員移動で私さえ少し忙しくなるくらいは大変だった。帰ったら暇になってると嬉しい。グレース、期待してます。

 ……さ、て。うん。そろそろ我慢が辛い。それにパンピー官吏としても尋ねない方が不自然だろう。そうに決まった。


「あの、リヨウ様。ぶしつけとは存じますが、その服装と手にお持ちの物は……軍配、で御座いますか? フェニガ様も珍しい服装をなさられていますが、リヨウ様は更に雰囲気が違うように感じまして……」


 白を基調とした長衣としても長いのを帯で締め、頭に四角い筒の如き帽子を被り、

「あ、これですか? どうです? 美麗だと思いません?」


 ―――。その決めポーズまで見たことがある。手にある『羽で作られた扇』をビジィと。

 誰が作ったかは分かりきっている。それでも突っ込まずにはおられない。

 しかしこのスケ。突然顔がニヤ崩れやがった。一方でフェニガの顔が酷い('A`)に。

 ……嫌な感じがする。


「はい。……大変お似合いで」


「そうでしょう♪ 軍配を羽で作るとこのように優美とはみどもも驚きました。

 特異な服は全てソウイチロウ様が考えた物ですが、この衣服と羽扇は特にみども用として作って下さったんですよ♪ こう、手ずから渡しながら『セキメイ、君にこれを受け取って欲しい。俺が知る史上最高の軍師が着ていた服と道具だ。君にその人と同じ、いやそれ以上の人物となって俺を助けてほしいんだ。君ならきっとこの願い、叶えてくれると信じてるよ』って……そう、あの美しいお顔よりも更に美しく燃える瞳で真っすぐ見て仰って……」


 羽扇を見ながら惚気るやつを始めて見た。……危なかったな。黒子ファッションでなければ私の顔がフェニガと同じ('A`)となってるのを見られていたはずだ。下手したら殺意も。

 ん、ん、んー。モテない男がモテ男自慢された時の感覚は時代と文化を貫通するのだな。


 なぁあああにが美しく燃える、だ! クソヲタクと行動一緒じゃねーか!

 腐り真田ぁああああ! 自分の軍師に孔明コスプレさせるのがそんんなに嬉しいか! イケメンのお陰で許されてやがるのかこれ! 殺す!


「めんどくせぇ……セキメイ、ソウイチロウ様風に言うとウゼェぞ」

「はい……」


「なっ!? よ、他所の方までそのように……」


 あっ。内心と全く同じ言葉につい同意を。

 ……仕方あるまい。魂から出た感想ともなれば。……む、フェニガの目がある意味熱い。

 そして手を。伸ばしてくれるか……。

 男には、不倶戴天の敵とも手を握らなければならない時がある。


「そうか……分かってれるんだなあんた。セキメイのコレ小職は三十五回目なんだぜ?」


「私も男ですから。三十五回。……自分の骨が響いたように感じました」


「何ですか二人とも! 尋ねたのはそちらでしょうに、みどもが悪いみたいな!」


「いや、惚気は誰も尋ねてねぇよ」

「まさしく」


「それだけで男二人で組んで弱い女一人を虐めるなんて、非難を受けますよ? あ、あの? こちらを見ないのは非礼だと思いません?」


 思わん。弱い奴は死ね。強くても土にかえすけど。

 しかし目の前の男も土にしなければならんのか。目を見るだけで同士だと分かるのに。


「真田閣下は、非常に美しい方と聞いております。側近として近くに居なければならないフェニガ様の哀しみと苦労。お察しいたします」


 何人でも妻を持てる文化で美形野郎の配下は辛すぎる。彼の若さでは私のように悟れまいし。あ、もしかしたら羽扇がウゼェ女も好きだったのに真田へ……。勝手な想像だが泣ける。


「哀しみ。あんた……本当に分かってんだな。いや、ソウイチロウ様に文句は無いんだ。最高の君主なんだぜ。あの手押し車やこの服を考え出す素晴らしい知識に加え、将を纏められる帥の器を持っている。なぁセキメイ」


 それ考え出したんじゃなくて思い出しただけですぅ。単なるパクり野郎だから! 他所の人相手に自分の頭を貶せないのも分かるがなんと不快な。同士、上げて落とすの速いね。

 ケッ。希少な同士が真田のパクりで忠実な臣下になってやがる。あいつの名が売れれば売れるほどこうなるんだろうなぁ。収入が倍に増えたらそらね。なるよね。ヤダヤダ。……私もオウランさん相手に全く同じ事をしてるが。同族嫌悪だなこれは。


「はいっ♪ まず臣下の意見を公平に、わだかまり無く聞ける方なんです。もう信じられないくらい誰に対しても分け隔てなく。

 此処の兵たちの様子が他より明るいと思われませんか?」


 否定はあり得ないとの確信が目に見える。『マリオ閣下が食べ物をくださるお陰ですね』と言ってやりてええええ! しかし、言えない。他所で上にそんな上等コク奴はいない。

 ち、ちくしょぅ……。


「思います。聞いたところでは皆自分から集まった兵なのだとか。信じられない話ですが」


 くわっ! 満面の笑み! 自慢顔! 真田を自慢する顔! 猖獗しょうけつ極める雑兵の便所より見たく無いわ!


「いえいえ。家で厄介者となってしまっていた方々はいっぱいいますから。ソウチイロウ様のご出世ぶりを知ればこれくらいは。

 それに副領主にして正妻であるユリア・ケイ様も素晴らしい方で。こちらも稀に見る人の上に立つ器をお持ちなんです。

 お二人が兵と民を慰撫なさるからこそ、皆戦地でも明るく先を信じられるのです。

 普通でしたらこの世に太陽が二つ並び続けた試しは無く、お互いに嫉妬と危機感を覚えるでしょう。でもお二人にそんな様子は欠片も見えず。ソウイチロウ様は本当に素晴らしいご領主なんですよ♪」


 自慢どころじゃ……全力で恋してる美少女が。真田に。同郷らしき男に。

 あいつ本当同郷なの? 戦乱の世に放り出されて領主へ出世し妻に愛人だと?

 あの時代にそんな素養を持ったやつが居たとは信じられん。私とは比べるべくもない。なんかもう、嫉妬とかを越えて尊敬してしまいそう。


「又惚気てやがる。しかし本当でもあるぜ。ソウイチロウ様ほど配下にとって良い領主はケイ中を探しても居ねぇよ。小職だって心底より忠誠を誓ってる」


 確信の籠った目。クソったれが。だろうな、とは思っていたがスケコマシ真田はオスコマシでもあった訳だ。内紛の可能性を期待してたが無理だ。諦めよう。

 撤退するか。これ以上居てもイライラするだけになりそうだもの。


「成程。若くしてご出世するだけの方なのですね。お話し、有難うございました。

 私は仕事に戻るとします。今後とも我らトークをよろしくお願いします」


「お、そうだな。仕事中時間を取って済まなかった。こちらこそよろしく頼むぜ」


 はぁ……。たいっっっへん。不快。極まる! 時間でも益はあったな。

 配下の真田評はとても知りたかった。武器関連がまだ普通の範囲なのも良い情報。

 真田が他所を調べてるのも含めて、教えて良い内容はリーアへ伝えておこう。


「おぅい。あんたもう少し時間をくれよ」


 おん? フェニガ君だけか。まだ何か用なの。


「はい。何でしょうかフェニガ様」


「単刀直入に言うぜ。将来あんたが困ったら、あるいは小職たちがトークよりも大きくなったらでいい。こっちに仕官しないか? あんたとは気が合いそうだ。最低でも中級官吏、あんた次第ではもっと重用するよ」


 なんと。引き抜きとな。死んでも断るのは当然として。えーと、えーと。


「それは……思いもよらない光栄な。……無礼を承知でお尋ねしますと、皆様がトーク家より大きくなるとは大言壮語に聞こえます。自信がおありなのですか?」


「当然の疑問だな。だがあるよ。小職たちは大きくなる。ま、あんたは結果だけを気にしててくれればいいのさ。それで来てもいいと思ったら来てくれ。あんたの声は忘れねぇ。このフェニガ記憶力には自信がある」


 まぁ農業と運搬で真田は既に改革している。フェニガの自信も当然だ。しかしビビアナはどうする気だろう? トークと挟んでぶっ殺す気ならザマァ出来るのだが。


「私のような一官吏に勿体ないお言葉、心より感謝いたします。どうして其処まで買って頂けるのでしょうか?」


「言ったように気が合いそうだからさ。あんた……耳、長いんだろ?」


 !? この黒子服なら見えてないはずだ。


「何故そのようなお考えを?」


「小職のように耳が短い官吏は戦場に赴く事が滅多にないから普通鍛えねぇ。でもあんたはさっき手を握ってくれた時ソコソコ鍛えてるのが分かった。それだけだよ」


 うぅわ。もう二度と下手な相手と握手しねぇ。


「……なんともご賢明で。御見それいたしました。しかし、私の耳が長いとしてそれが何か?」


「……へぇ。まだしらばっくれるのかよ。……ま、何かはあるぜ。ほら、小生の耳は短いだろ? 耳が長い奴は例え地位が低くても必ず侮蔑が出るもんだ。あんたみたいに全く無い人間は他にはサナダ様くらいだぜ。そんなあんたを親しく感じて仕事をしたいと思った。

 加えて言えば仕事ぶりだな。中心なのか一番下なのか良く分かんねーが、十分仕事の出来る動きをしてた。声聞くまでもっと年上と思ってたよ。なのに下っ端の仕事をしてるから出世欲は無いのかもしれねぇけど……上司選びは大事だろ? 小職は配慮するぜ。あんたが好きなようにな。今も聞かれてもない事まで教えてる。誠意は分かって欲しいね」


 ―――背中が冷たい。濡れてしまった。

 あっぶねぇ。掠ってやがる。価値観の近さを感じられてしまうとは。

 動揺は、……良し。去った。この程度で彼が覆面男の正体にたどり着く道は無い。


「真田閣下を例えにして頂けるとは身に余る光栄です。お言葉、決して忘れません。

 困る事があれば頼らせて頂きます。フェニガ・インザ様」


「ああ。忘れないでくれよ。じゃあな。この戦の間兵糧の補給、しっかりと頼んだ」


「はっ。お任せくださいませ」


 満足そうな笑顔。そして背中が遠く。次の仕事があるのだろう。……残念。そう、心から残念だフェニガ・インザ。私もお前を親しく感じた。

 下級官吏の恰好をした私へ、卑屈に見えるような態度を取る奴はケイだと珍しい。手段を選ばない人は実に好ましい。男だし会った中で一番相性が良い人物かも、な。

 真田に忠義を抱いているなら、私とは結局交わらない人間だったのだろうけど。


 だからさようならフェニガ。会う事は二度とない。

 頼ってこいと言ってくれて、共に働きたいと言ってくれて、嬉しかった。

 お前たちの命もビビアナとトークの同盟が成り立つまで。短い間だが真田と勝利を味わい夢を語り、楽しく生きられる事を願おう。

 ……苦しまずに殺せるようにも、ね。

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