真田陣営を偵察1

 だぁ~。この仕事ここ数か月でいっちゃん不快。どぉおして私が真田に兵糧を送らなければならんのだ! どいつも笑顔で受け取りおって! 奢られ大好きとは恥を知れ恥を。

 しかぁし。禍福は糾える縄の如し。お陰で真田陣営の中を肩で風切って歩ける訳よ。さてまずは兵の様子を……あ、リバーシだ楽しそう。

 ちぇ。危急の寄せ集めにしては統制が取れてて兵の顔も明るいな。まーじで希望者だらけかこれ。真田と共に行けばデッカクなれる。的な希望を抱いての。

 大正解。正解者には漏れなく死をくれやるべく頑張るから真田の下で待ってろよ。


 んー、種々の装備は普通、の範囲? 信長の長槍でもあるかと思ったが……装備を作りきれず妥協したかな。一部だけに渡せば内紛の種になったりするからねぇ。

 すれ違う馬乗ってる奴らの馬具は……他所と一緒? なんでだ。こいつらの騎兵は百も居ない。私なら何が何でも鐙を作る。まさか、真田が知らないなんて……ゲッ。

 一輪車を使ってやがる。私の知ってるような見た目の! 孔明が作ったかパクったかと色々話はあるが、これ絶対それより使い易い。少なくとも他の陣営には無い。

 おのれ真田……。私が倉庫で荷物運ぶたびに作りたいと誘惑に駆られる道具をあっさり使いおってぇ! この怒りも忘れまいぞ!


「なぁあんた。手押し車がそんなに面白いかい?」


 んだこら。ちょい舐めた声で。お前もあれだぞ私の敵……は? 日本人が居る。

 耳が短い。どう見ても普通の顔と言われるこっそり美形な若者佐藤君。

 しかし服はナウぃ。なら真田に近い奴? ……とりあえず合わせとこ。


「はい。手押し車、ですか。初めて拝見します。便利そうな道具ですね」


「あんた見る目あるぜ。実際便利なんだアレ。特別に詳しく見させてやろうか? 上司に作って持って行けよ。きっと功績になる。で、代わりと言っちゃなんだがあんたトーク家の人だろ? ちょいと話そう」


 おほぉ? 見られたらもう同じ物作られると諦めたにしても、この道具売り渡すとは激しい見切りを。全員に同じ声かけしたら黒字を取れるか?

 幹部以外は大した情報を持たないはずだが……一応トークの方針を示すか。


「いえ、結構です。真田陣営が恩を売りつけて尋問している。と、レイブン様に報せた方が無難ですので。兵糧を出して下さってるマリオ閣下まで伝わるかもしれませんが……ああ、我々は兵糧と武具の無駄遣いや雑な管理が無いか厳に確かめるよう命をうけておりまして。あそこの武具、外に出してありますがまさか雨ざらしであったり? 錆びてないか拝見しても?」


 慎重な下級官吏ならこんなもんでしょう。マリオ閣下の威舐めんじゃねーです。


「……まぁ、待とうぜ。まだ何も聞いちゃいない。尋問なんて捏造になっちまうよ? 聞きたいのもトークでの世間話さ。錆びは……今日の夕方には無くなってるって。良い武具だぜありゃ。マリオ閣下に伏して感謝してんだよ……あ、酒飲む?」


 ほぅ。瓢箪酒に小袋から器も。準備出来てる兄ちゃんだ。それに卑屈な気配を出して下手に出るとは珍しい。顔が地味系なのもあり少しばかり好意が。……やりおる。


「仕事中に飲んでは叱られますので。よろしければお名前を頂戴できますでしょうか? 真田家の方、ですよね?」


「あ、すまん。名乗るのが遅れた。小職の名はフェニガ・インザ。サナダ家における雑務全般を管理している」


 !!!

 フェニガ! 真田がホウとうだと見込んだ知恵袋その二か!

 ……あの馬鹿あっちの評判で散々冴えない見た目と決めつけられてたホウ統と、こいつの普通フェイスを結びつけて見込んだんじゃないだろうな。

 何にせよこれは真田の側近について知る好機。ただし自分の役を忘れないように。

 私は現場監督の下級官吏黒子その一。真田の敵じゃない―――よし。

 なら、まずは片膝をつくものだろう。


「インザ……様? あ、真田閣下ご側近の? これは失礼を。お許しください」


「なんだ、名前知られてるのか。側近と言っても男爵の側近だからな。畏まられるほどではないだろ。家名で呼ぶのも止めてくれ。家名を背負って良い身分じゃねーんだ。……とは言え一官吏ではない。当然レイブン殿へ何か言うのであれば、君にとっても面倒となろうよ」


 おほぅ。そういう事言う。なら忠実な黒子としては、

「承知しました。お言葉通りお伝えします」


「あ、てめ。他所の所属だってなぁ、今は同じ軍なんだ融通利かせるべきだろ。誰でも知ってる話くらいは聞かせろよ。そもそもご側近なんて言って自分の方が立場上だと思ってるだろ。分かんだぜそーいうの。

 正解だよ。小職は下級官吏のあんたにさえ強く出られねぇ。可哀想だろ? 今こそ親切にすべき時だぜ。な? ……その覆面外せねーの? てかこっちが名乗ったのに名前は?」


「他所の陣地で外せば罰を受けます。名乗りも。それと真田家の方はご自分たちが可哀想とお考えである事、加えて親切を求められている事もレイブン様に」「だッ!? て! 止めろ! 分かった。小職が悪かったから。……躾けられてんなぁ。やっぱり大軍師が怖いか」


 どんなに少しでも探る気、かな? 姑息に細かく。同族の感じがしますねぇ。

 ん~忠義の臣下ならここを離れるかも。しかし仕事相手のお偉いさんなのだから。と、縮こまって遠慮する方が小物であれば普通か?

 ただ……釘をささないと普通じゃなかろうなぁ。


「我々が今最も恐れるのはマリオ閣下です。真田閣下の買ったご不興がこちらまで及ばないよう気を付けよ。と言いつけられております。なのでフェニガ様のお言葉はレイブン様に伝わるとお考え下さい。お届けできる兵糧が減らない為の配慮は、真田家の方へお願いするしかありません。それでよろしければお尋ねください」


 真田家の不都合こそ我が喜び。釘なんか刺さずやらかして欲しいのにぃ。

 ま、こんな分かりきった話してもしなくても一緒……おやまぁ、なのに少し怯える表情になって。心底からとはとても思えないし付き合いの良い事で。


「お、脅かすなよ。ソウイチロウ様ご自身も失敗したと落ち込んでたし皆分かってっから。

 じゃあ……『オレステとウバルト相手に誰がどんな活躍をした』つー事なら領地の酒場で話題になってるし良いだろ? トークには勇猛で優れた将に凄い人が多い。グレース殿なんて若くして伝説だ」


 勝手に話して良い事にしてきますね君。やはり姑息。ついでにお国自慢的なプライドをくすぐるとは。小悪党な感じ好きよ。

 ま、かるぅくならトークの皆様について話すのは良い。はず。彼らの光が増せば乱反射して私という影も薄くなろうさ。

 更には大軍師グレース・トークが私の隠れ蓑になってくれると嬉しい。グレースは虚名を喜ぶ性質にはあまり見えないから、プリプリするかもしれないけど。


「その程度であれば。どんなと申しますとまずは計画立案から全体の指揮まで行われたグレース様。フィオ・ウダイという若い貴族の方も官僚として良く働いたと。

 武官ではラスティル・ドレイク様とガーレ様が一騎討ちまで行い勝たれたと称されていました。特にガーレ様は重要な働きで第一功に。

 しかし一番の話題はやはりトーク閣下ご自身で弓を持ち一隊を率いて戦われた事でしょう。全体を鼓舞し、勝利を決定づけたと兵の皆様が口々に話されていました」


 実際トークの民の話題はこんなもんだな。知られたくないオウランさん関連も、目の前をうろつき町の外に出れば天幕まである以上話されはするがカルマの英雄譚ほどじゃない。

 加えてここに来てる面子へは特別に口止めしてある。他所へオウランさんたちの事が伝わるなら草原の奴らに対価を払って援軍を雇った。くらいのはず。これならケイで辺境の領主が窮地に陥るとままある話。真田さえ私が困るほどの考えには辿り着くまい。

 

「へぇ。トーク閣下自ら出たのか。やはり厳しい戦いだったんだな。と、何のようだよ?」


「仕事をみどもに押し付けておいてよくそんな事が言えますねフェニガ」


 知ってる女の声……え? ―――やべぇ服装してやがる。

 い、いや。今は気にするな。セキメイ。真田のもう一人の参謀。……う~む。何がどうなろうと自分の事がバレないと分かりきってても、相手を探る職業の人物に挟まれるのは不安を感じる。でも人物を知る良い機会だ。心を平たく注意深く。気を付けていけ。


「おいおいこちらの方の服をよく見ろよ。トーク家の兵糧担当官吏様だぜ? 我らの生命線を握るこの人と親しくなるのは命綱を太くするのと一緒。つまり小職はサナダ軍に大きく貢献してるんだよ。……うん、うめぇ酒だ。毒見も済んだ。官吏様やっぱり飲まない?」


「はぁ~。他所の方の前では今少し振る舞いを気を付けるよう言ってますのに。

 貴方すみませんね。この駄目官吏が失礼な真似をしませんでした? あ、みどもはセキメイ・リヨウと申します」


 このスケにっこり親し気に私美人でしょと主張しやがった。どうせ真田の女の癖に。さては他の男へ好意持ってる気配積極的に見せて騙す奴だな。

 しかし何とも砕けた会話だが。……こっちの口を軽くするため、なんでしょうね。

 軽くなる。だろうなぁ。他所の偉い人。しかも真田家はアレの所為でちょっとした話題。娼婦の所で『俺っち真田家の側近様と話をしたんだぜ』とでもコケば笑顔くらいは貰える。目の前の不快な美少女笑顔も付け加えれば、調子コイて話しもしよう。

 真田家はまだ弱小だし側近自らこーいう事して回ってるんですかね。……いや、単なる趣味かも。私が真田について考えるのが趣味に近いのと似た感じで。


「失礼などとんでもない。無手から子爵に近い勢力とまでなった真田家で、お二人が頭脳であったのはこの耳にも入っております。そのような方に挨拶出来る幸運を喜んでいました。日頃の仕事でもリヨウ様の段取りは素晴らしく。お陰で楽が出来ております事に感謝をば」


 実際補給相手として真田の所は評判がいいのよねぇ。二人が有能で段取りが良いのも間違いない。こんな感じが皆の世評だろうさ。はー、やだやだ。あいつの下に有能なのが居るだなんて。頭も下げなければならんし。


「まぁ。みどもこそトークの仕事には敬服しております。所で……何の話を?」


「例の二領主との戦いについてだよ。あのラスティル殿とガーレという方が一騎討をして功を評されたそうだぜ。でさ、レイブン殿は何か無かったのかい?」


「レイブン様も勿論重要な働きをして評されましたが、耳目を集めるような働きは機会に恵まれず」


「なんと……。レイブン殿は我ら自慢の武官、ロクサーネとアシュレイが馬上では全く相手にならない御仁。あのお方から役目を奪うような方がいるなんて。トーク家は安泰なのですね。あやかりたく思います」


 にっこり。うん、整形綺麗な笑顔。うん、うん……。

 ユリアと一緒にアイドルの面接でも受けやがれボケェ! つーか向こう行け! 送り込む手段があれば真田家の奴全部放り込んでやるのにぃ。クソ真田含めて皆幸せになれるだろ。

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