進軍開始とあちこちの裏事情3

「にしても。アレは若い者の中では弁えているとばかり。それがあのような妄言。どのような思考か察しかねております」


 ……普通なら小娘が己を棚に上げて。と、なる発言が。本当にああいう甘えの無い世界で生きて来た故の感想感があって。まさか御兄弟全員コレ? 何する気だこの一族。


「あのぉ。愚考しますによくある話と思いますよ。若いと視野が『自分にとってどうなのか』だけで他の人が日頃違う所で生きているという感覚さえ薄いんですよね。

 ついでに関わってる人の数が少ない所為で、関わる数が圧倒的に多い親のような、親切で甘い対応が当然だと無意識に決めつけてしまうんです。

 ある程度真っ当で、失敗した時にどうやったら上手く行くか考えられる人なら経験を積めば良くなる。と、思いたいですね。……私の事なんですけど」


「ほぉ。さような物で御座いますか。―――思い当たる節も。成程。連れて行くと決めた時、家令が能力はあれど若すぎると。経験を積めば良しとも申していましたが。そうか、あれはわたくしの経験でもあったか。

 お教え感謝致します。更にあの者への気遣いまで」


「いえ、彼女から日頃お世話になってるのを考えれば、何も。なので、そのぉ。僭越ですが穏やかに教育してくださったらなって」


「おや。帰す所かそのように情け深く仰る。……なれば有難く御意のままに。

 所で一つ意見を頂戴したく。父上が子の身から見ても甘えを許さぬ方なのは、あのような様を晒させない為、であったのでしょうか?」


「……。私如きが察せられる範囲を遥かに越えてますが、それも含まれてるとは思います。貴族が情などで判断を歪めた場合の危険は、庶民とは比較するのも失礼だろうとも。

 ただ、御父上のご教育は普通ならかえって子供に悪いまでの厳しさに思えました。……でも皆様立派に育っておられるそうですから。子供教育の達人。としか申せません」


「子は立派。であったのですが。この時世により何もかも不透明にて中々」


 価値基準の激変があるものね。……にしてもこの話題は良くない。他所様の教育方針に口を突っ込むのはタダでさえ不味い。貴族相手ともなれば近寄るのもはばかられる。


「人の教育は永遠の難題ですからねぇ。所でまだ茶飲み話をしても良いのでしたら、何かこの連合軍で知っておいた方が良い事を教えて頂けませんか?」


「ダイ。そのように焦らずともこの程度で貴族のお家事情に口出す不届き者。とはなりませぬよ。何より他言致しません。されど落ち着かぬのならば以上といたします。

 して貴方様に話したき事は……ああ、ニイテ家が御座います。今の所は単なる雑談の範囲となってしまいますが」


 落ち着く訳ねーだろ。と文句は申しません。有難うございます。


「はぁ、ニイテ家。あの矢の雨の中生きてきた感あって、こちら側の総指揮を任された方、ですよね? なんであの方なんでしょう。若すぎますし。イルヘルミとマリオで一軍ずつが妥当と思われますが」


「最初は恐らくそのように考えていたかと。ただ盟主としては一番に王都へ入り名を売るのは当然の権利。イルヘルミなら口実をつけて先に入りかねず、サナダの件で不興を買った嫌がらせも在りますれば首に縄つけ握られようと自業自得で御座いましょう。加えてあちらの方が遠回りな分、戦いの可能性が低く安全ですので。盟主、副盟主を危険から遠ざける道理も。

 後はテリカを信頼してると万人へ見せ、ついでに好きな戦をさせてやる。といった所と愚考致します。

 あの者には若さに見合わぬ実績があるのです。見方によれば酷使されている。とも申せます。そもニイテ家がマリオの臣下となった際の黒い噂は御存じで?」


「父フォウティがマリオとシウンによって謀殺された。というやつですか? 私には何とも判別出来なかったのですが、事実だと?」


「不透明です。ただテリカの有能さは図抜けております。通り一遍調べたのみでも山とかわに巣食う賊を平らげ民に平穏をもたらし。この戦にも来ている南方最強の武人と噂されるカーネルなど、彼の主がマリオに逆らい討伐した時に一騎討の挙句配下としたそうで。

 一方で与えられている領地は男爵程度。更に長らく江を渡った東、己の故郷近くを切り取りたいと願うも叶えられておりませぬ。

 テリカ直属の兵を増やせば危険と見てるのは相違無きものと」


「恨みと能力への自信に衝き動かされてマリオに逆らう……でしょうかねぇ? 無責任に言えばどの程度の確率と感じておられます?」


わたくしとしても計りかねております。現在の領地では独立するにも兵が心許ない。それを策と調略で埋めようとマリオとの力の差は圧倒的。加えて親を殺した相手に一度逆らえば降伏は認められませぬ。

 先日の軍議にてテリカは覇気に溢れた人物と見ました。同時に賢さと忍耐力もある。自由と野望のため賭けをし、配下諸共一族滅亡の危険を許容するか。

 わたくしなら父の如く慕っていると示し続けましょうな」


「……そして隙を見て野望を遂げたり?」


「噂と仮定が全て事実ならばそのような相手へ隙を見せる主君には仕えきれましょうや?

 ……ダイ。隙を見せるどころか名も見せぬお方が怯えるのはおかしゅう御座いますぞ」


 そりゃ此処に居る誰一人私なんて見てませんけど。貴方の前にはこうやって……。止めとこう。不安を感じるだけだ。


「ソデスネ。なら余程の事が無い限りテリカはマリオの忠実な臣下、ですか。何時の日かリーアさんの推測がどの程度合うのか楽しみだ。良い話を有難うございます」


「恐悦。まぁその余程の事が今では御座います」


「……は? そのように言うのなら、何か動きが?」


「テリカの臣下にグローサ・パブリという者が居ります。この者、江の南では名のある官僚貴族の出にて成人後は学びつつ周辺の統治者たちの相談に乗り若くして武勇、知略、人品、絢爛豪華な容姿に芸事も達人であり並ぶもの無き逸材として……何が仰りたいので?」


「余りにも考え付くだけ乗っけたみたいな評判で……。特に絢爛豪華な容姿って。名のある貴族の皆様は大体美形ですよ。それは強者として代を重ねた結晶で良いんですが、貴族だと皆さん大差無いでしょうに。全体的に胡散臭い評判だなぁと」


 昔から基礎はあったが今では美形の貴族というだけで身構えてしまうわい。人はどうしても美人はやる事が美しいと勝手に思い込む。自分もそう無意識に感じて無いかと不安になる。

 どいつもこいつも殺しあいをしていて余裕のない暴力の化身だというのに。


「なれば驚かれませ。経歴の示す所おおよそ事実で御座います。楽器の扱いに至っては芸人が恥じて逃げ出し日々の鍛錬を盗み聞きして学ぼうと、聞こえてくる宿が芸人の社交場へ変わるほど。容姿も相応の物と考えます。

 ダイもグローサに会えば何故これが己の臣下で無いのかとテリカへ嫉妬しましょうぞ」


「ハイ。テリカの半分でも実績を積んだら嫉妬するとします。全部が本当なら完璧主義の面倒くさそうな人ですが」


「御明察。如何なる山より高き誇りを持つとの世評が。

 実際数多の者から破格の条件で配下に誘われるも全て断っていたとの事。ま、世の動きを見て主君を選ぼうとしていたのもありましょう。

 そんなグローサへ父フォウティが亡くなって暫く後、テリカは一通の書状を送ったそうで。

 すると礼を尽くした使者を出さずば会えもしなかったグローサが、取るものも取りあえず馬に乗ったのです。テリカの前へ出た時には戦場でも姿が乱れぬと言われた女は浮浪者同然の姿であったとか。そして誰にもつかなかった膝を両方ともつけて地に伏し。テリカの土に汚れた靴へ接吻し臣下の誓いを立てた。と、世評は申します」


 感動的な話だ……。その日の夜には『何故か』滅茶練習してあるお芝居を民が見てそう。


「……その話、どのくらいが作られてます?」


「テリカと民どちらが作ったのかも分かりませぬ。もっとも骨組みくらいは事実と考えます。大げさな儀式も、周囲とお互いの無用な配慮を消し民の支持と理解を得るには良き手段。少なくとも落ち目であった時にグローサが臣下となったのは事実にて。二人に肉親以上の情があるのも間違いこれなく。表裏一体となりて今までの功績を積み上げてきております。

 そのグローサを、このテリカが全土に己の名を広める絶対の好機に自領へ残しているのです。今テリカの横に居るリンハクも名の知れた人物。十分では御座いましょうが……」


「領地に残して何か工作をさせていると? 分かりますが、最も信頼出来る人物に留守を任せるのは当然ですし、そういったアレコレがあるならマリオも見張ってない訳が……」


「はい。しかしマリオに工作を探る余裕があるかどうか。連合軍まで組んだこの戦いは一世一代と申し上げても不足なく。より喫緊である周囲の者たちの意向。ビビアナの動き。兵糧輸送の横流しなどの心配。細作が幾らいても足りませぬ。

 そこでグローサの様子と何か仕込むなら此処。という南方の様子を調べさせたのですが」


「は、え? お、お待ちください。調べさせた結果が既に!? 何時の様子なんですか?」


「七日前の様子で御座います。少々拙速ではありましたが、最も読めぬ今後荒れうる者が誰かとなればテリカ・ニイテと考えトークを発つ時には手の者を。

 わたくしもこの観光を楽しみにして参りましたので。下準備は致します。

 しかし結果は微妙極まります。グローサは病という事で官庁ではなく屋敷で仕事をし面会謝絶。南方では何か仕込んであるような兵の動き、武器の準備もありはしましたが、全て賊への備えと言える範囲にしか見えず。この好機に全く仕込みが無いとは考え難いのですが。

 穿って考えれば……。グローサは今も文を書き、そして時を見て南方の者たちと知られず会う為に準備をしており、南方ではテリカ独立のための地ならしが進められているのやも。

 或いは南方の者たちがマリオに歯向かっていると見せてニイテ家が討伐へ送られるのを待ち、そのまま戻らず独立してしまう。等多くの疑いは御座います。

 残念ながら江を越えた先は遠方に過ぎ不確かな話が精一杯。一応この戦いが終わるまでは。と、一人置いてはおりますが。物足りぬとは存じますがどうかご理解のほどを」


「理解も何も、備えの速さに開いた口が塞がりません。……有難うございます」


「お言葉光栄の至り。されどわたくしこそこの場にお誘いくださったダイへ感謝申し上げるべきと。この観光、軍議から始まり今も様々な諸侯の思惑を見る事が出来、実に愉快。胸躍り心弾むというのが実際に起こる事であったかと感動しております。

 これから起こるであろう大戦では万難を排して良い物見席を用意する所存にて。どうかご期待のほどを」


 う、うん。そうだったんだ。今お顔見ても感動に気づけないけど、

「喜んで頂けて何よりです。私も戦いが楽しみですから……安心して見られるよう仕事を頑張ります」


 頑張りはする。ただ今までのように忙しすぎて他所の陣営へ兵糧運んでも様子を見る暇がないのは流石に。

 真田陣営をこっそりじっくり見て回る余裕は欲しい。よろしくお願いします上司様。

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