進軍開始とあちこちの裏事情2

「ダニ、ノミ、疥癬。成。程。―――つまりそういった恐れの無い決まった者で、ダイの話を外に漏らさぬ美しい娘をご所望であると。やっと察しまして御座います。我が愚昧さをお許しください。

 求められた以上応えるべきとは存じますが、流石に戦場で子を孕む危険は避けたく思うのです。かと言ってもしもの時ここを離れるのも宜しからずと愚考致しますゆえ……」


 貴方が愚昧なら人類の99.9999パーは愚昧になるとして何を察し、……あ、下僕お嬢さんが怒った顔で私を。つまり『求められた』とは。……殺されてもおかしくない疑惑じゃねぇか。


「悪すぎる冗談ですよ! 私はそんなの悪夢に見た事もッ!? う、首痛……」


「……さように首を振る話で御座いましょうや? 以前レイブン殿を前にした時より顔を青くなさるのは少々失礼に感じますが」


 横のお嬢さんも失礼と言いたそうね。口を開きそうになって唇噛んだし。しかし、

「そのお言葉はあの時より危険なので。もし御父上のティトゥス様。或いはご家臣の誰かに同じ疑いを持たれれば面倒の前にと冗談抜きで闇討ちされます。

 ……あのぉ、私は絶対に無かったと確信しているのですが、リーアさんに下心を抱いてそうな瞬間がありました?」


 貴族の娘に庶民が手出しする気配を見せては脅しじゃ済まない。私なら娘が若さゆえの世迷言を考え付く前に殺す。誰だってそうする。しかも横に告げ口しそうなお嬢さんが……。


「さてそれは。不本意ながら家臣の抑えが出来ぬと見られるのも若輩の身なれば致し方御座いませぬか。しかし困りました。戦地にてご要望の女を用意するのは中々の難題」


「いえ、本当に結」「お嬢様、恐れながら申し上げます。拙も男を探しております。ダイ様が拙に満足頂けるなら、お相手願いたいのですが……お許し頂けますでしょうか」


 構、え? 貴方には色々お世話して頂いてますけど、事務的な範囲でそんな気配。あと何か棒読み「おおそうか。戦地に連れてきてしまっては気晴らしにも苦労していよう。ダイは望みの多い性質では無いし、お前で満足すると思えるが……。如何で御座いましょう?」


 ……。何この茶番。どういう事? あ、微妙に下僕嬢の顔色が青い気が。……つまり、この鬼そのものである主人は……暗にかモロにか私の相手をするようこちらのお嬢さんへ言ってた。で、それをお察しになられた。……正しそう。いやぁ、オウランさんの時といい近頃モテるなぁ。動機が不透明で嫌な感触が多分だけども。私の気が変わって娼婦からリーアへダニを運ばれては困る。程度なら良いのだが。


 何にせよお嬢さん。貴方は若くて美人で有能だが。縁のあった女の中じゃあ二番目だ。誘惑されもいたしません。

 うむ。私は女に強くないとは言わない。以前断ってしまったキリさんに対して失礼だから。といった感じだな。


「お慈悲には感謝しますが結構です。彼女が不快になる提案は困りますよリーアさん」


 わ。お嬢さんの目が三角へ。恋に恋する年齢を気遣ってもいるのにぃ。


「拙が、ダイ様のお目に適わないのでしょうか?」


 ……面倒くさ、いやいや。心狭すぎです私。


「まさか。リーアさんの世話をする傍ら私の分までして頂き、非常に魅力的なお嬢さんだと感心してました。当然幸せを願っておりますので、予定していなかった男と関係を持つ羽目になっては申し訳なく」


 ほ~んバルカ家家臣になるには美少女なのも必須なんかいな。という少々下世話な感心もあるが本心よお嬢さん。


「心配して頂く事が的外れです。ダイ様が女に手の速い方だとは申しませんがお嬢様の美しさの前では万に。いえ、百に幾つもあるでしょう。そうなると拙は本当に困るのです。……ダニが嫌なのは良く分かりますから娼婦の所へ行けとは思いません。……拙も、男を知っても良い、のです」


 手を出す? この氷鉄面に? それもう私じゃないっつーの。


「明るいからと火へ飛び込まないくらいの知恵はあるとご信頼ください。貴方が隣で寝てる以上、寝込みを襲われる心配も無い。あり得ませんって」


 夜討ちしようとも今も机の上に置いてる短刀居合一閃で、私の首がチョンパでしょうけどね。

 しかし拒否してるのに鬼上司が止めない。もしかして本気で世話させる気? ……背筋寒くなる「拙にはそう思えません。幸せを願ってくださるそうですが、拙の幸せはお嬢様の意に沿う先にあるのです。そう出来ずご不興を買えば如何してくださいます?」……何?


「おや……まぁ」そういう脅しが来るとは驚いた。リーアの意向では無いと思うが……分かる訳も無い。ん、ん、ん、ん~。これはお相手願い、ますか。断ったのは結局私の中のくだらない筋の問題だし。どんな問題が起ころうと何とでもなるはずだ「待て。話は……いや―――。うむ。やはり止めておきたく思う」


「「……はぁっ!?」」


 何その高速朝令暮改。有難いけど……。


「お前に子が出来ても帰せば良いと考えていたが、他の者だと世話に不便が生じるやもしれん。……ダイもよろしいか?」


「はぁ……よろしいです……」


 何と適当な理由付け。面倒が減ったので文句は無いが。しかし、あ。やっぱり。下僕お嬢さんが頑張って不本意さを押し殺してる。良くは、ないな。雑巾の水でお茶は飲みたくない。それに、世話になってるのは何も変わらない。ん、んー。うん。この嘘でいいや。


「あのぉ。最後にお嬢さんへ申し上げさせてください。

 トークで私が一緒に住んでる方、ご存知ですよね? あの方は中々気まぐれで読めないのです。それでお嬢さんとの間に子が出来た。となると……その、嫉妬は、無いと思いますが。もし何かお怒りに触れたら。と思いまして。

 加えて家の世話をバルカ家家臣の方々にお願いしてるでしょう? 中には貴方を好きだったり自分の子の妻にとお考えの方も居そうじゃないですか。そういった方々の恨みも怖くて。なのでお嬢さんがどんな方であろうと元から少々厳しかったと……ご承知頂けませんか?」


 これなら分かる術も無かろうて。少しは、うん。目が緩んだ。


「……であれば、最初からそう仰れば良いとおもうのですが」


「貴方のお嬢様じゃあるまいしあんなに驚かされて考えきった発言は無理です」


 あ。更に緩んだ。やはり尊敬するご主君を引き合いに出すのは無難だな。


「しかしあの屋敷に務める者でお嬢様の意志に逆らうような者は」「良い。それはお前の申す事では無い。下がりなさい」


「……御意」


 あっ。みたいなお顔。ご機嫌が大体戻ったかな。やれやれ。小娘の相手は大変です。日頃面倒を掛けてる相手が小娘なのは御免なさい。はぁ……お茶飲も。


「我が君」


「はい? あ、お茶御馳走さまです」


「ご不快にさせてしまいました事。お許しいただけないでしょうか」


 ……おぉう。真っすぐ見て謝罪されるのも圧される物が。謝って頂くほどでは無いが、不快な理由を勘違いされていたら藪蛇になるし、

「不快なのはお嬢さんだけでしょう。都合が合いませんでしたがあんな可愛らしい方と親しく出来るよう整えて頂き有難うございます」


「お疑いなのはごもっとも。なればお答え致します。あの者が貴方様をわたくしの意に従うべき者と見ていても、判断はわたくしに委ねるべきで御座います。更にはあの申しよう。

 罪悪感により意に従わせんとは余りに稚拙。貴方様にあの者の損益を憂う理由など爪の一欠け分も無く。かくのごとき相手の未熟に頼り切った考えの者、近づくだけで百害あるは自明の理。さぞご不快であったと存じます。

 撤回が遅れたのは少しばかり呆然としたが故にて。親に甘える赤子の如き物言いから、知らぬ内に貴方様と深い仲になっていたのか。と、無駄に思慮を重ねたのです。

 どうか誤解無くなるまで疑いをお尋ねくださいませ」


 わぁ……。一息で疑いを潰されまして御座います。しかし良かった。仰る通り今のままだと決して近づきたくないお嬢さんだ。思い出したくない後悔と被ってウニュウニュするし。


「もうありません。ただ……単なる好奇心なんですけど本気だったんですか? 過激と言うかなんというか。彼女の不満を考慮し無さ過ぎでは」


「お言葉の趣旨はごもっともなれど、あれも我が家臣。次代を考えれば家に余裕がある今、子を産んでおいた方が良い。恐らく将来の夫の嫉妬も危ぶんでおられましょうが、そのような小人は元より遠ざけるつもりにて。

 なので貴方様は楽しみ、あの者は男を知るついでに子を産み、もし二人の相性が良く側女か何かになっても良し。ならずとも良し。何が起ころうと家臣であればどうとでもなる。と、八方損が無いと見たのですが……痴れ者とは存じ上げず」


 相っ変わらず……。肉の下の二百六骨全てに『バルカ』と刻印されてそうなお考えだ。

『今の私を受け入れて欲しい』の真逆。人がどう感じるかなど塵芥の如し。かくありたいとは思ってますけどねぇ。貴方に問題の処理を頼り切った行動は不安なので極力したくないです。所でそれ……、

「ついでに誰もが判断を誤りがちな異性関連で、私がどうするか見ようと?」


「そのついではあの者で見ておりました。惚れた腫れたに囚われる者の前では秘匿すべき話も出来ませぬゆえ。逆に少々不本意な男に抱かれたくらいで気に病む弱き者も傍には置けませぬ。

 しかしダイが色で血迷うは……面白き話でさえありますな。沙汰の限りと申し上げたく」


 ……男は種馬と見切るのが大事ですか。怖っ。『女に弱いか言わないでおいてあげる』のは有難うございます。自分でもまず無いと思いますけどね。男女共に欲望を制御できないと生きていけない。そんな時代に育ちました……。ってな。

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