外から見たトークと全行動立案者グレースの評価

「ほぉ。尾の生えた輩に血筋を愚弄されるとはな。初めての経験だ。時に、貴き血筋のお方はこの身より大きく笑っていたように見えたが? 尾が生えて穢れたのか?」


 ですよね。盟主として喧嘩売られたら買いますよね。それに確かに腹抱えて笑ってましたね。でもそのお言葉は盟主として面倒な事になるような。


「しょうがなかろぅもん! こんな不思議面白い事言われて笑わん方が変っちゃ。しかしうちはすまんと思うとうとぞ。

 なのに侮辱しおったなキサン! スキト家は祖の頃から尾付きと婚姻し辺境の安定を求める家っちゃ。そして武骨者の心意気を大切にする真の誇りを貫き、よって光武王陛下にも信頼を受けし名家。キサンの振る舞いは見過ごせんっちゃ!」


「はっ。その祖は確かに有名よな。最後には戦利品を私物化し光武王陛下から平民へ落とされ、かくして功臣三十二名に入りもせず。愚かな行動で全てを台無しにするのもその頃からの家訓かなメリア・スキト殿」


 あ、これリーア先生が言っていた貴族あるあるな、祖先の立場議論で血が流れるって、

「き、キサンは御三代陛下から名誉を回復され忠誠公との呼び名を頂戴した事も学んでおらんとか!? 中央に居ながらその程度の学識で武骨者を笑う狭量さやからビビアナに後継者争いで負けとうとぞ! キサン、やるっちゅーならちゃっちゃくちゃらにしちゃーぞ!?」


 げ、多方面でとんでもない言葉を。今から戦う相手に負けてるなんて言ったら、

「うわぁっ!? 待ってメリア姉! 父上から問題を起こすな散々言われとぅの忘れんで!

 それにマリオ閣下には馬の世話までして頂いとるのも忘れとらん? 馬の世話をあんなにしてくれた方に無礼はいかんちゃ!」


 おお、有難う若人。喧嘩別れを止めてくれて。これで連合軍解散したら笑えないよ。

 皆さんには何としてでもビビアナを追い落として貰わなければならない。そうでないとトークが恩を売る機会が無くなり、真田を消せなくなる。

 ちょ、マリオ様? 不快そうな顔しないで我慢して。粗忽者も使いようだって!


「だ、だってよぉサーニア。スキト家のもんが家祖を愚弄されて」

「だっても何もなか。静かにしとうて! ま、マリオ閣下にサーニア・スキトが申しあげるっちゃ。あ、ます。

 まず姉の無礼をお詫びいたします。

 お渡しした書簡に書かれていたと思うのですが、当主からはマリオ閣下の御意に従うよう重々申し付けられており、姉も名を上げると戦意は盛んですのでどうかご期待を。

 それで、その、今後も兵糧と馬の放牧出来る場所の準備を……頂けましたら、必ずや騎兵隊として十分な働きが、出来るのですが。

 あ、いえ! 恩に着せるとかでは無く、当然の働きとして!」


 庶民ならもみ手をして言ってそう。でも卑屈とはとても言えない。マリオから諸々貰えなければスキトの兵はほぼ帰れなかろう。

 ここはスキトの領地から遠く、間にあるビビアナの居るランドを通らない限り凄い遠回りが必須だ。もしマリオが敵になると略奪しつつ帰る羽目になりまず討伐される。

 この筋肉姉ちゃんもよく喧嘩売ったものだ。ティトゥスから粗忽と言われるだけはある。


「大丈夫ですよぉサーニア殿。スキト閣下がケイの忠臣であるのはよく知られた事。同盟軍の心強い味方ですから。遠方から来てくださった貴方方へも当然の期待と待遇をしますので。

 もう、お二人にも困ったものですわ。熱くなって忘れてしまわれるなんて。御覧なさいませ、未だに膝をついて困惑なされている。これこそ無礼でしょうに」


 あ、二人ともやる気が消えた。


「……まず立つがよいレイブン殿。失礼をした。余を許せ」


 早く立ちたい。が、レイブンの礼から。「有難うございます」よし。やれやれ膝が痛い。


「謝罪を頂くような事は何も。ただ何を間違っているか分からず。非礼がありましたら某こそお許しを」


 あ、粗忽娘が、ウムッ……ってレイブン見て頷くだけなの。礼儀的にも問題は無いが、マリオに倣えば常識ある感じで良かったんじゃないかな粗忽さん。それが嫌なんだろうけど。

 しかし本当良く分からないな。どうもレイブンというかトークの扱いが大きい。重要な位置ではあるのだけど、それでこういう扱いになるか?


「おお。我々のような烏合の衆に団結がもたらされている。

 レイブン殿を派遣したのは、やはり『こうなる』という考えを含んでだろうか。

 ならば流石以外の言葉さえ思いつかぬなぁ。恐るべきは大軍師グレース・トークよ」


 芝居がかった物言いも楽しそ……? 大軍師? 褒めるにしても過剰過ぎて白けませんかそれ。


「はぁ~。レイブン殿、気を悪くなさらないでくださいね。小官から説明させて頂きます。

 ただ、あちらの困った方も仰っていた大軍師グレース・トークのお話し、本当にお耳に入った事も?」


「は、はぁ……。大軍師、と言えば唯一リウだけに許された敬称と存じますが。それは、我がトークのグレース様のお話しなのでしょうか?」


 見える全ての目が見開かれて怖い。イルヘルミは仰け反り声も出せず……楽しそうね。

 そして皆さんの反応の理由がやっと分かった気が。それでも大軍師はどうなの。リウの伝説怪しすぎて、どんな厚かましい人でも自分が同格と言えないくらいなのに。


「……何処から話した物か迷いますので、最初からにしますわね。

 もう遥か昔に思えるビビアナが十官たちに加え先帝陛下まで弑逆した時まで、トークは此処に居る誰にとっても意識される領地ではありませんでした。民に至っては名もしらなかったはず。此処まで宜しいでしょうか?」


 先帝殺害の犯人は今も不明なのにビビアナと断言は黒い。異論挟むアホも居ませんけど。


「はい。お言葉の通りと存じます」


「あの時は大騒ぎでしたわ。誰も彼も行方知れずとなってしまった陛下をお守りしようと、何もかもを使って駆けずり回り。小官は当然マリオ様まで走っておりました。此処に居る多くの方もです。其処へ唐突に陛下が見つかったとの報が入り、王都の大門まで出向きましたらトークの皆様と陛下が居られるじゃないですか。そして当然のご信任から大宰相に。

 小官も愕然と致しましたが、ビビアナと来たら。あそこまで敗北に打ちのめされ、狂乱した人物を見たのは初めてでした。今でも笑いが浮かんでしまいます」


 クスクス笑いも黒い。細かくビビアナを小さくするか。何か気が合いそうなお方だ。

 そしてトークの二人はそれを私の予言書で読んだ訳か……。心臓止まったろうな。忘れて貰うため謝れないのが更に申し訳ない。

 しかしあれはとんでもない不運だっただけ……か外から分かる訳無いか。となると。


「一方小官は。加えて多くの賢人気取りの方々も多分、どんな明晰さがあれば見つけられるのか。と戦々恐々でしたの。とは言え此処まででしたら運。と考える事も出来たでしょう。

 何せ大宰相としての任をカルマ閣下は持てあましておられましたから。レイブン殿には不快と存じますけども、その時の我らの理屈を抜きにした安堵もご想像くださいな。

 しかしその後、まずカルマ閣下が職を辞してお戻りになる速さにほんの少し驚かされましたわ。ただ少しです。ビビアナがトークを攻めるのは分かりきっていましたし、耐えるのさえ難しいと見ていましたから。しかし、結果は。

 耐えるどころか攻めてきた二領主の領地を完全に奪い取ってしまうなんて。しかもその速さと言ったら。大宰相を辞すると決めた時から全てを読み切っていたとしか考えられない手際。

 トークはレイブン様が人の中で最も賢いと仰ったホウデを始めとする、ビビアナの配下皆を手のひらで自在に転がしたと言えますでしょう。

 そして今、この同盟軍によってビビアナに最後の失敗が決定づけられようとしているのも、トークがビビアナを大宰相という身の程を弁えない立場に推挙したゆえ。

 あの日よりケイが動く理由はトーク、トーク、トークです。己が賢いと自認していた愚か者たちの確信を全て覆して。しかして立案した者となりますと……カルマ閣下も携わったでしょうけど、一人しか浮かびませんの」


 褒めおる。しかしこの黒い人の場合、持ち上げて調子に乗らせ周りの空気も使って利用できないか。という思惑がありそう。……そして不味い。納得と共に笑いの衝動が。これは凄まじく奇妙で面白い出来事になってる。しかも渦中があの真面目人間。


「くっふふふ。ケイの三賢人が一人カガエ様について言えばな。確信に満ちた顔でトークの滅びを話していた。しかし結果が出た時の顔色は真っ青で。慰めるのが大変であったのだぞ。ああ、慰めたのはわたくしではない。わたくしも予想外の余り呆然としておったからな」


「ローエン閣下。恥ずかし気もなく『三賢人』などと仰るのは流石ですが、カガエ殿が本当に気を悪くなさいますよ。ただ確かにほんの数年前までは小官如きを含んだ三人が、賢き人物として有名でしたわね。

 でも今は、恐らくケイ全土を見ても『誰が最も賢いか』の論議はされてないと存じます。

 グレース・トーク。辺境で生まれ育ちながら若くして今世の賢人とは比べるべくもなく。ケイ史上最高の賢人シホウさえも越えし者。及ぶはかの大軍師リウのみ。

 そう、話されてるのですけどぉ。―――本当にご存知ありませんでしたのね。実に奇妙な話ですこと。でも、現世の仕組みはそんなものかもしれませんわね」


「某はただ眼前の戦いに必死だったのみで寡聞にして……。あ、いや、しかし。やはり流石に大軍師は。かの方の先見性と深謀はとても人の域とは言えず、魔術を使ったとしか考えられぬ故の称号と存じますので……いえ、酒の入った民草らしくはありますが」


「はい。ですからグレース・トークも超越者。この大地に現れた二人目の魔術師なのでは。と噂されてます。民草だけでなく、小官のように物事を学んでいる者でも真剣な討論が。

 今回のレイブン殿の参陣も驚きましたわ。予想の半分の日数でお出でになった上に、ご自分の兵糧をオラリオ経由でご用意なさるなんて。最初メリア・スキト様がご不快だったのも多分その所為ですわよ。自分たちの方が先に着くはずだったのに、出遅れたと」

「なっ!? ウチは別に競争なん、ってやめんかちゃサーニア! 分かっとぅけん」


 ―――超越者ひとをこえしもの。魔術師。大軍師グレース・トーク。

 あの大体しかめっつらで。机で書き書きしつつ、髪の毛をかき混ぜて唸っておられるお嬢さんが。……げへ。

 ぐひゅっ。くっ! 駄目だ。備品が笑うなんて言語道断。シウンめぇ! 体内からめくり殺す気か! でもきついぞこれ。超越者が超越面白い。

 先生、リーア先生だって、流石に肩が少しくらい揺れて……ねぇ!? ま、負けたら駄目。頑張れ私。腹抱えて転げまわったらとんでもない事になってしまう。くそっ! レイブンの奴なんで笑わないんだ。私だけ不真面目だってのか!? っかしぃだろ!? 絶対面白いってこれ! くぅゥッ! 笑うな。誰も笑ってないんだッ!


「とても助かりましたけど、うすら寒くもありました。どう考えても檄文が届いてから準備したのでは日にちが足りませんもの。一体何時から読まれていたのでしょう。

 そう、先の二領主相手の戦いもそうですわね。二領主だけでもまず道は無かったでしょうに、ビビアナですから更に一手。恐らくは二手対処しなければならなかったのでは?」


 それだ。真面目な事を考えて意識を逸らすのが良い。

 ぷふっ……一、二、三、五、七。なんとか、良し。

 確かに。二領主が想定以上に兵を集められるよう支援して一手。更に草原族へ窮地を教えて火事場泥棒を仕向けて二手、かな。草原族の方は絶対情報を掴めてないはずがよく読む。流石ケイ最高の軍師候補。でも大軍師グレースが上なのよね。……ぶふっ。って駄目だってば!


「―――戦の詳細はトークの臣下として申し上げかねます。どうかお許しを」


 あ。これは、下手くそな気が。この程度は良くてもやはり詳細教えちゃ駄目だこの兄ちゃん。敵を騙すには味方からを忘れないようにしよう。……でも有難うレイブン。『もし色々知られたら』と思ったらかなり冷静になれた。


「まぁ。ローエン閣下。如何思われます? 小官はあったと見ました」


「……嫌われる役目を押し付けないで欲しいのだが? レイブン殿、そう困る事も無い。我らはビビアナを甘く見ておらぬ。そして貴殿らは生き残っている。

 だから分かっていた事なのだが……やはり大軍師グレース・トークは敬服に値しよう。

 わたくしでも二領主相手だけなら撃退出来る目はある。しかし更に手を打たれて今のトークの状態を作るのはトークが所有していた物、背負っていた物を考え得る限り良くしても余りが生じる。

 レイブン殿たちの成した事は、凡夫からでは人の上限を越えたようにしか見えぬのだ。誇るがよい。ほら、盟主閣下さえ特に反論はなさらぬであろう?」


 片眉上げただけですね。所でこの上手に褒めてくださるふしだら美女のレイブンを見る目つき。遥か昔に見たような……。うがち過ぎかな。服装に印象が釣られてるのかも。


「はっ。命に従ったのみである身には過分の褒め言葉とは存じますが、世評を教えて頂き誇らしく。感謝申し上げます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る