反ビビアナ連合へ参陣
裏会議の次の日から連合軍参陣への準備である。まずはマリオとイルヘルミへ、
『参陣します。でも先日の戦での傷が癒えておらず、領内へ入ってきた草原族に対処するため兵は動かせません。それで文官を連れて行くので後方の兵糧管理と輸送をさせてください』
と文を送る。
既にトークのあちこちで尻尾の生えた人が闊歩しているが、協力体制か獣人が幅を効かせてるかの判別は出来まい。何せ首都レスターの民でもどっちなのかで酒場で殴り合いが起こってる。加えてトークとしてはビビアナと戦ってる間信じて貰えば良いだけだ。
次に出発の準備。自分の分はオウランさん用に作っている教科書で、不味そうなのをジンさんに渡して書物の間にこっそり羽毛を挟んでおく等の部屋の整理をすれば終わり。
しかし軍は大変そうだ。
人数は数百程度と楽だが、目の前の河を渡れるかが不透明。
左回りならビビアナの警戒網を通らず済むけど、王都を中心に反対側にあるオラリオ・ケイの領地を通るほぼ一周の大旅行となり行軍では一月掛かってしまう。
だから素直に河を渡りたいのよな。しかしビビアナの警戒網を抜けてこっそり対岸のイルヘルミの領地に降りるのは難しい。
夜なら警戒は大丈夫でも、夜の船自体が危険で出来ればしたくないと悩ましい。……ま、偉い方々に任せましょう。
しかし任せられない事が一つ。それを教える為アイラ屋敷に来させて私が時間を割いているというのに、何だね二人とも。その面倒くさそうな顔は。
「レイブンさん、ラスティルさん。もう一度言います。私はダイ。リディアさんはリーア。
トークにリディア・バルカは居るけども、若すぎてグレースの下で働く雑用係。ダンなんて奴は名前も知らない。ラスティルさんの主君はカルマさんです」
「もう聞いた。やれやれ。リディア殿はともかく主君の名さえ偽らなければならぬとはな」
「お二人とも面倒に感じておられるようですが忘れたらリディアさん怒りますよ。彼女より深い考えがあるのならご本人に文句をどうぞ。ただし私が居ない所でお願いしますね」
「……なんの恥ずかしげもなく虎の威を借りて脅しおって。某は心からお前が理解出来ん。だから止めろその『告げ口しますよ』と言う目は。
それより出立の準備は終わっているのか。三日後にはレスターを出て船着き場で警戒の切れ目を待つぞ。遅くても一週間後には対岸へ渡らねばならん」
「私は出来てますけど早いですね。会議からまだ一週間じゃないですか。補給の事務とかでリディアさんはまだお忙しいと思ってました。ああ、グレースさんに頼むのかな?」
「知らぬのか。リディア殿は我らの準備を全て終えた後、五日前に出立している。オラリオ・ケイへ挨拶し二週間後には合流する予定だと聞く」
「五日前? 私たちの準備を……え、二日で? オラリオ・ケイは……あ、私たちの兵站をお願いするんですか?」
七から五を引く計算に十秒とは。リディアに知能を壊されてしまった。
「直ぐに兵站と分かったのは褒めてやるが本当に知らないのか。お前たちの関係も又理解出来ん。しかしその困惑は良く分かるぞ。
会議の時には殆ど事務を終わらせていて、後は軽い調整のみだったのだろう。グレースとフィオと……まぁ、某も恐ろしく感じたな。想定内だとしても書き仕事まで終わらせておくか? しかも我らがやるはずだった分まで。
兎に角此処まで万端整えられながら遅参など某は考えたくもない。良いな」
はい。私も嫌です。これじゃ私たちある意味紐じゃん。良い大人が数百名揃って十代の紐。……せめて先に到着して良い寝所の用意くらいはしたい。
「所でその本来お二人がやるはずの手続きなんですが、もしかして『事務はこのようになさいませ』という感じだったりしません?」
「……書き写して家に置いてある」
「もう一つ家の者に写させて持って行くべきだ。指揮官として何か書く時もあろう。拙者はそうする」
ラスティルさん賢い。私これからその御方の秘書する予定なんだよな。……注意深く教えを請うのは絶対として、メモ用紙の束が無いのは……どうしよう。
******
「おい。来られたぞ」
本当だ。頭巾と体型のわかり難い服を着てもあんなに頭がぶれない歩き方は。あ、だから私を秘書にって。二人が歩み寄って迎えるの? それ不味そうな。付いていきますけど……。
おお、膝をついて臣下の礼『ゲ』
ゲって貴方たち……。気持ちは一緒だけど、やはり不味いよ。
「レイブン様にご報告致します。オラリオ・ケイとの交渉は成りまして御座います。
オラリオより『マリオとは戦をした間柄なれど、事はケイ帝国への忠義の戦。当然出陣したい処だが自分は老齢と病。嫡子は病弱。二子は若年にてそれも成らず心を痛めていた。せめてもの助けが出来るのならこれに勝る喜びはない』と、世の流れに即した言葉を頂戴し金と引き換えにマリオ・ウェリアへ兵糧が。我らの兵糧はそのマリオより分けられる手筈と。こちらが証文にて。お納めを」
言葉の趣旨がレイブンから見せて貰ったリーア様の御計画書通り。ホンマかこの人。ってほら、レイブン返事しないと。正しくね。
「う―――うむ。確かに。お立ちをリーア殿」
あー。うん。もう言う事無し。心の準備をしておこう。
「感謝致します。さて……レイブン様。ドレイク閣下。そちらのダイから
危ない。ブンブン頭振ってしまうかと。普通の声なのに何故こんな怖いのだろう。
「お聞きである。レイブン様。このリーアは貴族でさえ御座いません。指揮官が態々出迎え敬称を付けて呼びその態度。
トークにての敬意には感謝致しますが、今は敵意を向けているに等しき所業にて。……まさか、と考えますが?」
うひぃっ!?
「て、敵意など!」「お声が大きゅう御座います」「な、無い。その、悪かった。リーアど……リーア。気を付ける。すまん」
「も、勿論拙者も重々気を付ける」
―――顔も見えない年下の娘に怯える大人が三人。何もおかしくない。……ごめんなさい。もっと言い含めるべきでした。危険な人がどれだけ危険か知ってるのだし。
「頼りにしておりますレイブン様。それとドレイク閣下。貴卿には明日、万が一に備えた我ら二人の逃走手順の確認を願います。して、何か不都合は?」
あ、二人とも思考が壊れて悩んでる。なら、
「ありません。良い準備のお陰です。ただリーアさんお疲れでは? ランドを中心に二週間で大回転の上に領主へ挨拶なされたのでしょう? 軍議は暫く無いとの連絡が来てますし、あちらに作ってある天幕でお休みになられては。お世話の方と一緒に寝る形式ですが、何か不満があれば直します」
『は? お前なんで何時も通り喋ってんの?』という顔だね指揮官殿たち。私は彼女の配下だと言ったのに。まだ思考壊れてるのかな。
「確かに少し疲れております。しかし時間を掛けて考える為、幾らかお尋ねしたく。
マリオ、イルヘルミの兵が怪我をしておりました。ひと当てしたのでしょうが、経緯などの連絡は?」
それ気になるよね。イルヘルミが数百。マリオは更に多い。おら指揮官。答えるんだ。
「あ、いや、無い。尋ねたが全て軍議で。と。今到着しているのはマリオ、イルヘルミ、それにニイテくらいが名のある所だな。スキト家の到着まで軍議を待っているのだと某は思う。
そ、そうだ。リーアのお陰で遅参せず済んだ。感謝する」
「いいえ。誰もがする務めをしたのみにて。では出迎え有難う存じ上げます。
え、マジで言ってんのこいつ。あ、見送る指揮官二人も同じ感想の顔に。
そっか。理論値を極めるみたいな参陣を一人でやるのが『誰もがする務め』なんだ。
「……おい、ダイ。某を選んだのはお前だ。助けろ。これが続けば某は病を得る」
振り返ってこちらを見る指揮官殿の顔、本気だね。その気持ち知ってる。でも、
「立場の認識を間違えないだけで大丈夫ですよ。加えて私が秘書官としてお二人への取次を殆どしますから。リーアさんとしては多分、あの歩き方で個人を覚えられてしまわないよう出歩く回数を減らそう程度のお考えだと思いますが」
「あ、そうか。成程。何故そんな面倒をと思っていたが。……かつて此処までお前を慕わしく感じた事は無い。頼んだぞ」
「光栄です。ついでに申し上げますと、彼女は私に臣下の礼取れちゃう人なんで、お二人に膝をついても何とも感じない人だと思いますよ。……多分」
うむ。納得と安堵が見える。私良い事したな。
******
さーて待ちに待った軍議だ。黒子装備よーし。書き留める為の炭と木の板よーし。後はリーア主任と一緒にレイブン様について遠くからでも見えていた一際立派な天幕へ行くだけ。
衛兵の一応感ある確認を抜け、扉代わりの布をかき分け……。わー。真ん中の通路の両側に立派な服装の人がいっぱい座ってる。
今この時点で名の無い人は基本どーでも良いとリーアに言われてしまっていた方々ですが、やはり一般人とは違う。立派で強そう。そして我が怨敵真田の配下が座るとすれば此処。
でも居ないんだよなぁ。ラスティルさんは真田の旗は故郷の文字で書かれていると言った。だが全ての旗を探してもケイ以外の文字で書かれた旗は無く、不参戦と見える。
残念。現在の装備がどうなってるかの確認が出来ると思ったのに。
で、メインの方々は……奥に少人数で中心を開けて丸椅子に座っておられますね。
一つ空いた椅子があって、集団の一番末席に居る若くて燃えるような髪のお嬢さんはテリカ・ニイテか。……髪の所為かキリッとしたお顔のせいか気合を感じるなぁ。父ちゃんは突撃男で有名だったが、もしかしてそっくりなのかしら。
その前に座ってるのはラスティルさんから聞いた特徴通り。本当にジョイ・サポナ本人かい。ビビアナと戦っている領地放り出して来るとはね。余程手詰まりとしても驚きだ。
その横に……わ、尻尾生えてる。ならあれがメリア・スキト。横に居るのは尻尾無いけど服が同じくらい良い。となると弟のサーニア・スキト。遠路遥々お疲れ様です。尻尾の所為で差別されるか見させて頂きます。
そして最も奥まった所に背もたれ付き椅子と机が二つ。片方にお座りの方が、連合軍盟主マリオ・ウェリア閣下か。
四十で豊かな銀の長髪が似合う美形とは大したもの。服も一番金が掛かる紫色を基調に金糸銀糸の刺繍が美しく。幾ら使ってんだあの服。後ろに立っている長い緑髪の姉ちゃんは凄い地味だってのに。
まー、あの姉ちゃんが薄汚い手を平気で使うと噂の軍師シウンだろうから、地味は考えた結果なのだろうけど。
そして横に楽しそうな笑顔でお座りの……イルヘルミ・ローエン。でもお前その服……。
低い身長を覆う、凹凸の激しい体に張り付いたふかーいスリット付きの『改造イブニングドレス』という時点で凄いのに、局部を蛇に巻きつかれた感じで布が隠してるだけでそれ以外はレースで肌が透けて見える。加えて背中がお尻まで空いてそう。どんな美人でも自分がこの服を着て大丈夫か不安に感じて当然の服をよくもまぁ。
お陰で後ろに居るイルヘルミの身長を高くした感じの親族らしき女性を見るのが難しいくらい目立ってる。
確実に真田の影響だコレ。ケイにこんな二千年後の超ごく一部用服文化は無い。
益々極まったんだねイルヘルミ。この服であの笑顔。常人じゃない。よっぽど変なのとか珍しいのが好きなんだろうな。
……待てよ。アレンジしてるとしても原型を真田が考えたのは確定。……若い妻の居る身で完全異文化痴女用服を売ろうと言ったのか。
我が怨敵は大した奴だ。尊敬に値する。服文化破壊だけなら殺さないでやったのに……。
で、レイブン指揮官殿。なんで突っ立ってるの。あ、椅子が見つからないのね。
―――あれ? 本当だ。その他の座る所全部埋まってる。色んな意味で変だな。呼ばれて即来たのに一番最後? そういう事もある、か。椅子は手違いかも。一番下っ端の私が外の衛兵さんにでも指揮官殿の椅子をお願いしにいくべきかな?
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