今後トークを動かすのは2

「リディア殿に劣るのは、認めている。貴方こそ逃げて当然の戦いであったのに、疲れ果てながらトークの為に働き先の戦いの補給、軍の動き、数多の備えをしてくれたと将は、兵さえ多くの者が感じているだろう。しかしこの男が何をした? 某が、兵が血を流し戦ってる間、見ていただけだ! 剣を振るう意志の欠片さえ無く、何時見ても逃げる準備だけは万全。誰よりも余裕があったぞコイツは!」


 お言葉の通りです。誠に御免なさい。心意気や形式は完全に捨てる方針なのです。人の生死にまつわる残酷さも他人事というか無機質に見るよう鋭意努力中でして。

 でも、私を殺したら良い方向には…………。えーと。兎に角殺すとトークは消えるよ。多分。オウランさんとしても舐められたら、氏族の気晴らしも兼ねてトーク領全部の村が襲わせた方が楽だろう。

 だから感情に勝ってくださいお願いします。リディア、そのまま、但し軽めに気を引いてくださると……。


「戦場の勇者である事に誇りをお持ちか。して、その剣は何故振るえた? 君臣揃って王都で不可能事に汗を流してる間に、唯一人我が君が先を見据えて勝てる道をお作りくださったからであろう。

 こぞって籠城を考えていたのをもう忘れたか。数か月前、二万多い三倍の敵に攻められていたのだぞ。凡愚殿の素晴らしい武勇とやらでどう覆す。剣さえ触れず餓死が定めであったのに。ああ、出来るやもしれぬな。お一人で百人は斬れようから、己が更に百人居れば。だがその時は次に褒賞で揉めようぞ。汝れ百人分の富はトークを逆さにしても出ぬ故に。

 自慢の武勇を振るえる場を与え、己を百倍しても難しい戦いに勝たせてくださった方相手に増長と言って剣に手をかけるような身の程知らず。

 我が君の百倍の富を受け取りながら、働きは百で割っても足りぬ者よ。この事実より何が重要だと言うか!」


 ……え? 待て待て待て待て待て! なんで、そんな? 顔色が、赤いのか青いのか。駄目だスリ足なんて言ってられない。「おい。分かっているだろうな」ああ、ガーレ様有難うございます。レイブン見てのそれ、止めて下さってるんですよね?

 今、なら。目にリディアしか映ってない。だろう。誰の目にも。音を立てず、視線は外さず。後ろ向きに歩いて、

「でも、オウランに連絡を取っただけの功績なんスから、今後は役に立たないスよ。あちらとの話し合いに参加したのも数回。まともな意見も言ってないんス。オウランへ連絡したら上手く事が運んだ幸運だけの男にカルマ様のご温情は過ぎた物。追い出した方が問題が減ると小職は考えるっス」


 ぬわっ。フィオこの! お前が注目を浴びると、多分私も視界に入るんだぞ! し、静かに、目立たないよう移動を。


「ほぉ。確かにどれだけ功績があろうと、今後役に立たなければそれも一案。

 所で、現在の草原族の移住にまつわる調整、もしや悪い状態とお考えか?」


「悪くは、無いっス。特に問題も起きてないっスから」


 ひぃ……。やっとこさラスティルさんの後ろに到着。なんと頼れる背中。金色の髪が放つ光輝が眩しい。窓からの日光の反射だな。

 所でフィオ。その認識に感謝する。苦労したのよ。会議の事前にジンさんの問題聞いて、対処法考えて。しかも考えてる所アイラに見られないように。

 九割ジンさんのお陰だが。オウランさんの実態を知らない人しかトークに置けないから、雑多な家族連合の移住になっちゃったのに皆あの人に従うとはね。

 私は助かったが大した人材過ぎてこっちに置いて良いのか気になるくらいだ。


「悪くない。これは。これはこれは。蛮族と言われる者たちが数万人、大人しい羊のように指示した場所までまっすぐ移動し、小さな問題にも戦士が直ぐに駆けてきて話し合いで解決されるのが、悪くない! 税を取り敢えずの先払いと言って羊を納め、官吏となった若者たちの起こす騒ぎは我が想定何分の一なのやら。

 あちらの配慮、浅学であるわたくしは何故かように力を入れてくれるのかも分からず途方に暮れております。もし経験ある皆様がご存知ならば是非。グレース殿、如何に」


 あ、その羊を先に送るの実は私の提案です。どうせなら一度で来るよりちょっとずつの方が有難いし、そのついでに兵とかへの食事として食わせて、静かに買収して好意を稼いだらどうか。という事で。


「フィオとしても深く考えずに言っただけよ。今のオウランたちの動きにはトークの皆が驚いてるわ。しかし、それが貴方の主君のお陰と言うのは無理でしょう」


 はい。無理とお考えでないと困ります。

 うん、余裕が戻った。良い事。今後は危ない状態にならないよう頑張ろう。

 今回危ないのは座らせろと言った時と思ってたら、後の返事が気に食わんと来た。咄嗟の言葉選びは難しい。沈黙は金だ間違いない。中々そうも言ってられないが。

 で、リディアはどう落ち着ける気なのだろう。相手方の皆さん押さえようとはしてるけど、見るだけで体温上がって……全員の体から本当に湯気が見えやがる。


「それ以前の話とわたくしは考えます。我が君が此処で立場を得るのは、そのオウラン直々の要望なのですぞ。なのに追い出した方が問題が減るですと。

 足場も固まらぬ内から変化を求めるとは余りに粗忽。文官の長二人がかように愚かでは滅ぶが道理。二度も粗忽さを助けられてまだ分からぬとは。―――無様な」


 そ、それ言う? どういう事。さっきレイブンを殴りつけたと思ったら、今度は文官を蹴り飛ばしてる。

 リディアが何を考えてるか全然分からない。誰も分かってないだろう。何時もの事でもこれは……。


「先の、戦いが助けられたのは確かだとしても、そもそも……ッ」


「そもそも王都で成功した可能性もあるではないか。と、いったところですかなグレース殿」


「……そうよ。でも過ぎた己の判断を忘れた戯言だったわ。謝罪する」


 手の叩く音。今更注目を集め……いや、喜んで……る? ま、まさか。落ち着けるどころか……。


「いいえ。一理御座いますとも。故にわたくしと違う見解を持つフィオ殿。グレース殿。賭けて勝負を致しましょう」


 お待ちください。全力で相手の傷にワサビ練り込んだ後の勝負提案なんて聞きたくないです。絶対極まった話でしょ。

 しかしこんな場にどう口出しして良いのか、

「フィオ殿は我が君が草原の者との交渉に不要と仰った。しかしわたくしは彼らが一度出した条件。しかもかように力を入れて動いてるとなれば、それこそ誇りにかけて変えぬと考えます。

 半年交渉なさい。その間に我が君は不要であるとあちらが言えば貴方の勝ち。

 グレース殿は王都で成功の目があると仰った。ですが今一度トークが試すのは不可能で御座います。なので、トークより多くの面で王都にて成功する可能性のあるビビアナ・ウェリア。彼女が全土を治められたならば、貴方の勝ちと言うのは如何。期間は少々難しくありますが……ふぅむ。五年後。ビビアナがランドに居て、今よりも力を増やしているようなら。と致しましょう。

 それとも、ウェリア家よりトーク家の方が大宰相として職務を全うする力があると仰いますか?」


「言わないわよ。……何時も思っているけども、大した自信ねリディア殿。それで、負けたらどうしろと言うの。それとも五年間はダンの決定権を認めろ。と言いたいだけなのかしら?」


 うわっ。止めろグレェス! リディアを挑発するのはどんな意味でも不味いんだよ。喧嘩売られたら尻尾撒いた方が良い結果になるとまだ知らんのか!? 見ろよそっちの全員から剣を抜かんばかりの怒りをぶつけられて、何の変化も無い鉄面を!

 戦ったら不味い奴だと分かってお願い。私凄い嫌な感じがしてるのに!


「成程。それも一案で御座いますな。わたくしは数年でビビアナが王都から逃げると見込んでいるのですが、賭ける程の自信も無く倍を願いました。

 ではそちらはフィオ殿が勝つだけでも勝利としましょう。グレース殿もフィオ殿に助力して交渉なさる事でお譲りください。勿論負けた時の払いはお一人ずつで結構」


「よく……分からないわね。何を賭けると言うの」


 本当馬鹿。引いてよ。予想一つ思いつかんが、絶対まともじゃないって。

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