ダン葛藤する1
「私も健やかに育ったキリ様を見られて嬉しく思います。オウランさん、もしかして彼女も下級官吏として此処で暮らすのですか? それで顔合わせを?」
でも変だな。私が会うのは全体の取り纏め予定である其処の有能らしい兄ちゃんだけのはず。しかも基本隠れてなのに。
「それも考えてはいますが、キリは遠いですけどわたしの血縁なのです。それで……ダンさんのお世話をさせて頂ければ、と。奴隷、では困りますが、下女として共に住まわせてもらって、その、もう年頃ですから子を産ませてやって欲しいのです」
あ、はい。……はい?
「―――血縁。下女。……子? どうも、都合の良い誤解をして……あー、うん。理解しました。こちらに住む人の中に、キリ様の良い人が居るんですね? それで私に出産の監督をしろと。……ん-……助言だけならある程度の自信はありますが、しかしキリ様の体に触れないようにするのは中々」
お。お嬢さん? 隣の椅子に座るのは良いのだけど。……余りに近くない?
「まぁダン様、そんな所に意地の悪さがあったのですね。お分かりであるのに
でもお求めなら申し上げますわ。触れるどころかみどもの体は、この手から尻尾の毛まで、全てダン様の御意のまま。ダン様の服を洗って繕い、貴方様の情けを受けて子を産むのがキリの望みの全てです。だから、キリ。とだけお呼びください」
わー……お。手を握りつつ尻尾をふとももに置いてのご口上。……草原にこんな言葉があったのも驚きだし、十代半ばで。わー、世の中こんなお嬢さん居るんですか。で、でもー……、
「あ、あのー。キリ、さん。お言葉は……嬉しい、です。しかしオウランさんの血縁なら大変……貴きお嬢様。ですよね? 下僕でなくとも、私と共に暮らすと庶人の暮らしですので、日々の雑用にはとても耐えられませんよ。心にも相当辛いかと。加えてあちらの様子を見るに、恨みを買いそうですし」
未来を担う駄馬以下四人が睨んでおる。青年二人なんて黙って泣いてる。……涙に血が混じってそうな、うん? キリさんが笑顔で片手を振りつつ……親指をもう片手の指でトントンした。
お、おやぁ? 四人の……様子が? 涙も引っ込んでそう。とても可愛い笑顔だったけど、あの手振りには何か深い意味があったんでしょうか……。あ、柔らかい体重がこっちに……。
「ダン様の仰る通りみどもたちは駄馬未満。しかし子を作るのには十分でしょう? お陰であのお兄様たちは馬っ気が酷く、一族の女全て自分の物にする野望をお持ち。ですからみども如きでも他の男に奪われたと思えばあの様子です。しかしご安心ください。あの方たちは明日には別の女に注意が行き、キリの名前も忘れますから。
それとこの身は貴きお嬢様ではありません。ほんの少し前までオウラン様も羊を飼う時があったのです。みどもも当然、水を汲み服を繕い働いていました。確かにオウラン様の遠縁と聞いた方から身に合わない扱いをされもします。しかし主人に、我が尾を置いた方に仕える事が出来なくなっている。というのは酷い誤解ですわ。ね、ダン様。このキリにご満足させる機会を与えてくださいますでしょう?」
ね、熱烈。彼女の手から伝わる体温でこちらの顔も赤くなってしまう。
れれれ、冷静に行こう。望みのまま生きられはしないのだ。現状と、彼女の要素と色々を考えて対応を……。わ。尻尾が、あちこちを撫でで……。……いかん。私も馬っ気が。ま、待て。こういう時は……ディープだ。毎年二百回以上馬っ気を出した所為で、首の骨が折れて亡くなってしまった英雄を思い出せば……。
……よし。少し落ち着いた。
―――。うーーーーむ。キリさんは、大変……良い娘さん。結婚したい。本当に望んでるかは気になるが、大丈夫だもの。何せオウランさんのお言葉。彼女が楽しく暮らせるよう誠意を尽くそうとは思うが、それ以外は関わらない話となる。
数多の意味で物事が滑らかになりもする。そう、この手触りサラサラビロード……手触り? ほぅ。尻尾でこの感触。ハハハ。参ったね。彼女も真っ赤じゃん。……心の中で怒ってないと良いのだけど。結婚……したいなぁ。
「失礼しましたキリさん。余りに良い毛並みで……思わず。御免なさい」
「いいえ。お気に召して頂けて、嬉しいです。この尾はもうダン様の物ですし。でも何をお悩みなのか……と、思ったのですが。分かりきっていましたわね」
へ? 分かっちゃったの? 超能力?
「はぁ……。キリも若い女ですから。実は、
分かりました。二人目三人目の女を得る時に嫉妬されるのでは。と心配されても困ります。しかし口だけでは何とも言えますから……まずはあちらのお姉さまも共に下僕としてはどうでしょう。
右の方は元よりダン様の子を産みたいと言っていましたし、左の方も少しお話しすれば。ダン様を理解し僕となるのを喜びます。どちらにいたします? いえ、両方ですわね。その方がよくお世話できますもの」
ン、ン、ンー。右のお嬢さんは力なく「はい、どうぞお世話させてくださいませ」と、言い。左の方なんて目に涙を浮かべて、一瞬細い方の兄ちゃんを見ました。
キリさんってやっぱり……それにパワフルですね。好きよ根性入ってて。だから思惑は在るんでしょうけど、結婚……。
しかし……。ああ、しかし。ふ、うううぅ……言いたくねー……。
オウランさんの望みなの加味しても……言いたくねー。
「違いますよ。悩みは貴方と共に暮らせば周りがどう考えるかなんです。
……はぁぁ。駄目、ですね。キリさん、非常に残念ですが貴方と暮らせません。私がそちらと近いと思われるような真似は全て、大きな問題を招きます。知られないようアイラの家を出てもキリさんと暮らしてたらもう……確実に浮かれますから」
努力重ねてきたから、基本生活の変化を表に出したりはしない。
でも、こんな可愛い年下のお嬢さんの尻尾でサラサラしてたら……流石に鼻の下が地面につく。……比喩抜きで涙出そう。もしかしたら私って立派な男ではなかろうか。こんな誘惑と戦おうだなんて並みじゃない。
「そん…な。いえ、……それなら……だから、あ! 我らの商人がきちんと店を持つ予定です。みどもも其処に住みますわ。それで、ダン様の所へ通ってお世話させてください。或いはダン様の良い時に、こちらへ来てくだされば……」
「うっ…………―――。い、いえ。駄目、でしょう。結局は危険が増えます。
ふぅうぅ……。キリさん。もし昔お世話になった時、皆様にとって出来て当然の事を何一つ出来なかった私へこうまで仰ったのが酷い屈辱だったとしたら、申し訳なく思います。ただ私は……とても嬉しかったです。ああ、当然ですねキリさんのように可愛らしいお嬢さんからこうも言ってもらえば。いや、何を言ってるんでしょう」
徳川家康は、疑念を除く為に妻と子を殺した。私も彼に習おう。
……あの鎖国タヌキ、妻が面倒くさくなったからこれ幸いに排除したんじゃなかろうな。選べるようになると良いお家の女性には手を出さなくなったし。
クッソォ。あいつは良いよ。殿様で幾らでも寄ってくるんだから。こっちは一生に一度。いや、あった事が驚きだよこんなの。
あ、キリさんが俯かれた。手をまだ握ってくれてるけど、私の言葉がキショかったりしてないかしら。……うう。屈辱かそうでないか、せめて確かめたかった……。
「……屈辱だなんて。みどもは、オウラン様と共に草原族の住む西の果てまで行ったんですよ。そこでとても砂の多い荒地を見て、長老から更に西へ行けば湖のように一面の砂の広がる死の大地があるとも聞いたんです。
ダン様、昔空から砂が降った時、この砂が何処から来るか話してくれたじゃありませんか。あの時、この心臓は高鳴りました。それで、オウラン様が。誰かに貴方様の世話をさせようとお考えだと知った時、どうしてもお傍に居たいとお願いして。
―――ダン様は、全く動かずとも、心をこの世の果てまで飛ばさせてくださる方。少なくともあてにとっては。何とか情けをかけて頂けませんか? それに」
近さがこれ以上ないほど近くなって。な、なんでしょう。既に私の心臓こそ高鳴ってるのですが。う、耳に吐息が。
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