ダン葛藤する2

「みどもを、女として認めてくださり嬉しくおもいますわ」


 え!? 


「あ、あの……。そのお言葉、何か深い意味を感じるのですが」


「深くはありません。ただ、尾でも少しは分かります。ダン様の、お体がどうなっているかくらいは。

 はしたなさをお許しください。みどもでは駄目なのかと不安で」


 ……は、恥ずかしい……。そういえば、両足の太ももを撫でてましたね。いや、だからって、

「ダン様は誰かに知られたらと仰います。しかし男と女の関係が不思議なのは、小娘でも知っている事。理由付けなど何とでもなります。みどもがダン様に惚れたあまり、脅して関係を持たせているとか。だから……よろしいでしょう?」


 ひぐぅぅ。で、でみょ―――うぐぅ。

 泣き落としと誘惑が同時で理性が死にそう。確かに、私は飼われたワンちゃん。草原族のお嬢さんに脅されたら仕方ないのかも。

 それに……黄砂が産まれる砂漠まで行ったとはね。大した好奇心だ。確かに、遠くの話が出来るという意味では私は世界一。彼女に色々と教え、オウランさんへの助言を相談しあい。素敵な夫婦生活が……私にも出来る。

 いやいや、何か不味い理由があったはず。なんだっけ…………。うう、吐息も温かいで……あ。若者が又泣いてる。

 はぁ、これもありましたね。他にもあるだろうけど、これだけでも……駄目か。


「やはり、無理ですキリさん。男女の仲は嫉妬など見えない所で問題を増やすでしょう? これから貴方達がトークで暮らすのは不安定な一大行事。ただでさえ大変なのに、私の欲望で問題を増やしては筋が通りません。……残念ですが」


「で、でも! 何か……!」

「キリ、待ちなさい。

 ダンさん。お分かりとは思いますが、監視の意味でも人を置いて欲しいのです。様子を傍で見て我らが不快にさせてたり遠慮させて無いか。そして何かの時守る者を。もし、キリに何か足らないなら条件を教えてください。出来るだけ良い者を連れてきます。他にもあれば。……何とか、なりませんか?」


 ―――私の夢を勝手に乗っけてる狼にまで懇願の表情して貰っちゃって。……本当、逃す馬は美しい駿馬です。

 でも私と彼女たちの関係に誰かが疑いを抱き調べられたら、オウランさんが今どれほど強大になってるか知られかねない。更にはそれがラスティルさん経由で私と同郷らしい真田君まで届いたら……。

 全部崩壊しかねん。私が真田ならこの現状を知れば、全てを捨てて対処に回る。調べようかな? と思われるだけで不味い。だから、少しの危険も……。

 おの……れ。うぉのれぇ! 真田くーーーん! お前が居なければ! 何とか! キリさんと良い関係になる選択肢もあったのに! くぉおお……見た事も無い相手に勝手に恨みが募っていく……。我ながらヤベー奴だ。だがどうしても殴りたくて仕方ない。しかも超美形って話だし。絶対女性にモテモテ……あー、いかんいかん。今私の手をキュッと握り尻尾の柔らかさを与えてくれてるのはキリさん。目の前にいるのはオウランさんだ。見知らぬ男よりもそちらを見なければ。


「言葉にすると非常に恥ずかしいのですが、私はオウランさんが使うような意味では誰も信頼できません。しかしキリさんは唯一と言っていい傍に居たら嬉しい方です。これ以上の条件はありません。

 ああ、信頼で思い出しました。そちらのお兄さん。私の配下だと言う方々にも決して油断しないでください。特にリディア・バルカ。彼女とは仕事以外の会話をせず近づかない方が良い。他の方々も非常に美しいご婦人たちですが……それぞれ厄介極まる方。私を知ってる貴方には極力近づかないようお願いしたい」


 おお……すっごく燃えていた物に水が掛かったような感覚。凄い。リディアの事を思い出すだけで用心しようと心が準備を。新式の精神調整方だコレ。


「は? 配下にも教えてないとは聞いていたが、今後もそのつもりなのですか?」


「当然。彼女たちはケイ人。皆さんを警戒する者です。私が此処にいる限り、皆さんとの関係は何人からも疑いさえさせないよう全力を尽くします。だから……無理ですオウランさん。貴方の意志となれば、全力で応えたいのですが。

 残念で、残念で……もう生涯無い機会でしょうけど。今後キリさんとは会話も出来ませんね。皆さんから侮られている下級官吏の若造が美しい彼女に近づけば問題が起こるかもしれない」


 あちらも残念そうに、ため息を一つ。……有難うオウランさん最高の思い出が出来はしました。生涯残念だったと思い出しそうですけど。

 この一件で何かの壁を越えた感じがする。知らなかったよ自分がこんな立派な人物だったなんて。……壁って何だよ訳わかんない。哀しみで頭変になってるのか。


「……分かりました。諦めましょう。キリ、下がりなさい」


 ……涙ぐんでるように見える。悲しいのか。或いは私如きに振られて屈辱なのか。何にしても幸せを願います。


「……残念だと、美しいというのが本当なら。ご自分から触れたいと思うはずです。……いえ。未練がましいですわね。ダン様、多くの教え、有難うございました」


 立って、若者たちの所へ戻ってしまった。尻尾の擦れる感触が、いっそう侘しく感じます。……詩人になってしまいそう。


 しかしオウランさんの前でこれ以上鼻を伸ばしてはいられない。頬をペチペチと。

 そして……リディア。リディア。リディア。……彫刻顔、本当に効くな。


「オウランさん、他に無いのなら失礼しなければなりません。次に親しく話せるのは……何時になるのでしょうね。遠くへ行かれそうだと聞いております」


「はい。まず雲。次に多分山とも戦うでしょう。その後もどうなる事か。十年、此処に来られないかもしれません」


 そうなるか。ならば、

「あー前と同じリディア・バルカ曰く、王都に居るビビアナは失敗が予想されるそうで。そうなれば又ケイ全土に影響が出る。と思うんですよ。雲と山は住居がケイのスキト辺境伯領と隣接してますよね? 戦うのならやはりケイに騒ぎが伝わらないのを第一にして、様子を見つつした方が楽かもしれません。

 先に騒ぎが起こればそっちの対処に諜報と出兵を割くでしょうから。当然トークにも影響はあります。こちらの纏めをするお兄さんも覚えていてくれれば」


「ビビアナって、ケイ最強の貴族のですよね? つい数か月前に王都へ入ったばかりなのに、もう失敗しそうと分かるんですか?」


 表情と声に怯え? あー、ジョルグさんが言ってた私の予想が当たり過ぎて怖いって話か。


「はぁ。そもそも成功する条件が厳し過ぎるのだとか。ケイで世情に明るい人なら結構分かる話みたいですよ。兎に角私としては今まで通りまずは近い問題の対処。その為にはケイからの横槍は無いのが一番。だからケイへ草原での出来事を何一つ伝わらせないのが肝要と考えます」


「……分かります。ビビアナが一応程度で送った書状でも問題が起こりましたから。標的にされれば兵を使わなくても嫌な事になるでしょう。―――そうですね。話の進みがゆっくりとなるようにしてみます。その分、準備をしっかりして」


 それが良いと思う。

 そして彼女は戦いに行く訳だ。一方私は滅多に矢の飛んでくる場所に立ちさえしない。でも彼女はずっと立つのだろうな。……やはり、申し訳ない話だ。


「最後に。難しい事を幾つも成し遂げたオウランさんに身の程知らずなのは分かっているのですが、昔話した体の弱い賢王の秘訣。覚えていますか?」


「あ……はい。まず大事にするのは自分の体。そして得意な者に役割を任せる。自分の方が上手く出来ても、将来その者がある程度出来るようになれば良いと考えて。それと……任せやすい者にばかりやらせない。でないと疲れて死んでしまう」


 少し恥ずかしそうだ。なら、

「出来ていましたか?」


「……いいえ。役割は、出来るだけ任せようとしていました。でも、同じ信頼出来ると思った相手にばかりさせてしまっていた。と思います」


「貴方は弓を持った強い人たちの中で生きている。背中を見せられる人間しか使えないのは私でも分かります。であろうと、何とか多くの者に少しでも荷を持たせなければ。

 裏切りや荷物を落とされるのは嫌でしょう。しかし誰に裏切られても大丈夫なように、守りを固め逃げ方を整えておけば使えそうな者が居ませんか? 荷を確実に運べなくても、最終的に運べる量が多くなれば良い仕事は無いでしょうか。

 愚かな民草は今の成功に一喜一憂し、今日の限界まで登る事が立派だと言う。しかし貴方は長。成功も失敗もどうでも良い。数十年後に一番良い所まで行けそうかどうかだけが大事なはずです。……勿論、途中で倒れない程度には成功しないといけないのが、大変ですが」


 一つ一つ頷いてくれる。分かりきってる話もあるだろうに。


「お話し、とても頷けます。……それに信頼出来るか分からないと思ったまま、試していない者も。何より逃げても良いと思えば……もっと出来る事がありました。

 今日は有難うございますダンさん。もう『どうして』とは尋ねません。ただ期待されてるなら。応えられるよう努力していきます」


「ああ……それは、いけません。確かに私はオウランさんに期待しています。しかし人は誰かにお願いし期待する時、どれだけの苦労を必要とするか考えもしない。時に何も考えず。或いは善意だと思いながら敵よりも効率的に攻撃してくるのです。

 貴方は少なくとも、配下と他部族を含め獣人を苦しませたくない。とはお考えでしょう? ならばそれで十分だ。全ての期待と望みは厚かましい物とお考えなさい。余裕がある時に、余裕が無くならない範囲で後悔の少なそうな決断をし動くのです。何よりもご自分を大事に。良いですね?」


「確かに……その通りです。有難うございます。でも……うふっ。ふふふふ」


 え? 何か変な事言ったかな? 楽しそう。


「あ、いえ。すみません。ついさっきまでキリと別れがたいような感じで、今わたしへこうやってとても気遣われて……何か、ダンさんが気の多い男みたいだな。と浮かんでしまって。それがおかしくて。御免なさい。わたしの為に、気分を切り替えてくださったのは分かってるのですが……どうにも。ふ、ふふふ」


 ―――。ン、ン、ンー。言われてみれば。


「確かに。お恥ずかしい。いやー、お二人とも魅力的な女性ですから。やはり馬っ気が出てしまったのでしょう。数多の失礼や勝手な熱意と合わせ、ご不快にさせた事。お詫びします」


「いいえ。お言葉は全て、わたしの宝です。……わたしは、言われた通り自分を大事にします。ただダンさんにも同じ事をお願いします。本当は何かあれば非常に危険な立場となる此処から、無理にでも草原へお連れしたいんです。そうすればあそこで未練がましい女になっている娘を下僕にしてお世話も出来ます。

 でも……又、ダンさんと会えると信じて、お別れします。……明日は、こんな風には話せませんね。どうかお元気で」


「誇るのも恥ですが、この世に私ほど逃げ腰な奴も少ないのでご安心ください。

 オウランさんに数え切れない良い事が起こるよう祈りますよ。ずっと」

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