ダンとオウランの話し合い2

 額を削り後ろに抜けたのであろう矢傷を始め、肌のそこかしこに歴戦の証明がある。近くで見ると益々古強者の迫力を感じるオジサンだ。その上でオウランさんの信頼が厚い。

 この上なく、イイ。此処で会えたのは天の配剤とまで感じるねぇ。


「ご質問へ返る前に、前提を尋ねさせてください。貴方はオウランさんが今以上に勢力を伸ばすのは反対ですか? 現状でも雲の氏族を加えて二部族。そして更に増える可能性さえある。と私は受け取っているのですが」


「―――オウラン様。しばし時間を使っても?」


「許します。……ダンさんがそのつもりみたいですし」


 はいそーです。この老兵さんはオウランさんの次に大事と思ってますから。

 長に許可を求めるのも良い。益々期待が高まる。


「では失礼を。草原で生きておられぬダン殿は知らぬであろうが、オウラン様の勢力は勝手に増えるのだ。それ程のお力と信頼を得ておられる。持ち込まれる面倒も多い。儂は、オウラン様の手としてそれらを処理してきた。なのに若い者へ仕事を譲れと? 簡単に片付く問題だけではないのじゃぞ。―――? 何が面白い?」


 おや? ……確かに笑っていたかも。自分の願い通り行って嬉しくて。……怒るよそりゃ。


「失礼しました。次に老兵殿。オウランさんは百年に一度の偉業を達成した。つまり皆様は百年に一度の機会を得たとも言えるでしょう。その機会に貴方はオウランさんを助け、補うおつもりですか? それとも彼女の失敗と隙を利用し、己の身内と配下に益を与える欲がありますか」


 暮らし方として遊牧民は多数の家族の連合となる。当然、身内の益を第一に考えるのが基本。苦労してる長の失敗につけこんででも。似たような問題がいっぱいある所為で遊牧民は滅多に纏まらん。この老兵がそういう普通の優れた長ならば邪魔だ。

 それはそれとして……此処まで言われて苛立ってる、くらいか。鍛えられる立場の方だと亀の甲より年の劫は至言だねぇ。


「あの、ダンさん。彼も自分の氏族への責任があるのです。だから……ジョルグのような期待をするのは、えーと……礼儀。の無い事で」


「私も少しは分かってるつもりですよオウランさん。しかしこの方の意向によっては、色々聞かれると問題が増えると思うのです。で、老兵殿。お答えは?」


「小娘に犬と言われる臆病者にしては、随分強く言う。儂相手なら下手に出る必要は無いか? 都合が悪ければどうする」


「若者の激発には注意しなければなりませんが、長年の経験がある方なら二度と会わないであろう私に何を言われても気にしない。と思ってます。

 さて都合が悪ければ……。私にはオウランさんへ忠告するしか出来ませんね。

 オウランさん。歳を取った方には細心の注意をお願いします。まずどんな馬鹿に見えても長い経験の分隠れて変な伝手や能力があり見切れません。何より若い貴方には決して理解出来ない考え方で動く時がありまして。

 若者は目の前の成功を見るもの。しかし老人は十年後どうなるかで考える。更には自分が卑怯卑劣な真似をして愚弄されようと子供に益があれば良いとか。逆に十年苦労してその先を良くしても、その頃には自分が死んでるのだから十年後の子が皆殺しになろうと自分が良ければ良い。と考えたりね。

 何にしても年上の人物が敵となった時は少しでも早く首を刎ねる事です。それまで安心できないと思います。

 で、老兵殿。貴方はオウランさんを助けますか。それとも自分と身内の益を追いますか」


「……儂が、オウラン様にどう従うかは。簡単に言葉で言えるようなものではない」


 んー苦み走った良い表情。責任を全く背負ってない若造からの質問でコレか。……良さそうだ。


「ですよね。ま、私としてはオウランさんを助けないのなら、百年に一度の機会を使い潰している。という認識を皆様に持っていただきたいのです」


「つまり……儂のような老兵は柵に縛られ、己の事しか見ぬから任せられぬという事か。だから、若者を使い自分の味方を増やせと」


 はっはっはっはー。さーて。席を立ち、肩を組ませてもらいましょうかね。同じ物が見えるように。

 うん。がっしりした肩だ頼もしい。老いて益々壮健のようで結構。


「老兵殿。あちらを見てください。私が更に用いるようにと言った若者たちです。皆若く、やる気に溢れ、美しい。そう思いませんか?」


 本当に若い。最年長の者でも二十になってるかどうか。一番下で十代の半ばか?


「……ああ、それには同意する」


「つまり、全く信頼するに値しない役立たず以下です。荷運びしか出来ない駄馬にも劣る」


 おいおい老兵殿そんなに驚かなくても。事実を言ってるだけでしょうに。


「なっ!? 何も知らぬケイ人が偉そうに! オレは弓と馬に秀でた戦士。戦場にも出、配下もいる。オウラン様の下で既に役立っているのだぞ!」


 ほ、っほ、ほ、ほー。そりゃー立派だね少年。体も大きく鍛えられてる。強いのだろうな。だが必要なのはそーいうのじゃない。


「それは素晴らしい。お見事、お見事。ではオウランさんの苦悩を理解してるか質問させて頂きましょう。

 オウランさんの一族は全く動かず、十の氏族で敵と戦って勝ち。消費した分以外に百頭の羊を利益として得ました。この時、私はオウランさんも分け前を得るべきだと考えます。さぁ、最低何匹を得るのが理想でしょうか? 理由込みでお願いしますね」


 考えてる。この時点で私としては失格だが、まぁ十秒待つか。


「……二十頭。税が大体そのくらいだからな。しかし、オウラン様は戦わず益だけ奪うような真似はしないぞ」


「はっはっはっは。

 愚か者。六十頭です。最低の最低でも五十一頭。駄馬以下の役立たず君。この理由分かりませんか?」


「愚か者はお前だ! 戦いもせず六十だと? そのような長に誰がついてくる。いや、敵となって戦いが始まるかもしれない」


「そのついて来ない奴全員を殺すために六十が必要なんですよ。自分が得るよりも、自分以外の合計が得るようでは勝てば勝つほど配下との力の差が縮まってしまう。長が長であり続ける為には何よりも強い力。しかも単に一番強いのでは駄目です。

 オウランさんが負けて弱くなった時。機会と見て二位から下の者がこぞって歯向かおうとも、叩き潰せるだけの力が必要なのです」


「やはり、お前はケイ人だ。そして我らが今どうなっているか何も知らない」


 お、もう一人の細い少年もか。知らない事を教えて貰えるなら大歓迎よ。


「草原族二十万に届こうかという戦士全員がオウラン様へ忠誠を誓っている。誰が相手だろうと我らは必ず勝つ。トーク如きは相手にもならない」


 絶対の自信を持って……コレか。はぁ。はあぁああああ……。オウランさんの苦労は長くなりそう。


「二十万が居るから絶対勝つ、ね。私なら一万。いや、指示通りに動いてくれる三千の騎兵が居れば。オウランさんを殺せる可能性が作れます」


「な……何を言うっ! 知っているぞお前は満足に馬にも乗れないのだろうが! それが、オウラン様の優しさに甘えて調子に乗るのも!」「黙りなさい。……ダンさん。わたしは、どうやって殺される可能性があるんですか?」


 よく落ち着いている。うん、立派だ。


「まず、オウランさんの動きと何処に居るかをずっと見張らせます。ついでに仲の悪い氏族、彼らのような仔馬に率いられていて動きの悪い氏族の情報も探す。

 そして自分の軍は距離を保って隠れ、決して戦わず待つのです。

 オウランさんが逃げ難い地形に入る時。何処かと戦い護衛が少ない時。戦勝の宴で皆が酔い、深く寝入る時。或いは馬の足音と影を隠してくれる程強い雨の日を。

 そして時が来れば。夜のうちに距離を詰め、襲撃と同時に明るくなるよう調整してオウランさんへ向かって駆ける。当然護衛の軍は居るでしょう。しかしこの仔馬が率いていたりする動きの鈍い軍ならば、掠めて抜けれるはず。

 駆けて馬を代え、更に駆けて朝日で見えるオウランさんの首のみを目指す!

 殺せれば後は何とかなるでしょう。勝ちを確信してて内側から来るのは味方と思い込んでそうな集団を狙い逃げます。敵討ちだと追いかけてくる皆さんが届かない所へ。オウランさんを失った皆さんが、分裂し争い始めるまでね。

 如何でしょう。これは夢想ですか? オウランさんの今までの戦いの中で、これが成功する瞬間は思い起こせませんか?」


 年長の三人が苦い表情。でしょうね。無かったら、そりゃー神の軍団だ。


「しかし……そんなのは十回に一回の賭けだ。其処までして戦う氏族、大した数……」


「止めなさい。賭けでも回数が増えれば成功してしまいます。考えてみればわたしの名も高くなりました。殺して讃えられたいと望む者も出てくるでしょう。その数はこれからも増えるはず。……そう、考えた方が良いですよねダンさん」


「私はそう思いますね。さて仔馬君たち。付け加えるなら草原族のオウランさんへの忠誠心は実に疑わしい。血を流さず、或いは勝手に楽して勝てると思い込んで集まった奴ら。狼が倒した獲物の肉を盗み食いするキツネだらけに決まってます。そいつらに自分を倒せる力を与えるなど気狂いの所業。其処らを歩く庶民でさえ、成功して金を持てば親戚が増える程度分かってる者は多いのですよ。

 だから本当の意味では利益を六割以上取れるようオウランさんは苦悩しなければなりません。ジョルグさんのような生死が共になりそうな信頼出来る部下へ報酬を多く分散したりして。税もその策の一つです。

 なのにオウランさんが信頼したいとまで言ったお前たちはお幸せに『誰もついて来ない』? 『忠誠を誓っている』?

 ……気に食わん。そしてもっと気に食わんのは、お前たち何故口を出す。このお三方はお前たちが考え付く程度の事全て分かっているに決まっているだろうが! 言いたい事があっても黙っておき、後で余裕がありそうな時教えを乞うくらいの知恵が何故無い。今のお前たちを駄馬と言えば駄馬が名誉を汚されたと怒るぞ!」


 おーおー怒ってる怒ってる。大きい方は剣を抜こうとしてるし。小僧ってのは本当何処でもコレだ。何かすれば抑えようと護衛の兄さんたちが近づいてるのも気づいてねーんだから。

 あ、女の子たちが気づいて止められてやんの。んー女の子たちの方が出来てるのかなぁ? あ、一人はめっちゃ睨んでるな。もう一人も少し。あれ? 一番年下で素朴な服の娘さんは嬉しそうにこっちを見てる……?

 良く分からん。何しろ皆美形だが、見た目より中身重要だっつー……あ。そっか。

 男二人がコイちゃったのは、可愛い女の子の前な所為で情緒不安定というアレか。

 ならば……あるあるだな。この小僧どもも十年後には期待しておこう。


「さーて老兵殿。私が、何故この駄馬以下を使うよう言ったのか。もうお分かりですよね?」

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