宴会での話を聞いて2

 もう少し自分を取り戻し、考える為の時間が欲しい。何か……あ、

「これは、失礼しました。お茶もお出ししてませんね。お酒の後は多めに水を飲んだ方が良いと言いますし、お飲みになりませんか?」


 頷いた。有難い。間が取れる。火もさっき付けてある。直ぐ飲めるようぬるめの方が良いだろうな。……良いぞ。理性的な考えだ。そう、冷静さが戻ってきてるに違いない。

 まず、そもそも私に強制力は無いんだ。あると思われては困る。だから彼女たちが私の意志を尊重するなら……それは、善意の範囲。しかも相手は私より実行力のある三人。これも誰もがそうであると考えてくれないと安心出来ない条件。

 自分より強力な人間に、善意で意志に従ってもらおうとし、反すれば怒る。……甘えきってやがる。行動が、煮詰めたハチミツ並みに甘い。

 何より傲慢になっていた気がする。オウランさんが草原族をほぼ支配したと聞いて。その成長を自分の物のように感じていた。

 有名人と自分を分けて考える程度の知恵はあると自分には期待してたのになぁ。思い入れが強く客観性に欠けてしまったか。 


 ……そもそもとして、私の能力。地盤に対しての望みが身の程に合ってないんだな。

 最初は何とかなる程度だった。しかし真田がどう行動しても対応したい。なんて身の程知らずな無茶を望むから。

 くっそ……全部自分が悪いんじゃなくて、真田の所為にしてえええええっ!

 だがそれも甘えだ。彼はこっちの事など意識せず彼なりに頑張るだけ。なのに勝手に文句言うのは……甘えというか頭のおかしいストーカーか。まぁ、領主と関係はどんな物でも極まったストーキングから始めるべきなのだが。


 はぁ……ならば、彼女たちにすべきなのは。感謝か。

 どれだけ! 不都合な真似をしようとも、前提がそうなるように出来てたのだから。なのに私が不快ならば止めておこうと考えてくれていた。

 ……特に、リディアには感謝しないといけない。二十歳にもならない小娘が対処をし即報告。実に有難い。黙ってれば実際に問題となるまで私は気づく訳無いのに。

 あんなヌルイ口止めだと酒が入れば何言うか分かりませんよ。って分かってたんじゃないか。と疑ってしまうが、そうだとしてもやはり私が悪い。相手に善意を期待してしまっている。


 誰かが自分に都合よく動いてくれるのを期待するのはクソ甘え。可能な限り確定した相手の行動だけで計画を決めないと、不確定要素が増えるほどに失敗の可能性は鼠算式よ。

 ……信長の、妹の結婚相手が味方してくれると勝手に信じて死にかけたのもコレかな。そして私はそれ以上。

 はー……頑張らないとね。この世に私の味方は私唯一人。誰相手でも甘えれば失敗する。

 オウランさんにしてるのだって大きなお世話なのだから、返礼を期待するのは間違いだと認識してたはずなんだがなぁ。……咄嗟だったり変化あるとすーぐ忘れるんだから。


 うん。少なくとも怒りはもう感じない。それは喜ぼう。

 さーて……私がどうすべきか。三人に何を言うべきか。

 最初は道理として、そして弱い立場なら当然として謝罪なんだが。――――――。

 よし方針は出来た。茶も出て良い色になっている。これ以上は考えても仕方ない。

 四人分のお茶を注いで出し……膝をつきましょうか。


「皆様、まずは失礼な態度をとってしまいました事、お許しを願います。同時に少々私にとっては困った事になったのかもしれなくて。ご相談させて頂けないでしょうか」


 余り謝れてない感じがする。しかし『罪に対して罰を』なんては言えばおかしくなる。口止めは、しなければならん。


「……承知致しました。どうかお話しくださいませ」


 リディアは気が利く。という事なんだろうな。他の二人も同意してくれるか。少し表情が引き攣ってるのは……私の態度が急変したように感じたからかな。やれやれ、これも言い繕えるだけ頑張らないと。


「リディア様。昨日の酒宴。世話をする下男下女も話を聞いていたでしょうけど、私の話はどの程度聞かれたのでしょうか?」


「成程。ご深慮にあらせられる。されどその点はご懸念無用。貴族とて下僕から話が漏れる危険は承知しております。故に危険な場合は下僕を置かないのも一つの作法にて。昨夜も下僕は部屋の外までしか近寄らず、酒の追加も其処で受け取るよう配慮されておりました。そうだな、アイラ」


「う、うん。僕たちの話を聞いていたのは、僕たちだけだったよ」


 アイラが言うなら大丈夫と見ていい。となると……全て様子を見るべきか。料理もその程度の話しかしてないのが本当なら、態々信用ならん男の物を食べようとは思わんだろう。

 臣下になり子供を産むという話は色んな意味で殺されかねないように思える。でも言ったのがアイラで深酒の席となれば向こうがどう受け取ったかは全く分からん。

 話をしに行けばもしかすると完全に忘れてるのを、思い出させる事になるかもしれん。こっちの二人も記憶があいまいみたいだし。


「な、なぁダン。歯が痛くは無い、のか? 凄い音がしていたが……」


 へ? ……顎が痛い。歯ぎしりでもしてた? 歯に悪い事しちゃったか。それに恥ずかしい。私みたいな立場の人間が人前で感情を見せちゃ駄目よね。虎の前で歯ぎしりするチワワみたいな感じになるし。リディアを見習わないと。


「ご心配有難うございます。んと、お話ししていなかったのですが皆様のような方の口から私の名前が出たというのは、凄く困るのですよ。馬鹿にするのなら少しは良いのですが、誉め言葉は非常に不味い。

 以前アイラ様と同居するようになった際にも、私如きが親しいのはおかしい。と、若い方に怒られましてね。私は下僕みたいな感じで住まわせて貰うだけだ。アイラ様の命令があれば直ぐ出て行くので、交渉しては? とお答えして何とかなったのですが。あ、フィオ殿ではないですよ」


 美人な相手に一人で舞い上がってしまう系の若人だった。あの時は実に生ぬるい気持ちになったのぅ。しかし、今は彼に金貨を送りたい。最高の言い訳のネタ有難う恋する若者よ。


「あ。……なんか、あったね。……う。頭、痛ッ。―――。しつこかったから、もう鍛錬で僕に勝ったら良いよ。と言っただけで逃げちゃったけど。……ごめん。何の関係があるか良く分からない。……怒った理由、僕が分かるように教えて欲しい」


 そっかー。分からないか―。頭の中に何詰まってんだろう。


「つまり、ですね。皆さんのように、美しく。女性として魅力的で。しかも高い立場にあり。貴族だったりしちゃって。親しくなれれば出世出来そうな方の口から私の名前が出た。という噂が立つとですね。

 私より色んな面で上の方々が、理不尽さと嫉妬を感じて私に意地悪したり。或いは皆さんとの伝手を作りたいと面倒を依頼してきたり。多様な困った事が起こりかねないのですよ。

 ですから怒ったというよりは、怖いのです。何せ私はご存知の通り立場が低く弱い。皆様を妻にしたいと望んだり、より良い縁を持ちたいとお考えの方の中には貴族も居るでしょう。面倒は起こさないに限ります」


「うむ? 今回、トークがダンを認めるとなれば民へ知らせるかは知らないが、お主も貴族同然の待遇を受けるだろうに。そういえば親族を呼ぶ準備をしてないように思えるが……大丈夫か?」


 は? 何それ。


「……我が君。常道としてはそうなりましょう。我が君の功を発表せずとも、ご親族をそれなりの要職に付け実質的な力を与える。……トークも、そろそろもし受け入れるならどの程度を望んでいるか。尋ねたく思っているはずです」


「あは―――はっ。ハハハハハ!」


 ああ、不味い不味い。こんな大笑いしちゃ駄目だ。二人とも驚いてるじゃないか。


「ふっ……ふ……ふぅ。すみません。余りに可笑しかったもので。

 親族を此処に呼ぶのは無理なんです。実にお恥ずかしいのですが、私の親族は私を越える臆病者揃い。トークのような辺境の地に来ては、早晩気鬱の病に掛かるような者たちでして邪魔にしかなりません。リディア様、お恥ずかしながらその常識完全に欠けてました。先日のトークの質問にはそういう意味もあったんですねぇ。

 面倒を頼んで申し訳ありませんが、リディア様にとって都合の良い人を要職に付けるとか、良いようにしておいて頂けませんか?」


 成程ね。普通決定権を寄越せ。みたいな事を言うのなら、それに伴う実行力の要望もセットだよなぁ。私が表に出なくても使える奴を要職に、と。

 しかし親族。いやはや。久しぶりに心から笑っちゃった。百年前の親族ならまだしも、今の親族はこんな所連れてきたら鶏の声で起こされるだけで発狂しちゃうよ。


「御意。ご高配に感謝致します」


 うんうん。良いように使っちゃって。


「兎に角。皆様が此処にいる四人以外の人間が居る時に、私について一言でも口に出せば、何時か面倒が起こる種になりかねないのです。

 ラスティル様が私の立場をおもんばかってトークの前で話してくださった事には感謝します。ただ……あちらの方がそれを外でどう話すか全くわからない事もご承知ください。

 何時かラスティル様に恋した者が何か勘違いをして、私を闇討ちする。なんて事は……望んでおられませんよね?」


 自分の住んでる土地の領主にコイてしまった今、日頃から襲われないよう益々気を付けてるので個人の闇討ちなんぞ大して恐れてないけども。


「――――――。すまぬ。ダンの立場ならどうなるか、自分の考えが足らなかったように思う。今後は決して人前で話さぬと誓おう。だから、その……怒りを解いてくれぬか?」


「はい? 怒っては、いませんよ。皆様には酒宴で私を馬鹿にした話題ででも盛り上がってくださいとか言っておいて、褒められたら困る。など伝えてない配慮を求めた私が愚かだったのです。失礼な態度、申し訳なく思っています」


「で、でも。何時もと違って様を付けて呼ばれると、何か、凄く、背筋がゾワゾワするんだ。僕ももう話さないようにするから。許してよダン」


 ……様、付け。―――してたね。そっか心の底が影響したかな。我ながら……浅い。溜息出ちゃうわ。


「あー、真面目な話をしてたら、つい様付けに。怒りはなんてとんでもないです。親しく名を呼ばせて頂けるなら、勿論感謝いたします。不快な思いをさせてしまいすみませんアイラさん」


「う……うん」


「リディアさんも失礼をお許し頂ければ嬉しいです。朝一番に報告してくださり、本当に有難うございます。時間が過ぎていれば過ぎているほど、動揺してしまったでしょう。

 さて、皆様お帰りになりますか? 宜しければまだ体調が悪いようですし、お茶のおかわりでも飲んで三人で歓談されては。もしお嫌でなければ私の朝食として作った雑炊を共に食べて頂ければ嬉しいのですが」


「是非に。頂きとう御座います」


「お、おう。拙者も頼む」


 さよですか。うんじゃー卵でも追加して少し贅沢になるよう作り直しますかね。



******

 外の気温と一緒に上がった主人公の体温が、今夜明日と下がる気温と一緒に下がったという話だったのですよ!

 唐突に気温が下がるようです。嬉しいですが風邪にお気を付けください。

 気温が下がらない地域の方は……頑張って☆ミ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る