実質侯爵となったカルマ2

 目の前には私と同じ下級官吏の列。その奥にはお偉方の列。そして全員が見られるよう用意された高台には。

 我がご主君カルマ・トーク様が今回の戦いの苦労を労い、特別に功績のあった者を褒賞中。


 皆さんお疲れ様です。おお。目録を受け取ったガーレが此処からでも分かるくらい男泣きしてる。

 存亡を賭けた戦で武官として第一功を立てた。と、称えられ感極まったか。

 うむ。よく出来てる。この話、よく出来てるぞー。

 一騎討の時グレースが呪いの言葉を吐いてた気がするけど、終わり良ければ全て良し理論なのだろう。……一突きで終わらせたラスティルさんの千倍良かったしね。


 へー。今まで第一功を与えられた経験が無いのか。ボソボソと囁かれる噂話、新人には有難いのぅ。

 考えたら当然だな。同じ軍にアイラとやたら優秀っぽいレイブンが居たら厳しいわ。

 そのアイラは何処に……あるぇ? あの白い髪に尻尾とんでもなく目立つの「ダン」


 おひょっ!? ほ、ほあー。なんで貴方此処に居るの。止めてよね。下っ端がこんな式典で叫び声上げたら大変なのよ。……いや、油断してるのが悪いな。そー思った方が良い。


「はい。何でしょうか」


「僕も、褒美が欲しいな」


 え゛。これは人に聞かれないよう話さなければ。


「あ、あの、戦功がどうなるかはお話したと思いますが、嫌でしたか?」


「うん? それはどうでも良いよ」


「では、どんな褒美を?」


「ダンのあの料理。二か月以上食べてないでしょ。月に一回は食べたいのに……」


「お、おーう……今夜作りましょうか? ちょっと新しい食べ方を試してみます?」


「! うん! 凄く、楽しみだな」


 今、痙攣したように尻尾がピーンと……。

 ぬぅ。天丼もどきと、カツ丼もどきはこの期待に応えられるだろうか?

 元の物ならば絶対の力を持っているが……。


 と、我らがご主君退席の角笛が。へへーとな。

 これで今日は終わり。褒美の後は皆が酒宴をするからお休み。なんて時代を感じるねぇ。

 私は私でアイラの期待に応えられる食材を買いに行きますか。天ぷらは素材の力が八割だものね。明日葉があると良いのだけど。

 ……うん? 余計に美人なお方が周りの誘いを断ってこちらへ。私に用がおありか? なら人の居ないところで待ちましょうか。……うむ。お出でになった。


「戦功第三位のラスティル様にご挨拶致します。おめでとう御座います。私もこっそりと鼻を高くしておりました」


「おや? ダンが今回の褒賞を決めたであろうに」


 あ、待って。耳もとで言わないで。こんな体勢見られたら面倒くさくなるから距離とって囁き声でお願いします。


「いいえ。決めたのは姉妹ですよ。この軍で初めての大戦で第三功を得たのはラスティルさんの実力です。敬服致しました」


「ふむ。お膳立てし尽くされていた感もあるが。ま、主君を喜ばせられたのなら重畳か。それよりもダン、今日の夕餉は特別な献立でアイラをねぎらうのではないかな?」


「えっ。どうしてお分かりに?」


「リディアが教えてくれた。アイラの喜ぶところがよく見えたのだと。まさか我等二人を遠ざけはせぬよな?」


 リディアずっと前向いてたような……。いや、考えまい。


「勿論ですとも……。お二人の分も作っておいていいでしょうか?」


「うむ。頼んだ」


 二人分追加か。自信は無いが……気にしないでおこう。話し合いの機会が大事。食事はオマケよ。


******

 劣化天丼と劣化カツ丼も何とか好評のご様子。青シソとミョウガのおかげかな。

 うむ……先日戦場で二つを発見出来たのは正に天の助け。

 しかしもうこれっきりにしよう。

 そもそも天ぷらとご飯別々で出した時でさえ大変な人が居るのに、何故合わせてどんぶり物として出そうと考えてしまったのか……。私はもう痴呆が始まったのか。

 申し訳なさそうな顔をしながらも、決してお替りの要求をやめないとは流石アイラ。

 ご飯を釜ごとドーン。して後はご勝手にじゃないとやってられん。

 この人、北東の端に居る火の部族からこっちに来たと聞いたが食い過ぎで追い出されたんじゃなかろうか。

 オウランさんの所も冬の食料消費はかなりピリピリしていた。同じような所でこの調子だと、比喩抜きで寝込みを襲われそうだもの。


 と、皆さん食べ終わったし水出しのお茶をお出ししますか。

 そしてコソっとそのお茶で歯をゆすぐ。

 マナーが悪いと言われようが、少しでも虫歯対策をしたい。虫歯からの頭痛で曹操になるのは嫌だ。

 あ、そーだ。虫歯。この話をしないと。


「皆さん、寝る前に必ず歯を磨いていますか?」


「歯の間に物が挟まっていては不快ですゆえ、糸で取り除くくらいは致しますが……必ずという程では」


 やっぱりそんなものか。

 甘い物を殆ど食べないから、虫歯にはなり難いだろうけど。


「後で歯の磨き方を書いてお渡ししますから、それに従ってください。アイラさんにはもう義務付けてあります」


「ダン、あれ面倒。一日二回もしなくて……うう……。ダン、その食事減らしますよという眼、辞めてよ。……分かった、分かったから僕ちゃんと言われた通りにするから」


「拙者は嫌だ。面倒極まりない。だいたい何のために其処まで神経質になるのか理解しかねる」


わたくしも何か理由があればお教え頂きたい」


 ふーん。私のビッグな親切に、そーいう事言うんですか。


「しないと、歯に付いてる食べかすが腐って息が糞尿と同じ匂いになりますよ」


「「!」」


「誰かの口が臭かった記憶はありませんか? その要因の一つが歯に付いた食べかすです。私は美人が好きですけど、幾ら美人でも口が臭いと話したくなくなりますねぇ。皆さまと喋っていてそう感じる事が有るかは……ご想像にお任せします」


 口臭が気になるような近距離に近寄る事自体滅多に無いけどもね。

 ただ、ラスティルさんは偶に息が酒臭い。……美人でも台無しだわ。


「……主君の言いつけとあれば、致し方ない。忠義者だからな。拙者は」


「……そうですな。我が君のお望みには逆らい難い」


「そうですか。有難うございますお二人とも」


 うむ。文化と世界が違っても本能的良識は一緒で結構。臭いと言われたら嫌だよね。

 私は虫歯と口臭から君たちを守れればどんな動機でも一向に構わん。タバコとコーヒーのコンボが無くて本当に良かった。


「ダンって……。怖いよね。……えーと。あ、ダン、明日カルマから呼ばれた宴。一緒に行く? それとも別々?」


 私が怖いとか何言ってんすか。しかし、宴?


「拙者も呼ばれておる」


わたくしもです。トークで最も上位の者だけと聞いていましたが……ふむ。我が君は。成程」


 その通りのようだね。あ、残り二人もアチャーみたいな顔しないでくれます? 悔しがってるように見えるのかと不安になる。


「近頃皆さんは特に大変でした。苦労を分かち合う良い宴でしょう。楽しんできてください」


 私を呼ばなかったのが離間工作だとしても別に良いです。

 行動を制限されて、ストレスや反感を感じられる方が困る。

 加えてアイラ以外は離間工作でどうこうなる人間ではなかろう。


 アイラは……ハメられてどうしようも無くなったりはしそうだが。

 私がしたみたいに。或いは衝動的に、とか。

 ま、一緒にリディアが行って問題が起こるなら、どーしよーもない。


「ここまであからさまなら反応を見てる程度。抗議すれば謝罪してまいりましょう。如何なされます?」


「いやいやいやいやいやいや。冗談じゃありません。私は皆さんのような苦労何もしてませんし。私の過去やマズイ話をされては困りますが、カルマさん達と親しくなるのは良い事ですよ」


 呼ばれてないパーチーに参加なんて全力お断り。そもそも私の世代は上司からのお誘いは有益であっても面倒くさいと言っちゃう世代です。

 自分の分だけで良い時のぐーたら主夫らしく、茹でた野菜と肉に適当に調味料付けて食べてた方が満足するのです。


「ダン、器を大きく見せようと無理をしていないか? 素直になって良いのだぞ?」


わたくしがどれほどの厚遇を提示されようと、人望の足りぬ孤独な主君を捨てぬ忠義の臣なのはお言葉通りです。されど確実に我が君の話題が出るというのに……何か裏取引でもなさいましたか?」


「……ダン、寂しくないの?」


 ……お前ら私の評価どうなってんの?

 後貴方達、何時の間にかやたら仲良くなってますが、戦友だからなの?


「とにかくリディアさん、貴方に任せます。私を褒めるのはやめてください。悪口はご自由に言って楽しんでください。

 私の意思を確認して下さったのは嬉しかったです。と、いう事でお願いします」


 向こうはきっと好きなように言うだろうけど、自分の評判なんてとっくに投げ捨ててる。私の悪口で盛り上がってくれれば本望だ。

 日頃抱えてるストレスを少しでも減らしてくれれば私にとっても有難かろ。このご時世そーいう悟りが大事なのさ。

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