陰に潜む

戦勝の宴1

***

 皆、宴席に満足しているようだな。ダンの配下たちにも笑いが―――リディアは……しかし不快そうでも無い。主君を呼ばぬ事に一言も無かったし、実に分からぬ娘だ。

 余りに不透明なあ奴の気性を知ろうと小細工をしたが、何一つ反応なく呼ばれた者だけ来るとは。

 少々失敗した気もする。……兎に角今は楽しい宴にし、三人と親しくなる事を考えようか。


「今日までの働き、皆に感謝する。言うまでも無かろうが、本日トークがあるのは此処に居る全員が居てこその結果だ。特にアイラ、リディア、ラスティルはよく来てくれた。ダンを不快にさせていないか心配したのだが」


「いいえ。我が君は嫌な顔一つせず、『皆さまで楽しんできてください』と積極的にお勧めくださいました」


「そうか……。公の立場が高い者のみの場に呼ぶのも意に沿わぬかと思ったのだが、後で謝罪しておいた方が良かろうな」


「其処まで姉さんが気を使う事は無いわ。ジョルグを連れてきたのは確かに功績だけど、その後は何もしてないじゃない」


 少し言葉が強すぎるぞグレース。荒立てるのは……む。三人に不快気な様子が無い?


「慎めグレース。リディアとラスティルがここに居るのはダンのお陰もあろう。三人には失礼した。謝罪しよう。ただ……不快ならば口に出してくれてもよいのだぞ?」


「お気遣いには感謝をカルマ殿。されどお気になさらず。我が君がお怒りになるような事をお二人とも仰っておりません。先日と同じ理由にて謝罪も不要です」


「そう、か。承知した。よろしく伝えてくれ」


 どうもこの者達の関係はよく分からぬ。主君と言いつつ忠誠心があるのかさえ不透明。

 その主君は……更にどう判断すべきなのか。我が臣下アイラを奪い、何時かは臣下にしたいと強く望んでいた有能極まる二人を奪った憎むべき相手。しかも領主にとって悪夢である別派閥の主。そして滅亡すると覚悟していた状態から、領土が倍近くに増える切っ掛けを作ってくれた恩人。

 更には今も考えたくないアレがある。……何時、尋ねるべきか。どう対応すべきか。実に悩ましい。


 いや、まずは飲もう。ワシが飲まなければ皆も楽しく飲めぬ。


******

 皆、正気を無くし始めておる。かく言うワシも少々回ってきた。

 にしても我が妹は余りに過ごしてはおるまいか。

 良いか。今日くらいは飲みたいだけ飲むべきであろう。

 思えば遥か昔にも思えるランドに到着した日より今日まで、心休まる日も無く。

 やっと落ち着いた目出度い日であるのだから。

 うむ。ならば足らぬな。蔵から出させるか。


「アイラどのおおおおおお、どうしてあんな男の配下になってしまったすううううぅ。小職は、しょうしょくはぁあああ、寂しいっすううう」


「……ごめんねフィオ。ダンに助けて貰わないと僕達死ぬと思ったんだ」


「それよ! アイラが守らなければあいつもあんな増長した要求出来なかったのに。そもそも倉庫担当と軍の長がどうやって親しくなったの」


「最初の切っ掛けは料理かな。ある日ダンが作ってくれるって言って来て。凄く美味しいんだ」


「なっ……アイラの嗜好を調べ上げたでしょあいつ……。こんな事ならアイラをランドに連れて行くべきだったわ」


「それは悪手であろうな」

「悪しゅうございます」

「グレース、それ死なない?」

「妹よ、考えが浅いぞ」


「な、何よ皆して」


「拙者が考えるにアイラが同居し守る意思を見せなければ、ダンはさっさと逃げだした。

 となれば、我等はランドに留まり今頃……さて」


「別にあいつが居なくても、リディアが居れば同じ結果になるわよ」


わたくしが此処に居るのは、あくまで我が君の御意に沿って。その主ですが……気性から考えて今回の動きには違和感が。やはりアイラ殿が配下になる意志を示さなければ、此処には居ないでしょう」


「……ダンは臆病だからね。本当だったらすぐに逃げたと思うよ」


「分かったわよ。でも、なんで姉さんまで。あいつと大した関係無いでしょ」


 こ、こやつ。どれだけ飲んだら忘れられる?

 ……せっかくの酔い、覚ます事も無いか。


「そうだったな。お前の言う通りだ」


「でしょ? あたしは大体正しいんだから。おかしいのはリディアよ! なぜ貴族で、しかも名の知られていた貴方が下級官吏の配下になってるの! どう考えても主従が逆でしょっ。本当はそうなんでしょ!」


「神に誓ってわたくしが従者ですとも。かように奇妙と言われるは心外ですな。わたくしは入念に人物を見定めて選びましたのに」


「奇妙どころじゃないわ。リディアだってあいつの仕事ぶりを見たでしょう? 無難に無難にしか考えて無いじゃない!」


「そうっス! アイラ殿、あのような男よりもこのフィオ・ウダイの方がよっぽどアイラ殿にとって有為な人材っス。そうだアイラ殿、一緒に暮らしましょう。あの家はもうあいつの匂いがするっスからあいつに渡してしまって我が家にお越しください。ずっと楽しくなるっスよ」


「……ごめんね。それだとダンを守れないから無理だよ」


「アイラ殿ぉおお……どうしてなのですかぁああ……」


「ああもう、酒を飲み過ぎよフィオ! リディア、あの痴れ者の首を見た時のあいつ覚えてるでしょ? 戦場で首一つで驚くなんてもう情けないったら! あの後紫になってた頬は殴られた痕なんですって。あいつ本当に雑兵並みよ」


「ふぅむ。それは情けない。しかしあいつは一騎打ちに俺を選ぶ慧眼を持っているからな。官僚なのだし、幾らか臆病者でも良かろう」


「ガーレは黙ってて。それにダンの片手に盾、片手に剣って何よ。長物の鍛錬を殆どしてないって言うじゃない。騎馬が相手の時どう戦うつもりなのかしら」


「戦う気は無いと思う。とにかく怪我をしないようにってあの装備を選んでた。僕も守りばっかり教えてるし」


「何それ。戦で剣を振るう気が無いの? 何なのあいつ。良い所が何処にあるのよ。精々口が少し上手いくらいのもんでしょ!」


「いやいや、それが物の道理を分かっている所もあるし、素晴らしい料理を作れたりと良く分からぬ長所があるのだぞ。技術としては拙いのに味わった記憶の無い美味さでな。しかしあの殴られた後は草原族からだったのか。……うーむ臆病者は好かぬな。まぁダンに蛮勇があっては地が裂けるか」


 ほぉう。あやつ料理が出来たのか。味わった記憶の無い美味さと言われては、食べたくなってしまうのぅ。

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