手紙でのカルマの返答

 アイラが承諾してくれて実行の条件が揃った。

 あとは今後を考えてどう動くかだが、

「トーク閣下の帰還は大前提として、以降を少しでも有利な状態にしたい所ですが……リディアさんには案あります?」


「まずは何時帰って来るか悟らせない事でしょう。オレステとウバルトを始め近隣の領主は今模様を眺めており、カルマ殿の帰還は考えておりますまい。その状態を少しでも長く保ち、加えてこちらも帰還は突然の話で準備が出来ておらぬと思わせられれば尚よい」


「えっと、具体的にはどうしたものでしょう」


「帰る理由を『急病故に役目が果たせなくなった』とするのが一案。突然帰っても不思議は無く、カルマ殿が病となればこちらの混乱を期待し、甘くみてくれるやも」


 ははー。悪知恵働くっすね。


「良いですね。後はトーク閣下が受け入れてくれるか。ですか」


「勿論その通り。ひとまず帰るようにという文を、以前カルマ殿から送られて来た物の返信として送るとします」


「あの返信出して無かったんですか」


一朝一夕いっちょういっせきで良い思案が浮かぶのは不自然で御座いましょう。直ぐに思いつく適当な内容の返書をしたためた時、追加の考えが浮かび次第送るとも付け加えてあります」


 その適当な内容って、当てにならない内容って意味だよね? 貴方何をしても絶望的って言ってたし。

 人の事は言えないが、全く罪悪感を感じてなさそう。やっぱり怖いお方だ。

 もっとも不可能な要求に応えられなくて罪悪感を感じるような人だと不安ではありますが。


「これで良いでしょうかアイラ様。トーク閣下達へ私達の指示に従うよう言うのは皆がレスターへ返って来て、かつ他所から攻められる等絶望的な状態になっていたらです。必要が無ければ今まで通り。

 行動する時に荒事が起これば、私とリディアさんの命と自由をお守りください」


「うん。分かってる。敵が攻めて来るとしたら帰還して直ぐだと思う。争ってる時間が無さそうだし全部予想してきたダンに従うべきなんだろうね。……カルマ達が納得するかは分からないけど」


 同意を得られた。後はカルマ達の返信待とう。


---


 カルマに文を送ってからわずか五日後、早馬で返事が来たと言ってリディアから家に呼ばれ一人で訪問する。

 こんなに早いとなると読み次第送り返してきたのかな?

 その内容は、と。


『ワシが求めるはケイの大宰相として事を成す案であり逃げ帰り方ではあらぬ。

 このケイ帝国の状況の酷さは想像以上であった。今が最後の対処可能な時であり、これを逃せば戦乱が各地で荒れ狂うのは明白である。ワシの領土に居る民たちの為にも最も、ケイ全土に影響を及ぼせる地位を放り出す気は無い。

 ワシ個人としても長年辺境故に蔑まれてきたなか、祖先と数多の臣下が命を賭けて戦い得た貴重な重責を何としても果たしたく思う。

 リディア・バルカ殿、現状は先日送った通り変わっていない。ランドの民は今の所我々をある程度支持してくれているのだけが救いという程度。そなたが頼りなのだ。どうか我々を支え、知恵を絞って欲しい。この難局を乗り越えた暁には必ずや厚く報いよう』


 ……ぬーん。

 一つ一つはそらそーだろねって内容なのだが……。

 もうケイ帝国は諸侯を罰する力が無く終わってる。何ともしようがなかろうに。

 一応王領の人口は未だに多いから、兵を集めようと思えばかなり集まると思われる。しかしビビアナ・ウェリア個人にさえ兵数で勝てるかどうか。

 

 この状況を何とか出来ると考えているっぽいのは若さなのか?

 私も後十年ちょい若い時は、何でも何とかなると思ってた気はする。

 だからと言って私が彼女よりも領主として立派等と言う気は無いけど。

 何と言ってもそういう苦労をしていない民草ですからね……カルマのこの反応の理由さえしっかりは分かってなかろう。

 して……リディアの反応はどうかな?


「我が君、お考えに反する意見を述べて不興を買うのが恐ろしゅう御座います。どうか先にお言葉を」


 お、おま……。

 何時もの如く淡々と述べておられるそのご様子で、何処に恐怖があるのか。


「私もリディアさんの不興を買うのが恐ろしいのですが。あ、いや、すみません。分かりました。では感じたそのままを。

 視野狭窄と情報収集不足により、理屈上最も困難を配下に背負わせかねない系統の主君になってるなぁ。といった所です。ただ私が知らないだけでトーク家にも歴史ありで仕方のない部分があるかもしれません。

 リディアさんに頼っているのは立派だと思います。カルマの配下で何とか出来る可能性が唯一ありそうな方ですから」

 

 リディアが片方の眉を上げ、頭を下げた。


 ―――今、音が消えなかった? 流石に超常現象……は起こせないでしょ。頭を下げられて不安を感じた私が勝手に耳を彼女以外に向けなかったとかそんな感じのはずだ。

 ……コワイ。


「余りに惨いお言葉に愕然と致しました。事実だけを見れば全く同意見。されど現実としてはやはり酷と言うべきでしょうな。辺境と中央の軋轢は中々の物がある。本人であればこう思っても当然。

 とは言え追い詰められてカルマも意固地になっている様子。これを帰らせるのは中々の骨。で御座いますので、英明かつ勇敢で悪辣な我が君が渡したという箱を試したく」


 うげ。酷い言いようで私の墓穴を使おうと仰る。あれは……使いたくないなー。


「あのー、その前に心配がありまして。私の……まぁ、謀反をカルマが感じている可能性はありますか? アイラ様や誰かが密かに送った書状などでカルマにこちらの考えが知られ、私を捕らえようとしている雰囲気があったりは?」


「いいえ。今の所全く。

 うむ。アイラ殿をお疑いと知り安堵致しました。しかし無用な心配でしょう。現在早馬などの諸々はわたくしが管理しております。まずは安心なされませ。ただしカルマ殿が帰ってくれば止めようがありませぬぞ」


 そらそーだな。

 何をどうしようが、アイラがカルマに会って話すのは止めようが無い。

 そうなれば五体満足で追放して貰えたら万々歳と思おう。

 しかし……アイラの天下無双っぷりは頼もしいと同時に頭痛が痛いね。

 オウランさんの手伝い戦では常識外れな距離から弓で大将を殺したと聞いた。つまり彼女がその気になれば、視界に入ってる奴は誰であろうと突然死の可能性が在るのだ。

 本当アイラの感情には気を付けないと。


「アイラ様には良く注意するとします。―――えーと、その……箱の中の文は……見せないと、駄目でしょうか?」


 沈黙―――が、辛い。何をお考えでしょうか。後ろ暗い事が増えるのはやはり良くないな。


「―――手を尽くした訳では御座いません。しかし文のやり取りをすれば都度十日。加えて……今少し考えたくあるのですが帰還に際しての案が御座います。ただカルマ殿が反発しそうな物なので、出来れば最も心を動かしそうな我が君の布石を使わせて頂きたく思うのです。……何か、不都合が?」


「ふ、不都合という程じゃないのですが……はい、すみません。リディアさんは後でアイラ様に説明へ来られますよね? その時に鍵をお渡しします」


 諦めました。だからそんな見ないでください。


「……では、そのように」

 

 結局使う羽目になったか……態々墓穴を深く掘ってしまった私は本当間抜け。

 はー。もう大体できてるけど、改めてちゃんと言い訳を言えるか演技練習しないとな。


******


 目の前でカルマの文を読むアイラの表情が……どんどん曇ってる。

 

「こんなに、苦労してるなんて知らなかった。カルマ、凄く苦しそう。……ダン、カルマ達がランドで上手く行く方法は無いの?」


 そんな悲しそうな顔をされましても……。 


「リディアさん、お考えをお願いします」


 いえ、こっち見ないでください。押し付けたんじゃないんです。

 説得力に差があると思ったんですよ。


「……仕方の無い方だ。

 アイラ殿がお聞きになった悪評が、ランドを跨いで反対のマリオ領でも広まっているのはその文でご納得頂けるでしょう。

 時の人であるカルマ殿が悪となりケイ全土が注目しております。必ずや群雄たちは己が名を高めて世に数多居る人材の耳に届かせ、自分の下へ訪れさせんが為に兵を起こし雲霞うんかの如く集まるはず。この悪評を力ある者は皆、心の中では喜んでいるのです。防ぎようが無ければ戦いようも無い」


「グレースは、バルカ殿を凄い褒めていた。……見た記憶が無い程の才能だって。そのバルカ殿でも無理?」


「現在グレース殿を始め皆が全力を尽くして尚この状況なのですぞ。わたくし如き小才子に何が出来ましょうか。お忘れのようなので付け加えますと、わたくしは此処に来て一年も経っておりません」


「そう、だね。ごめん。―――じゃあ、さ。カルマが帰って来ても隣の領主から攻められると言っていたよね? それはどうするんだい?」


 ぬがっ。

 それは……教えられない。


「アイラ様の以前の働きに対する報酬も含めて、オウラン様に兵を出してくれるよう交渉する以外は……トーク閣下達だけで何とかするよりもマシであり、私が居ないと実行が難しいとしか言えません」


「え? ……あ、そうか。僕は信用されてないのか」


 有体に言えばそうなる。


「すみません。もしもアイラ様が計画をトーク閣下に話してしまい、彼女達が私抜きでもそれを実行できると考えてしまっては困りますから。リディアさんから保証は頂いています」


「うん、そうだね……。ダンだったら当然だ。かえって安心したよ。少なくとも適当な嘘を言って騙そうとしてるんじゃないと思えたから。それだけ慎重なダンなら、実際は何も無いなんて言って僕から恨みを買ったりはしないだろ?」


「……もしかして、脅されてますか?」


「違うよ。本当にそう思う。そしてカルマがダンに従ってくれれば、多分生き残れるんだろうなって。そうだろう? バルカ殿」


「はい。勿論何が起こるかは分かりませぬが、少なくとも今回は生き残る目の方が大きいと読んでおります」


「うん。良かった……。ダン。カルマをお願い。カルマ達は僕にとって友達だし、あそこにはフィオも居るんだ。何とか助けて欲しい」


「はい。まずは帰ってくるように伝えます。……リディアさんが」

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