アイラへの根回し開始
リディアと話した次の日の夜。
目の前のアイラは好物を取りそろえた夕食を食べ御満悦。話し合うのに良い状態だ。
頑張るとしましょう。
「アイラ様真面目な話があります。よろしいでしょうか?」
む。悩んでる表情に。珍しい。
「……僕も話がある。前ダンはカルマがザンザを超えるかもしれないと言ってたよね? 本当にそうなった。そして『その時はカルマが諸侯全てに憎まれる。どうするか』って。あの話の続きを聞かせて欲しいんだ」
そうか、アイラも気になっていたか。
話が早くて結構。
「覚えていて欲しい事があります。私はトーク閣下に何一つ悪影響を及ぼしていませんしお止めてしたのです。これからする話も、皆様に利益の方が多いと私は考えています。大体嫌でしたらアイラ様は何時でも断れます。この点、よろしいでしょうか?」
「うん。分かってるし分かった」
ならば良い。頼むから忘れないでくれよ。
「まずはアイラ様にトーク閣下がどうしようもない状態にあると納得してもらいます。どう対応するかの話もそれからでお願いします。
そこで情報の追加を。トーク閣下の悪評がビビアナ・ウェリアの領地で既に広まりつつあるそうです。他の諸侯も同じような話を広めようとしてるらしく、ケイ全土にトーク閣下の悪評が広がりそうです」
「……。本当に?」
「はい。ビビアナと相当数の諸侯は己を正義とし、トーク閣下を攻めたいのでしょう。アイラ様もう一度訊ねます。トーク閣下を助けたいと思いますか? その為には条件があり、更には以前申し上げた通り最低でも一回。私の為に働いて頂かなければなりません。
此処に居て、窮地の時はどのような命令を受けようが無視するか逃げる。それが最も苦労せず安定してご自身の命を守る方法だと私は考えますが」
軽く意表を突かれたような、そして始めて見る寂しそうな表情。
ごく当然の事を言ったと思うのだけど。
「……僕を受け入れてくれる所が何処にある? 僕が誰かと暮らしたかったら此処以外には無いよ。ケイ帝国は獣人が嫌いだし、獣人達は僕の白い毛が嫌いだ。オウラン達だって戦士としての僕は褒めてくれたけど、一緒に住みたいとは思わないんじゃないかな。―――だから、僕は僕自身の為にもカルマを助けたい。少なくとも本当にどうしようもなくなるまでは。ダン、条件を聞かせて」
成程。彼女は何処に行こうが孤立しやすいと私も思う。
彼女は実に目立つ。しかも社会に入る為の教育をされず、成人になってしまっている。哀れだが、仕方のない話か。
……私が仕方ないなんて言うのはふざけた事だな。
そんな状況を使って彼女を利用しようとしてるのだから。
ふぅ……話そう。ただその前に直ぐ逃げれるよう腰の位置を調整して、
「そうですか……。では条件ですが。アイラ様がトーク閣下の配下を辞め、私の配下となる事です。
私がトーク閣下を助けるには、ある程度私に従ってもらう必要があります。そして閣下が生き残り続ける為には、今後ずっと私の意見を上に置いて頂きたいと考えています。
しかし私に従えと言えば謀反同然。ですから最低でもトーク閣下と話す時に守って頂かないと提案も出来ません。またその後ここに居続けるにはアイラ様に守って頂くしか方法が思いつきませんでしたので、身の程知らずではありますが配下になって頂かないと私は眠れません」
「僕に……カルマを裏切れと言うのか……」
怒るかと思ったが、呆然としている。当然かもしれない。どれだけ外れていようと貴族である彼女を平民である私の配下にというだけで吹っ飛んだ身の程知らず。領地持ちのトーク姉妹に意見を尊重させようと言うのも又酷い。
しかし裏切りは違うな。私とお嬢さんがしようとしてるのは手助けだ。
カルマはもう死んでいる。
この世に助けられる人間は私以外見つかるまい。ならばどんな無茶でも通る可能性が在るはず。……あの二人が極めて理性的なら、ね。
「当然ですがトーク閣下が帰って来た後、提案を拒否されたら強制せず私は逃げるだけです。その際は領境まで護衛して頂きたく思います。後はご自由に。
私としてはアイラ様も一緒に来られるのをお勧めします。万に一つ閣下が最初の危機を乗り越えられてもその後必ず滅ぶでしょうから。この予想、今までの予想と同じ程度には自信があります」
なんせビビアナ・ウェリアが恨んでいる。彼女には勝てん。
私が居なくても、リディアが本当に助けようと思えば目があるのかもしれないけど……。
リディアはどう見てもカルマに興味が無い。
私が居るからこそ彼女はカルマを助けるのだ。
自分で何言ってるのか分からないくらい、未だに訳が分からない話だなこれ。
アイラは……まだ悩んでいるか。
やはり謀反には協力できないと、剣に訴えたりしないでくれよ。
最初にした私がカルマへ益しか与えないという話を忘れないで欲しい。
一応外に草原族の人も居るが、連絡役が期待の限界なのだ。
「……そんな、噂が流れているのは嘘だ。カルマは酷い噂が立つような事はしない。僕は信じない」
助かった、かな。斬りかかっては来る雰囲気はない。
しかし『嘘』と来たか。迷いがはっきり表情に出てるが、言いくるめるようなやり方は危険だし……、
「お疑いはごもっとも。であればアイラ様ご自身の耳で確かめて貰うしか無いのですが、ここまで噂が広がる頃には手遅れとなりかねないのです。
そこでビビアナ領の近くまで、トーク閣下についてどんな話がされてるか聞きに行かれては。ただし馬を何頭も連れて出来るだけ急いでお願いします」
「随分自信があるんだね……。噂は、それでいいよ。でも幾らダンが頭良くても、カルマを従わせたいなんて滅茶苦茶だ。今回は―――もしかしたらグレースたちより正しかったかもしれない。でも今後ずっとなんておかしい。貴族でもないダンにそんな先の事まで分かる訳ないじゃないか」
「ああ、言ってませんでしたが今回の予測をし、今後も情勢を集め考えてくださるのはリディア・バルカ様です。彼女は何故か私の配下になると仰いまして。私の意見は彼女を頼る事になるでしょう。
そして相談した結果、トーク姉妹に最後の決定全てを任せられないとなったのです。元より無駄に二人に反対する気はありません。ですがトーク姉妹よりリディアさんの方が広い見識と、現実的で生き残る判断をする力があると考えました。
実際トーク閣下はリディアさんなら絶対にやらない判断をして破滅しかけてますからね」
おや驚愕のご表情。理由は考えるまでも無い。良く分かるよその驚き。
「あの……バルカ殿が。ダンの配下? う、嘘だよね?」
「正直不思議なのですが。信じられないでしょうしリディアさんに直接聞いて下さい」
「あ―――。考えたら分かった気がする。ダンも怖い人だったんだね。僕をよく知っている。そして、絶対に他に行動が取れないようになってから話をしてるんだもん……」
何それ。良く分からないよその納得。
「そんな事はありませんよ。確かに私はアイラ様を知ろうとしました。そしてお互いが最大の利益を得るように提案しています。ですが絶対に他の行動が取れないなんて欠片も思ってません。
怖い人等と過大評価されては困ります。私に出来るのは小さな事だけ。アイラ様やトーク閣下の状況にはとても有効な人間だったというだけです」
過大だか何だかは知らないが高い評価自体有難くない。最低でも自分が一般人だと考えてるとの主張はしておかないとな。
「小さな事だけ……僕にはとてもそう思えない。でも今は良いや。とにかくリディアと会ってから噂を聞いてくる。返事はその後で良いんだろ? 第一どうやってカルマを助けるかも聞いて無いし」
「はい。ご納得頂いてからでないと私も困ります」
話はこれで終了。後はアイラの返答を待つしかない。
私にリディアやアイラに対して強制力を働かせるのは不可能だからな。
個人の力だけで全てを覆されてしまう。
私としては彼女達に利益を与えたい。
私の提案に沿って動いた方が、彼女達の望みが叶えられるように。
しかし……アイラはともかく、リディアは本当にどうしたものか……。
彼女の望みも、考えも、何も分からない。
……とりあえずは慎重に、そして敬意を持って当たるのみ、か。
一方カルマにとって私が重要人物なのは自信がある。
草原族は本来カルマが弱れば村々を襲い始めるのだ。
ただでさえ厳しい状況でそうなれば少しずつ出血して死ぬしかない。
それを止められるだけでも私には万金の価値がある。
勿論オウランさん達が聞く耳を持たない可能性もあるが……恐らくは大丈夫。
苦労は必須だが彼女達とカルマの共存は可能で、お互いにより利益があるはず。
そしてカルマの後背を安定させ、始まった戦乱の世を可能な限り生き延びさせてやろう。
露骨に言えば良い道具となり長く使わせて欲しい。
私が一番気を付けなければならないのは、カルマ達が激昂して首を狙ってくることかな。
故に全ては攻撃を躊躇わせ、イザと言う時には初撃を防いでくれそうなアイラ次第。
アイラが突然裏切れば……草原族の交渉が頼りになる。死んだり大怪我しないように対応しないとな。
裏切るという表現はおかしいか。彼女は元からカルマ達の配下、いや友人だ。
他に考えられるのは私が話した内容を今すぐカルマへ報せるとかか?
カルマの動きに違和感があれば逃げた方がいいかもしれん。
とにかく考えが及ぶ限りは備えるとしますか。
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