カルマに与えるオウランの助力のしかた

「草原族には敵軍へ進軍中全く寝られないくらい昼夜問わず鐘を鳴らすなどの邪魔をし続けて貰おうと考えています。後は兵糧などを奪えそうなら奪うとか。死人が出難いお願いに留めた方が後が良いかな、と。駄目でしょうか?」


「……それが出来るのならカルマ殿にとっては闇夜の光。されど暴れ馬同然である草原の民をこちらの指示通り動かすのは相当の難事ですぞ。そもそもこの領地が非常に危険な状態であると教えた場合、彼ら自体が災いになりかねないとご承知でしょうな?」


「はぁ、まぁ、多分。跪いて請い願えば話は聞いてくれるでしょう。敵の兵糧等も多くを向こうに差し上げた上で、後はトーク閣下に代金の請求が行くと思います。それが決裂してしまえば……どうしようもないですね。でも、とりあえずは目の前の事じゃないですか?」


 話は大体伝えて了承を得てあるが、手のひら返しや部下が勝手に動くのは幾らでもある事だからねぇ。


「確かに茶の販売等で利益を与えているし、カルマ殿自身も上手く共存してきたようですが、一氏族では厳しいはず……いや、確信があるのですね?」


「確信はありません。今の案を二万の兵相手に可能な兵数集められるのか自体、これから先方に聞かないといけませんし。でもこれで駄目なら私の能力を超えています」


「確信が在るのなら結構。しかしお考えが全て上手く行こうとも……む。最初は、と申されましたな。今の目的は何なのです」


「確信は無いって……いや、はい。どうせ他に手はありませんしね。で、その目的をリディアさんに相談したかったんですよ。私、乱世の中では良くも悪くも辺境の優れた領主でしかないトーク姉妹の舵取りに不安を感じてまして。

 貴方が如何に素晴らしい助言をしても、今回の私のように『自分がこうしたい』が先だって受け入れられず破滅になるのでは苦労して助ける甲斐がありません。

 なので、出来れば……領地の方針を決めるトーク姉妹と将軍だけによる最終的な会議への参加と、両方の意見の成否が五分五分ならこちらの言う通りにする。くらいを承知させたいな、と。

 どんなに追い詰められても私一人では利用した後に草原族との縁を切ってでも処分となったでしょうが、ケイの世情を姉妹より把握してそうなリディアさんが同意してくれるなら。戦いで荒れた内政を収める人材も足らないでしょうし、これくらいの要望が通るんじゃないかなーと思ったんですが……如何でしょうか」


 考え抜きはした。だが利益、損、危険。どれも読み切れない。ただ確実なのは領主同士が殺しあう完全な内乱状態になった時、特別強い訳ではない此処は長く生き残るのが難しいという事。

 私の最強の手札であるオウランさんの助力はべらぼうな力があると確信しているが、あの二人に意思決定されていては手のひら返し、利益調整で大変になりかねないという問題もある。

 そして……真田だ。彼と同盟を組む。彼と戦う。どちらにしろ動かせる領主が欲しい。


 で、聡明なる相談相手様のご様子は……うーん。眉を上げただけ。馬鹿にしてる気配は無いけども。


「それは―――謀反、となりましょう。此処トーク領をダン領にすると? 随分大きな野望をお持ちで」


「野望ではなく必要に迫られて、です。私の名を外に出す気はありません。逃げた時余計な荷が増えますからね。勿論リディアさんの名については好きにしてください。以前、豪族を呼びつけた時みたいに今度は周辺の貴族を驚かせるのも、トーク家を生き残らせれば可能か」「はぁ……」「な……って」


 ぬ、ぬほ。デッカイ溜息。何で御座いましょうか。


「バルカ家の者が此処に居ればおおよそあのようになるのです。向こうの思惑で勝手な振る舞いをされるより、少々目立とうと因果を含めた方が良いのはご理解頂けますでしょう。加えて言えば協力者になって欲しいと仰った貴方様に幾らか出来る事を示し、あわよくばお考えを探ろうと致しました。

 例えば浅慮な野心を持つ者ならば、わたくしの一党になりあの者たちの支持を使わせるなりして此処での権力を得ようとするといったように。

 わたくしの事など精々酒場と同じ情報源程度であり、己だけを頼って遠謀を巡らせ行動なされていたと知った今は、この身こそ浅慮であったと恥ております」


「えぇ……。私今、仰る通り謀反同然という更なる浅慮を相談してますのに」


「或いは浅慮かもしれませぬ。しかしわたくしが最も憂慮していたのも同様の理由でトーク家が助けるに値せぬ事。もし貴方様が善意や忠義で助けたいだけであればどう諫めたものか悩んでおりました。重ねてこの身の浅慮をお詫び申し上げます」


 あ、そうなのね。当然諫めて駄目そうなら主君なんて話は無くなったんでしょうね。


「されどご主君にその意があるならば少しはやり易い。少々危険ではありますが、今からどのように二人に告げるか考え、何とでもしてお見せしましょう」


「え? 私の口で言おうと思って……いたのですが。どっちかというとリディアさんも名を隠す方が好み、ですよね? なら主君である私の意志という事にした方がトーク姉妹も判断に迷うでしょうし、私たち二人がトーク家の陰に隠れやすくなる。と、考えまして」


 リディアが決定権寄越せと言えば、完全に乗っ取られそうと思うかもしれない。しかし私が言えば身の程知らず過ぎて判断に迷い、柔らかい感じに……なったら良いな。

 他にも細かい理由があるが、何より、

「ほおぅ。貴方様は前に出ぬのがお望みと見ておりました。わたくしを配下としてくださったのも、一番の理由は全てわたくしの意志とさせ、自分が完全に身を隠すためだろうと」


 はい……。一番底にある都合の良い望み全部バレてましたね。でもなー、どー考えても、

「明察され恥ずかしく思います。しかし全てが上手く行ったとして、私は会議に書記とでもして潜り込む程度で後は倉庫で誰とも関わりません。でもリディアさんは毎日首脳陣と働く訳です。だと言うのに偶に矢面に立つのも嫌がるのは筋が通りませんし、自分の望みだけで負担を大きくし過ぎかな、と。

 だから、ちょっとくらい頑張った方が大きく見た場合に上手く行く可能性が増すように思えまして。無用な出張りとお考えなら当然全てお任せしますが」


 そんなジっと見られても……いえ、何時も通りなのかもしれませんが。何も隠してないよ本心だよ。―――黙ってないでご意見くらはい。 


「―――お分かりでしょうが姉妹に諸所の条件を突きつける時、彼女らは追い詰められ余裕をなくしております。わたくしなら更にバルカ家を敵にしては不味い程度の考えは浮かぶでしょう。しかし貴方様では苛立ちだけが理由で殺されかねない。それは、よろしいのですか?」


「……改めて言われると自信が無くなってきました。もし受け入れられない時は何もせず逃げますし、アイラ様に出す条件にその時命だけは守ってくれるようお願いするのを付け加えても、蛮勇でしょうか?」


「……大所高所から見れば、良きご判断。ただしアイラ殿が約をたがえぬと、それこそ確信を持てなければ止めた方が無難ではある。それでもやりますか」


 そーなんだよね。

 どんなに低い目標にしても彼女の行動次第なんだ。

 彼女と出会う前からこうなるのを考えていたわけじゃないが、結果としてはそうなってしまった。

 一応彼女がカルマの側に着いた場合も考えてはある。

 しかし、余り使いたい手ではない。


「アイラ様には『トーク閣下を助けて欲しければ配下になれ』とこれから言うつもりです。その時の反応を見ます」


「配下。そうすべきとは考えておりましたが……もしもアイラ殿が激高すれば命は無いというのに。自信がおありか」


「一応一緒に暮らしていますし、話を聞いて下さる人だと知っていますから」


 何より彼女がカルマの配下のままでは今後やっていけない。

 リディアに守って貰うという手もあるが、結局最後に行きつくのは暴力。

 ここで最強であるアイラがカルマの為に動くと決心すれば、何をしても防げないように思える。

 だから彼女がこちらに付くのと、常に監視するのは今後とも必要不可欠なのだ。

 打算抜きで彼女と仲良くしたいとは思うが、そうも言ってられん。


「彼女を良く知っておられるようだ。殆どの人間が彼女に近づかないというのに」


「……妬けます?」


「ええ、激しく」


 ……うっ。


「す、すみません。ちょっとからかって見たかっただけなのです。お許しください」


「いえ、考えますと揶揄やゆして頂いたのは初めてです。中々宜しく思えました。ご安心を。嫉妬のあまりアイラ殿に毒を盛る時は、謝罪としてわたくしも毒を飲みます」


「……あ、あの、それ、冗談ですよね?」


「当然。アイラ殿がどれだけ貴重な武将かご存じだからこそ一緒に暮らされているのでは? そのような人材を嫉妬で離れさせる程愚か者とお思いならば、不本意でございます」


 いや、そういう場合は表情を……。


「出来ましたら、今後はもう少し冗談だと分かり易い物にして頂けると……」


「ふむ。よく言われます。努力しているのですが難しい」


 努力って、何だろう。

 実らないものかな?


「えーと、確認しないといけない問題が何か……。あ、リディアさん。上手く事が運んだ場合、アイラ様と共にやっていく事になりますが、不快なのではありませんか? それで、仲良くやって頂けるよう獣人について不快に思ってる点があれば教えて下さい。彼女との間で調整していきたいと思います」


 リディアが配下になるというのは元々の計画に欠片も無かったので、これに関しては散々頭を痛めた。

 そして話し合うしかないと言う結論に。

 配下は増える。軋轢も増える。嬉しいだけでは終わらないのが人生の辛いところだな。

 それでも少しでもマシになるよう積み重ねて生きて行くのも人生だ。

 つーか、そーしないと突然死する時代になっちゃったんだよね。

 何と言っても乱世。人間関係が悪いと付け込まれて謀反から寝首で首チョンパコース。


「我が君は誤解をなさってる。わたくしは獣人に対して隔意を持っておりません」


「我が君? あ、いや今は良いです。それよりもケイ人、しかもランドに住んでおられる方は殆ど……」


「皆まで言わずとも結構。その通りですが、元より獣人に対して隔意ある者が辺境で生活しようと思う訳が御座いますまい?」


 あ、うん。確かに。ここはランドと違って普通に獣人歩いてるしね。

 食べ物やさんに入ったら隣に獣人が座るのも特別珍しくはない。 

 リディアが定食屋みたいな店に行くかは知らないけど。


「獣人を下に見る気持ちが無かったとは言いませぬ。しかし物事を見る時には感情を抜きにして見るように教えたのは貴方ではありませんか。しかもアイラ殿は使いようによっては天下一の将軍。わたくしとしても親しくありたいと考えております」


「え、私そんなの教えましたっけ?」


「はい」


 さっぱり思い出せませんよ。それに貴方もとから物事を人外に割り切ってみておられたような。

 ま、いいです。アイラとぶつからないでくれるならとても有り難いです。


「で、では今後ともよろしくお願いします。近日中に私はアイラ様と話をするので、全てはその後にしましょう」


「承知」


 ふへー。初めてのリディア御大との会議は疲れました。

 帰った家でアイラが起きてようともー寝ます。

 相手を論破したい時には、相手が疲労してそうなタイミングを狙え。と、ある怖いお方は言ったらしい。

 ごもっともである。後を考えなければ反論するのが面倒になっちゃう時を狙うのは賢い。

 故にこれはサボったのではない。戦略的撤退なのだ。

 ……おやすみなさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る