カルマの現状

「それでは、トーク閣下がどう動かれているか教えて頂けますか?」


「御意。彼女は名のあるケイ帝国の臣下を選んで高い地位に付けると同時に、民の眼に見える所で悪行を行っていた者を見せしめとして処刑し、汚職を減らす姿勢を見せております。民衆の人気についてはまず上々の様子。して、どのように思われますか?」


「御意って……あ、いや。えーと、ランドについて二か月も経たずにそこまでの行動を? 閣下は自分の配下以外に協力者を……得てませんよね?」


「ご主君の仰る通りです。名の通った人物がカルマの支持を表明したとは聞いておりません。ご主君の御耳は確かで御座います。流石ご主君」


 御意程度で文句言うの止めますから三度も言わないでください。どっかの最上強調じゃないんですから。凶兆に感じますよ。なんてね。ハ、ハ……笑えねぇ。


「えーと……うん。であれば後世の歴史家が、自殺行為の見本として書くような行いに思えます。敗者の良い行いを遺してくれる律儀な方が居れば、ですが。いや……言いすぎでしょうか。時間を掛けても事態が好転するようには思えませんし。

 名のある人を高い地位に付けて、彼らの協力によって専横だという気配を薄めようとしてるのでしょうけど……」


 名のある人だろ? そんなん辺境からの成り上がり者であるカルマには……。


「現状は分かりました。これからの予測を教えて下さい」


「初めての主君を相手にもう少し意見のやり取りを楽しみたい所でしたが、分かり切った話をしても詰まりませぬか。カルマ殿の忍耐が何時まで持つか、というのだけが不明点かと。

 元より誰も彼女の指示に従いはしませぬ。指示の内容が正しかろうともです。唯一の手段としては、反対する者を皆殺しにして力で抑える手。しかしそうすれば大義を得た諸侯は喜んで攻めて来るでしょう。どう足掻こうが彼女は詰んでおります」


 ですよねー。

 プライドと実績に満ちた中央の皆様が、成り上がり者の言葉を聞く訳が無いのだ。殺して押さえつけるくらいしないとね。


「グレース様を始め配下の皆様はどうなされてます?」


「文官はカルマ殿を支えようと必死の努力をし、武官達はランドおよび周辺の治安を安定させるべく働いているとの報告が来ております。涙ぐましい努力とはこの事かと」


「……ビビアナ・ウェリアは? どうしました?」


 リディアが感心したようにうなずく。

 だよな。こいつが鍵だ。


「うむ。良く分かっておられる。所で昔政治が分からぬと言って教えをくださらなかった先生が居りまして。どのように恨みを晴らしたものか。ご意見頂戴したく」


 そう言ったリディアはこっちを真っすぐに、ジッと見て……。

 ……え、本当に怒っては……ないよね?


「あ、あの。いえ、これは、誰でも考える普通の思考の範囲だと、思うのですけど。そ、それにその先生も生徒よりは分かっていなかったのは確実ですし、教えなかったのは……自分を知っていたと褒めるべきだと、思うんです?」


「うむ? 何を焦っておいでなのか。当然冗談です。主君に恨みを晴らすなどとんでもない」

 その上でとんでもない話を冗談として言う事により、親しみを出してみました。

 と仰いましても……。

 ……ボクチンがリディアを怖がっても全く不思議は無いよね……。


「それは、不勉強で……申し訳ありません。えーと、ビビアナは逃げたのですよね?」


「ええ。カルマ殿が大宰相になって直ぐに。そして、既にビビアナの領地ではカルマが暴虐を働いているという噂が立ち始めてると聞いております」


「え、もう? 早過ぎません?」


 あ、あれ? 帰ってからどんな噂を広めるか考えて、広め方を決めてってかなり大変だと思うのだけど……。


「状況から言ってビビアナは少しでも早く動く為に、考える間も惜しんで早馬を飛ばし配下を動かしていたようです。単なるせっかちか、或いは底知れぬ恨みか」


 どのように考えても、他人事ながら背筋が寒くなるような恨みとしか思えないっすリディアさん……。


「それ、言う意味あります? 人の恨みは本当に恐ろしい物だと改めて知りましたよ」


「思わぬ幸運により他人の恨みを買うのは世の常でございましょう」


 ……そうですね。所でどうやって十七歳程度でそんなに悟った感じを出してるんですか。

 私が同じ歳の時は、思春期故の病気から完全に抜け出せてなかったのに。


 にしても真面目に恐ろしい恨みだ。

 どうにかして解消法を考えなければカルマの命は何時まで経っても危うい。

 ……先の事を考え過ぎか。

 現状把握から一つ一つして行こう。

 

「その流されてる悪評、本人は気づいてるのでしょうか?」

 

 私は察知出来なかった。

 評判を作るという発想に辿り着けば、必ずビビアナはそうすると思い集中して調べていたのだが。


「いいえ。わたくしは彼女の性格と人品からビビアナ・ウェリアがそう動くと考え、特に調べていましたので。ご本人が何時気付けるかは分かりませぬ。

 そして今では他の諸侯も噂を流しているはず。そうなれば噂はケイ全土に広まる。更にこの広い国の何処かで飢饉でも起きれば完璧。全てケイの頂点に居るカルマ殿の所為とすれば、民の怒りもカルマ殿へ向かう。さぞカルマ討伐の軍を起こしやすい風が吹くでしょうな」


 気付かない内に死が近寄って来てる当たり完全にホラー映画だ。

 ま、何でも国のトップの所為にするのはよくある話だよね……。

 時代が変わろうと世界が変わろうと、深く考えない人も、深く考えて尚貶める人も自分だったらそれ以下しか出来ないのに好き勝手言うのだ。

 とはいえこの場合はカルマが非難されても仕方がないかな?

 明らかに大宰相なんて不可能なのに座り続けてる。

 最も、誰であろうが不可能なんだけどな。


 しかし、今のビビアナについての口ぶりは……。


「あの、リディアさんはビビアナとお知り合いなのですか? そうでしたらどんな方か教えてください」


「ビビアナは一応友人と言えます。彼女は有能と言えなくもない能力と派手で衝動的な性格に加え名家の誇りを強く持たれた方です。今頃周りが困る程怒りを振りまいているかと」


 マジで知り合いなのね。

 私が知ってるのは彼女が領民から慕われてるって話程度だ。

 リディアが有能と言うからには、やはり大した物なのだろう。

 ただ、性格は隙だらけに聞こえた。

 其処が狙い目かね。……いや、其処以外狙う所が無いってのが正しいか。


「分かりました。では、本題に戻りましょう。トーク閣下が私の助言を聞き入れ帰って来た場合と帰って来なかった場合それぞれどうなると思います?」


 結局の所私が考えるべきはこの二つのみなんだよな。

 ある程度は考えてあったが、リディアの考えを聞かせて貰えるのなら本当に有り難い。

 どんな物でも見直しは自分以外の人にしてもらわないと、思い込みでケアレスミスが減らないもの。

 勿論リディアの答えの方が出来が良ければ、そっちを提出しよう。


「まず帰って来なかった場合は諸侯に攻められ続けどう対処しようが圧死。帰って来た場合も悪評により人と兵の多くが逃げ出した今、隣の貴族から攻められ多勢に無勢の為籠城戦をした挙句、降伏か餓死。こんな所でしょう」


「え? 帰って来た場合も即攻められてしまうんです?」


「変な所で呑気な方だ。カルマが最も弱った瞬間に攻めないで如何しますか。……ああ、ケイ帝国の威光がどの程度消えているかお分かりでない?」


「はい……そうだったみたいで。では、これから完全な戦国時代に移ると考えていいのでしょうか?」


 カルマが大宰相になった時点でそうなるとは思っていたが、はっきりと何時からかは考えていなかったな。

 確かに呑気だった。


「ええ。辺境の伯爵が突然宰相となった。最早威光も何もないと全群雄が知りました。大体ビビアナが官僚を大量に殺したのに罰せられておりません。

 一応カルマ殿も罰するべきか考えたようですが、ケイ帝国最強の諸侯である彼女が持つ名声に遠慮したようで。最も処罰しようとしても不可能だったでしょう。ビビアナがランドを去るのは非常に早かった。処罰を公示し無駄に怒りを買うよりは。と判断したように見受けております」


「その最強の公爵に恨まれてる、と。いやはや……言葉が見つかりません」


「我々も逃げる用意はしておいた方がよろしい。問題はまず間違いなく攻めて来る隣の領主、オレステとウバルドを相手にして本当に勝てるのかで御座います。下手をすれば同時に連携して来ますぞ?

 カルマの軍は一万を切るやも知れぬのに、相手は合計で二万には達する。領土の境からレスターまで二週間で襲い掛かってくるでしょう。潰しあいで終われば二領主の向こう側に居るビビアナが、多少の無理をしてでもまとめて踏みつぶしに来かねませぬ。正直な所、草原族に血を流させられるのかわたくしは疑っております。数と使い方を含めお教え頂きたい」


 うーむ。これは想定以上に不利だったかも。

 オウランさん達に頼めば血を流してくれるかもしれないが、流させる気は無いのだ。

 リディアにやろうと思ってた事を相談してみて、駄目と言われれば計画を破棄するしかない。

 流石に大見え切って勝率が欠片も変わってない案しか出せなければ、カルマとアイラが腹いせで襲い掛かって来ても文句を言えない。

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