草原族分け目の戦い軍議

 オウランの命令により全ての支配氏族は集められ、氏族長たちは一つの天幕で軍議の始まりを待っている。

 そのオウランはといえば、不安を表に出さないよう耐えていた。


 ダンからの提案通りに戦いの準備を整えたのに、頼りにしていた馬の道具を使わないで欲しいと言われては当然だろう。

 その代わりに一人の将軍が援軍として来るとは聞いた。

 しかし個人で自分の氏族の者大半と、幾つかの信頼出来る氏族にあの道具を使わせた場合と同等の働きが不可能なのは誰にでも分かる。

 これから戦う相手はオウランと草原族での勢力を二分している。

 道具無しで当たれば勝てるかどうかは五分と五分。


 それでもオウランがダンの文通りにしたのは、三年も経たずに草原族の半分を支配出来たのがダンのお陰であると感じていたからだ。

 実際にその将軍を見て実力が信頼出来そうもなければその者を帰らせ、あの道具を使えば良いと考えていたからこそではあったが。


 そんな天幕の中にアイラが入ってきた。


 氏族長達がアイラを見る。

 すると、今まで誰も喋っていなかった天幕の一部から囁き声がオウランの耳に聞こえだした。


「あの白い毛は―――アイラ……アイラだ」

「どうしてここに? アイラがオウラン様の言われた援軍なのか?」

「馬鹿な……何故アイラが我々の味方をする?」

「だが、そうとしか考えられまい?」

「ならばこの戦は……」


 それらの声はオウランを戸惑わせる。

 入ってきた獣人は一度見たら忘れられない白い毛を持っているが、記憶に無い。

 しかし一部の者は良く知っているようだ。


 よく見ると知っていそうなのはカルマの付近に住んでいる氏族である。

 しかも怯えている様子まであった。

 オウランが戸惑っているのを見てか、側近であるジョルグがオウランだけに聞こえるように、

「オウラン様、アイラが援軍だったのですか?」


 ―――師範も怯えている? 過去一度もこんな様子は……。


「ええ、多分そうです。師範は彼女をご存じなのですか?」


「ご存じも何も……ああ、オウラン様が戦いに出た時にはもう我々はカルマの領地を襲っていませんでしたね……」


 確かにそうだが、だから何だというのだろうか。

 オウランが続きを聞こうとした所で、アイラが封のされた木簡を手渡そうと近寄り、

「これ、ダンから渡してくれだって」


「う、うむ。そなたは、アイラ殿で宜しいか?」


「うん」


 子供のように頷くのを見て更に不安が増すのを感じる。

 いや、まずは文を読もう。彼女は単なる使者かもしれない。

 大事な情報があるからこそ、ダンは文を渡したはずだ。と、考えて封を開くと、

『オウランさん、其処に居るアイラ様は恐らくケイ最強の武将です。馬術、弓、接近戦、全てにおいて超える人間が居るとは思えません。

 彼女が望むだけの兵を率いてもらい、相談の上自由行動を許可すれば正に一騎当千の働きをしてくれると考えております。又彼女はご覧の通りの白い毛を持つ獣人な為孤独です。どうか親切に、暖かく迎えて頂けるようお願い申し上げます。

 とはいえ私は軍事に自信がありませんので、将軍である彼女と相談されては如何でしょうか。口下手ですが、聞く耳を持たれている方です。

 後、アイラ様は食事が好きで大量に食べられます。いっぱい食べさせてあげて下さい。申し訳ありませんが勝ちましたら彼女への報酬もお願いします。加えて彼女はカルマの配下ですので、様々な配慮をお願いいたします。

 色々提案をしてしまいご不快でしょう。しかし、皆様の被害を少なくして勝つ為には最良の手段をお伝えしたつもりです。宜しくご一考ください。

 オウランさんのご健康と戦勝を願っております』


 ―――え? この人が、ケイ最強の武将? 確かによく鍛えてあるけど……。

 ケイ最強の武将が、獣人だなんて……。ただの良い若者に見える。


 自分の若さを近頃オウランは忘れがちだった。

 オウランがダンの文を何処まで信用して良い物か悩んでいると、他の氏族長から、

「オウラン様、アイラ殿はこたびの援軍として来られたのですか?」


 まだ考えたい所だが否定するのは良くない。そうオウランは判断をして、

「ああ、そうだ。この文を送って来た奴は大した期待を持てない無能なのだが、以前から戦いの時何か出来ないか考えておけと一応言っておいたのだ。すると皆にも話した通りカルマ殿の将を援軍として送れると言ってきてな。我等の騎馬隊を率いらせてはどうか。とここにはある」


 オウランの声を聞いた反応は二通りに分かれた。

 アイラを知ってる様子を見せた者は喜びを、そうでない者は不快さを。

 そして喜んだ者の一人が心の底から恐れ入ったというように頭を振りつつ、

「なんと。ご存知ないのにアイラ殿をこの戦に呼び寄せたと。―――オウラン様は真に大地と風の精霊から祝福されし特別な方ですな。この戦勝ちましたぞ!」


 一方、アイラを知らない者にはこの言葉を不快その物。

 自分達では無く、突然現れた奇妙な毛色の者が戦勝を決めるなど、誇りが少しでもあれば言えようはずもない。


「何を言うか! 草原族以外の者が隊を率いると言われて何も思わんのか! 誇りは無いのか貴様たちは! オウラン様、どうかお考え直しを。我等のみで十分で御座います。このように奇妙な色の者が一軍を率いるなど不吉で御座います」


 オウランは下手をすれば決闘騒ぎになると思い、心の中で頭を抱える。

 戦の前に『誇りが無いのか』と言ってしまえば簡単には収まらない。

 しかし、言われた方は怒る所かむしろ同情しているような表情を見せて、

「悪い事は言わん。それ以上アイラ殿を疑わない方が良い。さもなければ、お前たちは戦が終わった後に身の置き所が無くなるぞ」


 そう言った氏族長からは心からの心配が見て取れた。

 しかし言われた方としては情けない奴としか思えず、より侮辱する発言をしようとした所をジョルグが、

「貴様らいい加減にせんかぁ! ケイの方もおられるのだぞ。これこそ恥ではないか!」


「「は、ははぁっ!」」


 ―――師範は本当に頼りになりますね。そう思いながらオウランは、

「うむ。お前たち、アイラ殿を知っているのなら他の者達に詳しく話せ」


「はっ。私がアイラ殿を知ったのは父を殺された時でございます。父は我が氏族最強の者だったのですが雑兵のように殺され、私たちは命からがら逃げだしました」


「父を? 他にも親しい者を殺された者はいるか?」


 そうオウランが聞くとかなりの者が同意の声を上げた。

 しかし恨みを抱いて当然なのに、その様子が薄い。

 不思議に思ったオウランが理由を尋ねると、返って来たのは自慢するかのように、

「確かに私達は親しい者を殺されました。しかし、私の場合は見逃された恩があるのです。

 何より一度でもアイラ殿の戦いを見て頂ければ分かると思いますが、あれは人とは思えぬ強さ。素手で雪豹の住処に行けば死んで当然でしょう。なのに雪豹を恨むのは愚か者かと。アイラ殿はそれ程に隔絶した方です。

 又、一人の戦士としてあれ程の強さ、憧れずにはおられません」


「つまり、お前たちはアイラ殿の下で戦うのに不満は無いのだな?」


「不満どころかこれで我等の勝利は確実。オウラン様おめでとうございます」


 未だにオウランとしては理解出来ない。

 それでも、突然来た者に率いられて不満を持たない者達が居たのは好都合。

 そう結論を出してオウランはそれ以上考えるのを放棄し、

「分かった。では、アイラ殿の下で戦うのに不満の無い者は……大体二割か。皆彼女に率いられて戦え。残りはわたしとジョルグが率いる。

 戦いは二日後。誇りある戦いとする為、相手にも知らせなければならぬからな」


 そう言ってオウランが一旦軍議を終わらせようとした時、今まで何を言われても口を開かなかったアイラがオウランへ、

「待って。僕はどう戦ったらいい? 全員殺していいの?」


 突然の質問に虚を突かれはしたが、質問の答えは決まっている。

 その為にもダンからの援軍を待ったのだ。


「いいや。相手も同胞だからな。出来るだけ死人の少ない勝ち方をしたいと思っている。理想は相手の氏族長ジャムハを出来るだけ早く殺す事。そうすれば他の者は降伏するだろう」


「ジャムハ……どんな格好の奴?」


「戦う前にわたしと話す相手だ。勿論理想は理想だぞ? 中々手ごわい奴だし、首を取るのは難しい。アイラ殿にはまず戦いに勝つのを考えて頂きたい」


「たぶん、大丈夫だよ。邪魔な兜を付けないのは久しぶりだし、武器も愛用のを持って来たから。それに一人を狙うのも僕、狩りと同じように出来るし得意なんだ。考えを後で聞いてほしいな」


「あ、ああ。それはいいぞ」


 この場に居る誰にも分からない事だが、この会話によって戦の結果は決まった。

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