働き出したリディア
「どうも
気休めにはなったかもしれない。
とリディアが言う。
気になって当然だよな。好奇心的にも、怪しいという意味でも。
イルヘルミについての忠告は余計だったか?
何らかの幸運が重なれば何時か、能力と性格両方で最も信頼できる相談相手になってもらうきっかけにならないか。と、思ったのだが。
日本に居た頃と変わらず貧乏性で失敗しているな……。
……リディアなら、あるいは不味い事になる可能性がある。
もしかしたらイルヘルミよりも。
年齢を加味すれば私が見てきた中で最高の人間が彼女だ。
もしも、真田が敵となってリディアが一味となれば……考え付く中で最悪。
仕方がない。
今後戦乱の世となれば、リディアにも難しい事態は起こるだろう。その時に……。
純粋に好きな人間でもあったのに、残念だ。
「……む、ダン。失礼をした」
―――うん、失礼?
「えっと、何が失礼なのでしょうか」
「先ほどまでの質問が、です。つい好奇心の赴くままに不躾な真似をし、不快にさせてしまった。謝罪致します」
ゲッ。
表情が動いた感じはしてないのに……。
リディアが頭を下げる。
……確かに不躾ではあった。
だが、貴族と平民なのだ。今のくらい何の問題も無い。
私がどう思い、何をしようがリディアに実害を与えるのは難しい。
だって言うのに何故ここまで謝る。
理解できん。まだ頭を下げてるし。
「バルカ様、どうか頭をお上げください。確かに無い腹を探られたのには困惑しましたが、謝罪する必要などありません」
「必要とは貴族が、という意味でしょうか。しかし不快に思われたはず。どうか若さ故の過ちと考えて頂けまいか。許してくれるのならばこの恩、忘れないと約束しましょう」
「其処までおっしゃるような話ではないでしょうに……。何にせよ分かりました。先ほどのような返答以外何も無く、私の方こそ申し訳なく思います」
どうせ何か出来るとしても、遥か先の話だ。
今考えても仕方がない。
「口先だけの言葉と感じております。ダン、
「恩を売ると仰っても……庶人が貴族に恩を売るなんて変な話です。バルカ様は何か私を過大評価されていませんか?」
「そうかもしれない。しかし、例え貴方が想像より遥かに小さい方だとしても、今回の事は恩として返しましょう。それで、返答は如何に」
どういう事なの……。
何にせよ内心の感情まで見て取られたのは間違いない。そして未だに苛立ってると思われたらまずい。
貴族にここまで言われて許さない庶人は、偏執狂か、図星の後ろ暗さがあるかだろう。
第一さっきは簡単に激発しすぎた。凄まじく確率の低い悪い事ばかり考えてしまった気がする。
昨日知った真田の話で攻撃的になっている。
いかんな……落ち着け。
「分かりました。今日の事を思い出さないようにすれば良いでしょうか」
「うむ。有り難く」
リディアは周りにどう思われようと気にしない性格だったはず。
何故庶人である私を不快にさせた程度で謝罪する?
……さっぱり分からん。
元々私が内心を推し量れるような人間ではないし、考えるだけ無駄なのだろうな。
「あの、所でバルカ様、先程からずっと丁重なお言葉のままですが直して頂けないでしょうか?」
「努力致しましたがこれは
……。なんか、ものっそ適当にあしらわれた気がする。
まぁ、元よりご意思次第ですからね。それよりもトーク姉妹と会った時の話で思い出したわ。聞かないと。と、思ってたんだった。
「えっと、先ほどの紹介状の話なんですが、同時に私の安全への配慮を頼んでくださったのですよね? その内容結局確認できずじまいでして。お聞きするのも失礼とは思うのですが、出来ましたら教えて頂けませんか?」
「ああ、あれには貴方が何か失敗をした場合はバルカ家で補填するというのと、一報寄越してほしいと書いたのです。ご存じ無かろうが、バルカ家の領地は此処から比較的近い。カルマも配慮しようという気になるのが考えられました」
―――はい?
それ、連帯責任保証書を自分から提出してくれたの? 貴族が、庶人である私の為に?
……やっべぇ。脂汗を感じる。有難いなんて表現では足りない。
実際にバルカ家へ一報が行くような迷惑は掛けてないと断言できるが、私の安全は凄まじく保証してあったのか。
さっきの怒りは……信じられない程の恩知らずだ。
猛省しなければ。
「全く、知りませんでした。其処まで書いて頂けるとは夢にも思わず。心より感謝しておりますバルカ様」
「少々お気になさりすぎでは。怯えてるように見受けられます」
「……はい。恩義を知らなすぎだと申し訳なく」
「実際に迷惑は掛かっておりませんし、万に一つでしか貴方が失敗しないと分かっていた。それに……いや、これは余計か。何にしろ気にする必要はありません」
「……お言葉、誠に有難うございます」
確かに、ね。
私としても紹介状を貰った時点で、泥を被せないよう気を付けてはいた。
でも有象無象の平社員である私に対して、トーク姉妹がやたら丁寧に対応してくれたのはその文言の影響だろう。私が順調な日々を送れたのも考えていた以上にリディアのお陰があったのだ。
なのに今日の紹介を渋り、更には簡単に……。
申し訳なく恥ずかしい。
この後は城の案内をしてから、グレースと共にリディアへ与えられた屋敷へ行った。
その屋敷はグレースの期待が良く分かる立派さで、十六歳の少女に対しては過剰に思えた。
正直心配している。
リディア本人は屋敷を見ても変わらず静かなままだったが、大丈夫なのだろうか。
とはいえ下級官吏の身でできるのは無責任な応援だけ。
まぁ、こっちはこっちでやるべき事をやろう。
まずはオウランさんに文でカルマがザンザに王都へ呼ばれた場合にして欲しい事と、私の行動予定を伝えたい。
そして何よりも真田のような例外が、私と同じく遊牧民に接触していないか調べて貰わなければならない。
今まで獣人がしてこなかった行動をしたり、道具を手に入れた部族の話を聞いたら直ぐに話がくるようお願いしなければ。
定期連絡であっちも山場が近いと聞いている。
何とかしてオウランさんを手助けしたいが……どうしたものか。
---
リディアが働き出して一月。
鼻水が出そうな事に、とある『噂』によりリディアへの畏怖が広まっている。
トーク家は領地が増えた。この時一番と言えるほど問題になり面倒臭いのは何か。
それは往々にしてお家柄が古くて良い地元密着の豪族である。
これが実に大変で水利権だの何だのの利益調整をしようにも、意地なのか何なのか話合いの機会を作る時点で一苦労。もう後始末の面倒くささと人手が減るのを甘受してでも攻め潰すしかあるまい。と、上層部が考えていたとさえ聞いている。
そんな一か月前にあった、豪族対策会議より噂は始まる。
何でも新人美少女が末席から『以前ご挨拶だけはした事があるので、もしかしたら会うだけは会えるかも』と言い、数人の特に面倒な方々の所へ挨拶周りとして一人で出かけたそうな。
すると彼女が帰ってこない内にその面倒極まりないお家の、しかも『ご当主』自らが次々に『何故か』唐突にトーク家へ挨拶する気になったと面会に来られ、色々ダラダラと理由付けするも非常に建設的な話し合いが黄河の如くスイスイと終了。後はその面倒な方々のツテで残りの面倒も次々終了。トークを支配する賢く偉い方々が此処数か月七転八倒していた問題が、霧の如く消えたのだと。
この時点でお偉方はビビってたのに、帰って来たリディアへトーク姉妹が一体どうやって説得したのかと尋ねると、
「いいえ、それは
そう言ったそうな。耳に肉声で聞こえた気がするわ。
あくまで噂である。噂のご本人が噂の中で無関係だと言った噂なのだから。
私の知る事実は一時期偏屈そうな爺と婆に連れられた一団が幾つも此処レスターに来てたのと、リディアを未熟な小娘呼ばわりしていたお偉方がこぞって、出来るだけ目立つようにしてリディアが借りているお屋敷へ土下座する勢いで挨拶に行ってた事だけ。
尚、この噂を事実のように言った奴はお偉方から道理を分からされていた。
意味わかるけど意味わかんない。噂を聞いた誰もがしている邪推は可能なのか? と思っていたら、本当かどうか怪しい識者曰く、バルカ家はこの国が建国された四百年前の戦争でこの辺りに居た偉大な将軍が始祖。
しかも四百年の間に名が遺るほど有能な『中央』で活躍した方を何名も輩出。何より今の当主ティトゥスが真面目で有能と名高い。
お陰でここら辺で血筋自慢の豪族は相当数がバルカ家に数代に渡って恩義があり、何より今も大事なお子様たちが王都ランドでティトゥスに尻を拭かれてるのだと。
私は納得すると共にほんの少し震えた。有用性の暴力だよこれ。
グレースから渡された金で贅沢をした分返すと言ったのは、若者に有り勝ちな根拠のない自信ではなく確実に起こる将来だったのである。
ほんの一月前、若い彼女が異常な期待を受けていて潰れないかと心配した奴が居たわけだが……間抜けは見つかったようだな。
グレースも喜んでいるだろうて。
なんて考えながら仕事をしていると、グレースからの呼び出しを受けた。
何というタイミング。こういうのも噂をすれば影がさすと言うのだろうか?
呼ばれて入ったグレースの執務室は変わらず忙しそう。
だが、私を見たグレースは席を立ち、こちらに向かって走り……がっしりと、以前より更に強く手を握られた。
「ダン、今まで胡散臭い奴と思ってて悪かったわ! あんな人材を連れてきてくれて本当に有難う」
握ったまま仰るグレースさん。そーか、やはりあの噂は事実なのね。本当こえーわ。
所で貴方性格変わってませんか?
「その前のラスティルもちょっと癖があるけど、とても優秀で理性的な素晴らしい武将だし、貴方を雇って本当に良かった。今まで疑って悪かったわ。昇進は勿論だけど、他に何か要望はある?」
そこまでお喜びですか。
良く見れば以前よりも元気そう。目の隈も薄くなってる気がする。睡眠時間増えたっぽい。成程。嬉しかろう。
そっか。リディアに関してはもう”アカン”としか言えないが、ラスティルさんもか。立派だなぁ。
「いえ、在りません。倉庫の仕事を気に入っております」
あそこ本当に最高。
カサカサする奴と、ネズミが出る以外に文句は無い。一番重要な仕事は奴らと戦う猫戦士の世話という平和さ。
内勤でお肌に良く雨天結構な上に地味で素敵。
「そう? リディアの指示で働くのに慣れているのなら、彼女の下に付いた方が良くないかしら。その方が出世し易いし」
そんな所に行ったら胃に穴が開くわい!
大体時の人であるリディアの近くなんて目立って仕方がない。
結構毛だらけ猫はいだらけよ。
「ご好意は有り難く思います。しかし、今多くの方がバルカ様と働きたがってると聞きますし、そのような大役はとても果たせませんので……」
そりゃ一緒に働きたいよねと私も思う。
辺境に突然現れた由緒ある貴族のお嬢様+美少女+有能である。
何の脈絡も無く突然庶民と恋をしそうだ。そーか、玉の輿狙いなのかあいつら。身の程を知らないって怪談になるんだな。
というのは冗談にしても、リディアは今後大きく出世すると思われている。
ならば彼女にとって扱い易い部下であれば一緒に出世出来るであろうという訳だ。
私も目の前のお嬢さんに働きかける為、出世したくはあるんだが……こーいう普通に目立つ感じの出世は嫌。何時かトーク家にダン在り! となって真田の耳に入りかねん。
そうならないよう近頃とみに増えた『リディアを連れてきたのがお前だって?』との質問へ『勝手に来て此処の事情を少し話しただけ』と、返す苦労の毎日を送ってもいる。
故に私は慎ましく謙虚な感じでグレースの感謝と、ちょろっとだけの給料アップを有り難く頂いて部屋を出る。
リディア様有難うございます。お陰様で寝具を新調出来ます。
倉庫の片隅で貴方の幸せを願っておりますです。
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