戦乱の帝国と、我が謀略 ～貴族の悩みと根回し合戦～

リディアとお茶を飲む

　グレースの声援を背中に受け、外に出ればお立ちになっているリディアのお姿。

　リディアである以上待たされても苛立ってる様子が無いのは当然。なのでまずは謝ろう。

「お待たせしましたバルカ様」

「いえ、それ程では。ご存じの通りです」

「そ、そう言って頂けると有り難いです。では、お茶を飲める所へ行くのは如何でしょう。グレース様から歓待せよとお金を頂きまして」

「ほほぅ。この店選びでダン殿の品性が分かる訳ですな」

　誰かに分かって欲しい。

　上位かつ、容姿に恵まれた年下の女性にこう言われたときのプレッシャー。

　つまり『ドグゥッ！？』だ。

　おっと、衝撃の余り長嶋さんになってしまった。

　……意外に余裕があるな私。まぁ、もう結果は出たのだし色々諦めないとね。私も大人になってるようで結構結構。

「このような大金で行く店を知りませんし、失礼をしないように強く言われていますので、バルカ様に選んで頂けないでしょうか」

　誰に臆病と言われようと構わん。

　こういう場合相手に選ばせるが日本時代からの私のベターチョイス。

　ただし、相手が選んだ所がどんな店でも文句を言ってはいけない。

　予算は事前に言うのが賢者の行い。

「流石はダン殿。それでこそ。ただ、その返答ですと女からの評価が低下すると聞いておりますが、この点は如何ようにお考えを？」

　……後十年若ければ動揺していただろう。

　しかし、今となっては青い質問さ。

「その時は縁が無かったと考え諦めます」

　と、語ってみる。

　声、震えてませんから。

　全てに言えるけど、相性の良い人とだけ親しく付き合えば良いのよ。

　悪い人とお店に行く方が悪い。

　どうしようもない時は……無難に頑張る。

「おお、流石。撤退が早い」

　そうですリディアさん。戦争と一緒です。

　勝てない場所では戦力(お金)の温存こそが勝利の道。

　でも、貴方のお言葉は褒めてる訳じゃないように思えるんです。

「……とにかく立ち話をするのも何ですし、何処か宜しい所に連れて行っていただけませんか？」

「そうですな。気が向いた店がありましたので、其処に向かいましょう」

　簡単に流してくれた事に安堵しつつリディアに付いていくと、着いたのは上流の雰囲気が漂う店。正直入りたくない。

　いや、それは私の感覚。接待相手であるリディアにとっては普通の店なのだ。

　頑張れ私。

「如何なされた。落ち着きませんがこの店に何か？」

　うっ。正直に場違い感がするから嫌だなんて言うと、連れて来てくれたリディアに文句を言う事に……。

　ど、どう言いますべ。

「こういった高級店に入るのが初めてで物珍しくて。失礼しました」

「払われるのは領主の金です。好きなように使うと良いでしょう。ご安心を。ここで使った分程度は私（わたくし）が働きます」

　ぬおおぉ。リディアはカッケーけど私は情けねー。

　しかも気後れしてて居心地悪いという本音がバリバリにバレバレでねーかこれー。

　出来るだけ安い物を頼むくらいしか出来ないのが又……。

「有難うございます……。あの、ついさっきも申し上げましたが、私如きに敬語を使わないで欲しいのです。成人した貴族の方から今のように扱われては奇妙極まりないと思いませんか？」

　更に言うと億分の一の確率ではあるが、貴族から敬語で話されるのを当然だと感じ始めたらどうしてくれる。

「お望みとあらば努力しても宜しいですが、ダン殿は私（わたくし）から平易な言葉を使われて不快に思われませぬか？」

　は？

　何言ってんだこいつ。

　年下だろうが何だろうが、貴族から目下扱いされて苛立つ平民は死んで当然でしょ。抱えてる責任と面倒が産まれた時から違うんだから。

　天は人の上になんてヘソ茶な綺麗事は存在しないし。

　それ以前の話として能力的に完敗してるので、貴方からどれだけ軽く扱われても当然だと思います。

「思いません。むしろバルカ様にご配慮頂くのは分不相応と感じております」

「そう仰るのなら、努めましょう。して、今後は何とお呼びしましょうか？」

「ダンと呼び捨てて貰えれば」

「分かりましたダン。ならば、私（わたくし）が願えばダンも敬語を止めますか？」

「まさか」

　私の答えを聞いたリディアは少し考え、それから口を開いた。

「一つ質問があります。個人的かつ失礼な物が。聞いてもよろしいか？」

　うっ。

　こいつから念を押されると、すっごく嫌な感じが。

　すー。はぁー……。

　心の準備は……出来た。

「どうぞ」

「貴方に友人は居るのですか？」

　……

　…………。グフゥッ。

「勿体ない程多くの方と知己を得られています」

　こっちにサッカーが無いのが悪い。

　ネット対戦ゲーが無いのが悪い。

　職場の人と、囲碁をしたりはするもん……。

　大体、大人の付き合いってこんなもんだから。

　……え、なんで黙ってるのリディアさん？

「所で私（わたくし）はカルマとザンザが接触した事実しか知りませぬ。その時の様子、詳しくお話し頂きたく」

　聞かなかった事にする気ですかリディアさん……。

　別にいいですけど。

　えっと、グレースは何て言ってたっけ。

　必死に頭を切り替え、覚えてる内容を話す。

　ほぼ毎日考えている内容だし、グレースから聞いたままを話せたはず。

「なるほど。つまりダンがお考えになった最悪通りになる可能性がいよいよ出て来たと」

「いえ、バルカ様が教えて下さった通りに、です」

「……献策をする予定は？」

　む、無視しないでくんろ。

　あくまで私は思いついただけだからー。貴方が全部教えてくれたんだからー。

「しました。話を教えて頂いた時に、王都の政治闘争を知らないのでは？　と。そうしたらグレース様が不快感を表明されまして」

「何と遠まわしな。人の悪さが出ておりますぞ」

「私は下級官吏ですよ？　直言なんて出来ません」

「普通でしたらそうですな。所で、その下級官吏がどうやってグレースに先程の話をさせたのか実に不可思議です。お使いの手管、ご教授頂きたい。そして、以前私（わたくし）にした質問の根拠となった情報の出所についても」

　あああああ……やっぱり聞かれた。

　グレースの方はとりあえず良い。

　しかし、あの質問については。ザンザが何進（かしん）という知ってる人感あったら、同じように成り上がりビッグフォールするように思えたんです。なんて言える訳が無い。

「実はカルマ様に紹介状を渡した時、以前バルカ様とイルヘルミ閣下が話していた今後起こるであろう乱の話を私の意見のように伝えたのです。それでかコルノの乱が起こった時に意見を聞かれまして。その際バルカ様の推測の続きに加え、中央と繋がるような出来事があれば教えて欲しいとお願いをしていました」

「あの予想、見識のある人間にとっては其処まで貴重な助言にはならぬと思われますが……まぁよしとしましょう。

　しかし三年前に貴方が私（わたくし）より先に話した予想は、世の動き、王宮の情勢、数多の貴顕の人となり等多くを知っていなければ不可能のもの。庶人の立場でどう集めた物か、私（わたくし）には想像もできない。的中したとなればいよいよをもって埒外の話です。如何様にしてあのような発想を？」

　そりゃな。玉石混合の情報から推測を成り立たせようと思えばそうだろうさ。

　私は結果から考えて、それを確定させる情報だけを探したから何とかなったが。

　いや、一番奇妙なのは、普通庶人で世の動きを其処まで調べる人間がまず居ない事か。

　実に不味い話題だ。私が将来の参考となる知識を持っているのは絶対に気付かれてはいけない。

　今では真田の存在を知り、あっちに私を気づかれたら。という新しい心配も増えた。

　あちらは派手に動くだろう。しかも『僕は―――未来を知っている』なんて言いそうな気配をラスティルさんの話からは感じた。……フツー俺違う世界から来たんだとか態々自分語りします？　脳構造どうなってんの。

　しかし私と同じ背景を本当に持つなら行動に類似が出そうな気がする。その時もしもあいつと私が似てると思われたら……想像するだけで寒気がするほど不味い。

　このリディアの疑惑、どう誤魔化した物か……。

「以前も申し上げましたが、トーク様に何が起こるかを想像した結果なのです。情報は主に街の噂から何とか。それがまさかここまで当たるとは……私としても予想外としか」

　下を向きそうだ。だが駄目だ我慢しろ。

　目も動かさずリディアの鼻を見るんだ。

　どう考えても怪しい奴だと思われるだろうが、事実がバレるよりは遥かにマシだ。

　そしてバレる要素は無い。自信を持て。