ラスティル吐く
グレースから聞いた通り訓練場には将軍が三人揃ってた。ラスティルさんは中々持ってるね。
では一応私が紹介するとしましょう。
「将軍の皆様、鍛錬中失礼致します。こちらのラスティル・ドレイク様が皆様の鍛錬に参加したいと仰っています。グレース様の許可は取ってありますので、よろしくお願い致します」
「ラスティルと申す。槍には少々自信が御座る。是非御三方と手合わせ願いたい」
やだ、ラスティルさんから静かな自信を感じる。カッコイイ。
あ、順番はどうするのだろうか?
「ドレイク様、手合わせの順番に希望はおありでしょうか? 三人を相手にすれば疲れると思いますが……」
「そうだな―――アイラ殿、最初にお願いしてもよろしいか?」
「ぬぅ、こちらも疼いておるのだが。アイラどうする? 某が一番手でも良いぞ?」
あ、こらレイブンこの野郎。自分がやりたいだけでしょ貴方。お客様のご意思に沿うという事を知らんのか。グレースに言いつけるぞ。
「僕が先にするよ。希望されてるし」
よしよし。それが良いよ。ただ気合入れて欲しいな。何時も通りやる気無さ……無……あれ? 楽しそう? 珍しい。
「そうか、仕方があるまい」
直ぐに二人とも置いてあった木の武器を持ち、広場に出て向かい合った。
準備運動は? と思っちゃう二十世紀産まれの私です。
しかし木の武器……。毎回思うんだが下手したら死ぬよなこれ。
将軍になるほどの高耳は元気で集中してれば力で肌が頑丈になり流れ矢程度は怪我しない。みたいな話を聞くから木で殴られても痛いで済むのか? この人たちが微妙に薄着なのもその所為なのかね。
力とやらは未だに良く分からない。中国拳法が可能なんでしょうか。私も壁越しに殴って人を吹き飛ばせないかと練習したくなってしまう。
……うん? アイラの武器槍と思ったけど違う。色々付いてる。何あれ。初めて見るぞ。
と、始まるな。
二人が同時に武器を突き出すのが見えた。
お互いが突いてるだけに見えるが、武器が横に弾けてるのでどっちかが横を叩いてるのだろう。……速すぎて良く分かんないけど。
私がアイラに相手をしてもらうと超必死こいて初撃を防げるかどうか。当然追撃のセカンドブリットで降参。これだけ続くとはラスティルさん本当に強かったんだ。
お山の大将かもしれないなんて思っててすみませんでした。
私が心の中で手を合わせて謝ってる間も、二人は武器をぶつけ合っている。
あれだ、多分前後に歩きながら足払いをお互いに仕掛ける奴だ。差し合いってやつ……なんじゃないかな。
私が頓珍漢な事を考えてると、ひときわ大きい木のぶつかる音がして二人が武器を突き出したまま動きが止まった。
続いてアイラがどうやってか槍と繋がったままの武器を片手で捻り、槍を持っているラスティルさんの体制が崩れ、アイラが前に跳ねてラスティルさんの腹に拳を突き込んだのが見えた。
「ゲハァ!」
お、おーう。スタイリッシュ美人がゲロ吐いてる……。
やっぱりアイラの方が強いか。人間超えてるもんねこの人。
コルノ党を相手にした時、遠くから見ても彼女の場所は大体分かった。
一か所だけ人が飛んでた。意味わかんない。
あんな無茶をしてたら武器がポッキポキだと思うのですが、どうしてたんでしょうか。
「おまえ凄いね。槍の扱いが僕より上手い。でも、槍に拘り過ぎだ」
おお、アイラは請われなくても指導する人だったのか。
意外だ。
あ、でも私への指導も丁寧に教えてくれるし意外って程でもないか?
「は、ははは。槍は拙者の誇りですゆえ……」
「それはあまり良くないと思う。石でも殺せるし。さっき槍手放すのを躊躇ってなかったらもっと続いてたんじゃないかな」
「確かに。自慢の槍と良く分からない武器の突き合いで押し切れず焦っていたかもしれませぬな……」
「皆そういう所はある。けど、余計な事考えない方が良いよ。弱くなるから。……多分。僕は考えないから良く分からないけど」
「誠に。ご指導感謝致す。大変感じ入り申した」
「ん」
この子、簡単に言いますね。
その余計な事を考えないって、何をしていてもどえらく難しくないっすか?
オリンピック選手だってミスった後演技が雑になるのはザラでしたよ?
人間に可能なのかそれ。
所でさっきどうやって槍を止めたんだろうか。
あ、アイラの武器にある穴に槍が入ってる? これで絡めたのか……。
見た記憶の無い形をしてるな、アイラのこれ。
槍に、斬る為の斧みたいなのが付いてて、矛みたいでもあるけど……うーん? いや? 見た事があるような?
……駄目だ、思い出せん。
それはそれとして二人は仲良くなったようだ。筋肉会話成功か。
ラスティルさんに獣人への偏見は無いと見える。私としても大変嬉しい。
えがったえがった。
ラスティルさんはそのまま残り二人とも手合わせした。
レイブンとは互角で、ガーレ相手には勝利。
哀れガーレ……脳まで筋肉っぽいからって引き立て役だとは……。
先日獣人に囲まれた時以来、この人の幸せを願っているのだが。
申し上げれば武器が重めの棍棒みたいなのってのが悪い。
そりゃ槍相手には不利ですわ。
空気抵抗面積が違うんですもの。
ガーレよ、将軍とのタイマンは止した方が良いぞ?
一突きで終わった。って横山大先生に描かれちゃうぞ?
高耳最弱候補筆頭と言われる私が言っても説得力が無いから言わないけど。
うん? 今なんかこの人に相応しいヤラレ役な三国志武将の名前が頭に浮かんだような……。か、……か……かゆ……。
ま、どうでもいいか。
組手が終わったのを見計らいラスティルさんと飲み屋で合流する約束をし、彼女が汗を流してる間に私は一度家でお金を取って飲み屋にて待機。
訓練場でもそうだったが、飲み屋に来たラスティルさんは非常に機嫌がよろしかった。
「親父! 酒と適当に食い物をくれ! さて、ダン。素晴らしい武人を教えてくれて感謝している。まさか世にあれ程の人が居るとは……」
とてもいい笑顔。満足してくれて私も嬉しい。
しかしはっきりと格の違いを見せられても笑顔とは出来た人よ。
このままここに居てくれると有り難いが、中々の自由人っぽいし難しそうなのが唯一の困り所だ。
「喜んで頂けて嬉しく思います。こちら、ここまでの旅費ですが足りますか?」
金額としてはサポナ領からの旅費を計算したものに一割程度を足してある。
ぶっちゃけこれが限界。
オウラン貯金は使っているとあっちこっちに違和感を与えそうだから、自重しているのだ。
「おや? このような物を頂く謂れは無いと思うのだが?」
「もしもアイラ様たちがドレイク様のお眼鏡に適わず無駄足を踏ませてしまった場合、せめて旅費だけでもとためていた物です。
それにドレイク様が以前言ってたように、グレース様へ紹介しただけで俸給を増やして貰えました。その御裾分けもした方が良いかなーと」
「ふふっ。律儀なのだな。しかしこれは少々大金だ。下級官吏の身で大丈夫か?」
「ええ。貯金はしてありますから」
「ならば有り難く頂こう。今夜は拙者がここから払わせてもらおうか。しかし……ドレイク様とは他人行儀な。以前のようにラスティルと呼んで欲しい」
「良いのですか? 家名を持っておられるとは知りませんでした。失礼を謝罪しなければと思っていたのです。家名を持っておられる方には家名で呼ぶのが礼儀と聞きましたが……」
「ああ、知らなくて当然だよ。拙者の家名はコルノの乱での功により与えられた物だからな。だが領地も無い貴族など平民同然。それに家名で呼ばれるのはまだ慣れてない。友には名で呼んで欲しく思う」
「分かりましたラスティルさん、お言葉に甘えます。さて、私の方はずっとここで下級官吏として働いていただけですが、そちらは何か面白い事がありましたか?」
遠方の情報はあらまほしき物なり。雑談ネタとしても鉄板だしね。
「それはもう。以前書き送ったジョイ殿の他に、ユリア・ケイ、ロクサーネ、アシュレイという義姉弟に会ってな。長女のユリア殿に至っては家名で分かる通りケイ帝室の血を引いていると公言していて、それに見合う人徳を持っていた。残り二人も庶人だというのに拙者と同等の武人。野にこれ程の人物が居るとは。と、驚いたぞ」
え……それって……。
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