フォウティ・ニイテとコルノの乱

 ランドから南東に400キロ離れた長江の下流域南岸、江の東というそのままの意味で人々に江東こうとうと呼ばれる場所一帯でもコルノ党は反乱を起こしている。

 ここではフォウティ・ニイテという男が王軍大将だったロッサの命により地元である江東一帯の平定を任され、今も戦っていた。


 その戦いも既に二時間が経っている。

 戦いの推移はイルヘルミの時とほぼ一緒で、装備と練度の差によりコルノ軍は既に敗戦一歩手前。

 同じ状況だった時、イルヘルミは勝利を決定づける為に配下の騎兵を使った。一方フォウティが使うのは己自身だった。


「行くぞぉ! 敵将の首を獲る! このフォウティに続けぇえ!」


 今年数多の長が叫んだようにフォウティは叫び、そして殆どの者と違い全軍の先頭となって突っ込んだ。長としては無思慮と言われて当然、狂人の行動である。

 しかし、だからこそフォウティの兵は皆彼の赤い髪のように燃え、熱狂して彼に続いていく。


 勿論コルノ軍の兵も案山子ではない。石を投げ槍を突き出しなんとか敵の長を殺そうとする。

 しかし正面は全てフォウティ自身が叩き落し、右側面は娘のテリカが、左側面は腹心のジャコにより守られ、誰も止める事ができない。

 この突撃でコルノ軍は急速に崩壊していった。そして娘であるテリカも崩れそうな心を必死に保とうとしていた。


「ち、父上! もう少しゆっくり! アタシはまだ二戦目なのよ!?」


「テリカ様、この程度でおたついてはニイテの名が泣きますぞ!」


「おたついてなんか居ないわよジャコ! あんたも止めなさい! 父上に万が一があったらどうするの!」


「はっはぁ! 喋るとは余裕があるなテリカぁ! 流石我が娘よ! しかし一つ間違っておるぞ! この俺が! 戦で死ぬ訳もあるまい!」


「は?! 戦で死なず何で死ぬって……ああ、もういい分かったわ! 兎に角殺せば良いんでしょ! ジャコ、そっちは任せたからね!」


 これで分かってしまう当たりテリカには紛れもなく父親の血が流れていた。

 また娘は心配していたがフォウティは理不尽なまでに強く、自身の言う通り誰も殺し得ぬようにさえ見えた。

 その理由の一つは彼が今も振るう長大な白虹はくこうの剣にある。

 彼の剣は連綿と続く鍛冶師の苦闘が作り上げた芸術であり、フォウティの技と相まって剣、盾、人を区別さえせず切り裂いていく。

 

 結局フォウティは弱兵、強兵の区別なく全て一太刀で斬り捨てて突き進み、自らの剣で敵の大将オンダを殺してのける。

 そしてフォウティはオンダの鎧一式を自らの手で取り、帝王に寄進した。

 これは自らの手で大将首をとった軍の長だけに許される最上の名誉で、数百年ぶりの偉業であった。

 当然フォウティの名は、江東の虎と言う二つ名まで付けられてケイ全土で鳴り響く事になる。


---


 コルノの乱はこの後一年と経たずに終わる。それでもケイ帝国の運命に与えた影響は甚大と言える。


 まず王軍の弱さをケイに住む誰もが知った事で、野心ある貴族を中心に領土争いが表立って起こり始めている。

 次に今まで大貴族の支配する大きく便利な都市に固まって住んでいた知識人達が、戦乱を避けて地方に移るようになった。

 地方の群雄にも有能な配下を得る機会が産まれたのだ。

 とは言え自分に自信のある都会人の扱いを知らない領主も多く、山ほどの悲劇と喜劇を産む事になる。


 そして何よりも大きな影響は、埋もれていた群雄が実戦を積んで出世し、領地を得た事にある。


 このケイ帝国で戦争を知っているのは国境線で戦う極一部だけであり、その者達も中々中央で出世する機会を得られないのがこれまでであった。

 しかしコルノ党という経験を積むのに丁度よい相手が現れたことで、数多の才能に水が与えられ、実力となって戦功を積み、領地を得た。

 彼らは今まで抑えられていた憂国の志や、富、名誉と言った欲望を成就させる地盤を手に入れたのだ。

 当然彼らの多くは自分に力を与えてくれる戦乱を望む。

 もし平和を望むとしてもそれは自分が全土を平定し、歴史に名を遺した上での平和であり、他の群雄と協力してでの平和では断じてない。


 彼ら、彼女らは百年近くの時間を掛けて殺しあい、最終的にはイルヘルミの築く国が統一を成す筈であった。


 しかし、二人の人間がこの世界で生きている事により未来は不透明である。


 一人はこれから訪れる戦乱の時代において、本来は一国を作るも敗者となる筈であったユリア・ケイの人柄に惚れ、彼女を勝者とする為に生きる決意をしていた。

 それこそが、最終的にはこの国で生きる多くの人々を幸福に出来ると信じて。


 しかしもう一人は違う。

 彼はもう一方の異邦人が持つ善良と呼ばれる考えを、自ら捨てようと努力する程に違っていた。

 そして、彼の持つ目的は―――。

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