コルノの乱発生す2

 朝議に呼ばれてから二か月。今ケイ帝国では端から端まで一つの話題でもちきりだろう。


 王軍がコルノの軍に負けたのだ。

 ロッサという将軍は十官が自信を持って送り出した名将だった。なのに負けた。

 敗北の報を聞いた人々は当然驚き、そしてコルノ軍の強さを認識した訳だ。恐怖と共に。

 しかも奴は配下を四方八方に飛ばし、『私腹を肥やしている官僚とその手先である領主どもを倒せ!』と煽りまくってケイ帝国全体が雨後の筍みたいになってる。でりしゃすびゅーてぃーと言えよう。


 ある程度領民を丁重に扱っていた領主は、地元民の反乱だけなら何とかなるかもしれない。

 しかし隣に反乱が起これば、そいつらが正にイナゴのように村々を襲って旅をするのは私にさえ自明の理。

 そうやって食料を得ないと反乱を起こした奴らは飢え死にする。

 であるからして、今ケイ帝国で不安を感じていない領主は居ないと断言できる。


 ここトーク領でも大きな動揺が広がっているのを感じる。

 何処に行ってもその話題しかない。

 皆不安そうだ。武器や食料が不足するようになったと聞く。

 身を守るにも、襲う側になるにも武器と食料が必要というわけだ。

 襲いたくなくてもコルノ軍の一員になって自分の身を守ってはどうか。という考えも耳にした。

 

 私も苦労している。全てが期待通りなのに、周りに合わせて不安そうな表情を作らなければならない。実に大変だ……疲れる。ああ恐ろしい。くふふふふふ。

 一番怖い物は……自分の能力(歴史知識)かな?

 HAHAHAHAHAHAHAHAHA

 と浮かれつつも保存食をアイラの家に確保済み。

 それくらいここ領主おひざ元レスターの街でさえ不穏である。


 さて、これから官吏を上から下まで集めての集会が始まる。

 場所は城で最も広い謁見の間。天井の低い体育館程度の広さの部屋に千人は集まっている。

 グレースも不安だろうに、配下と民の不安を鎮めようと必死に頑張ってますな。

 ご苦労なこってす。


 皆を集めたのは少しでも正確な情報を共有させようというのだろう。

 異例の事だと動揺している人も居るが、伝言ゲームの怖さを考えれば英断だと私は思う。

 倉庫で働く人々の中に埋もれて待っていると、グレースの登場が鐘の音と共に告げられ、全員が両膝をつき頭を垂れて迎えた。

 再び鐘が鳴り、周りと同時に顔を上げて見えたのは座っているカルマとその前で仁王立ちしているグレース。

 では、ご高説に期待しましょう。


「皆良く集まってくれた! 皆に面倒をかけたのは、正しく現在の状態を知ってもらい、不安になるような理由が無いと知ってもらう為よ! 繰り返して言う。何も不安になる必要はない! 我がトーク領の状況は今回の反乱に十分対処出来る状態である!」


 まずは一番主張したいこと、か。

 おお、誰もが言葉を聞き逃すまいとグレースに注目してるのが分かる。

 凄い支持だ。彼女が真面目に積み重ねてると誰もが知ってるのだな。日頃の行いの良さ、出てます。

 この人も後世に名を残す偉人候補なんだろうなぁ。

 カルマは董卓っぽいけど、兄弟が居たなんて話は知らんからグレースは誰なのやら。

 まぁ当て嵌まる人が居るとは限らないし、真面目に考えてる訳じゃない。

 グレースは領地を良く治める有能な軍師的側近。そう認識しておけば十分だ。


「確かにロッサ将軍は敗れた! しかし御存命であり、コルノ党と名付けられた賊と戦っている! ただ、現状ではこのケイ全土に広まった反乱を王軍のみで速やかに鎮圧するのは不可能であるため、各領主に討伐せよとの勅令を頂いた。これに従い、カルマ様は全軍でまず我がトーク領を平穏にすると決意なされたわ!」


 おおおおおおおお!!!

「ぇ、おおおおお!!!」

 あっぶね。

 うんうん。

 そーだよねー。

 そーなるよねー。

 知ってる知ってるーと思ってたら乗り遅れる所だった。


 これで軍が出発か。

 黄巾の乱は一年と続かなかった記憶がある。こっちはどうなるんだろう。……あんま続かない気がするな。何事も長期間持続させるには良い計画と、調整する真面目な方々が大量に必要なもんだ。不満とノリで暴れる集団にそんなもん存在しないでしょ。


 カルマが董卓コースに逝くかはリディアが教えてくれた通り、この戦いで中央に名を売ってしまうかどうかに掛かってるように思える。

 それ以外ザンザとの繋がりが出来そうもない。

 ザンザがカルマを使うとなれば、どうなろうとこの領地は大きく変化するだろう。何とかしてその情報を少しでも早くつかみたい所。

 リディアが今もランドに居るのなら、あっちからの文で少し遅れても知るのは大丈夫と期待出来るのだが、世情不穏でここ暫く文通が不可能になっちゃってるんだよね。

 

 自力で何とかしないと駄目だな。初めてトーク姉妹と会った時お願いした配慮で何かを求めればどうにかなるか?

 ……うん。まず落ち着いて考えないといけませんね。


---


 次の日の夜、夕食を終えて誰もがリラックスしてる時間にグレースの家を訪問すると、殆ど待たされずに応接間らしき所に通された。

 ご入室なされたグレースの表情にも疑問は無い。

 そっか。来るのお見通しでしたか。


「それで、何の用かしら?」


 ぬぅ、相変わらず探っているのがはっきり分かる。

 そんなに怪しいかね? 真面目に働いてると上司からも言われてるのに。

 いえ、分かってます。

 こんな大事な時期に面会を申し込む倉庫係は怪しんで当然です。


「グレース様は以前私がお伝えした予測を覚えておいででしょうか? その際に当たれば配慮して頂けないかとお願いしたのですが……」


「覚えているわ。だから会ったのよ。それで、どんな配慮が欲しいの?」


「まず、私は今度の鎮圧に参加するのでしょうか?」


「多分ね。戦場に連れて行くのなら高耳が良いから。何、嫌だと言うの?」


 うんにゃ。

 連れて行ってくれないと困る。


「いえ、そのような事は。ただ私は戦えませんので、その点を気に留めて頂ければ、と」


「誰が倉庫で働いてる人間に戦功を期待するって言うの。兵站の管理に決まってるでしょ。前線までは来て貰うけど、あたし達が全滅でもしない限り安全よ」


「あ、そうですよね。愚問でした。お許しください。さて、配慮のお願いをする前に―――予測がありまして。お聞き頂けますか?」


 あ、ちょっと嫌そうな顔。なんだよー、知ってるんだぞ。

 食料をかなり早くから集めてたじゃん。

 値段が高騰する前に必要な備蓄が出来ていて上司が驚いてた。

『グレース様は何という遠望をお持ちなのだ!』なんて言ってたぞ。

 あれ、私の予測によって早く動けたんだろ?

 と言ってやりたい。


「会議では何も答えなかったくせに……。帰る時一時金を渡すから。昇給も幾らか保証する。で、どんな予測?」


 先日の会議で黙ってたの根に持っていらっしゃった。

 なのに報いて下さるなんて良いお人だ。

 というか、表情に何か出てしまってたかな?

 ……調子に乗っていたか?

 一年以上こういうのをしてなかったのもあって、元からアレなのに鈍ってしまったかな……。


「今回の出陣、もしかしたら王軍の方、特にザンザ様と繋がりが出来るかもしれません。これが予測です。それで、もしもそのような事がありましたら、私にも成り行きを教えて頂けませんか?」


「ザンザ? 大将軍に任命されるという話もあるけど……だとしてもランドを守るはず……貴方知り合いなの?」


「まさか。一面識もありません。ですが今度の反乱における活躍次第では、トーク閣下が中央に居る権力者の方々から注目されるやもと思いまして。条件を考えるとザンザ様が特にトーク閣下へ近づこうとするかな、と」


「有能な軍師みたいな事を言う……貴方、細作だったりしないでしょうね?」


 あんれま、細作、つまりスパイとな? 何処のだよ。この世に私ほど独りの人間は……あ。

 こいつ私をバルカ家の紐付きと思ってんじゃね? おいおいフザケンナよバルカ家に怒られて死ぬぞ私が。しかもこれ何を言おうと疑いは残るでしょ。

 うーわ。とにかく否定だ。あー、でも私が考えたって言うのは無しだし……あー。

 グレース君、何時か機会が訪れたらチミに嫌がらせしたくなってきましたよ?


「グレース様、私は前回も今回もグレース様でさえ想定されてない貴重な予想をお伝えしたつもりです。知っているのはお二人を除けば私に教えてくれた知人だけ。何か損をしたというのでしたらお疑いになるのも分かりますが……」


 イルヘルミとリディアが確信を持っていなかったっぽいのに、分かる奴なんて居る訳が無い。

 あの二人を超える怖い人間なんて流石に居ないでしょ。

 そーだよ。今の所純粋に貴重で有益な情報を手に入れただけの話なんだから、感謝してくださっても良いのよ。


「……その通りね。悪かったわ。所で、その知人とは誰なのかしら?」


「申し訳ありません。非常に個人的な友人でして。名を告げぬのが教えてもらう条件でした。お許しください」


 どーせバルカ家だと思ってんだろおめー。そーです。其処の美少女でそんなのどーでもよくなるくらいヤベー子からです。でもスパイじゃないです。

 おめー、文か何かであの家にダンがスパイなのかなんて尋ねてみ? 私人生初の閻魔帳作成すっからな。


「言いたくないのなら別に良いけどね……。で、まだ欲しい配慮とやらを聞いていないわよ」


 おやザンザと何かあったら教えてくれるのは配慮にならないんだ。

 それを配慮して欲しかったのだけど。うむ。有難く黙っとこう。良いよグレースさん。少し私の不満が減ったよ。


「今のところは何も。グレース様のお陰でつつがなく暮らせております。これは本当に私の考えなため真に受けないで頂きたいのですが、このコルノの乱、鎮圧に何年もは掛からないと思います。コルノを殺すのには、ですが。その後もあちらこちらで再発する可能性はあります」


「慰めになるんだかならないんだか……直ぐに収まるのは有り難いけど、何度も起こられては堪らないわ。他には何かあるかしら?」


「御座いません。では、これで失礼させて頂きます。グレース様忙しい中ですが、どうかお体をご自愛くださいますよう」


「……そうね。貴方も戦場では病に気を付けなさい」


 あら、結構真面目に気遣われた感じが。スパイ疑いも其処まで深刻なものじゃなかったのかしら。

 何にしてもお気遣い有難うございますだ。

 出来るだけ丁寧に辞去の礼をしよう。


 そしてアイラの家に直行。

 アイラは直ぐに出てきてくれた。

 しかしまだ人通りのある時間帯なのにすっごく寝る直前の気配が。……昼寝をしてると思うのだが……いや、鍛錬をしたら眠くなるからな。

 運動をしたら眠くなる、仕方のないことだ。


「アイラ様、まことに申し訳ありません。お疲れでしたら明日出直しましょうか?」


「大丈夫……。まだ……起きてる……時間……」


 ……。

 帰るべきか。いや、本人はこう言ってるし……。


「そう、ですか。お話があるのでお茶をいれさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「……う、ん」


 お茶を飲むと、少し目が覚めたようだ。

 もうちょっと早く訪れるべきだった。

 悪いことした。以後気を付けよう。


「アイラ様、これからの予想を先ほどグレース様に話したのですが、それに付け加えた内容をアイラ様にもお伝えしたかったのです。今お話ししても良いでしょうか?」


「うん。良く分からないけど、聞くだけなら」


 あんまり興味無さそうだが問題無い。聞いてくれれば十分。


「今回の反乱、諸侯にとって戦功を立てて名を馳せる格好の場となります。ここで特に関係してくるのはランドの政治情勢。王都で軍権を握っているザンザが十官に対して優勢になる為、自分に協力的な領主を探そうとしそうなんです。

 その中でもトーク閣下はランドの誰とも繋がりがなく、ザンザにとって都合の良い相手。反乱の間に接触を持ち、やがては王都に呼ぼうとしそうな気配があります。

 トーク閣下としては中央で名を売る絶好の機会に思えるでしょう。しかしザンザの配下となってランドに行けば、恐ろしい政治闘争が待っています。それに勝ち残るのは難しいのでは、と心配しています」


「……そんな事言われても、こまる。僕は戦うだけだ。政治は分からない。何をしろと言ってるの?」


 そらそーだな。生粋の戦士であるこの人にはどうしようもない話だ。

 しかし私の予想がかなり当たるという信頼を得たいのである。

 我慢しておくれ。


「えーと……簡単に言うとザンザに気を付けて目立たないようにした方が良い。になります。後は、私の予想が当たるかどうかを知って頂きたかったのです」


「分かった。……ザンザに気を付ける。ランドについていくと危ない。これでいいかな?」


「はい。実はここまでの話はアイラ様にしかしておりません。毎度で申し訳ないのですが、下級官吏の分を超えてますので他の人に話さないで頂けないでしょうか?」


 こっくり頷くアイラ……毎度毎度思うが可愛い。


 待て待て、下心を見せたら頭蓋骨を砕かれかねん。

 大変攻撃的なお目付け役も居るのだ、心を強くもて。

 この後直ぐにアイラの家を去った。本当に眠そうでした。ごめんよ。


 さて……ついに戦場か。

 やっと人殺しに慣れる機会が訪れた。

 基本勝ち戦だと私も思う。慣れるには最高の機会だろう。


 後はオウランさんに情報と私の予想を送りましょ。幾らか派手に動いても大丈夫そうですよ、とね。

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