乱世始動
コルノの乱発生す1
平穏に二年が過ぎた。
倉庫での仕事を周りに合わせてこなす単調で気楽な毎日。
いや『俺の実力はこんなもんじゃないんだ』的なコジらせではなく、効率を良くする方法を思いついたし、求められる仕事に対して能力の余裕があったのだ。嘘ではない本当だ。
とは言え新参の若造が口を挟んで良い事が有るか。いや、無い。
まぁ元々必要が無ければ決して前に出ないつもりだから、能力以前の話だな。
吾輩、すくたれものです故。
この二年リディアとの縁は季節ごとの手紙で続いている。
何故か一度『このように何度も手紙を出す人間を面倒と感じる方も居ると耳に挟んだのですが、ダン殿は如何思われますか』なんて書いてきた。
意味分からん。
彼女がくれる手紙はランドの情報を得られる貴重な内容で、とても事務的な物。誰もが金を払ってでも欲しがるに違いない。
ちゅーか、貴族から季節毎程度にもらう手紙を面倒と感じる人は、かなり極まった隠者かつ社会不適合者ではなかろうか。
とまで考えた所で私に電撃が走った。ぺっかちゅーとばかりに。
彼女は思春期真っただ中の十四、五歳。他人の評価が無駄に気になる御歳ではないか。
凄く納得すると同時に驚かざるを得ない。
あの見た目的にも表情的にも、彫刻像そのものであるお嬢さんにそんな物があったとは。
流石に失礼とは思うが、そうだとしたら正直な所たまげたころげたひよりげた。である。
とりあえずお手紙は毎度感謝しつつ拝読しており、私の送れる情報が見合ってないのを申し訳なく思います。と、返しておいた。
毎回好きそうな小ネタを書いてはいるが、一笑程度の価値しか無いだろうしなぁ。
その時書いたのは蝗害について。
ちゅーても、あんまり核心を書くと生活に密着し過ぎててヤバイので、あれはイナゴが産卵し易い条件が揃って大量発生が理由であるっぽいのを聞いたとかそんな話。
人によっては帝王がした失策に対する天の怒りが蝗害だ。なんて主張をすると聞いている。
その程度の理解ならこれ位でも面白かろーて。
尚、対策は分からんの一言。実際出来る気がしない。
延々と土の柔らかい湿った所を探し、幼虫の内に発見して人海戦術だろうか?
人手をどーやって集めるんだ。加えて誰も知らない知識でどう説得する?
問題が多すぎて無理である。
21世紀でさえ蝗害対策はかなりヒィヒィ言った上でお手上げだったはずだ。確実な対処法となると、ヒマラヤ山脈か日本海をイナゴの進行方向に置くくらいしか思いつかない。
他にはこの二年、一月に数回オウランさんから貰ったお金でアイラに日本食的なのを作り続けている。
少しずつ工夫をしてもいるが、毎回楽しみにしてくれているのは基本となる東方料理が持つ基礎パワーのお陰であろう。
オウランさんは地道に勢力増大中。
柿の葉茶も順調。問題点と言えば品質管理と柿の木を増やすのに苦労している程度ですと。
さて、今私は何故か朝議への参加命令を受けたため、城の廊下を早足で歩いている。
下級官吏が呼ばれるなんて寝耳にウォーター。理由も全く思いつかない。
とにかく早めに議場へ行き、他の人が座って席が余るまで隅っこで待つ。
席が全て埋まるとほぼ同時に領主専用の扉が開き、トーク姉妹が入って来た。
周りに倣い起立し、深く頭を下げて迎える。いえーす。ゆあまじぇすてぃー。……まじぇすてぃ? あ、えくせれんすぃーだ。
「皆の者顔を上げなさい。今日集まって貰ったのは不穏な情報が入ったからよ。帝国全土で民が反乱を起こしてるの。しかも独立しておらず、コルノという男が出した指示による一斉蜂起だと聞いてるわ。
我らトーク領でも民の間で不穏な様子がある。王軍が鎮圧に動くと聞いているけど、自分たちの領土は自分達で対策を考えなければならない。皆の活発な意見を期待させてもらう」
なん―――と。来た……のか。
は――――――ハハハハハハハハハハッ! アッハハッハッハッハッハ!!
本当に起こったか! 民衆の大規模反乱が!
歴史は、私の夢を許したか!
自分が死ぬ恐怖を感じる。が、どうでも良い。
起こらないよりは、ずっとずっと良い!
感情を抑えるのが辛い。
グレースが語り続ける情報の一つ一つが私を喜ばせる。大きい。非常に大きい反乱だ。
黄巾の乱とは呼ばれなさそうだが……性質としては同一の物で間違いあるまい。
私の持つ知識、期待より更にあてになりそうだ……。
クフックフハハハハハ!
酷くなる、楽しくなる。
歴史に残る内戦が始まるぞ。さぞ酷い光景を見る羽目になるだろう。
そう、それだけが心配だ。
力は要らない、知恵も今の私で十分のはず。
しかし心だけは強く、ただ強くならなければ。
史実の曹操のように、どんな非難を受けても行動を変えないように。
私もそこまで自分を鍛えなければならない。
そうする必要がある。
他に不安は……この反乱が当たったとはいえ、先が読めない事か。
王軍だけで反乱を沈められてしまうと、計画が崩れるかもしれん。
ケイ天既に死す。我が夢立ち上がるべし! と期待したい「ダン! 呼んだら直ぐに答えなさい。ここは会議の場よ!」
……えっ? あ、グレース? 呼ばれていた?
なんてこった考えに集中しきっていた。
立場を弁えなければ。遥か高みに座す主君の前だってのに。
「申し訳ありませんグレース様。お話しを聞き逃してしまいました。教えて頂けないでしょうか」
「何か考えは無いのかと尋ねたのよ」
は……?
下級官吏の私に何故意見を求める?
周りの人も訝し気な表情だぞ。
……あ。
思い出した。初めて会った時にこの話をしていたわ。
二年は前なので忘れてた。だから呼ばれたのね。
まぁ、こんな大勢の前で意見を言うのはご勘弁願おう。
「何も御座いません。皆さまの考えに従い、自分の務めを果たすのみです」
「……本当に?」
「はい。反乱の話を聞いてまだ混乱しておりますし……」
「はぁ……分かったわ。呼びつけて悪かったわね。もう下がって良いわよ」
「はっ。失礼致します」
すまんなグレース。
上に立つ者として苦労してるのは知っているし、立派な権力者だとも感じている。
だがおまえの意思次第で私の命がどうとでもなる現状だと、絶対に目立ちたくないんだ。こんな人の目のある所では特にね。
私が頼れる人は遥か遠くの草原にしか居ない。逃げられるだけの余裕があるよう気を付けて動きたい。
バルカ家は色々助けてくれたが、結局は貴族。あそこの援助を計算に入れるのは間違っている。
この二年でお前がカルマの忠臣であり、姉の為なら何でもするとよく分かっている。大いに気を付けなければいけない。
さもないとカルマの為に骨となるまで使い潰してくるだろう。
ま、戻って働こう。
倉庫整理は本当に良い仕事だ。この仕事をくれただけでもグレースには感謝しているのだけどね。
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今日はアイラと夕食を食べる日である。
今はお茶を飲んでいる所だ。
良い機会なので、この人にはリディアから聞いた話をしておこうと思う。
特別な強さを持つこの人に、今後助言する時や協力を頼む時が来るかもしれない。既に将来お願いしたい事もある。
今から信頼を稼いだ方がよろしかろ。
二年の付き合いで大よそは人物を把握できた。
自分をケイ帝国の人間とは捉えておらず、獣人達も仲間とは言い難いと感じている。
つまりは何処にも属さない完全な個人と言える。
彼女にとって最も重要な行動の指針は生き残る事。人として当然だな。
しかし強すぎるからか、安全へ配慮する意識が薄い。
その上子供の頃の経験が関係してるのか、生きる=戦いだ。肉食の野生動物みたいに。
戦闘狂ではないのだけど……戦い、その上で生存するのが当然と意識無意識両方で考える傾向がある。
早死にしかねない感じで危なっかしい。
二番目に行動を左右しているのが自分の感情。
衝動的で、騙されやすいというと少し違うのだけど……あまり考えてないのは間違いない。フィオが攻撃的なまでに過保護なのも理解出来る。
総じて良い人ではある。親しみもあり可能な範囲で助けたい。とは言え私の話を秘密に出来ない人なら助けるのは無理。
試す意味でも余裕がある今の内に、バラ撒かれると困る話をしておくのが良かろうて。
さぁ、この可愛いお嬢さんは茶飲み話を黙っててくれるんでしょうかね。
「アイラ様。私、つい先日朝議で民がコルノという男を中心に反乱を起こしていると知ったのですが、ご存じでしょうか?」
「うん。僕、将軍だもん。当然」
ちょっと自慢げ。
……可愛い。
「そうですね。反乱の対処となれば当然アイラ様たちが一番の頼りでしょう。さて、その反乱なのですが王軍だけでは抑えきれず地方の軍閥、トーク閣下のような方々に協力を要請して来ると思われます。この話はご存じですか?」
「……ううん。初めて聞いた。皆すぐ治まると言ってたよ?」
驚いてるな。ありえんでしょって感じ。
やはり400年続いているケイ帝国への信頼は未だ高い。
オウランさん達もそうだったし、目の前で壊れるとは誰も考えてない。
私も100年続いてない日本政府が壊れる日が来ると考えた記憶がないし、普通はそんなものなんだろう。
グレースは私の話を誰にも話してないみたいだが、当然よね。しかも情報元が馬ボーンなヤングメンじゃあな。
「それ、グレースが言ってた?」
「いいえ。これは知人と私が三年程前に話しあった結論なんです。グレース様にも話はしましたが、皆さんへ話すだけの信用は得られなかったみたいですね」
「なら……信用出来ないよ」
「分かります。下級官吏の予想を気にしていては何もできません。ただ、私がした予測を覚えておいて、出来ましたら大きな反乱の鎮圧に向けて心の準備だけでもして頂ければと思います。
それと今のは内密の話でお願いします。当たっても外れても、将軍であるアイラ様への話としては分を超えているので怒られてしまいます」
「分かった。うんと……心配、してくれてるのかな?」
「勿論。アイラ様の強さは良く知っていますが、戦場では誰でも簡単に死にますから。気構えを整えておくだけでかなり違う……ですよね?」
「うん……そうだね、有難う」
あら素敵なはにかみ。
良いお駄賃を頂戴しました。
こういう率直な感情を向けられると、こちらも感情十割で心配したくなるが……そうも行かないのだよな。
こう考えるの自体よろしくない。行動が左右される。
まぁ……オウランさんの所に逃げこめると言っても、辿り着くのさえ難しい場合も考えられる。
何かあった時まず頼りになるのは目の前のお嬢さんだ。死なれては困る。
あくまでついでだが。主目的ではないが。色々と苦労をしているこの子には生きて欲しい。
なので、利益と同じ方向を向いてる感傷はある程度よろしかろう。罪悪感とかのストレスで潰れては無様だし。どっかの小早川みたいに。あいつはアル中が一番の理由らしいけど。
この子なら仲良く出来る目もある。多分。
後他に出来るのは……軍事物資を小遣い分買っておいて高値になった時に売る位か?
目立たない範囲だと夕食が少し豪華になる程度の儲けだが、十分よね。小さな幸せを大事にしましょ。
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