オウランとの話し合い3

 後は馬具をきちんと活用すれば大きな力になると伝えたい。

 

「それとあの道具を使った戦い方なんですが、

 私は今後極力接近せず弓を使うべきと考えます。あの道具を使えばより多くの者が、上手く馬上で弓を引けるはずです。逃げながら後ろを向いて追ってくる敵に矢を放ち、相手が逃げ出せば追って背中に矢を。

 こうすれば損害を極限まで少なくして勝てるでしょう。

 後で詳しく戦い方を書いた物を渡しますし、実際に戦う皆さんでそれを改良して頂ければ。とにかく少ない損失で勝つのを目標としてください」


 その名は高きパルティアン戦術である。

 逃げながら撃てば槍や剣が届く訳も無いし、飛んでくる矢も逃げてるので物理法則的に弱くできる。

 無敵の戦術と言える。但し馬に乗るのがとんでもなく上手くないと出来ないけど。

 時速10キロで静かに走るセグなんちゃらの上でカメラを構えるだけでも、こけて世界最高の足を傷つけた中国人が居るのに、三倍の速度で上下運動、戦場の緊張付き。

 産まれた時から馬に乗ってる人のみ可能な曲芸と言える。

 

「なるほど……しかし、氏族の中にはどれだけ命知らずかを誇る者が居ます。あの者達に逃げろと言っても……」


 あ、やっぱり居る?

 実は私も過去川で如何に高い所から飛び降りるかを自慢してた。

 あの頃は若かった……。

 余りに高いところから飛び降りたもんだから、尻に水が一気に入って超痛かった……。


「難しいのは分かりますが……。ケイの情勢が不安定になればこちらの情勢も難しくなるでしょう? 今後幾らでも家族と氏族の為に命を掛けなければいけないのに、個人の満足の為に死なれては役立たずという物。そう言って従わなければあの道具は与えないとか……駄目ですか?」


「ろ、露骨に言いますねダンさん。それは、そうなんですけど……言って従ってくれるとは」


「オウラン様少しお待ちを。―――ダン殿。茶のお金と道具はオウラン様の名誉として良いのだな?」


「勿論。後でグダグダ言いはしませんよ」


「……お分かりだろうが、飢えを遠ざける功績は巨大なのだ。それを簡単に渡すと言われても信じがたい。何を望んでるのかはっきり言って頂きたい」


 分かる。タダより高い物は無い。

 とは言えアホな要求があれば私を殺せば良い話。と、なりそうなもんだが……トーク家の介入を心配してるのかな?

 何にせよ慎重で結構。

 オウランさんの側近が立派に支えてくれそうで安心だ。


「そうですねぇ、まず私がこれから働くレスターに商売用にでも人を置いてください。私の方から役立ちそうな情報を伝えさせていただきます。後は偶に私の護衛など協力を頼むかもしれませんので、無理でなければお願いします。それとお茶を定期的に欲しいですね。常飲したいので。

 一番の望みはもしも私がケイに住めなくなった場合、此処で暮らさせてほしいのです。乗馬が下手な私は凄く役立たずでしょうけど其処をなんとか……予想通り戦乱が起こった場合、逃げ場所が欲しくて」


 心からのお願いである。

 ここは正に外国、誰かに恨まれようが、権力者に睨まれようが、探すのは不可能と言って良かろう。

 リディアの所よりずっと良い逃げ場所だと思う。

 あっちは貴族様だし、しがらみから私を相手に突き出す事だって考え得る。

 ま、一庶民が権力者に恨まれる可能性を考えるのは痛い妄想ではある。

 が、あり得るのだ。

 機会が訪れればそれくらい派手に動くつもりだ。


「全て当然の範囲。頼まれる協力とやらは、必ず協力するとは言えぬがそれでも宜しいか? 後で追加の要望を言われても聞くとは限らぬぞ?」


「勿論。ああ、一番大事なのは不満とかを正直に言って欲しいという事です。お互いに譲り合って、良い関係を長く続けていきたいですね」


 和の精神。良い言葉と思うの。現実にはまず存在出来ないけど。


「承知した。―――オウラン様、今回の功績が貴方の物ならば誰も逆らいますまい。逆らうならば、同じだけの食料を得てみろと言えば良い。いえ、殺しましょう。一冬だけでなく毎年の飢えを遠ざけた『貴方様』に逆らうような者は氏族の為になりませぬ」


「けど……本当に、それで良いのですかダンさん。カルマにはこの商売も道具も渡さないのですよね? 渡せば……彼女は貴方を凄く大事にしますよ? 貴族にだってなれるかもしれません。なのに、全てをわたしだけが使ってしまって良いのですか?」


「はい。最初からその為に考えました。それにここまで上手く行った一つの要因はオウランさんが私を信頼し、上手く行くように取り仕切ったからです。配下を上手に使うのが長の仕事な訳で、胸を張って自分の功績だと言えるんじゃないですか」


「あの、ダンさんはわたしの配下じゃないのですけど……はぁ……分かりました。使わせて頂きます」


「どうぞどうぞ。

 さて、これからお世話になる半年の間、皆さんに文字を教えようと考えてます。時間のある人は文字を習うよう取り計らってください。その為の道具と書物もランドで買ってきました。今後はケイ帝国でお茶を売るのです。読み書きが必要でしょう」


 これは強制である。

 彼を知れば百戦うんたらって偉い人が言った。

 相手の文字も読めないでどーすんだと言いたい。

 というかこの人たちケイの文字を知って、情報を得て対策を練ろうと考えなかったのかね……。

 すんごく刹那的だよな、遊牧民って。

 だから愛してしまったんだが。


「えっ……そ、それは、わたしも……ですか?」


 おやぁお嬢さんお勉強が苦手で?

 凄く嫌そうな表情ですよ?


「モチのロンです。オウランさんは絶対に学んでくださいね? 私と個人的に文をやり取りして貰わないと困ります。ジョルグさんもですよ? 側近なのでしょう? 私から変な情報を吹き込まれないように気を付けてもらわないと」


「じ、自分で言うのか? しかしこの身は既に三十も近い。今更文字など」


「オウランさんを見捨てるのですか?」


「―――ッ! もしやダン殿、貴方は性格が悪いのか?」


「効率が良ければ手段は選びません。ジョルグさん、面倒だからって健気な長にだけ苦労を背負わせてはいけませんねぇ」


 何時かは感情で判断を全く変えない奴になりたいねぇ。

 未だ修行中の身でござるが……。

 やがては汚いな、流石ダン殿汚い、と言われるまでになって見せよう。


「ぬ、ぬぅ。分かった……。学ぼう。確かに秘密のやり取りもあろうからな……」


 うむ。秘密だらけだっていうのに、秘書的な誰かを挟むとかありえんわい。

 秘書の所為にして責任を逃れようにも、責任が発生した瞬間本物の首が飛ぶ世の中なんだぞ。


「オウランさんも良いですね? というか、戦い方を書いて渡すと言ったじゃないですか。他にもいっぱい書いて残すつもりなのですから、頑張って貰います」


「お、お手柔らかに、お願いしますよ? わたし達は文字なんて滅多に触れないんですから」


「駄目です。身に着けるまで何処までも厳しく行きます。とても大事な内容を書いて残しますので、オウランさん以外に読まれては困ります。サボると……氏族の方が余計に苦しむ日が来るかもしれません」


「うっ……ぐぅ……。はい……分かりました。よろしく、お願いします……」


 そんなに落ち込まないでおくれ。

 私がいじめてるみたいじゃないですか。

 うーむ。ちょっとドキドキする当たり、好きな子を虐めちゃう小学生メンタルから抜けきっていないのかしら?


 そしてこれからその美少女の先生となるわけで。

 ミラクルですわ。

 授業にも熱がこもりそう。

 ちょっと前までも美少女に授業らしき物はしていたが……あれはもっと別の何かだったから……。

 と、とにかく良い授業をするべく頑張ろう。

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