オウランとの話し合い2
「可能ならばオウランさんに遊牧民全てを束ねる族長、いえ、王になって欲しい。それが皆さん達の為にもなる。私はそう考えています」
露骨に過ぎる言い方だと思う。
だが彼女達から信頼を得るには分かり易くはっきりと意思と、誠意を示すのが一番だろう。
とは言え表情を曇らせてしまった。
……前置き無しに話し過ぎたかも。
「それは、戦って周囲を従わせ続けろという意味ですよね? わたしには氏族を無駄に死なせる目的と思えます。我ら獣人に必要なのは幾らかの食料と畜類を養える広さの土地。草原族を支配するだけでも難しいのに、他部族もだなんて……」
……ちょいと世間知らずに思える。
側近はどうなのかね?
「ジョルグさんも同意見ですか? 私はこれから嫌でも周囲を支配下に置く必要が出ると考えているのですが」
「いや、この身は……ダン殿に近い考えだ。オウラン様、周りの氏族がケイを攻めるより近場の我らから奪った方が早いと考えそうな事、お忘れでは。彼らに食料を分け与えて収めるにしても、支配下に置く形でしなければなりません。さもないと敵の羊を肥えさせる羽目になります」
「つまり……私、ダンは貴方の身に争いを招いたのです」
恨みますか? と聞きたい。
しかしどう考えても甘えだ。
謝罪なんてオウランさんにとっては意味がない。
争いを受け入れられないのなら、別の氏族を探さなければならないな。
オウランさんが馬具を他の所へ流されるのを恐れて私をどうこうしようってなったら……詰みか。
まぁ、その際は此処で生きさせてくれるように泣き喚いて命乞いするさ。
実際それでも悪くは無い。
計画は不透明となるが、仕方なかろう。
彼女達がそう選択したのだから。
「―――そうですね、そうでしたよね……。はぁ……。ああ、ダンさん、もしかしてわたしが怒るのでは、と思っていませんか?」
「えっ。表情に何か出ていましたか?」
「そんなには。でも、申し訳なく思っていそうで。わたしはこれでも一氏族の長なんです。そこまで甘えた考えを持ってはいませんよ。いえ、さっきの言葉はちょっと情けなかったですけども。
……知らないでしょうけど、我々獣人はこの地で生きる為に強力で賢い指導者を何時だって求めています。わたしはダンさんのお陰で力を得ました。ならば自然とその得た力に相応しいまで配下は増えて行くものです。それに、食料も、戦う力もわたしは欲しかった……。怒るなんてとんでもありません」
彼女は、分かっていない。
馬具がどれほどの力になるか。
そして、私がどれほどの影響を期待してるかを。
なんとも……罪悪感が疼く。
「実は、分かっていたと言っていい程に推測していました。もしも何時か私を恨む時が来たら言って下さい。幾らでも謝罪しましょう。謝罪に意味があるとも思えませんが」
「あ、そうなんですか……。ダンさんは高耳なのに、本当に我々をご存じなんですね。まぁ、謝罪なんて求めないとは思いますけど、お気持ちは嬉しく感じますよ」
嬉しい、か。最後までそうであって欲しい。
そう祈らずにはいられない。
……無駄な感傷は止めないと。話を続けよう。
「話を戻します。お二人は、今ケイに戦乱の兆候があるのをご存じですか?」
「少しは……そんなに酷いと?」
「はい。絶対にとは言いませんが、とてつもない戦乱が起こりそうです。ケイの人間が草原を意識する余裕がなくなるほどの。これは私だけでなく、お世話になったバルカ家も同じ可能性を考えています。逆に皆さんから見れば400年に一度の機会となるかも。欲しくはありませんか? もっと暖かい土地が」
二人の表情が目に見えてこわばった。
そっか。まだケイは中々な権威があるんだな。
「そ、それは―――ケイの土地を? でも……ケイは人の数が我々と比べ物になりませんし、手に入れても直ぐ取り返されてしまい、氏族の者を多く亡くしてしまうだけだと……思います。第一ダンさんもケイ人じゃないですか。…………わたし達に血を流させて、カルマに利益を得させようとしているのなら……拒否するしか、ありません」
あ。そーいやカルマの配下として来ていた。
しかも私は高耳。誤解して当然か。
「説明が難しいですが……私がケイの誰かに利益を与える為、皆さんを利用する事はありません。今後皆さんに何か協力を頼むとしても、相応しい対価を用意するつもりです。良いように利用されてると感じた場合には……言って貰えると嬉しいですね。何か出来るかもしれませんし。
さて、土地を手に入れる云々は置いておくとしても、戦乱となれば戦力として皆さんを利用しようという人間も出てきます。対価を与えず強制しようとする者も。自分たちの命を守るためにも力を得ておくべきです。但し、ケイの諸侯に対して反意を見せるのは賢くないと私は考えます。争っていても、相手が獣人となれば一致団結して対処してくる可能性がある」
地底人が突然襲って来たら、敵だった奴らは団結するのか? という話。
普通は無理だが、この場合の地底人に対しては長い戦いの歴史があるのでもしかしたら、と思える。
「反意を見せないよにするのは分かりますけど……まず、本当にそれほどの戦乱が……? ケイ帝国は400年続いている大国ですし……今突然そんなになるとは」
ごもっとも。
途中で一回滅んだみたいだけどね。
「起こった場合も含めて考えて動く、くらいはお勧めします。で、先ほど言った反意という話にも繋がるのですが、そもそも草原族から強力な長が産まれたのをケイに教えないようにしては。草原族はケイと隣接してる以上、危険と感じればケイの領主達も黙ってはいないでしょう。
だからオウランさんが支配氏族を増やすにしても、ゆっくりと静かに、知られないように。長い時間掛けても世の流れに合わせて高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に動こうとしたら仕方ないと思います。当然必ずオウランさんに全部族を纏めろと言う気はありません。今してるのは、一番大きく動いた場合の話です」
「あ、そ、それはそうですね。まだ何もしてないのに……。まずは手に入れた食料を奪おうとする氏族の対処でした。ちょっと、ジョルグ。笑わないでください」
「いや、失敬オウラン様。お若くて羨ましく思ったのみです。先走るのも十五歳なのだから当然でしょう。しかし、ダン殿。自分の見る所、貴方は戦乱が来ると強い自信を持っているように見えますが」
じゅうごさい!? 遊牧民の美少女氏族長はじゅうごさい! しかも田舎の人っぽく純情! 可憐! キャー! すてきー!
さっきは世間知らずだなんて思ってごめんなさい。まだ十五歳なんて。
過去の私に比べれば月とスッポンざます。
って、そういう場合じゃないや。
「はい。……私の予測をお話ししましょう。ただこれは、お二人を心から信用しての話。誰であろうと話さないと約束して頂けますか?」
「え、は、はい。分かりました。約束します」
まじ頼みますよ。
出来れば話したくないのに、信頼を得るには仕方ないと思ってだからね?
「ケイの将来ですが、まず大規模な平民の反乱が各地で起こります。これを王軍が鎮圧しきれず、各地の貴族を使うでしょう。となると帝国には全土を抑える力が無いと公言したも同然。
その上に事件……例えば、地方の領主が突然帝国の頂点に立つとかがあれば、力と運があれば何でも可能な時代になったのを野心ある者が知る。こうして各地の貴族が欲望と自衛のために戦い合う時代が来る。そう予想しています」
「―――まるで、見て来たかのように言いますねダンさん……」
ぬぅ、自分の知識に引きずられてやたら具体的になってしまった。
喋る内容を木にでも書いておくべきだったかもしれない。
……カンペを見ながら喋ってたらそれこそ怪しいな。
「実際そういう動きはあるんです。帝王が肉屋の娘を妻にした為に、兄が王軍の頂点に立ちそうでして。こんな無茶が起こると当然問題も起こり易い。
オウランさんは一応の準備をして待つ程度で良いのです。ただもし派手に動きたくなったなら、近隣の領主が自分の戦いで忙しそうな時をお勧めします。ケイの者がこちらに目を向ける前に終わらせ、配下達に独立していると言わせれば、ただでさえ伝わりにくい草原の出来事、自分たちを小さく見せられケイからの面倒はかなり減るはずです。
そうやって力を付ければ出来る事も増えるでしょう。大体、一つに纏まっていた方が何かと便利でしょう?」
「それは、そうなんですが……。やはりダンさんはわたしに纏めさせようとしてますよね? あの、わたしの氏族は草原族の中では大きい方だけど、最大の氏族ではありませんからね? 大体、草原族を統一する程の物がわたしに在るかどうかなんて分からないんですよ?」
「いや、すみません。外の者に勝手に期待されても困惑するだけと分かってはいるのですが。ただ私はあると感じていますよ。貴方は何処の人間とも知れない者の話を真面目に聞いてくれている。素晴らしい事ですよ。多くの人の上に立つのに重要な資質の一つでは。
ジョルグさん、僭越だとは思いますが多くの配下を持った時、オウランさんの疲れが溜まらないように気を付けてほしいのです。彼女の健康が損なわれては何もかもが台無しになりかねません。私が余計をお世話をした所為で。とならないか心配です」
「ははっ。流石に先の心配をし過ぎだろう。大体我々はケイのように何もかもを管理した面倒な支配はしない。どれだけ多くの者を配下に加えようが、今よりも特別忙しくはならぬよ」
あ、そうなの。
そーいや、遊牧民に税金があるんだろうか?
自由の民を文明でガチガチに縛られた国基準で考えた私が愚かでした。
「……目の前でそんなに心配されると恥ずかしいのですけど。とにかく、ダンさんがわたしをどう見込んでくれてるかは分かりました。後は皆で相談したいと思います」
「ええ、そうしてください」
えーと、後何か話し忘れがあるような……。
あ、馬具を使った戦い方を話さないといけなかった。
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