初手
アルタから代金を受け取った後、出来るだけ急いでオウラン様の所へ帰る。
秋が来てケイの村を襲う必要が出る前にお金を食料へ変えたい。
急げばもう一回柿の葉茶が作れるかもしれないし、帰り道偶にドクダミが花を咲かせていた。あのちょい臭いお茶が私を待っている。
ふー。やっとこさオウラン氏族の天幕が見えた。と一息。
広い草原に天幕が並び立ち、外で縫物をしている女性や、走り回る子供が見える。
さて、オウラン様に話す内容を復習しておくかな……ん?
あの馬こちらに駆らせて来る人は……。
「ダン殿! 首尾はどうであったか!?」
オウラン、様だ……。
うおおお……美少女に息が切れるまでの全力で迎えて貰えるなんて出来事が、我が人生に在ろうとは……。
亜麻色の短い髪が風になびいてる……。
綺麗っす……しかも、尻尾までなびいてるっす……。
そうだカメラ!
カメラは何処だぁ!
クソッ、どうしてないんだぁ! こんなに撮りたいのに!!
「ダン殿、首尾は……えっ、何故泣いてる? もしかして……駄目だったのか?」
ああ、そんな残念そうな顔をしないでくださいオウラン様、くぅっ、感動で声が……。
ぬうう。幾ら期待をしてるからって、このお嬢さんに思い入れ持ちすぎだ私。あ、鼻水まで出てきた。
「ちがっ……グスッ、違うのですオウラン様。このように、出迎えて頂いて、例え首尾が気になっただけだとしても感動してしまったのです。売るのは非常に上手く行きました。話さなければならない事が幾つもありますから、天幕に招いて頂いてもよろしいでしょうか?」
「おおっ! そうですか! ランドから二月も経たずに帰って来るなんて上手く行かなかったのかと心配したが、そうか! 早く天幕に来てくれ、わたしも詳しい話が聞きたい」
……なんて、純粋な笑顔。
分かった。私が感動したのは変な話じゃない。彼女がそれだけの人物だからだ。もうそういう事でいいよ。男子の本懐だよ。訳わからないけど。
くぅっ……強い日差しのなか、お肌を犠牲にして頑張って良かった……。
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運んできたお金の管理などは一緒に旅をしてきた氏族の人に任せて、オウラン様の天幕に入る。
二人っきりで、だ。
以前此処でお願いした時には護衛の人が居たが、今は二人っきり。
くくくぅっ。近づいてきたな! 色々と!
って違う。
真面目な話をしなければいけないんだ落ち着け。
心を平静にして考えるんだ、今何をしなければならないか……。って素数の神父さんも言ってた。
「では、成果をお話しします。ランドではバルカ家という貴族に紹介を頂き、十官の一人であるアルタ様と茶っ葉の売買契約を取り付けられました。品質が保持される限り今後とも買って頂けるだけでなく、取引量を増やせるかもしれなとの事です。
バルカ家には大変お世話になったので、ご家族が飲む分程度は運ぶたびに献上するべきかと思います。そうしておけばバルカ家でも他所に売るため買い取ってくれるかもしれません。
それとこれから作るドクダミのお茶を試供品として持って行ってください。体に良い薬膳茶としてお勧めして頂ければ」
最後に今回の商売で得られた金額を告げる。
それを聞いたオウラン様は目を見開いて驚いてくれた。
うむ。当然の反応だな。
素晴らしい額だ。やはり富裕層は持ってる金銭の桁が違う。
目標額として聞いていた一冬の間最低限の食事を一族の分まかなって尚余る。
これからもう一度売りに行くしな。
ドクダミ茶がどの程度の値段で売れるかは分からないが……まぁ、余ってる人員を使って、彼らが生み出せる筈の食料より多く得るくらいは儲かるはず。
売る伝手があるからこそ、アルタも自分が飲む以上の量を仕入れようとしてくれたのであろうし。
「本当に、素晴らしい。追加の分を直ぐに作らせよう。ああ、これで一族の者が冬に飢えなくて済む」
良い笑顔っす。
自分の富では無く一族の飢えを心配するこの感じ、いやぁ若いって素晴らしい。
しかし残念ながらこの笑顔を曇らせるような話をしなければならない。
「はい。でもこれでオウラン様の氏族のみケイを襲わずに冬を乗り切ったとなれば、直ぐに周りの氏族もオウラン様が金銭を得ているのに気づくでしょう。となれば周りの氏族全てから狙われませんか?」
力こそが全て。
恐ろしい時代があったものだ。
まぁ、人類史の十割がそうと言う話もある。
まずこの氏族は周りから襲われる。
自分たちの腹が直接的な意味で死ぬほど減ってるのに、全く平気な顔をしてる奴が隣にいたら。
そりゃ殺してでも奪うでしょう。
ある意味私の所為だ。食料問題を解決したらこうなると分かっていたので、確信犯とさえ言える。
が、人類はこーいうモンだ仕方がない。
それでも今後彼女に降りかかる面倒を推測すると……非常に申し訳なく思えるが。
―――彼女が面倒を回避すれば私の計画は崩壊しそうだが、文句は言えないな。次は名誉とかを求めている人を探そう。
「あっ―――そうだな、その通りだ。周りの氏族から襲われない訳が無い。どうしよう……これだけの富、すぐばれる」
喜びから急転直下した困った表情で、オウラン様が独り言のように言っておられる。
ふっふっふ。この私に任せて貰おうか。
抜かりはない。むしろこっからがメインである。
力が必要なら与えよう。……正に悪魔って感じだな私。
「オウラン様、皆さまの戦いの手助けにと、馬をより上手く乗りこなせる道具を考えてあります。ただ練習が必要ですし誰にもその道具を知られたくありません。
なのでこれから十日オウラン様と、鍛錬の相手役として馬に乗って戦うのが上手く誰にも、家族にさえ喋らない口の堅い方にお付き合い願えませんか?」
「馬の道具、だと? ダン殿の知恵が素晴らしいのは良く分かったが、馬に関して我々獣人に教えるのは無理と思うぞ」
そう言った後、だいたいダン殿の馬術はおそま……いや、あまり良くは無いし、とボソボソ言い難そうに付け加えられてしまった。
気持ちはよく分かる。
馬なんてこっちの世界に来るまで乗った経験は無い。走らせるだけならケチ運営に負けず頭おかしくなるくらい走らせたが。
何とも懐かしい。今頃は一緒に遊んだ人たち古代競馬場でブーケファラスでも相手にレジェンドレースを、朝七時から十七時間連続でするよう同調圧力食らってたりするんだろうなぁ。
「お疑いはごもっとも。ですがそれは遥か遠くの書物から見つけ、馬に乗って戦うのにとても有益と書かれていた道具なのです。十日だけ試して頂けませんか?」
伏してお願いする。
何だったら足を舐めても良いくらいだ。
足を洗ってくれた後ならばご褒美になってしまうのは秘密。
「まって、まってくれ。わたし達の為に考えてくれたというのに、そのようにされては困る。分かった。貴方に付き合おう。言う通りにするから頭を上げてくれ」
「はっ。有難うございますオウラン様」
「うむ……。お礼を言うべきなのはこちらだと思うが……うむ……」
困った表情のオウラン様も可愛いね。
何歳なのだろう。確実に二十以下だと思うんだが。
それにしても楽しみだ。やっとこの時が来た。
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二年近く待ちに待った日だ。
昨夜は期待らしきものの所為で中々寝付けなかった。
そう、二年前バルカ家の庭で思いついてからずっとこの日の為に用意して来た。
これが私の最初の一手。
そして全てが変わるはず。
いや、まだだ。
まだ馬具にどれ程の効果があるか分からない。
何と言っても私のお手製。実用に耐えかねる可能性もある。
その判定をしてくれるのが目の前のお二人。私も改良の為実験の様子をしっかり見なければ。
「ダン殿、この者はジョルグ。わたしの腹心であり、戦いを教えてくれた師匠でもある」
「ダンです。よろしくお願いします」
「ジョルグだ。ケイの人間が作った馬の道具がどんなものか期待している」
皮肉……? じゃなさそう。
すっごく真面目な顔。
灰色に近い茶色の髪によって更に落ち着いた人格を感じる。
そして見事な細マッチョ。
体のあちこちには歴戦の傷らしきものが走っていて実に強そう。
ま、期待にはお応えしましょう。
バルカ家で二年、その後も細かく時間を掛けて手を加え、持ち運ぶときには袋に入れて隠し続けた私の傑作が日の目を見る時が来た。
少なくともどういう物かはこれで理解出来るはずだ。
「オウラン様、これが私の作った馬に付ける道具です」
「これは、座るための敷物……に輪っかが付いている? 名前は何と?」
訝しげだな。どう使うかピンとこない感じか。
「名前はありません。無い方が他所に知られ難いと思いますから。まぁ、まずは使ってみましょう」
当然名前は鞍と鐙。
現段階では丈夫な革ひもで鐙を作ってあるため、強度が今一。
金属加工は私には無理だから仕方がない。
何処かに金属部分を発注しようかとも思ったが、誰かに知られる可能性が増えるので止めた。
オウラン様に足置きだけ発注して貰った方が良いだろう。
口の堅い職人を知っていないなら……革で我慢してもらうか、何かの金属製輪っかを使うかな。
「ではお二人ともその道具に座る形で馬に乗って下さい。次に輪っかに足を入れて体を支えるんです」
うん、大丈夫そう。
「その輪っかで体を支えれば姿勢を保ちやすくなり、長時間乗ってもお尻が痛くなりにくいでしょう。膝への負担も減らせるはずです。又、上手く輪っかで体重を支えれば、今までなら落馬したような姿勢にもなれると思います」
「ダン殿、話は分かったのだが……正直に言うとこの道具は幼子が補助に使う道具のようで恥ずかしく感じる。殆どの者もそう感じるだろう」
む、オウラン様は幾らか困ってる感じがする。
ジョルグって人も嫌そう。
そういう風に感じるのか。盲点だった。
もう小学生なのに補助輪付けるなんて恥ずかしいもん! という感じか?
遊牧民の人は良い物なら受け入れる現実的な人たちというイメージがあったけど……。
馬具の良さを理解すれば納得してくれるかな?
「我慢してください。その道具は使いこなせば戦いの時大いに役立つはずなんです。まずは試してみて、直せる所があれば直しますから」
「いや、別にもう嫌だという訳じゃないんだ。だが長として皆が嫌がるかもしれないという話をした方が良いと思ってだな? ……ダン殿、怒ってるか?」
いいや。可愛いなこのお嬢さんと思ってるよ。
「いいえ。皆が嫌がるような物を押し付けるのは難しいというのも分かります。まぁ、練習を始めましょうか」
まず一週間使い二人に鞍と鐙に慣れて貰った。
長時間馬を走らせたり馬上での戦闘訓練も一通り。
結果は耐久性に問題がある以外おおむね良好。
最後のテストは当然馬に乗ったままの戦いである。
ただしオウラン様には馬具在りで、ジョルグさんには馬具無しだ。
まずは並走しながら槍のような武器で戦ってもらう。
最初にオウラン様が攻めてジョルグさんが受け止めた。
ん? 二人とも驚いている?
なんでだ? 後で聞かないと。
驚いた後も二人は止まらず槍を叩きつけ合う。
すると少しずつジョルグさんの姿勢が崩れていくのがここからでも分かった。
必死で体制を整えようとしているが、眼に見えて分かるまでオウラン様の方が有利になっていく。
最後にはジョルグさんの態勢が完全に崩れた所へ、オウラン様が胸を槍で押して馬から突き落とした。
どうも意外な結果だったみたい。二人とも驚いている。
理由を聞きたいが話し合いは後。
試験を全部終わらせてもらおう。
「お二人とも、戦い方を変えて試合をお願いします。長時間戦った影響も知りたいのです」
「あ、ああ。分かった。直ぐに始める」
試験は考え得る戦い方全てで行う。
相手を正面に見る場合、弓で撃ちあった場合、など等。
殆ど全てでジョルグさんの姿勢が先に崩れ、オウラン様が勝った。
四時間が経つ頃ジョルグさんの姿勢が更に崩れやすくなってきた為、試験終了。
多分だが体を支えるのに同じ筋肉ばかり使ってるので疲労が早いのだと思う。
見たところジョルグさんは疲労困憊だがオウラン様はまだ余裕がありそうだ。
流石歴史を変えた道具。素人が作っても素晴らしい効果がある。
落馬しにくくなるというだけでも大違いだし。
戦場で落馬したら馬に踏まれるか、痛くてうずくまった所に敵が集まってきて死んじゃいそうだからね……。
「ダン殿、疑ったのを許してくれ。これは素晴らしい道具だ」
いえいえ。ヒネタおっさんである私が裏になにも感じられないその笑顔の為でしたら何でもないです。
「私としても喜んで頂けてホッとしています。所で最初の組手の時お二人とも驚いていたように見えましたが、あれは何があったんですか?」
「最初……ああ、何時もならばわたしとジョルグが試合をすると、一合ごとにわたしが不利になるんだ。それが一振りで逆の立場になったと分かった。しかも最後には怪我をしないよう気遣える余裕まで。その差に驚いていた」
「なるほど。一週間でそこまでの差が出るとは私も思いませんでした」
「この道具があれば戦い方によっては二倍の敵にも勝てるかもしれない。長時間乗れるのも素晴らしい。戦い方自体を変える力を感じる」
そーなのかー。
何か色々お考えが出来たのかな?
後で大昔本で読んだ遊牧民族の戦い方を教えようかと思っていたが、言い方に気を付けよう。
自分達で考えた方法でないと色々納得できないだろうし。
「あ、私が馬を良く知らないのを忘れないください。これを長時間付けられた馬がどう感じるか等は分かりません。しっかり馬と人の様子を見て、改良しましょう」
これを言うの忘れてた。
馬は繊細な動物。って漫画と物の本に書いてあった。
今まで無かった物を付けられた影響があるかもしれん。
「ああ、そうだな。分かった。ならこれを皆にどう使わせたものか……」
「オウラン様、この道具はくれぐれも内密に。実戦で使う時は馬と同じ色にしたり、布を被せたりして目立たないように配慮を。他の部族やケイに広まると敵にこの道具を使われます」
「そうか……うん、分かった。ジョルグと良く考えてみる」
そーしてちょーだい。
となるとこの馬具の取り扱いで暫く余裕が無くなるか。
今後についてオウラン様と話すのは何時にしよう。
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