リディアの将来予測2
ザンザが力を持とうとしていて、やがてこの国を牛耳っている十官とぶつかるのは確信できた。
問題はその時にカルマが関係するかだ。
幾らでも代わりが居るように思えるし、新しい配下をザンザが必要とするか自体不透明に思える。
「その時に地方軍閥のトーク家をザンザが求めるでしょうか? 現在彼は力を広げ、名のある公爵達にさえ力を及ぼしているのでしょう? 彼らの力があれば十分なのでは」
「その可能性もあります。そしてそうでない可能性も。ザンザは成り上がり。当然既に力を持っている大貴族とは隔意があるし、大貴族たちは誇り高いので従順に従うとは考え難い。となれば、ザンザとしては自分が引き上げた子飼いの配下が欲しくなって当然。そして、トーク領は辺境にしてはランドに近い」
「あーなるほど……どうも思ったよりトーク様が出世する可能性はありそうですね」
そうか、色んな意味で秀吉とそっくりな状況なのか。
秀吉も必死になって直属の配下を増やそうと、他の大名たちが持つ有能な配下を直属にしようとしたり、少ない親族を引き立てもした。
親族達は元が農民なのだからそうそう上手く行く訳も無いというのに。
超天才女好き種無しハゲネズミなら途中でコレは無茶かと気づいただろう。それでも強行するくらい成り上がり過ぎて人材が足りなくなっていたのだと思う。
比べれば……カルマは良い条件か。
「はい。実の所大いに驚いております。調べてみれば地方の者が異例の出世をする条件があまりに揃っている。何より軍の者が世に出る好機となりうる民の反乱が大規模に起こりそうな世情。少しは感じておりましたが、ここまでとは。素晴らしい気づきでしたダン殿」
情報の少ない庶人の立場で貴族である私を超えるとは素晴らしい、とリディアが眉一つ動かさずに誉めて来る。
褒められた私は喜びの表情を作るのに必死。
やっぱりパンピーの分際で世の動きに敏感過ぎたか。
庶民は毎日の生活だけしか見ない。それで充分忙しい。
私はバルカ家でお世話して貰えたから歩き回る元気があったが、何年も先を考えるという発想自体庶民なら誰からも教えられない。そう私だってわかってはいたのよね。
だが私の穴だらけの知識と情報。それにこれだけ状況が変わってる世界で未来を決めつけるのはアホ。
唯一質問できたリディアへご意見伺うしかないと思うんだ……。
リディアとは一応友好な関係。
私がちょっと有能と思われる程度なら問題無い、はず。『ちょっと』程度であってください。
とにかくお礼を言おう。
褒められて光栄です、と頭を下げて……。
「過分のお言葉ですリディア様。トーク様に野心を感じお考え頂きましたがそこまで良い状態だとは。ただ、トーク様が出世可能なのは喜ばしいのですが、その後はどうでしょうか……田舎者が都会に行くと失敗する物ですし」
そっからがより問題なんだよ……な?
今、リディアがこっちを見て少し笑った?
なんでだ……怖え……。
「其処が貴方の素晴らしい所。実際の話これだけ条件が揃っていても尚出世は難しい。そもそもトーク殿とザンザに繋がりが産まれなければなりませんし、その後ザンザと十官の争いが激化する為には事件が必要。なのに更に先を。的確に心配しておられる。もしやトーク殿が高い地位に着くとの自信をお持ちか?」
マジか……私の態度はそう見えるのか。もしかして、これまでのように今後とも知ってる歴史通りになると私は決めつけている?
いかんな。未来を決め打ちするなんて、未来の出来事が書かれてる絵本を持っていてもアホだ。
ちょっと行動が変われば未来は変わって当然なわけで……。
にしてもリディアさんやそれは素晴らしいと言わず、杞憂ばかりしている愚か者と言うべきでは無かろうか。
素晴らしいなんて言われると含んだ物を感じて怖えぞ。
「いえいえ、とんでもありません。出世出来ずとも問題は無いのです。ただ考え得る危険な事態に備えておこうと、トーク様の将来について愚考しまして」
「そう仰るでしょう。先生らしいお考え方でもあります。……さて、出世した後ですが、彼女がザンザの犬である事に満足すれば簡単には問題は起きません。彼があらゆる意味での盾となる。しかし、カルマ殿がその立場に不満を持てば。或いは、何らかの要因により首輪が無くなり独歩する必要が産まれれば……極めて高い地位に着く可能性があります。ただし破滅が近くなりましょう。
このランドではケイ全体の利益が絡み合っています。それを解きほぐして行動するのは至難の業。地方の者には不可能かと。無理に動けば反発により。奇跡的に上手く事を成しても立場と利益を奪われた大貴族たちが亡き者にしようと動く。
具体的に在りそうな手としては、まず全土で悪評を広める。中央で新しい勢力が産まれれば当然混乱も産まれようし事実無根とはならない。後は、その悪評によって得た口実を使って四方から袋叩きにすれば良い。
実はこの予測、誰がケイで一番の力を持とうが変わらぬ気配があります。現在も十官と大貴族達の権力闘争が行われている訳で、400年続くケイの権威によって何とか兵を出しての戦とはなっていませんが、その権威も風前の灯火。多くの者が兆候を感じている大規模な乱が実際に起こり、王宮が失態をおかせば……500年前の戦国に逆戻りするのも在り得る。
そして最初に狙われやすいのはその時中央で力を持っている者。その者が帝王の権威を自分の為に使い、不利な王命を出されるのが貴族としては最悪ですからな」
リディアは多くを話し過ぎて疲れました。
と言ってお茶を飲み始めた。
有難うリディア。
お陰でカルマが力を持つ可能性は十分にあると確信が持てた。
そして何進の如くザンザが死ぬ可能性も高いと思える。
なんせ元庶民だ。脇が甘いのは間違いない。
いやはや素晴らしく為になった。話を忘れないうちにメモしないと。
早く自分の部屋に戻りたいが、まずはお礼である。
親しき仲にも礼儀あり。
リディアがどれだけの親しさを抱いてくれているかはさっぱり分からんが。
「リディア様、懇切丁寧に教えて頂き心から感謝いたします。これで何か忠言が出来るかもしれません」
まじ助かった。
これで少しは信憑性のある推測が出来そう。
つい忠言とか言ったけど、本人に言うかはどうしよう。一応前回の予測が合えば会えるはず。……後で考えよ。今考えたら忘れちゃう。
「いえ。私としても楽しく考えられました。しかしダン殿。よくぞ政治関係は何も分からない等と仰いましたね? 今度の話、質問を頂いた時点では私も殆ど気づいておりません。もしかすれば貴方は今後十年、いやそれ以上に影響する将来を考えられたかもしれないのに、何も分からないなどと。元生徒として誇らしく思うべきか、あるいは……」
う、ウンババー!
メモに書かないと忘れるつーにこの娘っ子は!
なんと言い訳するべきか。
ぬぐあー、思いつかんぞチクショウ。
なんかこう、ありがちな返答を……。
「過大評価をしておいでです。私はここ数か月ずっとカルマ様の先行きについて考えておりました。そしてやっと思いついた疑問をお尋ねしただけです。一方リディア様は大した時間を使わず、私には思いつきようもない話を教えて下さいました。昔貴方様に政治が分からないと言ったのは、実に正しかったと感じています」
こ、こんなもんか?
本音でもあるし、変には思われないよな?
私は答えを決めてそこまで辿り着く方法を考えた。
一方このお嬢さんは現実だけを見て私以上の推論を作った。
情報量が違うとしてもこの国の優秀な人間は恐ろしい。
このリディアだけが唯一無二の特別では無いだろうし……。
こっちでも孔明が居て、グッと手を突き出しただけで東南の風が吹いたりしたら堪らんぞ。
それは冗談だとしても知恵者と言われる奴等には十分気を付けよう。
何を気付かれるか分からん。
更に言えば知恵者=権力者である。私に使い道があると思われればどう絞られるか。
人権という概念は当然何処にも無い訳で。
私の意識としても既に消えている。
そんなアホなもん口走ってたら死ぬ。
つまり……無いと思うけど。絶対無いと信じてるけど。目の前のお嬢さんがコイツちょっと面白いな。と感じて手元にある鈴をチリンと鳴らせば私は歌わされちゃうって訳よ。
骨折した経験さえ無い島国産まれの平和ボケ太郎(自称公務員 実年齢三十路)が持つ硬い意志なんて、爪三枚持たないと思う。
オウラン様とカルマの所には腹痛で病死とでも連絡が行くんじゃないかな。
……やべぇ。自分の想像でか腹が少し寒くなってきた。
「さて……私がダン殿と同じ立場なら、倍の時間を掛けようと思いが至るでしょうか? ダン殿? お顔の色が悪いですよ? 私は賞賛しているのですご安心を。
何にしても楽しい宿題でした。
あと数日でお帰りと聞いております。体にはお気を付けなさいませ。どれだけ将来を見越せても、病には勝てませんから」
「は、はい。有難うございますリディア様。では失礼いたします」
ふ……ふひぃー。
そりゃお嬢さんに高い評価をされれば、顔色も悪くなろうというものよね。
今は良くても将来的にこの娘っ子に敵だとマークされかねないという意味になるのだから。
味方……にはならないだろ。
だって私は辺境から動かない。
ティトゥスが言っていた通り軽く見られている辺境に、引く手数多なお嬢さんが来る理由なんて無い。
しかし病って。ふかーーい意味は……無いよな。うん。文字通り気遣いの言葉として受け取ろう。
どうしようもない事は気にしないのが大事。そうやって心を強靭にするのだパンピーは。
メモの前にうがいしますか。
その間に教えられた話を忘れないと良いのだが。
ああ、オウラン様たちの文字勉強用書物を買うのも忘れないようにしないと……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます