草原族氏族長オウランとの出会い

***


 一族の者が馬を駆らせてこちらへ。

 はぁ……面倒事の気配が……。


「オウラン様、カルマからの使者が来ました」


 久しぶりの楽しい遠乗りがもう終わりですか……なんと邪魔な。

 父が死んで以来いつもこうです。生きていてくれればもう少し自由な時間があったのに。


 しかもカルマからの使者。

 又わたしの所や他の氏族が、トーク領の農村を襲わないか調べに来たのでしょう。

 

 以前、草原族の長達と交流したのもあって父がケイの者にしては信頼できると言っていました。

 ですけどわたしにとっては煩わしい人。

 わたしが年少な為気安いのか、頻繁に草原族全体の動向を知ろうと使者を送って来るのですから。

 何処が襲うのか聞き出そうとし、わたしに農村を襲うのを止めろと言う。


 舐められてるのでしょうか?

 襲うかどうかなんて、天地へ聞いてくれの一言だと分かってるでしょうに。

 秋の状態が少し狂って羊が減った時、配下の者に『襲うな』なんて命令出来る訳が無い。

 何処かから食料を手に入れないと死ぬのです。

 冬は長く厳しい。

 雪に閉ざされて動けなくなる前に多くの食料が必要なのですから。


 増してや近隣の氏族を止めろだなんて……。

 我が氏族は確かに大きく、父の時には発言権も在りました。

 ですが……新しい長であるわたしがカルマよりも若いのを都合のよい時だけ忘れるな、と伝えるべきでしょうか。

 直下の氏族を纏めるだけでもジョルグ師匠を始めとした者たちに支えられてやっとだと言うのに。


「ふぅ……」


 どうしてもため息が増えますね……。

 我が家族を、氏族を大きく強く、皆が幸せであるようにしたいですが、日々の問題に対処するうちに日が過ぎ去ってしまう。

 後十年は父が生きていてその間に学べば良いと思っていたのに。


 ああ、考えているうちに天幕に帰り着いてしまった。

 さて、今度はどんな人が来たのやら。要件はどうせ同じでしょうけど。

 

 うん……? 高耳。にしては地味な人。

 獣人に対してケイ帝国の礼儀ではありますが、王の前に居るかのようにこうべを垂れている。……珍しい人です。

 この態度の示す通り、ある程度の謙虚さを持っていてくれると有り難いですね。


「良く参られた使者殿。顔を上げるが良い。わたしがオウラン。この氏族の長だ」


「お初にご尊顔を拝しますオウラン様。私、カルマ・トーク様の下で働かせて頂く予定のダンと申します。こちらはトーク様からの紹介状です。お改め下さい」


 え、近づくのに膝行しっこう? 本当に腰が低い。ケイの者なのに目に我ら獣人を見下す感情も無い。何なんでしょうかこの人は。

 いや、先に紹介状ですね。内容は……この者に便宜を図ってくれ、と。

 便宜……面倒事でなければいいのですけど。


「で、ダン殿。便宜とあるがどのような用件か?」


「まずは私をこちらで暫く世話して頂きたく。草原の方々について知りたいのです」


「世話? ここで暮らすと?」


「はい。色々とご迷惑をおかけするでしょうが、是非。長ければ一年程お願い致します」


 あまりにも珍しい。

 ケイ人から見れば辺境を超えた異郷の地で、娯楽が何も無い天幕暮らしをしてみたいとは。

 この人、貴族では在り得ませんね。着ている物も簡素ですし。

 ま、我らを知りたいというのが本当なら有り難い話かもしれません。

 理解者は多い方が良いですから。


「その程度ならばよろしい。客人として迎えよう」


「感謝いたします。あ、すみません。トーク様より今年襲ってきそうな氏族があるか聞いてくるように言われておりました。伝える話があれば頂けますか?」


「それは次の秋の状態次第。天に聞いてくれ」


「ごもっとも。―――確認なのですが、農村を襲うのは食料が足らないからですよね? その分何か商売をして、食料を買えれば襲わずに済むと考えても?」


 あら、普通カルマからの使者はもっと食い下がって聞いてくるのに。

 わたし達について幾らか知っている?

 商売なんて言うのでは高が知れていますが。


 わたしだって商売をして、食料を得られればと散々考えたのです。

 しかしあまりに困難でした。

 細々とした物ならまだしも、今より良くする為には売る物も、売る良い相手も足りない。

 馬なら高く売れますが、下手に売ると村を襲った際にその馬を使ってこちらの者が殺されますし……。


「うむ。それが可能ならばな。ただ、売る物と言っても此処では羊くらいしか無いぞ」


「作ってみたい物があります。ここに来る途中で柿とドクダミを見つけたのですが、多くはえている所をご存知であればお教えください。それと、簡単な調理作業の為に女性を二人ほど付けて頂ければ有り難く思います」


 柿? 当然ケイ国の民も多く作っている。

 持って行っても儲けにはなりません。

 ドクダミに至ってはどうするのでしょう。


「それで商売を出来るようになるのか?」


「はい……多分。確実とは言えませんが。もし余裕のある方が居ないのなら一人でやります。ただ、住む所と食事の世話はお願いします」


 期待は出来無さそうですね……。

 まぁ、三人程なら暇な者も居るでしょう。

 試すだけは試してみますか。


「分かった。ダン殿の望むとおりにしよう。他にあるか?」


「いえ、ありません」


「そうか。では今日体を休める天幕を案内させる。明日にはダン殿の住む天幕も作らせよう」


 う~ん。どうにも奇妙な人物です。わたし達に対する好意のような物を感じられました。それが又奇妙なんですけど。

 商売か……。

 少しは上手く行ってくれると良いです。

 せめて世話をする間の食料代だけでも稼いで欲しい……でも、難しいでしょうね……。

 

---


 なんかあっさり聞き入れてくれた。

 それに、思ったよりも丁寧な人だったなぁ。

 此処までの道々で『蛮族なりに情と理を知ろうとしている若造で、配下の者に慕われている』とは聞いていたが、代替わりしたばかりで勢力が弱っているとも聞いていたので、荒れた不良ヤンキーが予想だったので意表を突かれたね。

 ちょっと気負ってる感じが可愛かったです。

 見た目も凄く可愛かったし。


 涼し気な亜麻色のショートカットと、袖なし上着に半ズボンと活動的な装いが眼福でした。

 特にズボン裾を押し上げるほど鍛えられてムッチムチの太ももが。更にワッサワサ動いていた金色の尻尾でトドメよ。

 今は暖かい季節だからあの恰好だったけど、冬になればデール姿が見られそう。

 そんな感じの服が壁に掛けてあった。


 加えて会話をした感じ、知力、性格ともに不安は感じなかった。

 若すぎて私の力添えが上手く行った場合、若さゆえの傲慢さを得た挙句、『力が……勝手に! うわあぁあああああ!!』みたいにならないかが心配ではあるが。

 重要な未来の多さと不安定な若さは等価交換。あの若さにしては苦労人で落ち着いた感触だったから満足すべきでしょ。


 良し。ディ・モールトだ。

 ここに来た時点でよっぽどでなければ止める気は無かったけど、心から私の運命を捧げようと思える。あの無防備に見えた腋に人生を掛けようじゃないか。

 ……いやいや。彼女に下心は駄目。私では不可能にこれからするんだから。


 ただ、目が赤いのは……大丈夫なの? 地球では色盲とかいろんな問題が確定してたような。

 まぁケイでも偶にいた。そして視力に不都合が無いのだ。

 なんでだ。力か。スピリットなのか。プラーナなのか。


 さて、今後も私の話を聞いてくれると良いのだが。

 いや、聞きたいと思ってもらえるように私が結果を出さなければ、だな。


 いよいよ計画を進める私は意気軒高、真昼を過ぎてから柿の木巡りである。

 ここ数日日が出ていたし、今は五月の始め。

 良い条件だ。


 実が豊かに実りそうな木は多めに葉を残しつつ、綺麗な葉っぱを集めてまわる。

 それを近くの川で洗った頃には夕方である。

 暗くなる前に天幕へ戻り、葉を蒸す。

 蒸す時間は色々変えて試すとしよう。

 後は日が当たらない所で乾かすのみ。製作者特権として部屋にすんばらしい匂い満たされ非常にいい気分である。出来れば一生この匂いに包まれていたい。


 三日後、カラカラに乾いたらレスターで買った出来るだけ密閉可能な壺に入れて完成。

 味見をすると、日本に居た頃自分で作った柿の葉茶と同じ味がした。

 うーむ、二、三分蒸した物が一番美味しいかな?


 こっちの世界で植物の持つ成分が変わってないか不安だったが、味が一緒なら大よそ一緒だろ。

 と、思う事にしよう。


 祖母ちゃん有難う庭に柿の木を植えてくれて。

 子供の頃は何故ビワか梨を植えなかったのかと不満だったが、今なら分かる。柿は最高だ。

 文句を言ってすまんかった。


 ドクダミでもお茶を作りたかったのだが、まだ花が咲いて無かったので断念。

 こちらは後日改めてだな。

 ならば次は責任者へのご報告。オウラン様に献上しますか。


「オウラン様出来ました。味見をお願いします」


 自信はあるが、やはり緊張する。

 頼むぞ私のパーシモンティー!

 カルチャーの違いをブレイクしてくれ。


「これはお茶、か? わたし達も乳に団茶を混ぜた物を飲むが、これはお湯だけなのか?」


 美味しい物はロックに限るのだよお嬢さん。

 それに柿の葉茶は薄い味わいなのだ。

 何か混ぜたら台無しになってしまう。


「はい。どうぞそのままお飲みください」


「……良い香りだ。それに渋みが無く、少し甘い? 優しい味だな……確かにこれなら売れるかもしれない」


 あら、微笑むと更に美人。

 ちょっぴりやる気が増えちゃう当たり、ワシもまだ若さが抜けきれんのぅ。

 ……いや、ご老人になっても美人好きな人ばっかりだし、人は大体こんなもんかな。


「はい。これをお手すきの方に作ってほしいのです。ドクダミでもお茶を作りたいのですが、こちらは花が咲いた時のが効能に優れるので、その時よろしくお願いします」


 一人で作れる量には限りがある。それに私が居なくても作れるようになってくれないと。

 ドクダミ茶は効能をしっかりさせて売り込みたいので、時期をきちんと定めたい。

 日本で市販されてたドクダミ茶は何時でも作ってるから、効能は低いのが基本だったような記憶がある。

 あれは一か月程度しか花は咲かないのに、一年中欲しがる消費者の所為だったが。


「これは、わたし達にも作れるのですか?」


 おおう? 口調が丁寧におなりだ。

 フィッシュ出来たかな?

 よーしよし。懇切丁寧にお教えしますとも。

 イッツマイプレジャーですマイマジェスティ。


「勿論。作るのは簡単なのです。ただ、作り過ぎないように監督して頂かなければなりません。元となる柿の木を枯らしてしまわないように」


 こっちの方が私としては心配である。

 人類の普遍的な行いとして、良い物が発見されると人が集まってむさぼり尽くしちゃうからな。

 ネット対戦ゲーで勝ちやすい方法が見つかると、全員がそれしかしなくなって変化がなくなり、ゲーム自体が終わっちゃったもんだ。


「ああ、なるほど。そういう問題もあるんですね。では、管理はわたしに任せて下さい。他に何かありますか?」


「私はこれを出来るだけ高く売るため、お世話になったランドに住む貴族の方を頼ろうと考えています。その協力をお願いします。

 次にこのお茶の作り方を他の部族、氏族に教えないようにしてください。管理出来ない範囲に広めますと、柿の木を枯らされてしまいかねません。

 何よりこのお茶を考えたのは私ではなくオウラン様だとして下さい。私の名前は出さないで欲しいのです」


 頼るのは当然バルカ家である。

 頼むぞバルカ家……。

 お互いが益を得られるように出来ると思うんだ。だってこんなに美味しいんですもの。

 少なくとも私はこれよりも美味しいお茶をこっちに来て飲んだ事は無い。


「それは又どうして。もしもこれが良く売れれば我が氏族は危険を冒してケイの村を襲わずにすみます。カルマも貴方を重く見るようになると思いますが」


 あら、私の事を考えてくれてるの?

 やだ……美人な上に優しいなんて……勘違いしちゃいそう。

 だけども余計なお世話だな。

 確かにこの話は成功すればデカイ。デカ過ぎる。目立つなんてもんじゃないだろう。

 それは困るのだよお嬢さん。

 出る杭は引っこ抜かれて斧でバラバラにされた挙句、暖を取るために燃やされる物なのだ。


「お気遣いは嬉しいのですが、私は何が何でも目立ちたくないのです。どうかご協力ください。ただ、私が貴方方遊牧民の皆さんを大切に思っている。それを知って頂ければと思います」


 清水の舞台を飛び降りて、こんな目立ちかねない事をしてるというのに嫌われたら泣いてしまう。

 というか詰んでしまう。

 いじけてリディアの元でスネ齧りになるまである。

 あの約束で何年齧れるのかは分からんがね。


「……分かりました。上手く行けばわたしの大きな悩みが解決される。貴方への感謝を忘れたりはしません」


 真面目な顔でオウラン様が言ってくれた。

 はい。頑張りますとも。

 頑張りますから信頼を頂きたい。

 

 ただ、あんまり押して恩着せがましくならないように気を付けないとな。

 イケメンの女性対応スキルがしみじみ欲しい。

 どっかに落ちてませんかね。


「有難うございます。では、トーク様へ今までの使者に渡したのと同じ内容の文をお届けくださいませんか? 私はお茶が出来次第ランドに向かわないといけませんから。上手くすれば夏の始め頃には戻って来られるでしょう」


「文……すみません、我々の中に文字を書ける者は殆ど居ません。我々獣人は文字をつかわないのです」


 おんやま、これだけ大きな氏族でまで文を書ける者が居ないとは思わなかった。


「あ、そうなんですか。えーと、では、僭越ながら私が代筆しますので、それを誰かに届けて頂くのはどうでしょう」


 話には聞いていたが、本当に文字を使わないんだな。

 一つの氏族で生活が確立されているし、文字を使って連絡を取り合う必要が薄いのだろうか。

 ケイの近くで暮らしてる以上読み書きは出来た方が良いと思うのだけど。


「分かりました。そうしましょう」


 オウラン様の所を辞去した私は計画の第一歩が成功した高揚感に包まれていた。

 マイコーの真似をしてクルクル踊ってしまう程に。


 よし、よしよーし!

 作る、作るぞ!

 リディアの所でお茶は飲ませて貰ったが、薬とされてるだけあって不味いお茶ばっかりだった。

 殆どは単なるお湯を飲んでいるのだ。

 このお茶は絶対に売れる。それだけの美味しさがある。

 その上健康にも良いのだから! ってMHKでも言ってた。


 計画通りになってきたな!

 上手く行きすぎて怖いくらいだ。





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 昔々、50人vs50人のふぁんたじーであーすでゼロな戦争ゲームで火魔法の強化アップデートをしたら火魔法が強くなりすぎて、多くのプレーヤーが職業変更までして火魔法を使うようになった事件があったそうな。

 慌てた運営が弱体化パッチを入れるまでの一週間、世界は炎だけに包まれたと聞く。

 これがワシの伝えたい『火の七日間』事件じゃ。

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