ラスティルからの手紙

 二か月が経ち、ラスティルさんからの文が返って来た。

 内容はこうである。


『まずは礼を申す。ランドの話は誠に有り難かった。

 此処はケイでも僻地故何もかもが遅く仮の主君であるサポナ殿でさえ、ザンザなる者が将軍となる噂を耳に入れたのは拙者より一週間遅れのありさまでな。

 お陰で賭けに勝ち、良い酒をサポナ殿からせしめられた。

 それにしても前回の手紙でも驚いたがまだあのバルカ家で働いているとは。古き時代より続く名家らしく、下男であろうと紹介状無しの庶民では然う然う雇って貰えないと聞いている。

 以前のライル殿は爪を隠していたのであろうか? 機会があれば経緯をお聞かせ願いたい。

  

 さて、お尋ねの獣人について答えよう。

 我らが相手をするのは主に火の部族という赤毛の奴らで、毎年冬が近くなってくると食料を求めてこちら側の村々を襲うのが恒例となっている。

 だからこそ拙者のような武人が必要とされてると言えよう。


 一くくりに火の部族と言っても、奴らは家族を中心とした更に多くの集団に分かれており、其々が好き勝手に村を襲ってくる。

 その為非常に煩わしいのだが、今こちらが大した損害も無く奴らを追い散らせるのは一団が少数故。

 これが連携して襲って来ればそうも行かない以上、贅沢な悩みなのであろうな。


 奴らの戦い方は、まず弓。

 皆驚嘆すべき馬術を使い、兵が将のように馬に乗ったまま矢を放ってくるのだ。

 其処までは恐ろしい奴等だが、接近した後は少々お粗末としか言えぬ。

 歩兵のみの軍ならば苦戦もしようが、我らはサポナ殿の采配により騎馬兵を多く抱えているので弓を簡単に掻い潜って接近し、後は我が槍の前には木っ端同然。まぁ、これは拙者の武あってこそか。

 獣人についてはこんな所であろう。


 サポナ殿の人柄についてだが……。

 良いお人とは言える。

 武人としても中々であるし難しい地であるのに三十という若さを考慮にいれずとも、領主としてもよく治めている。

 ただ、物足りぬ物があるのも事実か。

 すぐ隣にケイ帝国最大の貴族であるウェリア家の領地がある為、大胆な行動に出られぬのも大きい。

 とは言え、この地は働きどころも多く居心地が良い。

 今しばらくはサポナ殿の元で武を磨こうと思っておる。

 では、ライル殿も体に気を付けるのだぞ』


 やっぱりあの情報は貴重だったか。リディアに感謝しておかないと。


 遊牧民族の状況と戦い方が考えていた通りで安心した。

 ギリシャ近辺でも同じ感じだったみたいだし、遊牧民族の戦い方って場所が違ってもあまり変わらないのだろうか?

 まぁ、ギリシャのは漫画知識だけど。


 ジョイ・サポナは……文では微妙な評価だが、舐めて良い人では絶対にない。

 一応平和であるこの国で、獣人という他民族相手に実戦を積み重ねてるのだ。

 正に百戦錬磨。熊犬で言えばリキだな。


 でっけぇ熊相手にタイマンを挑みまくり、しかも勝つようなおっそろしい犬、いや、おとこと同じ称号を持っている。

 他の貴族たちの実戦経験と言えば、農民の反乱程度だろう。

 それも今のところは大規模な物は聞かない。

 そういった国で国境地帯で戦い続けて磨き抜かれた武装集団の長ともなれば、とても注目すべき人物だと思うんだが。


 ただ立地は本当に最悪。隣がウェリア家だと今川家に怯える信長状態が必至。

 先日リディアの口から出たのでちょいと調べたら、この家強すぎる。

 かなり適当な区分だと貴族に雇われて戦う奴は騎士。一都市を治めるのが男爵、幾つかの都市を纏めた群を治めれば子爵、三郡程を治めれば伯爵。

 一州を治めたら侯爵なわけで更にグレートになると名誉が足されて公爵なんだが……。


 本家と分家が北と南に分かれてるのに、本家ビビアナ・ウェリアは一州と半分を治める公爵、分家マリオ・ウェリアでさえ侯爵であり、資金も豊富みたい。

 唯一の救いはこの二人のどちらが本家を継ぐかで揉めた過去のお陰で、二人の仲が宜しくないくらいか。仲良く連携されると私の計画も崩壊しかねない強さだ。

 そりゃ睨まれないよう物足りないというか地味にならざるを得ませんわ。


 うん、色々参考になったな。遠方の知人は有り難い。

 もう一度細部まで読み、文を庭で燃やし始めた所でリディアが来た。


「先生、燃やしているのは文ですか」


「はい」


「水を掛けて読ませて頂いても?」


「駄目です」


 だから用意しておいた防火水を持ち上げないで欲しい。

 本当に読みたかったら、貴族の力であっさり検閲出来たんだから冗談だと分かってますがね。


「先生に一言助言申し上げる。後程水浴びをされた方がよろしい。このままでは匂います」


 ぐっ……。

 確かに焚火をするには気温が高かった。しかし少女に臭いと言われる私……情けねぇ。


「はい。ごめんなさい」


「それはそれとしてお話が。明日の授業は休みにして頂きたい。イルヘルミ・ローエンという人物と我が家で書物について論じる予定が出来ました」


「分かりました。その分次回の授業が良い物になるよう準備します」


 でないと食わせて貰えんべ。

 って……うん?


「明日、あのイルヘルミ様が来られるのですか? 十官の親戚を殺した?」


「おや、面識が?」


「いえいえいえいえ、とんでもない。噂を聞いただけです」


「そう言えば少し前に世を騒がせていましたな」


 これは是非直接見たい。

 でも、私の顔を覚えられたくはない。危ない人みたいだし。

 ぬぐぅ。どうする?

 ……悩んでも仕方が無いな。目の前に居る頭の良い責任者に聞こう。


「リディア様、私もその場でお話を聞かせて頂きたいのですが、イルヘルミ様に私の顔を覚えられたくないのです。何とかなりますでしょうか」


「参加は発言さえしなければご随意に。しかし、覚えられたくないとは又どうして」


「噂を聞く分には怖い方のようですので」


「なるほど。流石先生、何時でも臆病なほどに慎重で」

 いやいや、素晴らしいと続けるリディア。


 Oh...so sad...

 流石に十一歳美少女に臆病とはっきり言われてはションボリする。

 だが、あの噂なら当然じゃなかろうか。

 私がイルヘルミにターゲッティングされそうだとは思わないけど……あ、もしかして噂を知らないのでは?


「イルヘルミ様の噂をご存じありませんか? 特に故郷での話と彼女の趣味について」


「いえ、皆目」


「下世話な話ですが、申し上げてもよろしいでしょうか。もしかしたら居たたまれない気持ちになるかもしれません」


「お心遣いは有り難いが、残念ながら下世話な話を聞いて居たたまれないと思った記憶がありません。幾らでもどうぞ」

 むしろ居たたまれない気持ちを味わってみたい。だってさ……。


 この子、本当精神が太い。

 タングステンで出来てんの?

 それとも貴族ってこんなもん?


「では申し上げます。イルヘルミ様は、非常に……美しい男女が好きなのだそうです。若くとも、成人していても、公平に執着なさるそうで。しかも欲しい物は何としてでも手に入れようとなさる性格だとか」


「美しい男女。ふむ……。先生、私はイルヘルミ殿の好みでしょうか」


「はい……。かなり」


 困ってたり、焦ったりする様子が見えない。

 明日貴方と会う人が、花丸付きの危険人物ですよって言ってるのに……。


「そうですか」

 では、一応護衛を増やすとしましょう。

 と、言う間も何時も通り。

 冷静だなぁ、憧れちゃうなぁ。


「ご助言に感謝を。さて、顔を覚えられたくないのなら一案があります。顔を隠して一番目下の世話係として同席されては如何。世話係全員を座らせるのが我が家のやり方だと言いましょう。比較的快適にお聞きになれるはず。少しは働いて頂かないと奇妙になりますが」


「あ、それは素晴らしい。是非それでお願いします」


「分かりました。では後程担当の者を向かわせますので、後はその者からお聞きを」


「本当に有難うございますリディア様」


 さて、怖いのは間違いないが。


 ヒャッホーゥ!

 曹操疑惑があるイルヘルミを間近で見られるぞ!

 どんな人なんだろう、やっぱり乱世の奸雄な気配がするのだろうか。

 この大地に産まれる人で、一番取り扱われる英雄になるかもしれない人に会えちゃうぜ。

 そして、私にとっては最大の敵となるかもしれない人だ。

 興奮しているのが自分でも分かる。

 今夜は中々眠れそうもない。

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