情操教育

 朝、食事を終えてからリディアの部屋を訪れ取次を願う。

 今日は昨日思いついた歌の授業なんぞしてみるかね。子供らしい元気な声を出させちゃうぜ。


「お早うございます先生。お休みの間に練られた素晴らしい授業を期待しております」


 ふ、ふーん。カマしてくるじゃん。

 子供らしさは邪念だ。捨てよう。


「……リディア様、もしかして怒っておられますか?」


「いいえ。ただ先生は怠け癖をお持ちのようなので尻を、失礼。間違えました。励まして行こうかと」


 どう考えても尻を叩くの方向ではありませんかね?

 しかし怠け癖……。

 給料分以上は、いや、出来れば給料分も働きたくないという習慣が残ってたか。

 私としては自己弁護したい。

 どうもこの国の人々は勤勉に過ぎる。

 必死になって働かないと食っていけないからですよね。すみません。

 俺も、いや、私も商団の一員だった時には真面目に働いてたんですよ?

 しかし生活が長期間ド安定してたから地が……。

 ……おほん。


「期待に添えられるか分かりませんが、本日は天気も良いですし外に出て大きな声で歌を歌いませんか? 気分が良くなる……と思われます」


 ストレス発散には良いって聞く。

 メンバーによっては逆にストレスが溜まるとも聞くが。


うた、ですか。あれに大きな声は相応しくないのでは」


 ……なんか通じてない気がする。


「えーと、曲に合わせて声を出す、みたいなの。しませんか?」


「……ふむ。手拍子に合わせて詩を謡う事はありますが……。とりあえずしてみましょう。珍しそうですし」


 ほんま珍しいの好きね。

 まぁ本の数もたかが知れてるし、情報量自体が少ないんだよなこの世界。

 知識欲旺盛な人にとって詰まらんのは間違いない。

 人類史の殆どの間はこんなもんだったのだろうけど。


「はい。ではランドの外の、出来るだけ誰も居ない見晴らしの良い所に連れて行って頂けませんか? 正直恥ずかしいので人数を少なめにして頂けると嬉しいです。後は飲むものと軽食があれば。歌う物は私が木に書いて用意してありますから、全てを馬車に乗せて移動できるようにして頂ければ楽かなと思います」


「分かりました。直ぐに用意させます」


***


 リディアと護衛三人の五人で直ぐ近くの草原まで来た。

 見回して誰も居ないか確認して、と。


「では、私が先に一番だけ歌いますので、聞いて音を覚えて下さい。その後一緒に歌いましょう」


 リディアと一緒に木の歌詞カードを持って私は空にそびえる鋼鉄の城について歌う。

 頑張った。

 うん? どう歌ったか分からないって?

 そりゃ教えられんな。理由は大人になれば分かるさ……。

 あえて言えば、カスラッ……なんでも無い。


「……趣旨は理解しました。しかし、言葉の意味を三割把握しそこねております」


「あ、意味はどうでも良いんです。とにかく大きな声で元気よく行きましょう。あー、肩を組ませていただいても?」


「ご自由に」

 何時でもどうぞ。とリディア。


「は、はい。では、3,2,1 キュッ!」


 ……最後まで、無敵の力を歌い切った。

 しかし、これは……。


「リディア様、今までこのように歌われた経験は?」


「ありません。このように大声を出したのも初めてです。初めてにしては上手くできたのでは」


「そ、そうですね。音程、声量、拍子、全て素晴らしかったです。良い歌声でした……」


 なのに全く抑揚が無かった。

 どういう事ずら。


「別の、全く違う曲を歌ってみましょうか。次の曲は雪国で振られた女が寂しさを歌う歌です。振った男への恨みをぶつける感じで歌うと良いですね」


「ふむ。振った男……。まずはお手本を願いたい」


 ……あ、十一歳に何言ってんだ。

 得意曲だったのでつい……。

 ま、まぁ名曲だし良いだろ。と二人で津軽の歌を歌った。

 が……。


「なるほど。おもむきがありました」


「リディア様、もしかして詰まらないですか?」


「いいえ? 次をお願いします」


「あ、はい」


 上を向いて歩く歌、福岡が誇るイケメンによる真の愛。他にも色々。好みが分からないのでとにかく多様に。

 途中で軽食を取りながら、私の声がかれるまで三時間は歌った。

 歌のバックグラウンドを分かるように説明したりして、感情移入しやすく楽しく出来るよう頑張った。

 が、全く変わらない。


 音程、声量、リズム、声の質全てが素晴らしい。

 しかし抑揚が無い。


 なんか、こーいう歌い手をどっかで聞いたような……。


 あっ。

 電子音声な歌い手だ。


 鈴音リディってか?

 冗談じゃなくて本当によく調整されたアレ系の曲そっくりなんだけど……。

 段々人類なのかも怪しくなってきたよ、この十一歳美少女独身。


「リディア様、申し訳ありません。私もう声が出ません。今日はこれで帰りたいと思います」


「そうですか。致し方ありません帰りましょう」


 結局全く表情が変わらなかった……。

 少し汗をかいてるし、一所懸命歌ってくれたのは間違いないんだけど。


 うう、喉が痛い。

 もう喋りたくないっす。


「先生、何か不満がおありですか」


 ぬぐ、変な表情はしてなかったはずなのに。


「不満はありません。ただ、リディア様の時間を無駄に取ってしまったのなら申し訳ないな、と」


「それは考えすぎです。実は私、こういった芸術関連の非才については逸話持ちでして。

 詩に関しても父が評判の教師を何人も付けたのですが、皆父に責任を果たせなかったと謝罪して去っていきました。私の評判を貶めようと詩会に呼んだ者も居ますが、皆顔色を青くし、二度呼んだ者はおりません」

 

「あ、そーなんですか……」


「そーなんです」


 軽い言葉を使っていても重々しく頷くリディアは、やはり底が知れない。こいつなら黒ギャル化粧をして霞が関官僚になれるのではあるまいか。


「それよりも師よ。弟子は敬服致しました」


 師、先生と偶に変わるのはどういう意味があるのだろうか……。

 考えると不安になる。

 しかも、今現在何に敬服したのかが不安なのも追加されてハイパー不安である。


「はい?」


「このような芸術方面にとてつもない才をお持ちとは。全く違う『歌』とやらを幾つも披露して頂きましたが、どの歌も凄まじい才能と完成された技術を感じました。上手く用いれば富みと名誉を得られるでしょう」


「あ、はい。有難うございます」


 そりゃね。

 長く残る名曲しか歌ってない。

 どの曲も産まれるのに1800年位の研鑽か堕落が必要だ。


「弟子としてはご出世の手伝いをすべきかと思いますが、私が芸術方面で援助致しますと足を引っ張りかねない。ここは芸術方面に力を持った貴族を紹介しましょう。具体的には……、ウェリア家となりますか」

 残念ですが。と残念さを欠片も出さずにのたまう。が、それは今は良い。それよりも……。

 話がヤバイ方向に行ってないか?


「私は師が歌い手として前に立つよりも作る側となるべきだと考えます。しかし、どうしても歌いたいのなら役者を雇って前に立たせ、隠れて歌っては如何でしょうか。このようにです」


 口元で手をパクパクさせている。


 ぬぅ、微妙に失礼な。

 私に北京五輪は天使の歌声役になれって意味じゃん。

 私は声役の方も十分可愛かったと思うんだけどなぁ。


 って、そんな異世界の話を考えてる余裕は無い。

 これは、ヤバイ。


「リディア、様。私は注目を集めたくはありません。富みも今頂けてる分で身に余っております」


「これは異なことを。この国で生きる為に名声は非常に有益。ああ、ご遠慮なされてるのでしたら無用です。能力的にもご心配なく。このリディア、芸術は不得意でも根回しと人を動かすのには慣れてきております。師の才能でしたら、作る方なら半年、歌う方ならば二年弱お待ちください。この国の芸術界隈では有数の名誉と富をお約束しましょう」

 これは面白くなってきました。と、何時も通りに呟く十一歳。


 て………………。


 待て待て待て待てぇええええ待ってええええ!!!

 止めて、本当にヤメテ。

 日本の歌で有名なんてマジやめてぇ!


 私はリディアの前に跪いた。

 足に縋った。

 どれだけ情けなかろうが知ったこっちゃないわぁ!


「リディア様、本当にやめてください。どうかお願いです。今日の歌は誰にも知られたくないのです。護衛の方にも後程今日の歌を忘れてくれるようにお願いするつもりでした。増してや国規模だなんて! お許しください、死んでしまいます」


 比喩では無く事実として死ぬわ!

 今から戦乱の世かもしれんってのに、下手な名声があったら骨までしゃぶられるっしょ!

 パトロンに関して昔の偉い人は言ったのだ。

『水に溺れてもがいている人を何もせず眺めていて、その人が岸にたどり着いたら助けようとする者である』と。いや、これはネット小説を拾う出版社の姿勢だっけ?

 とにかく、芸術家ってのは権力者に骨まで利用される存在。

 絶対お断りである。

 つーか計画上目立つのは御免被るつーの!


「どうしても、ですか先生。とても興味ぶか……いえ、先生に取って有益だとおもうのですが」


「どうしても、何が何でもお断りします」


「残念」

 

 偶に思うんだけど、この子稀に凄くおおざっぱじゃない?

 美しい日本語を使えば、大胆と表現されるのかもしれん。


 それにしても、疲れた……。

 もう声が出ない。

 はぁ……。ぬ、肩に手?

 顔を上げると、其処には私の必死さに欠片も影響されていない顔である。不満は感じない。もう彼女はこういう事象なのだと分かってる。


「とにかく先生、芸術関連を学んで楽しかったのは十一年の経験で初めてです。有難うございます」


 十一年て貴方、産後直ぐの記憶があるの?

 この子だったらあっても、おかしくないかもね……。

 まぁ、楽しかったのなら、良かった、っす……。

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