求職活動
ランドに入って一週間、俺は商団の仕事をしつつ、求人の話を探す毎日を送っている。
中々厳しい。
まず間違いなく、俺が贅沢な所為だ。
じごーじとくでーすねー?
しかし、しゃーないのである。
俺は生まれも育ちも太平洋、日本島。
二十世紀の病院で産湯に浸かり、姓は捨て、名も捨て、人呼んで地味エルフのライルと発します。
つまり、スーパー温室栽培の箱入りお坊ちゃんであって、平和ボッケボケなのだ。
フーテン様の半分も世渡り力があれば話は違うのだが……。
ランドでは木と煉瓦と土壁で作った建物が並んでいる。
ランドの壁も土だしね。
石壁じゃないからこそ出来ると思うのだが、そこかしこに壁を取り壊して拡張した痕跡があり、都市の広さは凄まじい。
で、貴族の皆さんは広大な庭付きの家だったりするが、庶民の場合は古代ローマよろしく家が密集しており、スラム街じみた所もあるんだ。
近寄るのも無理である。なのに会話も筒抜けの隣に住んでいる相手が、暴力組織に所属していては寝られやしない。其処らへんの家は鍵も満足に無いのですもの。
それにそう言った所はやはり不潔で、旅の間は余り関係無かった排泄的な物の匂いが酷い。
何とかそうした危険区域から離れた、治安の良い所に住みたいと思っても仕方なかろ?
そうなると家も土壁ではなく煉瓦と木になったりして家賃が高くなる。
それに服も貴族の皆さまみたいに絹のズボンに絹のシャツとは言わないが、麻は困る。
冬には寒くて風邪をひきかねない。
木綿のズボンとシャツそれに上着を買う余裕が欲しい。
ベルト代わりに使われるヒモだけでも絹にするのが御洒落。なんてほざく人も居たが、そんな無駄に金がかかる事は言わないから。
裸足でサンダルを履くのもちょっと……足が擦り切れ無いように足袋的な物を履きたい。
当然かなりの給金が必要で、立派な店ばかりになってしまうわけだ。
そんな店にポッと出の若造が務められる訳無いわな。
……あれ? やっぱり身の程知らずな収入を求めてる気がする。
商団での給金が実は高い方だったと認識する毎日だ。
多分、読み書き計算の職能手当+高耳手当を貰っていたのだろう。
有難う団長さん。また世話になるとしたら真面目に働くよ。
それでも一応良さげな所に突撃し続けて、お断りされ続けて一週間。
俺はある話を小耳にはさんだ。
曰く『バルカ子爵家が、三女リディアの為に先生を探している。三女が興味を覚える内容であれば何でも良い。しかし、彼女は世に知られた俊英で、多くの智者がほうほうのていで逃げ出しているらしい』と。
調べてみると、このリディアちゃん本気で頭が良い。
幾つもの教育機関を渡り歩き、全ての所で教える事が無いと卒業を言い渡されている。
街の噂では、だが。
尚、現在御年十歳。
本当なら頭良いを超えて頭おかしい。
召喚魔法が使えても違和感が無い程に。
この先生集めも、三女の名を天下に広げようと親が考えた作戦だ。なんて言われていた。
何故なら、リディアちゃんが初耳の授業など早々無いからだ。
何人かは、リディアちゃんの興味を引いて雇われたらしいが数日で教える内容が尽きてしまい、礼金を貰って去っている。
話半分だとしても凄まじい内容である。
だが、俺にとってはワンチャンある。つまり勝てる条件だ。
ツーチャンあれば確実だったけど、それは贅沢と言う物だろう。
この世界、俺が調べた限りでは物理法則も動植物も地球と一緒だった。
その上地理も一緒かもしれない。何せ黄河と長江があったし。
一年は365日で四年に一度366日。
ただ、暦はずれてきてるとは聞いた。
128年に一度程度の閏年を置いてないからだと思う。
とにかく、俺の頭脳の中にある人類が6000年はかけて集めた知識の集大成、学校教育知識は有効な訳だ。
但し、本当に使える知識、例えば千歯こき等を世に出す気はないけどね。
俺の信念的問題もあるのだが……完全に個人でありスーパーマンでもない俺が、富みと権力を産みそうな知識を持っていたらマイセン焼きを産んだヨハン……なんちゃらさん宜しく幽閉されて当然だ。
剣と弓の時代で、人権を主張する程俺の脳みそは春めいていない。
故に聞いた人が「ふむ……3ヘーですね」という感想を持つ知識を選びたい。
数日かけてネタと話の仕方を幾つか考えておいて、それでぶっ込んでみるか。
役に立たないネタだから、という理由で不採用となっても仕方なかろうて。
門前払いされる可能性も十分あるが。
などと悟ったような事を言ってみたが、今俺はバルカ家の門前で、緊張の為にトイレが近くなっているのを感じている所だ。
仕方ないね。
バイトの面接でも多少は緊張するし。
この家、デカ過ぎて圧迫感あるし。
貴族にしては飾り気の無い門も、壁越しに見える機能性のみを追求してる感じの家も、『うちは能力の無い人お断りなんで』と言ってるように感じるのだ。
とは言え、何時までもビビっていては日が暮れる。
深呼吸を一つ。
話しかける相手は、門前でこちらを怪しんでいる様子の門番だ。
「ごめん下さい。こちらバルカ家だと思いますが、今でもリディア・バルカ様の先生は募集していますでしょうか。出来ましたら挑戦させて頂きたいのですが」
「……。先に言っておく。ソンの書、ゴンの書といった著名な本についての話ならばお断りしている。リディア様は学者様達と討論を定期的にされており、在野の者は必要としていない。リディア様に教えられる程ならば、学院の門を叩け。直ぐに採用されよう」
ソンの書? って何?
いや、どうでも良い。
こっちの世界の有名な本なんて知る訳が無い。
「いえ、違います。えーと、何故季節が変化するのかを、太陽とこの大地の関係から説明出来れば、と思っております。他にも幾つかありますので、興味がありそうな物があればお話しできれば、と」
「季節が変化する理由? ……魔術を理由とするのであれば、怪しい人物として役人を呼ぶ事になるぞ」
「い、いえ。きちんと論理的な理由です。決して騙して金をせしめよう等とは考えておりません。ただ、実用的な知識ではなく、聞いて面白い話程度になってしまいますが」
低姿勢、低姿勢が大事。
街の噂で聞いただけでも、詐欺みたいなのがいっぱい来ててウンザリしてそうだし。
「道化は募集していないのだが?」
「一応勉強の範囲です。知的好奇心を満たせて、楽しく感じる……みたいな?」
「……少々怪しいが、まぁ良かろう。お嬢様は珍しい物を好まれるし……ここで待て。取り次いでやる」
「はい。有難うございます」
門前で待って十分後、女性が来て付いてくるように言われたので、素直についていく。
案内されたのは、広大な庭に建っている休憩所のような建物だった。
そこには、十歳程の顔面骨格に恵まれた女の子が護衛らしき人物を横に立たせて待っていた。
絹で作られた刺繍のある貴族的な品の良さを感じさせる服に身を包み、灰色の髪をウルフカットにしていて、俺を湖面を思わせる静かな青い瞳で観察している。
この子がリディア・バルカ……。
……怖い。
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