四か月の旅
商団の一員となってケイを旅し続けて四か月が経った。
この国についてかなり理解出来てきたと感じている。
まず、治安がヤバイ。
盗賊に何回も襲われた。
その時俺が何をしていたかって?
石を投げていました。
其処らへんの子供たちと一緒に。
最初は滅茶苦茶期待されていたのだ。
どうも高耳=人間よりかなり強いの公式が成り立つらしい。
だが、剣と弓の腕を見てみよう、という段になって即座に大した戦力にはならないと理解してくれた。
生涯で一度も持った事が無いのだから当たり前である。
ただ力はやっぱり強い方で、弓も一応引けるから相手が遠くに居る時には撃てと言われたが。
とはいえ近くなら弓よりも石を手で投げた方が当たる。
なので投石して相手の邪魔だけをする謙虚な俺であった。
剣?
集団戦の戦い方を分かってない俺は、味方を斬っちまいそうだったよ。
大体、盗賊は下手したら馬に乗って襲ってくるんだぜ?
馬に乗れないと追い付けないから、来るのを待って石を投げた方がマシ。
俺のお陰では全くないが、盗賊に襲われて商団に大きな被害が出た事は無い。
護衛の人達と、商人達がきちんと守ってくれたからな。
結果オーライだと主張しておこう。
一応乗馬の練習はしてるが、空き時間では限界があるし、落馬に気を付けつつなので大した成果は出ていない。
だって裸馬なんですもの。
日頃使わない筋肉で自分を支えないといけない為、短時間の練習で筋肉痛に苛まれてしまう。
旅をしながらでは厳しい。
The雑用である薪を集めるのに差し障りが出てしまうのだ。
とにかく、治めている人によって治安がすっかり変わるのを実感した。
場所によっては街中でも油断が出来ない。
なにせ治安を守る為にいるはずの公務員が危ないのだから。
お金を渡さないと罪を捏造されそうな町まであった。
そして、そういう町では飢えてる人を多く見かける。
治安が良い町では飢えてる人を全く見かけないから、基本的には実り豊かな土地だろうに。
よ~く分かった。
この国、崩れる寸前だ。
飢えと不公平によって民衆の不満が凄い勢いで高まってきている。
何かの切っ掛けがあれば、人々が憎んでる領主に対して反乱を起こしかねないと外から見てても感じる程に。
これは……本当に黄巾の乱的な物がおこるかもしれん。
後この世界について分かった事と言えば……女性が強い。腕力的に。
女性なのに将軍みたいな人がいっぱい居るみたいだし、女性で領主というのも珍しくはないようだ。
ただ九割は高耳。
とはいえ同じケイ帝国の人間ならば人間と高耳での差別は大して無い。
高耳同士なら殆ど高耳が産まれるが、人口比にしちゃうと数百人に一人以下。
人間vs高耳なんて構図になれば、滅ぶのは高耳と認識してるのでは。と、推測している。
なんか歴史があるのかもしらんが、そんなもん調べる余裕も興味も方法もねーずらよ。
おいら、今旅してるので。
差別が少ないとはいえ、人々に名を知られるほど偉くなる為には高耳でなければまず無理。
なんせ偉くなれば戦場に出ないといけない上に、偉い人間は狙われる。
よって人間より強い高耳でなければ勤まらない。という理屈みたい。
一応戦場に出ない文官ならば人間も居る。とは聞いたがごく少数なのですと。
旅をしている間に何人かの高耳を見かけたが、耳が尖がっていて美形が多く、髪が地球人ならば在り得ない位カラフルな以外は普通の人にしか見えなかったんだけどなぁ。
全員が細身という訳でもないし、皆があの特徴的な細長い顔をしてる訳じゃない。
ドカベン顔で耳が尖がってる人も居たのだ。
寿命が長いのかと思ったら、全く変わらないんだってさ。
違うのは力とやらを操れるお陰で筋肉的に強いだけ。
いや、これだけ違えば十分なのかな?
某世界一強い国では、しょっちゅうTVで顔を見るのだから美形じゃないと大統領にはしたくない。なんて真面目に言うしね。
実際大統領は皆イケメンだし……。
それと同じように美形の高耳が上に立たないと下のやる気が出ないってのがある。……かも?
あ、当然と言えば当然なのですが、魔法はありませんでした。
力とやらは、体を強くするのにしか使えないそうです。
さりげなーく、「こんな時に火を付ける魔法があったら良いんだけどなぁ」といってみたら、『ある訳ねーだろ魔術師リウって言っても、本当に魔術が使えたわけじゃねーぞ』と言われました。
リウイじゃないからね。無理だよね。一文字違いだった。惜しい。
自分自身についても幾つか分かった。
どうも俺の身体能力は高耳としてはかなり下の方みたい。
それでも鍛えれば人間ではまず勝てない程度にはなるみたいだけど。
まぁ、勝てないと言ってもタイマンならば、の話だ。
囲んでフクロにしてしまえば高耳だろうが大した差はない。
それと、俺は文字が書けた。
なんでやねんとは思うけど、読めた時点で書けないとよりなんでやねんではあるな。
但し、読めるが美しくないと不評である。
あまりに悲しい。
現在ペン習字を習っておくんだったと、人生二度目の後悔中。
俺、子供が出来たら字が綺麗になるように、ペン習字は習わせるんだ……。
いや、本当に大事っすこれ。
職場で先輩に、『これ書いておいて』と言われて必死に書いた後『汚いな……』と言われると凄く悲しいぞ?
文字が汚いと色んな場面で恥をかく。
若い人々には頑張ってほしい。
えーと……。
ああ、計算に関してはかなりの物だと褒めて貰えた。
こちらも十進法だったお陰で、今まで培ってきた計算力がそのまま活きている。
ただ、ゼロが無いんだゼロが。
アラビア人のような天才はこの国に産まれてないらしい。
数式を書く際にはつい、ゼロを書いてしまうから奇妙に思われないようコッソリ地面に書くか暗算だ。
ソロバンを習っておけば暗算能力が飛躍的に向上すると聞いたのを思い出して、習っておくべきだったと後悔はしたが、それでも十分だろう。
つまり義務教育のお陰だな。
有難う義務教育。
就職のときは成績が良くても殆ど意味無いじゃねーかと怒っていたが、今では許してやろうという気になっている。
真に生死を分かつ状況で助けとなっているのだから、感謝しなければなるまい。
日本に帰ったら感謝の手紙でも書きたい所だが、俺はもう日本に帰るのは諦めている。
冷静になって考えると寝て起きたら別の世界に居る。と言う時点で宇宙がダイナマイトでエクスプロージョンだ。
バサラってる。
こんな特別な事が二回起きるとはとても思えない。
そんな奇跡を信じられたのは、自分が特別かもしれないと思えた二十年程度前までである。
この考えには続きがある。
俺は特別な人間では無い。
大体、特別な人間なんて存在するとは思えん。
むぅ……これは常識では無く俺の哲学か。
とにかく、俺に起こる事は誰にでも起こる事のはずだ。
俺はそう信じている。いや、知っている。
と、なれば、だ。
この世界に居る異世界人は俺一人なのか? という疑問を感じている。
まぁ、俺みたいな目にあったのなら、殆どの人間が飢えたり盗賊に襲われたりして死ぬだろうけど……。
違う文明から来た、違う知識を持ってる人間が俺の他にも居るとすれば……。
そいつの考え次第では、とんでもないことが起こるかもしれない。
その場合、俺という存在はそいつにとって……。
……仮定の上に仮定を重ねた思考になってしまい、妄想その物になってるな。
考えても無意味だってのに。
今は自分の命を繋ぐ事だけを考えるべきだ。
さて、話を戻して俺の身に起こったとても重要なサプライズについてだ。
俺、若返ってた。
商団の人に聞いたら、皆14、5歳だろって言うのだ。
え、うっそ。と思って川で自分の顔を見たら明らかに若い。
しかも元の顔が少し変化して幾らかイケメンになっていた。
それでも、高耳としてはかなり地味めの顔らしいけど。
ただ身長は年齢としては普通みたいだし、体つきも平均値。
中背中肉と表現されよう。銀河の歴史で考えると凄くカッコイイ見た目なのに、誰にも分からないのだろうな。残念だ。
あ、そうそう、これで気づいたのだがラスティルさんは思ったほど身長が高く無かったかもしれない。
俺より少し高いから175はあるのかと思ったが、実は俺自身が伸びる途中で160丁度くらいしか無かったみたいなんだよね。
通りでなんか皆身長高いなと思ったわけだ。
若返って縮んでるなんて気付かないよ。
そして若返ったお陰で頭髪も黒々フッサフサ。
気付いた時には超ハッピーと浮かれたさ。
いえ、以前から日本人史上最高のサッカー選手、岡崎よりはありましたよ?
あ、岡崎最高なのは異論認めないので。
文句があったら世界一金を浪費してるリーグの優勝チームで、レギュラーしてきて貰いまひょか?
異世界に来てしまったのも、人生をより長く楽しめると思えば不満も……。
あったわ。
まず見た目エルフと言ったって200年生きて若者と言う訳では無いし、どっかにハイなエルフが居たりもしない。
寿命は70年程度という認識だった。
これだけでもかなり残念である。
その上冷静に考えれば、20年若返ったとしても、10年後に死んでしまえば意味が無い所かかなり悪い。
そして、現状俺の予想寿命であった60年後よりかなり早く死にそうな世情なのだ。
やはり、俺の身に起こったのは悲劇。
W杯が見られないし。
というか、サッカー自体誰も知らないし。
はっ!? 岡崎ももう見られないじゃん?!
なんてこった……この悲劇、リア王を超えている。
あれは劇だが、こっちは自分の身に起こってるからな。
参ったか。
……ちくしょう。
さて、そんな発見と悲しみのあった旅も終わり、今俺の目の前にあるのは凄まじく長く続く土の壁だ。
ケイ帝国が王都、ランドを覆う城壁である。
スンゲーなこれ。
流石400年続くと強弁する国の首都、どれだけの金と人員で作ったんだこんなの。
土で作ってるから石壁よりはずっと楽だろうが、それでも凄い労力だ。
この国の人は壁を作るのが好きなのだろうか?
地球で水銀を飲んで死んだらしい偉大なお方も、国を壁で囲おうとするくらい壁が好きだったみたいだけど……。
あ、こっちにもあるのだろうか、宇宙からも見えるなんて言って俺を騙したあの壁は。
ピュアッピュアだった俺、マジで信じたってのに……あの国は昔からよぉ……。
どうでも良い事を思い出してしまったな。
ちなみに黄河と長江はあった。
名前も一緒である。
昔は、というか現在も一部では河と
なんでやねん! とも思ったが、既に黄色だったし長いし、確かにそのまんまの名前だから当然なのかも、と思い直した。
雄大でした。
黄色になる前の姿を見たかったです。
とにかく、俺はこの国の首都、全てが最も集まるところに到着した訳だ。
既に見えている巨大な門からは多くの人と、馬や牛に引かれた荷車が出入りしているのが見える。
門の外にまで露天商が広がっており、俺にこの都市の活気を感じさせた。
これまで見てきた街の中で、最も人が集まってるのは間違いない。
考えていた通り、多くの情報が集まる場所だと確信が持てた。
可能ならばこの首都で仕事を見つけたい所ではある。
やはり旅は危険なんだよね。
ただ、どーもコネ社会みたいだし、飛び入りが難しいの間違いない。
団長に話したら、一か月は滞在するからその間に探してみろと言ってくれた。
見つからなければ又団員としてやっても良いと。
計算能力がある人間は結構貴重らしい。
有り難い話だね。
生きていく方法が確保されているので、俺のストレスは激減している。
とは言え、今後の方針を決める為に世の動きと基本的知識を得たい。
その為に、全てが集まる目の前の首都ランドで暮らせるようになりたいのだ。
頑張ろう。
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