直観

1103教室最後尾左端

直観


 あなたは、私の運命の人です。


 一目見ただけで確信いたしました。


 急にこんなことを言っても、困らせてしまいますよね。申し訳ありません。でも、初めてあなたをお見掛けして、「直観」したんです。「直感」ではありませんよ。あやふやな、感覚的な話ではなく、私の本能と、理性と、経験と、肉体とが入り混じって組み上げられた決定機関……とでもいうのでしょうか。数学のように多くの人々が納得するような論理性を持ち合わせているわけではありませんし、証明の筋道をお伝えすることはできません。しかし、私の中では理屈を通り越して、あなたに確かな運命を感じたのです。


 顔やスタイルが好み、というような表面的な話ではありません。いえ、勿論あなたはとても整った顔立ちをしておられます。さぞ、多くの女性の気を惹くことができたのでしょう。着ている服も、立ち振る舞いも、言葉にできないセンスにあふれています。


 せっかく褒めて差し上げたのに、そんな訝し気な視線を向けないでください。……確かに客観的に見れば、私があなたに声をかけるのは少しばかり異質と言えるかもしれません。私とあなたでは親子ほどの歳の差がありますしね。でも、愛などというものに時間や年齢など関係ないというのが定説ではありませんか。あなただってそう思うでしょう? 今時は年の差のあるカップルなんて珍しくもありません。


 それにしても若すぎる……でしょうか。確かに、18歳という私の年齢は、社会的にも精神的にも幼いと思われがちです。ですが、その幼さに妙な高値がついていることも事実でしょう? 社会全体で18と言う数字に妙な付加価値が与えられていることも、それに乗じた商売があることも、実際この街に本来の使い方ではない「援助」を受けている方がいることもご存じのはずです。


 ああ、安心してください。私はその手の商売人ではありません。お気を悪くされたなら申し訳ありません。ですが、18歳という年齢は、それなりに、足りない部分はあるにしろ、善悪や美醜の分別はつくようになっています。それに、精神はともかく肉体的には十分に大人の女と言えるはずです。子供を作る事だってできます。あなただってよく知っているでしょう?


 そんな怪訝そうな顔、なさらないでください。商売と関係ない健全な若い女性に言い寄られるなんて、老若問わず男性ならみな憧れるものではないですか? むしろ幸運だと思っていただくことはできないでしょうか。綺麗で可愛らしい女の子が、大した理由もなく好意を垂れ流す作品が創作物の世界であふれかえっているのも、そういうことは現実には滅多に起こらないという裏返しでしょう? ありえないことだから、皆さんそういうフィクションに夢中になっているのではないですか? まあ、中には現実とフィクションの区別がつかなくなってしまう方もいらっしゃいますが。


 それとも私の容姿がご不満ですか? 自分で言うのは良くないかもしれませんが、私の顔立ちはそう悪くないと思いますよ? クラスメイトの男の子に告白されることも一度や二度ではありません。身体も女友達に良く褒められるんです。「細いのに大きい」って……。


 ……やっとこちらをまっすぐ見てくださいました。こういう話題で気を惹くなんて、なんだかはしたないですね。申し訳ありません。でも、私はそういう経験をしたことはまだないのです。母から、相手は選ぶようにときつく言いつけられておりますので。


 ……自分でたきつけておいてなんですが、そうまじまじと見られると照れてしまいますね。でも、どうです? 肌や髪のお手入れは欠かさずにやっておりますから、見られないほどではないと思いますが……。


 どこか見覚えがある顔……ですか。私、顔は母親似だとよく言われます。母は身内びいきを抜きにしても綺麗な容姿ですので、似ていると言われるのは悪い気はしませんね。正直、自分で鏡を見ても、よくわからないのですが……。




 あなたが言うなら間違いないでしょう。



 

 ……どうかされましたか? 急に青ざめて。



「何か」にお気づきになられたのですか?





 ……そうですか。面白いものですね。私とあなたは今日初めて出会ったはずなのに。ちゃんと分かってしまうなんて。


 何をうろたえていらっしゃるのですか? ひどい汗……。何か悪い事でも思い出したのですか? 自分の過去とか、責任とか、そういった忘れていたかったことを、なかったことにしておきたかったことを、思い出してしまったのですか? それはそれは……お可哀そうに。



 どうしたのですか? うわごとのようにぶつぶつと。許して? 今の家族? 生活? 何やら錯乱されているようですね。私が現れたことで、私が存在することで、何か不都合なことでもあるのでしょうか。



 俺も若かった? 当時の母はもっと若かったですよ? そんなこと理由になるとお思いなのですか? 私と母がどんな気持ちで今まで生きて来たか、ご想像されたことはありますか? お金と容姿を持て余して、幼さをたぶらかして、面倒なことは全部放棄して、別の場所でのうのうと家庭を築いている。そんなあなたを私は許さなければならないのですか? そんなこと、本当にできると思っているのですか?




 あら……。またお逃げになるのですね。それもいいでしょう。でも、どこに逃げても無駄ですよ? 私はあなたを何度でも見つけます。記憶もおぼつかないころに見たあなたの顔でさえも、私の肉体は、理屈抜きにあなたを探し当てることができた。私が、いえ、生物なら誰しもが持っている直観が、あなたを見つけ出すことができたのですから。


 そして、こうして出会ってしまったのですから。



 もう、私があなたを見過ごすことはないでしょう。


 

 

 さあ、どうかお逃げください。




 私がどこにいるか、あなたはわかりません。

 私が何をするか、あなたはわかりません。


 何もしないかもしれないし、

 突然、あなたの家族を破綻させるかもしれませんし、

 あなたを社会的に破滅させるかもしれません。



 でも、それをあなたが決めることはできないのです。

  




 最後に、もう一度だけ言いますね。




 あなたは、私の運命の人です。

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