虫十無

直感探偵

 死体無き殺人だった。

 出頭してきた犯人は謝るばかりで、死体の場所やら凶器の場所やら方法やら、そういったことは何も言わなかった。

 その死体の場所を言い当てたのがその人だった。


 その人と犯人の関わりは何も見つからなかった。殺された人の方とも同様だった。

 その人は説明しにくいことですという前置きの元話してくれた。頭の中で声が聞こえるのだそうだ。その声が何なのかわからない。直感なのかもしれないし、神様のようなものがいてなぜか話しかけてくるのかもしれない。けれどその声は何か重要なことを教えてくれることが多く、しかも今のところ全て合っているそうだ。

 死体の場所なんてすごいことを教えてくれたのは初めてですとその人は言った。

 警察はそれを完全に信じたとは言えないだろう。監視がついたようだった。その人はあまり外に出なくなった。多分監視だけが理由ではないが。


 それからもその人の活躍は続いた。近所の落としものから殺人事件の犯人まで。聞こえた声を伝えただけだという。だから小さなことでも大きなことでも関係ないのだと。だから頼まれても何もわからないこともあると。

 雑誌も新聞もその人を直感探偵と呼んで持ち上げた。

 その人は少し笑ってそんなものじゃないですと言った。わかることとわからないことがあって、わかることは偶然知ってしまったのだと。考えているわけではない、だから探偵とは言えないと。



 ある日、その人と偶然に会って挨拶をした。その人は泣きそうな顔をして知り合いですかと私に聞いた。

 最近思いだせないことが増えてきたらしい。人の名前も、行った場所も、言ったことも。自分のことなのに知らないことが新聞に載ってることすらあるらしい。

 もしかしたら気づいていないだけで忘れていることはもっとたくさんあるのかもしれないとその人は言った。何を忘れているのか、何を忘れていないのか、何もわからなくなってしまうと。


 代償があるんですよ。その人はそう言っていたのに。多分そう言ったことも、その発言の元も全部忘れてしまったのだろう。いや、持っていかれたと言うべきか。

 その直感は神様のような存在から与えられるもので、その代償に記憶を取られるのだと言っていた。そう、直感探偵などと呼ばれるより前、私とその人が知り合ったきっかけの時にそう言っていたのだ。多分それもあの事件のときには忘れていたのだろう。


 最初はコミュニケーションが取れていたのだろう。その声を発するものと。けれどその記憶から持っていってしまったのだろう、その存在は。どうしてそれから持っていってしまったのだろう。

 その人にはもうわからない。だからその人の発言を覚えている私がこうなのだろうと予想することしかできない。

 なんのためにその存在はその人に、その人だけにいろいろなことを教えるのか。きっとわからないだろう。その存在が実在するとしても私たちのいる世界とは違う世界のもので、違うことわりの中にいるものだろうから。

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