20:三度強襲
何をされたのかを理解するのに二秒程かかった。
イリヤを確認した俺は突然体の右半分を巨腕で薙ぎ払われたのだ。普通の人間であったら死んでいたし、魔術を使えたとしても、意識の狭間からの攻撃だったので対応できずに死んでいた。
魔力感知を使用していたのに突然振って湧いたのだから誰も対応はできないだろう。自分の身体が魔遺物でなければ、既にこの世に命は無かった。
どれだけの威力かは俺の身体がどこかの屋敷の分厚い外壁を破壊して背中を預けていることで計り知れる。
今の攻撃が全力の攻撃であれば嬉しい誤算なのだけれども、目の前にいる獣は余力たっぷりといった感じだった。
獣人。獣の性と理性を持ち合わせた魔族。
目の前にいるのは狼の性を宿した獣人。狼型だと雄で体長は三メートルを超えたりする。普段は温厚な性格だが、縄張り意識が高く、縄張りや所有物を汚せば牙を向く。
この体躯の小ささからして目の前にいるのは雌だと決定付けられる。獣のように白い毛並みが風でなびくも、顔の方にはメッシュのように黒も目立つ。奥を覗こうとすれば、鏡を見ているほどに不気味になる真っ黒な瞳。
その瞳を俺はさっき見た。
瞳だけではない。この獣人が着ている服装は丸っきりさっき宿屋であった王国騎士団員の服装そのものであった。記憶上の記章と一致しているから間違いはない。
だとすれば彼女が変貌、いや変身して、獣人になった。そんな事が可能なのか?それとも彼女は元から獣人であった?ここ三百年で獣人が環境に適応する為にそう進化したのか?推測しかできない。今はまず、明らかに向けられている敵意をどう回避するかが問題だ。
額から垂れた血で濁った眼で獣人を見る。
全身から湧き出るような魔力。
注視して見ればどこからその魔力が流れているのかを見つけることが出来る。
拳銃型魔遺物ではない。そう確認作業に入った瞬間に拳銃型魔遺物の銃口から魔力が凝縮してできた白い剣が出現した。ガンソード、ガンブレード?どっちでもいいけど斬られるのは魔力消耗が激しいから避けたい状況だな。
獣人の全体像を捉えながら目と脚の筋肉の動きに集中する。
そしてどちらかに力が入った瞬間に俺は素早く立ち上がり獣人からの攻撃に対処する。
ガンソードの剣先が頬を斬った。人間であった時よりも圧倒的に長いリーチに目測を見誤るも、顔の半分を斬られずに済んだ。
初撃は紙一重と言ったところで交わしたが、二撃目はガンソードが振り下ろされると共に俺の正中線上に十二発弾丸が発射された。
背後にある壁を壊してガンソードの攻撃を避け、十一発の弾丸を避けた。避け切れなかった一発は腹部に当たった。
蛇腹剣を顕現させ、柄を握ると獣人は右手の親指と人差し指で指を鳴らした。
「ぐっ!」
腹部に突然鋭い痛みが走る。
貫かれたりすれば微妙に痛覚がある俺は痛みを感じるが、それは一瞬の出来事で、すぐに慣れてしまう。だが、この痛みは継続的にそこにあり、正常な痛覚を刺激してくる。
俺は復活してから初めて痛みで顔を歪めた。
痛みの元である場所は今さっき銃弾に撃たれた場所と、胸。
その場所からガンソードよりも細い白い針のようなものが俺の身体を貫通していた。
痛みは思考を鈍らせるわけではなく、逆に冷静さを与えてくれる。痛いと思えるのは生きている証なのだ。痛みを感じなかった俺は今まで死んでいたと言ってもいいだろう。
痛みで爽快になった頭で、獣人への対処を考える。
師範代に対しても今の所持している魔遺物では心許なく、この獣人の前では所持している魔遺物は玩具だろう。
斬られ、刺され、噛み砕かれる。それを俺は魔分子修復で魔力が尽きるまで修復するしかない。全てが後手に回ってしまう。
清を使って全力で殴るのも手だが、俊敏性を持った獣人が脚を止めるとは思えない。
そもそもこの獣人、遠距離武器を所持しているのだ。遠近どちらも対応されて俺は手も足もだせない。出せるとすれば口ぐらいか。
「君は魔族な――」
俺が話そうとしたのに首元を掻っ切るようにガンソードを振るわれる。首の皮が切れていた。
どうやら問答無用で俺を殺すようだ。理由もない殺し程惨いものはない。
息をつく暇も与えてくれずに両手の拳銃型魔遺物を連射する。
痛みに耐えながら右へ左へと全弾避けるも、途中で避ける場所を徐々に無くされている事に気が付いた。
銃撃は俺に平行に撃たれている訳ではなく、俺の脚を狙うように撃っていた。脚に被弾すれば機動力を奪われると考えていたが、地面に弾丸を差し込んで、この白い針のようなものを出されれば地面には逃げようがない。飛んで逃げようものなら良い的である。
この白い針のようなものを魔力吸収しているが、どうやら魔力とは違うらしい。
じゃあなんだと言われれば俺には理解し得ない力で発動しているとしか言えない。ガンソード部分も同じ力のようでいくら魔力吸収しても、その効果を発揮し得なかった。
銃弾を避けて、避けて、死の円舞曲を舞っている時間は有限であり、終わりを迎えた。
獣人が指を鳴らすと俺の周りは白い針で閉ざされた。唯一の逃げ場は獣人がいる目の前だけ。
ガンソードを持つ手に力が籠った。
「リヴェンさん!」
お互いが致命傷となる傷を付けあうであろう瞬間にイリヤが声を上げた。俺が止まるのは不思議ではないのだが、獣人もその呼び声に行動を止めた。
イリヤは何かを投げ終えたポーズをしていた。俺の視線は上を向く、熱分布望遠図に望遠に魔力感知で、イリヤが何を投げたのかを確認する。熱はなく、魔力反応がある、小さな物体。大方魔遺物だろう。
獣人も夜目が効くのか、その物体を目で追っていた。そして拳銃型魔遺物でそれを撃ちぬいた。
撃ち抜のはいたいいものの、魔遺物は銃弾で破壊されることはなく、銃弾と接触した勢いで俺の喉を貫き、身体の中へと侵入した。
脳裏に封印前の記憶がフラッシュバックする。
「お前、そんなんで魔王様の親衛隊が務まると思うのか?」
俺に説教垂れているのは魔王軍親衛隊一番大隊隊長のジャモラ=ラモウ。
彼は古来からいる由緒正しき魔族であるリザードマンである。赤色の鱗に皮膚、隊服を脱げば白い皮膚も見る事が出来るが、人間で言う裸同然になるので、脱衣所や風呂でしか見ることは無い。
俺は犯罪者から押収した違法性のある魔植物の成分を確認しながら、隣で腕を組んでいるジャモラに嫌な顔せずに応対する。
「押収品管理も大事な仕事。それとも与えられた仕事をサボるのが親衛隊の務め?」
「憎まれ口の減らんやつめ。お前みたいな奴は友人の一人もいないだろう」
「いるよ。俺の隣に」
「笑えない冗談はよせ」
真顔で言われたのに少し傷ついた。
友達作りなんてこっちの世界に来てからしていない。悲惨な幼少期を過ごしたせいで誰かと関わり合いになるのが億劫であり、信用できないのである。
「ははは、どうやら君の言う通り俺には友達はいないようだ」
「ったく、お前本当にそういうところだぞ。で?これどうすればいいんだ?」
しかしこんな態度をとっていてもジャモラは俺に優しく接してくれていた。
俺はジャモラから周りと友好的に接する術を学んだ。こいつがいなかったら今の俺は無く、影の魔王になんて到底なれていなかった。
ジャモラは勇者との戦いで命を落とした。親衛隊であった俺もその場にいた。勇者に斬り捨てられるジャモラをただ、見ている事しかできなかった。
ジャモラは自分の長所である腕のヒレを逆立てて、そこに炎を宿し、攻撃する技を持っていた。その技は親衛隊の中では随一に強く、いずれは四天王達の技にも匹敵するだろうと称賛されていた。
現実はチートスキルで無効化されて、聖剣で斬られた。血が溢れ、俺に逃げろと目で訴えて、訴えに応えて俺は逃げた。本当はそんな訴えをしていないのに。
ジャモラの家族になんて説明したのかは忘れた。家族が泣き崩れていくのを覚えている。弟達に兄を見捨てた男と言われたのも覚えている。罪の意識に苛まれたのも記憶にある。
だけど俺は止まる訳にはいかなかった。
封印前の記憶は敗北の記憶でしかない。思い出すだけで苦しくなる。
身体の中で魔遺物が分解されていく。何の魔遺物で何のスキルを獲得したのかを記憶と合致させて理解した。
生前も死後もお前を糧として、ごめんな。
スキル名は声に出さなくても発動するのだけれども、今は声に出して言いたい気分であった。
「紅蓮刃」
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