21:出せるのは口だけ

 スキル名は合っているようで、俺の腕から三日月のように反った刃が出現する。


 その刃は烈火の如く燃えている。使用しているからこそ理解できる。この炎は魔力でもあり、炎でもある。ジャモラと同じ能力ならば斬ったところは永続的に燃えるはずだ。


 これで対等に戦えるだろう。


 黒い瞳は俺を射抜いている。腿に力が籠められるのを見逃さなかった。


 俺の初動と獣人の初動が被った。


 右手の刃で攻撃を仕掛けるも、ガンソードの先端で受け止められた。受け止められたが、徐々に俺が押し込んでいた。


 つまり紅蓮刃の方が魔力出力は勝っている。魔遺物同士の勝負ならばこちらに分がある。


 獣人もそう判断し、受け止めているガンソードから銃弾を放った。


 弾丸は刃に斬られて俺の背後へと消えて行く。右脚が俺の腹へと目掛けて振るわれる。ガンソードを大きく弾いて獣人の左手をも弾き上げた。


 空中へ飛んで獣人の右脚の膝の上に乗り、手を交差させて獣人の腹部を引き裂く為に手を横に広げた。


 獣人は左膝を自分の身体に当てることによって反動で背後へと退いた。


 しかも同時に引いた右手のガンソードで俺を撃ってきた。おかげで手応えはあったが、傷は浅かった。


 なんなら俺の身体に打ち込まれた弾丸一発の方がダメージとしては大きいだろう。


 獣人の制服が切れて、切れた部分から赤い血が制服に染みている。


 斬った部分は燃えるはずだが、全てが一緒というわけではないようだった。


 紅蓮刃を使った今の攻撃で二つ明確になったことがある。


 その二つの内一つは、この獣人との戦いを終わらせることが出来る。但し、相打ち覚悟で挑まなければいけない。


 身体能力の力量はほぼ同じ、加えて魔遺物同士の力量も俺が微妙に勝るだけで同じと言える。こうなれば戦闘経験上、相手の不調や地の利に天候、考えもしない予想外の出来事で決着がつくだろう。それは極々稀な事であり、最終的には運が後押しをする。


 視線をイリヤに向ける。


 今の攻防をただ見ている事しかできないのが辛いのか胸の前に両手を強く握っている。


 イリヤを利用すれば戦いに勝てるが、果たしてそれは俺に運が向く結果になるのだろうか?


 最悪の結果イリヤだけが生き残るのもあり得るだろう。


 イリヤの奥に謎の男がいることに気づいた。


 怪盗のような風貌をしたその男は怯えた表情でこちらの状況を見ているだけだった。


 しかしその男の瞳からはイリヤをこの状況から守ろうとしている意志を感じられた。


 使える。


 俺が思考を張り巡らせている間に獣人は長い舌で指に唾液をつけて、その指で傷口を止血した。


「イリヤ!俺が良いと言うまで動くなよ!」


「えっなっえ?」


 イリヤの戸惑う声がお互いの行動の合図になる。


 獣人が両手の銃で弾丸を発射する。全て見えるし、全て切り払える。


 俺の腕、刃が視界を塞ぐのが獣人の目的なのは承知済み。獣人がガンソードを俺へと振るう。


 それと同時に指を鳴らして、まだ白い針が立っていない弾丸から白い針を生やす。


 恐らくやってくるだろうと身構え、歯を食いしばっていたが、ほんの一瞬でも痛覚を感知した身体は硬直する。


 僅かに一手遅れる。


 さっきのやり返しと言わんばかりに足払いの為の右脚が振るわれる。


 後方へ避ける選択肢もあるが、敢えて空中へと飛んで避ける。姿勢は脚を大きく曲げ、背中を丸め、身体を縮める。


 空中で身動きは取りにくい。獣人は描いた未来予想図通りにガンソードを俺へと突き刺すために左腕を突き出す。


 その瞬間に体を捻じって、小波動魔器を起動して自分の後方へと放つ。


 小波動魔器を撃ったことにより反動で体は前へと急速に発進し、獣人の左腕に刃を刺した。勢いを殺さずに体をタイミングよく捻じりながら回転し、獣人の肩まで切り裂いて、背後へと抜ける。


 追撃されずにイリヤの前に辿り着く。


 イリヤは俺が目の前に突然現れたように見えたのか、身体を大きくビクつかせた。そして決まり文句のように言う。


「リ、リヴェンさん。人殺しは、駄目ですよ」


 獣人を人として見ている。


 相手が俺を殺そうという意思があるのに、同じように殺してはいけないと説く。専らの善人であり、お人好し。


「あぁ、そのつもりだよ。だから俺が勝つように願ってくれ」


「・・・わかりました」


 俺の言葉の意を汲んでくれたのかイリヤは了承した。


 振り向くと獣人は牙を剥き出しにして怒りを顕わにしていた。


 肩まで斬った左腕からは血が流れ出ているにも関わらず、止血をせずに怒りだけを俺に向ける。


 その怒気にイリヤは怯み、俺のローブの袖を掴んだ。


 獣人が吠えた。吠えたはずだった。音が全く聞こえなかった。環境音さえも無音。鼓膜を破られたと疑ったが、怒り心頭であった獣人も驚きを隠せていない。隣にいるイリヤさえも戸惑っている。


 無音の世界で俺の隣に人が立っていた。


 怪盗服の男。近くで見ると意外に華奢で、あぁ、この怪盗服の人間・・・。今は関係ないか。


 この娘を守るのは任せて。と口で言っていた。読唇術はおてのもので、ある特定の単語を理解し、自分の頭の中で接続語を補足して、会話を読む。


 音を消す魔遺物は怪盗のような人間が持つ杖の仕業。


 獣人は無音の環境を理解し、鎮火した怒りを乗せてこちらへ駆けてくる。


 獣人には弱点がある。


 彼女は元々人間である。


 彼女が右手の中指にしている指輪は魔力が極端に少ない。今までみた魔遺物ならば根本である魔遺物が一番魔力を発揮していた。ただの指輪にしては魔力が宿っている理由が分からない。


 あの指輪が獣人化に関係しているとし、魔遺物内にある魔力を体内に取り入れる形式の魔遺物だとすれば、魔力が極力にないのは身体全体に魔力を送って循環させているせいであるとすると、合点がいく。


 それに獣人は右腕への、主に手へ攻撃を庇っている傾向が見て取れた。


 魔遺物が魔族の身体の一部だとすればその指輪に含まれている魔族の魔力で彼女の身体が変貌したと考えられる。


 ならば指輪を取り除けば彼女は元に戻るであろう。元に戻れば今の俺でも対処できる。


 問題は指輪をどうやって外すかだったのだが、ここは幸運と自分の推測を信じよう。


 獣人が向かってくるのと同時に俺も体を前に動かす。


 指輪は彼女の指に食い込むように嵌めてあり、引き抜いて取るのは無理だろう。獣人の指を切断するのが有効的だ。それを許してくれるかどうかは言わずもがな。


 刃を振るう速度とガンソードを振るう速度は同じだったが、継続する痛みのせいで俺のほうが遅くなっている。ように獣人に巧くみせた。


 刃で左手のガンソードを防ぎ、右手のガンソードを弾く。


 獣人も先の攻撃で受けた傷が深いようで刃との競り合いは俺に分があった。


 上へと弾きあげられた右手の肩、肘、手首があらぬ方向へと曲がり、銃口が再び俺に向いた。銃弾はもう微々たるダメージであろう。敢えて受ける。


 そのつもりだったが、放たれたのはガンソードのソードの部分。


 それ飛ばせるのか――と予想外の一撃が俺の左肩を貫いた。おかげで競り合いは獣人の勝利で、左手は弾かれて俺の身体はがら空きになる。


 獣人の攻撃。斬る。撃つ。刺す。それのどれとも違い。


 野性的であり、獣の本能的な攻撃。噛み付き。


 尖った牙が俺の喉に食らいつき、強靭な顎が首ごと俺の胴体と頭を分断した。


 スローになる世界で俺は自分自身に畏怖の感情を抱く。


 頭を胴体から切り離されても俺の思考は変わらず張り巡らせられて、信念心情は何ら変わらなかった。それが魔族であることでもないと決定付けられるているようで悲しくもあった。


 俺は魔遺物という化物を超えた何かになったのだと、やっと把握した。


 噛み切り終えた獣人の目線は次の対象であるイリヤと怪盗へと向けられていた。


 俺の頭は視界外。ましてや俺は死んだと思っている。


 死んだものは手も足も出せない。出せるのは、最初からそう、口だけ。


 最初から指を切断するつもりだった。


 成りたての狩人が一番油断する場面は獲物を仕留めた場面。獲物が死んだと踏んで、気を抜く。一瞬でもいい、一瞬だけでも気が抜ければ、俺は先手をとれる。


 右手で自分の頭を掴んで、獣人の右手へと押し当てる。


 これでもかと口をあんぐりと大きく開けて獣人の四指とガンソードの引き金部分を噛み千切った。


 人間性の無い獣同士の決着は己が牙での噛みつき合いにて終了した。

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