12:種も仕掛けもありますよね

 王都メラディシアン郊外は主に庶民と呼ばれる人達が生活しているようだった。


 本来なら活気があるはずなのだろうけど、目抜き通りには活気はそこまで感じられずに、どこか影を感じられた。


 昼時も過ぎて夕方になろうとしている頃合いにしては人が少ないな。魔王城の城下町の方が栄えていたぞ。


 空を見上げると、幾つもの太いパイプが壁へと繋がっていた。


 馬車で中心街まで行けるようだが、有り金が無い俺達には過ぎるサービスだった。


「どうするんですか?」


 数十分かけて畑や民家を超えて郊外の目抜き通りまでやってきた頃にようやくイリヤは口を開いた。


 検問から抜けても郊外の目抜き通りにいくまでは、外と殆ど変わらなかった為、物珍しいものは少なく、チケットの説明と、魔分子修復の説明をしてからはイリヤの口数も少なかった。


 イリヤが言うには、魔分子修復って魔遺物は知らないとのこと。


 だからこそ、自分で研究をしたかったと頬を膨らませていた。


 中心街までは上と下の関係を象徴するかのように緩やかな坂となっていて、歩いて行くには体力がいるだろう。


 イリヤが行きたい博物館は中心街の方にあるようだ。俺も博物館に行ってみたいが、まだ行かない。


「うん?まぁまずはお金がないとな」


 目抜き通りに入った所にある看板に描かれた地図で周辺の地理を確認した後に、目抜き通り周辺を観察しつつイリヤに返答した。


「じゃあ職業斡旋所ですか?」


「そんな腰を据えてやる訳ないだろ。あそこらへんでいいな」


「あ、ちょっと、迷子になりますよ!」


 どっちがだ?俺か?


 少し移動して人通りが多く、更には一休みできそうな場所である、噴水広場へとやってくる。


 老若男女が目の前を過ったり、備え付けられた椅子に座ったり、運動していたり、会話をしていたりしている。


 俺はなるべく邪魔にならずに、尚且つ人が集まれる噴水の手前で大きく手を開いた。


「さぁさぁ皆さんご注目!こちらにご注目ください!」


 通りすがりの人間も、休んでいた人間も、何かをしている人間も、何事かとこちらを振り向いた。


 注目され慣れていないイリヤは他人の振りをして俺から距離を取った。イリヤは今回使わないので続ける。


「今から稀代の奇術をお見せしましょう。あなた」


「え?私?」


 通行中足を止め続けて見ていた買い物帰りで紙袋に同じパンや野菜や果実を詰めた茶髪のお下げで、控えめな見た目の若い女性を指差す。


 女性は指名された事に驚いて、他の誰かが指名されたのであろうかと、周りを見渡す。


「そう。買い物袋を持つ。茶髪が似合う美しいあなたです。お手数ですが、お手伝いしてもらいたく、こちらへ来て頂けますか?」


「え、えぇ」


 女性は戸惑いながらも頷いた。紳士的な仕草で指示をして俺の横に立ってもらう。


「お名前は?」


「メアリーです」


「メアリー。いい名前だ。皆さん、手伝ってくれるメアリーに拍手をお送りください!」


 俺が拍手をすると、疎らに拍手が起こる。


 メアリーは恥ずかしそうに、どうしたらいいのか分からなくはにかむだけだった。


「メアリー、これ、借りてもいいかな?」


「ど、どうぞ」


 メアリーの買い物袋からリンゴを取り出して、それを大きく歯型が残るくらい齧る。


 メアリーが何かを言う前に。


「うん。美味しい。これ、どこで買ったの?」


 別に美味しくもなく、水気も少なく、甘みもないリンゴだ。


 齧ったリンゴを手首で回しながら観察する。


「通りの果実屋さんです」


「へぇ。凄く瑞々しくて食べやすいよ。はい、これ返すね」


「返すって、え?あれ?え?ええぇ!?」


 齧ったリンゴを魔分子修復で戻してからメアリーに返すと、目を白黒させていた。


 メアリーだけではなく見物していた人間全員が、欠けたリンゴが元に戻った事を信じられていなかった。


「はい!協力してくれたメアリーに拍手を!」


 そう言うと観客全員が拍手をしてくれた。


 メアリーは釈然としない表情で広場の観客の中へと戻っていく。


 そのメアリーが手に持っているリンゴを見たくて、複数人がメアリーに寄ってきた。


 掴みは上々って感じだな。


「それでは次に手伝ってくださる方はいませんか?」


 観客の七割方が手を上げた。


 それをじーっと観察して、男女の集団の中に木や木の葉が付いたマントを羽織り、くたびれた服や靴を着用し、腰にベルトを巻いた黒髪の男性を見つけて指差した。


「ではそこのあなた。こちらへ」


 集団の他の男女は呆れいる様子だったが、男性は楽しそうにこちらへやってきた。


「お名前は?」


「ロイだ!」


 ロイは少々獣臭かった。


「よろしくロイ!皆様ロイに拍手を!・・・ロイは目に自信はあるかな?」


「おう!あるぞ!」


「おっいいね。じゃあ俺と勝負をしよう」


「勝負?」


「そう。俺が硬貨を上へと弾いて、落ちてきた硬貨を右手か左手に掴む。


 ロイはどちらに硬貨を持っているかを三回当てる勝負だ。勝てば豪華賞品を上げるよ。負けた場合は皆に笑顔を与える。どうだい?」


 ふっと鼻で笑ってからロイは宣言する。相当目に自信があるようだ。


「いいぜ!やるぜ!」


「えぇっと、あぁ、硬貨がないや。何か持っているかな?」


 ローブの中を探るが、もちろん一文無しである。


「銅貨でいいか?」


「うーん、もっと大きいのがいいかな。その方がお客さんも見やすいだろう?」


「そうだな。なら銀貨をだすぜ!」


 営業笑顔を作りつつ眉を上へと動かす。


 ロイは思い通りに懐から出した財布の中から大銀貨一枚を取り出し、俺に手渡した。


「じゃあよーく見ていてね」


 大銀貨を指で空中へ弾いて、落ちてきた大銀貨を分かりやすく右手で取ってみせ、ロイの前に握り拳を作った両手を突き出す。


「銀貨はどっち?」


「こっちだ!」


 ロイは直ぐに右手を指して答えた。俺は右手の中にある大銀貨を出して、驚きの表情を作る。


「凄いね。いい眼をしている。じゃあ次だ。いくよ」


 今度はロイの視線を右手に誘導するように硬貨を左手に取ってみた。


「こっちだ!」


 目に自信があるだけの事はあり、ロイは騙されずに左手を指差した。


「よっし!どうだ、あと一回だぞ!」


「流石だ。俺ももう後がない、本気でいかせてもらうよ」


 もう一度同じように大銀貨を弾いて、今度は解りやすく左手で取ったように見せる。


「こっちだな」


 簡単だぜと、逡巡せずに自信満々に答えるロイに左手の指を伸ばさず軽めに広げて見せる。


 その手の中には銀貨はなく空っぽの掌があるだけだった。


「嘘だろぉ!」


 自信が大ありだってので、その反面で、驚愕の声を上げる。俺は笑顔で反対の手も広げる。


「え?」


 反対の手も空っぽ。大銀貨は消えた。


「お、おい。どこにやった?」


「さぁ?時空の狭間とか?」


 手を裏表にして持っていませんよとアピールする。するとロイに詰め寄られた。


「返せ、大事な金だ」


 ロイの目には怒りが籠っていた。


 元から奪うつもりはないので、営業笑顔をちょっとだけ崩して言う。


「おぉ怖い怖い。ロイ、ズボンの左ポケットを探ってみて」


「何ぃ?・・・は?なんで?」


 ロイは渋々ポケットの中を探り、ポケットの中にあるものを取り出した。


 そこにはロイが持っていた大銀貨が二枚に増えて入っていた。


「俺からの参加賞だよ。ほら、ロイ、皆に見せてあげて」


「おいすげぇぞ!これ!ほら!増えてる!すげぇ!」


 観客へ促すと二枚に増えた銀貨を見せびらかすロイ。


 わっと観客は沸き上がり、ロイの周りに集まった。いつの間にか増えていた観客から拍手や指笛が飛び交う。


「それでは、皆様の笑顔を見られたので、これで失礼致します。御機嫌よう」


 観客に種明かしを求められたり、集られる前に、拍手喝采を背中に受けながら早足で噴水広場を後にする。


 広場から出るとイリヤが隣にやってきた。


「えっと、お捻りとか貰わなくていいんですか?」


「苦しい庶民から金を徴収するのは好きじゃないんでね。楽しんで貰えたなら何よりだ」


「思ってもいないことを言うのは良くないですよ。お捻り目当てじゃなければ何がしたかったんです?」


 本音なのに思ってもいないとか言われた。イリヤは俺の事を良心の無い魔遺物だと思っているようだ。


 何がしたかったと言われると、金を作ったとしか言えない。


「イリヤ君。飯でも食べながら説明してあげよう」


 ローブの裾から十枚ほどの銀貨を手の中へと取り出してイリヤに見せる。


 イリヤは絶句して俺の顔と手の中にある銀貨を交互に見るだけだった。

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