9:王国内、動きます

 メラディシアン王国、王都メラディシアン。


 ドレイズ・デブレ・ラ・メラディシアン王の私室では執務を終えたドレイズ王が肩で大きく息をついたところだった。


 二重になった顎肉が揺れ、座っている高級な椅子が体重でギシギシと悲鳴を上げた。


 前王クレイズ・デブレ・ラ・メラディシアン逝去してから五年。現王、ドレイズ・デブレ・ラ・メラディシアンは王としては最悪であった。


 四十代後半にして、周りの者が抱く印象は、体の大きな子供。我儘で粗暴、落ち着きがなく、気が弱い。そして女と酒好き。政に関しては、騎士団に殆ど丸投げで、重要案件と私情案件だけには口を出す。執務と言っても、何度も何度も作り直しになった書類数枚にサインする程度 平民からは多く税を徴収し、その税で私腹を肥やし、その事に盾突く貴族は王都外へと追放。逆に媚び諂う貴族には税の譲渡で、同じ私腹を肥やす仲間にする。


 おかげで今では盾突けるのは王国騎士団くらいだけになった。この王都内にいる力ある貴族は全てドレイズ王の共犯者。食い物にされている国民は疲弊し、ドレイズ王政に辟易し始めていた。


「わし、王なのに頑張っとるよね?」


 ドレイズ王は目の前に待機していた、長い黒髪を後頭部へお洒落に纏め、清楚であるが、冷たい眼をしている、メラディシアン王国騎士団制服をスラッとした体形で着こなしている、女性へと声をかけた。


 彼女の名はバンキッシュ・フォン・キャスタイン。


 メラディシアン王国騎士であり、王国騎士団の参謀を務めている。参謀と言っても、戦時中ではないので、誰もやりたがらない厄介事を押し付けられる損な役職である。基本的に王の補佐を押し付けられ、有事の際は責任と意見を求められる。


 弱冠十二歳で騎士団入団から十八歳でドレイズ王の命により参謀に抜擢(実力ではなく、ドレイズ王の好みだった。が、騎士としての実力は十二分)


 それから五年間、苦労の絶えない参謀生活を、感情を殺しながら過ごしてきた。そのせいで入団当時の輝いていた目から光は消え、死んだ魚のような目になった。


「はい。王は懸命に執務を熟されています」


「だよね、だよね。じゃあさ、ほらさ、ご褒美があってもいいんじゃなかろうか?」


 思ってもいないお世辞で喜ぶ王を見て、王に聞こえないように小さくため息をついてから答えた。


「彼女を呼びますか?」


「呼んでくれ!」


「了解致しました」


 バンキッシュは自身の耳に手を当て、右耳に取り付けてある魔遺物に魔力を注ぐ。


『ハイハーイ。皆のアイドル、ユララちゃん☆だよ~。バンキッシュちゃん◇何の用?』


「王がお呼びです」


 ユララと名乗る甲高く甘ったるい声が、バンキッシュの耳に聞こえたのを確認すると、対称的な低めで冷たい声で答えた。


『オッケーオッケー直ぐ行く。あ、そうそう。バンキッシュちゃん◇。報告しておきたいことがあるの』


「通話では駄目ですか?」


『見た方が良い「よっ!と、』とうちゃーく」


 私室の扉を力強く開け放って、ピンク色の髪にくるくると巻いたツインテール。


 歳に見合わない童顔の上に自称ナチュラルメイクを施して、特注品で、規定違反の騎士団制服を着用したユララ・マックス・ドゥ・ラインハルトが現れた。


 年齢は不詳だが、バンキッシュよりも先に入団していたのは周知の事実。


「おぉユララちゃん。今日も目元、口元のほくろがセクシー!さ、さ、入って入って」


「王様ぁ×、ユララちゃん☆ちょぉっとお話があるから、準備して待っていてね。出来るかな?」


「出来る出来る!わし、準備して待っているよ」


 そう言ってドレイズ王は服を脱ぎ始めた。

 バンキッシュとユララは私室から出て、扉を閉める。


「さっき観測されたの、バンキッシュちゃん◇の指示待ちだよ」


 ユララが見せたのはメラディシアン王国全体を把握できる魔力感知魔遺物の端末機である魔遺物。そこには小国を堕としかねない兵器ほどの魔遺物の魔力が隠者の森の中に映し出されていた。


 死んでいた目がより一層黒を濃くする。


 バンキッシュは考えた。

 このままこの魔遺物がメラディシアン王国で使われた場合、王の判断とは。


 ドレイズ王ならばまず自分の身を一番に考えるだろう。で、下す決断が隠者の森を燃やし尽くすという判断。


 即位してから、臭い奴らがいる。有益な場所じゃない。等と難癖つけながら燃やそうとしていた。隠者の森は燃やすべきではないと、バンキッシュはその行いを諫め、止めていた。


 しかし、この情報を見れば、その意志はより堅固になるだろう。広大な森を燃やして出る被害の責任は必ずして自分に返ってくる。それは避けたい。


「貴方の部隊をお借りしても、よろしいですか?」


「えー、どうしよっかなぁ。正直ぃ、ユララちゃん☆が行きたいんだよね。面白そうじゃん。バンキッシュちゃん◇変わってよ~」


 今からドレイズ王の相手をしろと言われても無言。


 冗談も程々にしろよ年増。と、目で語るだけだった。


 あざとく上目遣いでお願いしていたユララはニコリと笑いなおす。


「冗談だよぉ~、笑顔、大事だぞ。部隊は貸すけど、現場でバンキッシュちゃん◇の命令、聞かないよ?」


「事前命令して貰えれば、それで構いません」


「へぇ~そっかぁ。どういう命令しとけばいいかな?」


 ユララはバンキッシュの思考を理解したかのような物言いで、顎に一指し指を置いた。


「穏便に、そして正確に、この魔力元を確保との命令でお願いします」


「オッケー、でも貸すのは二人だけね。城門前で待たしておくから、後はよろしくぅ」


 そう言い残すとユララは私室の中へと戻っていく。

 開閉する扉の奥には下着一丁で涎掛けを首に巻いたドレイズ王が視界に映った。


 バンキッシュは直ぐに記憶から消すように努め、閉まった扉に舌打ちをしてから白い手袋型魔力放出魔遺物を締め直し、城門へと向かうのであった。



   _________________________________________________________




 スキンヘッドを光らせて、ドズ・ズールは帰還した斥候の報告を、頬杖をつきながら静かに聞いていた。


 突然現れた強大な魔力反応を調査する為に部落の中でも斥候に向いている人選をして向かわせた。 一瞬ガラルドの策略かと思いが過ったが、日和見なガラルドが、こんな兵器じみた魔遺物を使うわけがなく、協定事は必ず守る性格の人間なので、ガラルドでは無いと除外した。


 隠者の森にはドズ・ズール率いる東側から中央までを制圧しているヨーグジャ部族。


 王都近辺に住まうガラルド集落や、王都のゴミを肖ってくらす廃品回収隠者集団。


 西、南側は未だに魔窟化しており、魔物や獣が沢山いて手が付けられない状態であった。


 ガラルドは天才だ。だが魔遺物を有効的に使うのは愚図以下と言える。だから奴の集落から若者は消える。隠者の森にある魔遺物は宝の山だ。それを手に付けず、指くわえてみておけなんて、隠者の風上にもおけない。


 ヨーグジャの部族は拡大し、拡張し、王都外の街並みの人口になり、武力もそれなりに備えており、メラディシアン王都から観れば、王国に属しない小国が真横にある状態であった。


 更には遺物協会の庇護下にあるので、手を出すのはリスクが高すぎるため、放置状態。経費を使い込んだ隠者だけを処刑すべきだった。前王が残した言葉である。 


 慌ただしく戻ってきた一人の斥候は錯乱状態で、他の奴らは全員死んだとのたうっていたが、数時間後に一人以外ピンピンして帰ってきた。


 その三人の内の一人、ユジャは魔力反応の元凶である化け物染みた男と話をしたようだ。


 男の名はリヴェン。リヴェン曰く、自分は魔遺物を体内に取り入れた人間であり、この森には最近来た。今回は自分の不注意であり、謝罪する。これからは何かあれば自分が対応する。ガラルド達は関係ない。との事。


 リヴェンの容姿は二十代。清潔感はあり。フード付きのローブを着用しており、そのローブにほつれ等も無し。一見は好感の持てる青年であるが、言葉を話せば人を苛立たせる天才。


 そんなリヴェンとユジャ達は戦闘を行い、数の有利があるにも関わらず、男にボコボコにされた。ボコボコにされた割には全員元気だ。


 死んだ。なんて言葉が出てくるのが不思議だったが、ユジャの思いもよらない発言にドズ・ファンは腰を上げた。


 人間を回復させた。それは魔術と言った類ではなく、魔力を直接使っていたように見えた。


 魔術なんて高尚なものを持っているなら、王都内にいるはずだ。隣国からやってきたって言うなら話は別だが、この魔遺物が飛躍的に普及された時代で、そんな時代遅れの術を使っている奴らは馬鹿共しかいない。


 ならばそれは遺物の力。それも希少価値が最も高い遺物の一つ。

 そんな代物を持つのは中央遺物協会の特級協会員くらいだ。遺物博物館に展示されるレベルの代物。

 それが、この隠者の森にある。


 知っているのはガラルド等と、ここを拠点としている人間達だけ。王国騎士団、または中央遺物協会、はたまたは魔術教会、隣国の奴らから唾つけられる前に俺達が奪取しないとな。


 人間離れしているなら丁度いい、試したい魔遺物もあったからな。


 初めに戻った斥候を仕置き部屋に入れるように指示をしてから、ユジャ達を労い、ドズ・ズールは所有している魔遺物の開発所へと入って行く。


 そして研究途中の装具型魔遺物を手に取った。

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