8:戦闘開始

 洞窟内に俺の声が二重三重と響き渡る。


 これくらいの声量ならば聞こえているだろう。


 常時魔力感知、位置探知、熱探知を使っておこう。


 探知している画面を頭の中で眺めていると、四人の内、一人が動き出した。


 それと同時に魔力感知で大きな魔力を感じた。


 なにかの魔遺物を起動したってことか。


 動いた反応は洞窟の入り口にやってくる。


 望遠を発動して入口まで視界を伸ばす。男。それも若い。


 逆光でよく見えないが、二十代前半か。


 ボサボサの髪の毛に、細身の身体。手には赤く光る斧を持っていた。


 武装しているが、戦士や軍人の見た目ではない。好戦的な廃品回収隠者と見ておく。


「な、なにを言っているんです!リヴェンさん!リヴェンさん!?」


 まだ後ろのイリヤは騒がしかった。


 男は俺の前まで警戒した足取りでやってきた。


 仄かな明かりがあるこの場所で、ようやく男の顔をハッキリと観察できた。


 飢えるような目。しかし顔に覇気は無い。


 イリヤや他の廃品回収隠者のようにみすぼらしい服。


 黒い手袋をして、その手には斧が握られている。


 あの手袋がイリヤの言っていたものとみて間違いないな。


「ごきげんよう。要件を聞こうか」


 余裕のある態度で対応する。


 イリヤは誰かの気配を感じたのか静かになった。空気の読めるお利口さんは好きだぞ。


「挨拶はしない。質問がある。お前は何者だ」


 こっちは下手に出ているのに無礼な奴である。


 お前は何者だ、とは哲学的な問いかけではなく、単純に俺がどこのどいつだって質問だ。


 大凡、魔力探知系の魔遺物でも持っていて、俺が魔力を吸収しているのを魔遺物で確認して警戒していた。ってところだろうか。


「俺は魔遺物を体に宿した男、名前はリヴェン」


 とりあえず魔族とイリヤ以外にはゾディアック性は名乗らないようにしておこう。


 その方がスムーズに話が進む。


「貴様っ!ふざけているのか!」


 何故か男の琴線に触れたらしい、鬼のような形相になって怒鳴られた。


 魔遺物を体内に宿していたら駄目だって言うのかよ、差別だぞ、差別。


 そういうのはよろしくない。


「俺は賢いからな。そんなのはちょちょいのちょいだ。なんなら証拠を見せるぞ」


 俺の言葉を男は興奮しながら、黙って聞いていた。


 すると外にいた三つの反応が洞窟の入り口へと動き出した。こりゃ戦闘態勢だな。


 仕方ない、煽るだけ煽って、相手から手を出させた既成事実を作るか。


 まぁ既に怒り心頭っぽいから、逆鱗を撫でる程度にしておこう。


「あ、これってもしかして新人潰し?やめてよねぇ、これだから悪知恵だけ働く人は」


 はぁ、とため息をついて言うと、男が沈黙を貫いたまま俺に向かって斧を振りかぶって駆けてくる。


 最近の若い者は我慢ってもんを知らないのか。手を上げたら、お終いでしょうに。


 既成事実も作ったので男の攻撃に対応する。


 魔力吸収。


 魔力吸収を使って斧を魔遺物に戻して終わりと思ったけど、斧は形状を変えずに襲い掛かる。


 接続解除。


『接続。解除』


 たん、と床を踏んで男が振り下ろすよりも先に斧の間合いに入る。


 そして斧の柄を掴んで攻撃を止めた。


「なっ!」


 余りにも突然の出来事に男は目を白黒させている。


 斧を握っていると、持っていた斧が小さな柄へと戻り、手から抜けた。


 赤く光っていた手袋の光は次第に薄くなっていく。


 ふむふむ、予定外だったけど、面白い結果だ。


 男は距離を取った。そこへ仲間であろう三人が合流する。


 これまた細身で細長い槍を持った男に、バンダナを巻いて短剣を持つ中肉の男。


 奥には望遠を起動した背筋がピンとした、弓を構えた男。


 それぞれ俺に敵意を向けていた。


「俺は穏便に話したい。粉かけてきたのはそっちだ。話が通じるなら話をしようじゃないか」


 そう言っても話を聞いてくれる雰囲気ではなかった。血気盛ん過ぎる。


 俺みたいに何事にも冷静にならなきゃな、動じない心って大事だよ。そうすれば何事も円滑に進むってもんだよ。あいつの下に就いて、冷静では円滑に進んだ試しないけど。


 弓を構えている男が矢を放った。


 玉座に当たって玉座が壊れるのも最悪だし、イリヤの奇跡スキルが発動するのも最悪。矢からは魔力を感じるけど、全部が魔力って訳じゃなさそうだ。これは避けたくても避けられない。


 蛇腹剣顕現。


 手から柄が生成されて、それを握ると刀身が現れた。


 剣の扱いは得意じゃないけど、飛んできていた蛇腹剣で撃ち落とす。


 そのままの勢いで伸ばし、バンダナ男の短剣を弾こうとするも、細長い槍持ち男に蛇腹剣を払われた。


 魔遺物同士では力負けするのか。

 これは出力が悪いと考えていいのだろうか?


 弓持ちの二回目の攻撃。

 今度は矢を二本同時に放ってきた。


 その攻撃と同時にバンダナ男が突っ込んでくる。


 蛇腹剣でまず矢を落とす。


 伸びた蛇腹剣を引いて、バンダナ男が攻撃できない様に、誘導攻撃を仕掛けるも、短剣で蛇腹剣を巻き取り、俺の攻撃の手を封じ、してやったとのニヤリ笑顔を見せつける。


 そのバンダナ男の背後に隠れて詰めて来ていた斧持ちの男が、バンダナ男の肩を踏んで、飛び込みで斧を振り下ろす。


 手慣れた連係攻撃だ。


 これ、相手を傷つけず穏便に事を済ますの無理だな。


 うん。しょうがない。こいつらが悪い。


「え?」


 蛇腹剣を力一杯引くと、唖然とした声をその場に残して、バンダナ男の身体が宙に浮き、斧の男よりも先に俺の前にやってくる。


 バンダナ男の腹を足裏で蹴ると、ぐにっとした感触後、弓持ちの男へと吹っ飛んで行く。


 三回目の攻撃準備をしていた弓持ちの男は、猛スピードで飛んできたバンダナ男を避け切れずにぶつかり、二人共吹き飛んで泉の中に水柱を立てて落ちた。


 戻ってきた蛇腹剣で空中にいる斧持ちの男を巻き付ける。


 巻き付いている部分で傷つくけど自業自得だ。


 腕を振り下ろして、そのまま地面へ尻から地面に落ちて悶絶した。


 骨折してなきゃいいな。


「お、お助けー!」


 残った槍持ちの男に視線を向けると、槍を落として我先に逃げて行った。


 薄情者め。だが人間らしいぞ。


 悶絶している奴に金的をして更に悶絶させる。


 その間に泉に落ちた二人を回収しにいく。


 バンダナ男の腹は凹み紫色の足跡の痣が出来、気絶していた。


 弓持ちの男は水と共に血を吐いていて、瞳孔が開いている。


 この二人が重症だな。


 玉座の前に三人蛇腹剣で纏めて縛ってから、玉座に座る。


『接続。完了。お疲れさまでした、ご主人』


 疲労感はないな。


 こいつら、特にバンダナ男の腹と、弓持ち男の傷を治す合計消費量はどれくらい?


『検証。結果。提示。解答。二分三十三秒です』


 そんなに使わないんだな。じゃあ治してやるか。


 魔分子修復を使って二人を治してやると、苦しんでいた表情が和らいでいく。


 斧持ち悶絶男には勉強代として、痛みを差し上げよう。


 さて、こいつらどうしたものかな。


 イリヤの言っていた好戦的な廃品回収隠者っぽいが、話を聞こうにも三人共話せる状況じゃない。


 槍持ちの男を追うのもな、玉座とイリヤを残してここを離れるのは、もうリスクがある。


 あ、イリヤの事を忘れていた。


 岩の中に指を差し込んでから掴み、抜き取る様に壊していく。


 イリヤは三角座りで膝に顔を埋めていた。


 光を受けたことにより、眩しそうに目を細めて、赤くなった目で俺を捉えた。


「どうして酷い事するんですか・・・」


「イリヤを守るためだぜ!」


 雰囲気最悪なので、おちゃらけながら手を伸ばしてやると、目に溜まった涙を拭ってから無視して壁の中から出てきた。


「この人達。ヨーグジャ近辺の廃品回収隠者さん達です」


「話し合おうと思ったのに、襲ってきたんだけども、沸点低くない?」


「体内に魔遺物を宿しているって、禁忌ですから。大半の人間は怒りますよ」


「マジ?」


「大真面目です。ガラ爺達が寛容なだけです」


 やらかした!しかし後には引けないやらかし。


 もう禁忌を犯した奴としたレッテルを張られて生きて行こう。


 言わなきゃバレないし、魔族とバレる方がマズい。


「あの、ありがとうございます」


 状況を理解してくれたようで、俺とは反対の方へ視線を向けながら、照れ臭そうに言われた。


「約束だからね」


「で、でも、私、真っ暗闇が嫌いなんです。今度から同じことをする場合は明かりをくださいね。これも約束ですよ」


「はいはい、約束約束」


 真っ暗闇は誰だって怖いし御尤も。


 今度が無ければいいのだけど、あるのだろうなぁ。


「ぐっ、お前、本当に何者だ、人間か」


 痛みが引いてきたのか、股間と臀部を押さえながら斧持ちの男が話しかけてきた。


「えぇ~うそ~隠者なら自分で考えるのが性じゃないのぉ?それとも答え待ちしないと、結論を導けないわけ~?」


 煽ると、イリヤに足を踏まれた。痛くない。


 斧持ちの男は歯を剥き出しにして怒っている。


「尤もらしいことを言っただけだろ」


「一々煽る必要はないですよ――」


 斧持ち男には聞こえない程度の会話。


「あのぉ、どうしてここへ?私達は争わない、そう決めましたよね?」


 そんな協定があるのかと感心する。


 斧持ち男は「けっ」と言ってから。


「お前達がそこにある意味不明な魔遺物を起動するからだろ」


 俺の事?と思ったけど、男の視線は玉座。


 俺は男の中では人間判定ってことでよろしいね。


「起動しただけで斥候を放つものなの?」


「はぁ!こんな莫大な魔力反応出しておいて危惧するなって言うのかよ!」


 腕に傷をつけながらも、興奮した様子で男はポケットの中から中型の魔力感知魔遺物を床に出してから、俺達の方へと蹴った。


 イリヤはそれを拾って、目を丸くさせた。


 俺も覗き込む。


 そこには魔力感知魔遺物の半分を占める大きさの点が映し出されていた。


 左上に無数に小さくあるのが王都だとすると、その小さな点の約百倍の大きさ。


 どゆこと!?これが玉座の魔力!?


『解答。それは私の魔力でもあり、ご主人の魔力でもあります』


 俺達が接続していると、こんなにも莫大な魔力反応になるのか。


 辺りの魔力反応見えないじゃん。


 俺は自分の魔力を感知できない。


 だから俺の魔力が混ざっているお前の魔力を感知できない。


 こんなことになっているのは知らなかった。


 これ言い訳になるかな?


『返答。なります。しかし』


 言うのは得策じゃない。だろ。ご忠告どうも。


「あぁ、これは、そうだね。俺のせいだね。俺、ここに来て間もないからこういう魔遺物持ってないんだよね」


 イリヤが説明してくださいとの表情で俺を見ていたので説明する。


 いやイリヤが俺を復活させたんだからな。


 イリヤちゃんにも責任あるからね。


「ふざけたことばかり言いやがって!とりあえず起動を停止しろ!仕事にならねぇんだよ!」


 駄目だ、目の敵にされているから、作り笑顔で話しても場の雰囲気は和まない。


 和ませる気はそこまでないけど。


 あいつはああ言っているが、起動停止なんてしたくない。


 しかし、このままでは話が纏まらないし、面倒事を引き連れてきそうだ。


 どうすれば魔力を押さえられる?


『解答。接続解除後、接続を完了するまで消費魔力を低減する、休眠状態を行えます』


 スリープモード搭載してんのお前。


 大事な事じゃん!接続解除している間お前何もしないじゃん!


 魔力無駄遣いじゃん!


 節約って大事じゃん!?


 はい、返答無し!


「わかった。この魔遺物に関しては俺に非がある。すまないな。もうちょっとしたら、押さえるから待ってほしい。あぁ後イリヤ達は全く関係ない。何か言いたいこと、用事があるなら俺に言って。もう一度言うぞ、イリヤ達は関係ない。俺に、言え」


 威圧して言うと、反論しようとしていた斧持ち男は怯んで口を噤んだ。


 そして怯えるように頷いた。


「言葉に出してくれると嬉しいんだが?」


「わ、わかった。これからはそうする」


「うむ。よろしい。じゃ、君達を解放するから、ここから出て行ってくれ。俺は本来争う気はない。手を出されたら、手を出し返すだけだから。そこのところ、よろしく」


 蛇腹剣を解いて男たちを解放する。


 斧持ち男はバンダナ男の頬を叩いて起こし、寝惚けているバンダナ男は弓持ち男を担いで洞窟を後にした。


 俺の言ったことを理解してくれていればいいんだけど。


 これで解決だよな。解決!一件落着!


「よし。じゃあイリヤ、王都に行くぞ!」

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