5:集落へ到着

 イリヤの指に従い、森の中を二分程イリヤに配慮して走ったところで、イリヤの住まう集落らしきものが見えてきた。


「あれがそうか?」


 今にも吐きそうな小さな声で「そです」と聞こえた。


 イリヤの酔いが醒めるのを待った方が怪しまれないと思うのだが、まぁ口八丁でなんとかなるだろう。


 イリヤが言うに、良い人間らしいからな。


 歩みを緩めながら集落を観察する。


 集落は蔓のような素材で作られたフェンスに囲まれているようだ。


 防御面としては疎かに見えるが、これが限界なのだろう。


 入口は大きな丸太型の杭が横並びになった扉で塞がれており、その杭の上には黒く半球体が三つ程ついていた。


 対応窓みたいなのもないので、そのまま扉へと近づく。


 すると、黒い半球体の表面がパカリと開き、中から銃口のような物体が現れた。


 それらが俺に狙いを定めるように向き、口内が熱を帯びたように赤く光っていく。


 あぁ、これはマズい。


 危険を察知して俺は後ろへと飛び退く。


 その瞬間に俺のいた場所に赤い光弾が放たれた。


 光弾は着弾すると爆発音と共に地面に弾け飛んだ。


 飛び退いた後にしまった!と後悔する。


「あれも魔遺物か?」


「そです・・・あの・・・おろ」


 だったらあの光弾は魔力で出来ているはずだから吸収しておけばよかった。


 まぁ結果論だ、初見の攻撃は避けるに限る。


 それよりもイリヤの変な語尾が気になった。


「おろ?降ろすのは駄目だ、危ないだろ」


「ちが、おろ・・・おえっ」


 吐いた。


 吐いたのはいいのだけど、氷のような固形物がポトリと落ちただけだった。


 それでも肩で息をして、しんどそうなので空いている手で背中を擦ってやる。


 下に落ちた固形物に気を取られていると、空気の読めない魔遺物が次弾を俺へと発射する。


 魔力吸収。


 光弾は着弾する前に俺の前から消え失せる。


 うん、この程度の魔力なら吸収できるんだな。今のでどれくらい吸収したんだ?


「・・・」


 しばらく待ってみても返答はなかった。


 もしかしてあのチューブで接続していないと玉座とは話せないのか?


 だとすれば、さっさと用を済ませて帰らないとな。


「酷いです。乙女に嘔吐させるなんて常識知らずですよ」


 落ち着いて楽になったのか、口から垂れていた胃液か涎かわからない液体を拭いてから、涙目で叱られた。


「いや嘔吐って言っても、何、これ」


 光弾を吸収しながら、足元にある固形物に目線を落とす。


「乙女の口から言わせないでください」


「乙女の口から出てきたんだけど?」


「バカ!」


 今度は膝で腹を蹴られる。痛くない。


「奇跡スキルでそうなったんです。だっていくらリヴェンさんが魔遺物だったとしても、その、見られたくないですし・・・」


 最後の方になるほど声が小さくて聞こえにくかった。


 つまり人前で吐いて、それを見られるのが恥ずかしかった。当たり前の感覚だな。


 俺はよく限界まで酒を飲まされて吐いていたから、そんな羞恥心はもうどこかへ消えている。


 奇跡スキルでこんな事になるものなのか?


 吐しゃ物になるものが固形物になって凝縮されて出てくるのは・・・まぁ・・・奇跡だな。


「俺は本当に気にしないからな」


「私が気にするんです!」


 とかなんとかやり取りをしていると、光弾は飛んでこなくなった。


 魔遺物は銃口をしまって黒い半球体に戻っていた。


「あぁ!防衛用魔遺物の魔力を吸っちゃたんですか!」


「避けたら勿体ないだろ。動力源だし」


「なんてことを・・・あれじゃあ悪い人たちから身を守れないじゃないですか」


 頭が痛いのか額を押さえてイリヤ呟いた。


「だって攻撃してくるから」


「だっても何も私を降ろしてくれたら、何事もなく顔認識で入れたんですよ!」


「へぇそうなのか結構高性能なんだな。ま、起こったことは仕方ないだろ、そう怒るな」


 そう言うと冷めた目で見られた。


 にしても顔認識できる遺物もあるのか、俺がいた現代世界寄りに世界は進化したのか?


 三百年だもんなぁ、俺みたいな凡愚の想像を超える遺物は代物があるんだろう。


 それらを見るも少し楽しみでもある。


「イリヤ!大丈夫か!今助けてやるからな!」


 しゃがれた野太い声が扉の裏から聞こえた。


 敵意剥き出しって感じなので、穏便にすまそうと思う。


「あ、大丈夫だよ~、私この人に捕まっている訳じゃないから~」


 イリヤを降ろすと俺と話す時とは全く違う話し方で声にこたえた。


 俺は降参の意を込めて両手を上げる。


「イリヤだけこちらへ来なさい!早く!」


 切迫している声だ。


 イリヤは俺に目で語る。大人しくしていろ、と。


 頷くとイリヤは言われた通りに扉の前へと移動する。


 歯車のようなものが回る音と共に扉が少しだけ開いて、その開いた隙間から白く長い髭を生やした皺くちゃな顔が特徴的な爺さんが顔を覗かせた。


 手には武器として使用するのか、マチェットが握られていた。


 隠者にしては武闘派なのかな?


 何やら二人が小声で会話しているが、聞き取れない。


 魔力を結構吸収したから、それなりに行動時間は増えたはずだろうが、早く用事を済ましたい心持ちは変わらない。


「あのー、そろそろ手を降ろしてもいい?疲れてきた」


「駄目だ!貴様があいつらの仲間じゃない事を証明しろ!」


 証明と言われても、物的証明はできないしな。


 イリヤとの仲良し度でも証明するか。


「イリヤの秘密を知っている」


「んなっ!」


 誰にも言うなと言われた秘密。


 俺なんかに話すのだ、親密そうな爺さんに話していない訳がない。


「嘘だな。どんな秘密か言ってみろ」


「イリヤの許可がいるかな」


 流石に本人が目の前にいるし、許可も取れる状況なので、許可を求める。


 読みは当たったようで、イリヤは小さく頷いた。


「イリヤは奇跡スキルを持っている」


 宣誓するように告げると、爺さんはイリヤを一瞥してから俺に鋭い目つきを向けた。


「早く来い」


 その言葉を聞いて、やっと俺は手を降ろせた。


 扉の前まで歩いて行くと、イリヤは小さな隙間を潜って中へと入って行った。


 俺も倣って這って入る。


 どうやらこの扉と網は一つ目の防御網のようで、潜った先には扉の上にあるのと同じ防衛目的の魔遺物が、俺を狙っていた。


 扉は一人でに閉まった。


 魔遺物って結構普及しているんだな。


 魔族の一部なんだろ?あんまり考えたくないが、魔族の腕からできたとかも考えられるよな。


 やはり魔族を探すに当たっては魔遺物の事をもっと調べた方が良さそうだ。


 ピリピリとした空気の中会話は一切なしで歩いていると、石でできた壁が見えてきた。


 この壁はかなり堅固なつくりで、侵入を妨げるのに最高だろう。


 壁の上に鉄条網が巻いてある。鉄と言うより、蔦なのだけども。


 爺さんは壁に手を当てて押し込むと、壁の一部がガコンと音を鳴らした。


 すると壁が動き始めて集落の中へと誘う入口に変化した。


 すごいな!こういうギミック大好き。


 集落の中はこじんまりとしていた。


 家と呼べそうなのは一軒くらいで、その家も年季の入った木造建築で、大きな振動で崩れそうな脆さが見て取れた。


 後は見張り台と、魔遺物が沢山置いてある作業場のような場所。


 それらの施設に老婆、老人、老人と、それぞれ人がいて、俺を警戒した目で見つめていた。


 平均年齢が高いな。


「そこで待て」


 爺さんにそう言われて、素直にその場で立ち止まる。


 爺さんはそのままイリヤを連れて家の奥へと行き、老婆を加えてまたイリヤと何やら話し込んでいた。


 イリヤの表情を見るに、イリヤは叱られているようだ。


 知らない男の人連れてきたんだもんな、そりゃあ叱られるよな。


 作業場にいた髪のない老人が手に工具用ハンマーを持って俺の方へと近寄ってくる。


 この老人は右目に傷があり、右目は開かないようだった。


 その残った左目で俺をギョロッとした目で観察する。


 背中のチューブがついていた場所を見られると面倒なので、俺はその場で屈んだ。


 突然の行動に怯むことなく、じろじろと観察を続けられる。


 屈んだせいで見下されているのが不満だが致し方ない。


 対抗するわけではないが、俺も老人を観察する。


 老人の割には背筋が伸びている。


 ただ背はイリヤより少し大きいくらいで、人族の男性としては小さい。


 ゴツゴツとした手は痣や古い傷だらけで歴史を感じる。


 腕や身体はゆったりとした服で隠れているが、脚は老人のものとは思えない程に太く、皺よりも筋肉が目立つことから、上半身もこれと同じだろうと想像するには容易い。


 首にも一線傷跡があり、その上にある御顔の肌は汚れている。大きめの唇に団子のような鼻、無精髭を口の周りに生やし、眉は無いが、常に眉間に皺を寄せて鋭い眼で瞳に映るものを射抜いている。


 そして毛髪は一切ない。


 いかつい老人だ。これで隠者って言うんだからな。この世界怖い。


 見た目の情報は引き出せたので、会話でもするか。


「こんにちは」


 得意の作り笑顔で老人に挨拶するも、無反応だった。


「いい天気ですね」


 他愛ない会話の筆頭である言葉を言うも、やはり無反応だった。


「イリヤの友達なんですよ」


 警戒心を解いてもらうために事実を言うも、無反応。


 無視とかではなく、無反応。


 ずっと俺を観察するように腕を組んで見ているだけ。


「ベランは喋らんよ」


 心が穏やかな俺は無視程度では動じないので見つめ合っていると、上の方から声がした。声のした方を向くと、見張り台にいた老人が降り終えているところだった。


 俺はその老人も観察する。


 この老人は先の老人よりも腕や身体は細く、老人といえば、老人らしい老人だった。


 先の老人と区別をつけるなら、白髪ではなく黒髪で短髪、煤や埃、汚れなどは顔になく、清潔感があった。額にはゴーグルのようなものを着けていて、近くで見れば、老人と言うよりも初老のようだ。


「気難しい?」


「まぁ気難しい性格ではあるな」


 こちらの初老は会話をしてくれるようだった。


 ただ、手に指輪型の魔遺物であろう物が複数嵌めてあった。


 ひしひしと魔力が感じるよ。いつでも起動できる準備は万端らしい。


「声が出せないんだね」


「・・・そうだ」


 初老の目が少しだけ開いた。


 ムキムキ老人の眉間の皺が一層濃くなった。


「どうしてわかった?」


「うん。まぁ色々と傷だらけだし、その傷が刃物による傷なのは見たらわかるでしょ。それでこのご老人の首にある傷はかなり深いし、治療した跡もある。あとは貴方が言った事と合わせて考えれば、このご老人は喋ることができないって結論に至った」


 説明すると二人は顔を見合わせた。


 まだ蟠りも解けていないのに調子に乗って説明しない方が良かったか?


「お前さん、目聡いね。イリヤもそうやって騙したのか?」


「イリヤとは友達。俺はね、イリヤと約束したんだよ」


「約束?脅迫とかじゃないのか?」


 脅迫だったらここに入った時点で襲っている。


 この初老はそれを理解して、ワザと俺に訊ねている。


「俺はイリヤを様々な脅威から守る。それが約束」


 イリヤの魔遺物を貰ったら。の話だけど。


 イリヤも奇跡スキルで自分に降りかかる脅威は防げるだろう。


 しかし、ここにいる集落の人間達はどうだろうか?


 それも含めて、俺はイリヤの脅威となるものから守ると約束したのだ。


 初老の目を見続けながら、返ってくる言葉を待つ。


「いいね」


 初老はそう言うと頬を緩めた。


「俺の名前はダント。こっちの不愛想はベラン」


 ダントが自己紹介すると、ベランは不服そうに鼻をふんと鳴らした。


 とりあえずダントには認められたってことか?


「俺はリヴェン、よろしく」


 手を差し出すも、ダントは握手してくれなかった。勿論ベランも。


 接触はまだ無理か。


 差し出した手を戻すと、家の方から爺さんとイリヤが戻ってきた。


 老婆は心配そうに家の入口から距離を取って見つめていた。


「なぁガラルド、こいつは敵じゃねぇ。少なくとも、今はな」


 ダントが白い髭が特徴的なガラルドと呼ばれた爺さんに言うも。


「それは俺が決める事だ」


 と、突っぱねた。そしてキッと俺に目線を向ける。


「お前のその力、どうやって手に入れた」


 その力、と言うのは魔力吸収の事を指していると思っていいんだよな。


 素直に魔遺物を食べて会得しました。とは言えない。


 イリヤは俯いたままだし、これはまた試されているな。


「俺は魔遺物の力を吸収し、使用できる魔遺物を持っている」


 俺自身の事なので嘘ではない。だから堂々と言える。


「そんな魔遺物があるなら見てみたいもんだな」


 ベランがうんうんと頷く。


 ダントも興味深い顔をして俺の返答を待っている。


「力を見せる事は出来るけど、魔遺物を見せる事は出来ない。だって俺の中にあるし」


 イリヤが驚いて顔を上げた。


「どういうことだ?」


 三人共が怪訝な顔をする。


「俺は頭がいい。なのでその魔遺物を体の中に埋め込んで、その力を発揮できるようにした。どう?凄いでしょ?」


 三人だけではなく、事情も知っているイリヤも含めてドヤ顔で言う。一辺の曇りもなく言った方が信憑性が上がるのは四天王達で実証済み。


 するとガラルドと呼ばれた爺さんではなく、ダントが俺の前までやってきて、ゴーグルをかけた。


「それが嘘ならあんたは魔遺物をどこかに隠している。口開けてみろ」


 ダントに従って口を開ける。綺麗な口内だろう?と尋ねてあげたい。


「で、本当ならばあんたは阿保で、前人が成し得なかった偉業を成し得たって事になるな」


 ゴーグルを外してガラルドと目を合わせ、二度ほど小さく頷いた。


「イリヤ。お前の客だ。お前が相手しなさい。俺は作業に戻る。面倒事はもうコリゴリだ」


 そう言い残すとガラルドは家の中に消えて行った。


 認めてもらえたってことで良いのかな?


「俺はあんたを歓迎するよ。歓迎ついでにあんたの身体を調べさせてくれよ」


「歓迎してくれるのは有難いけど、調べられるのは嫌だ。ダントもお尻の穴を観察されるのは嫌だろ」


「必要と感じれば観察して貰っても構わないがね」


 下品な事を言ってたじろがせたかったが、食い下がってくるか。


「ほらダントもベラン爺も退いて。私の友達なんだからね」


 未だに凝視してくるベランとダントを頑張って押しのけてイリヤは俺を庇う。


 あまり会話するとボロが出ると判断したのか?それとも俺がダントに言い負かされると思ったのか?それだったら心外である。


「おぉ怖い怖い。お姫様がお怒りだ」


「もう!」


 冷やかす様に言葉を残してダントは集落の奥の方へと歩いて行った。


 ベランはまだ俺を見ていた。


 声が出せないからだけど、見た目と相まって威圧感が凄いんだよな。


「ほらベラン爺も。大丈夫だってば」


 イリヤがベランを諭すと、ようやくベランはふんと鼻息を大きく鳴らしてから、作業場へと戻っていった。


「こっちです」


 イリヤはダントが歩いて行った方へと歩みを進める。


 俺は心配そうに見ている老婆に笑顔で手を振ってから、後を歩いて行く。

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