4:外出許可

「なぁイリヤ頼みごとがあるんだが」


「外に出るのは駄目ですよ」


「外には出ない」


 まだ、な。


「外に出ないなら。なんですか?」


「イリヤの魔遺物を全部くれ」


 昔四天王達に取り入る為にやっていた営業スマイルばりの笑顔で俺は言い放つ。


「やですよ!なんであげなきゃいけないんですか!まず説明を求めます!」


 段階をぶっ飛ばして、いきなり確信を攻めてみたが、予想通りの超が付くほどの拒絶。


 しかし説明を求める辺り、押せば要求は呑んでくれそうな雰囲気だ。


「それは高価な物か?複数持っているか?」


 イリヤが手に持つ魔遺物を指差す。


「これはそこまで高価なものじゃないですし、後三つ持っていますけど、あんまり落ちてこないんです。それで色々と使い勝手が良いので結構競争率が高い代物なんです」


「あぁ。そう。ちょっと貸してくれないか。大丈夫だ、壊したりはしない」


 手を差し出すと嫌な顔をされたが、渋々イリヤは近づいてきて、俺の差し出した掌の上に魔遺物を置いた。


「絶対に壊さないでくださいね。壊したら弁償してもら――え?」


 俺はそれを観察するように上へとかざす振りをしてから、そのまま大口を開けて、その魔遺物を丸呑みした。


 一瞬した味は土臭さと、しょっぱさ。しょっぱさは手汗か?


「ななな何してるんですか!食べちゃダメですよ!」


「食べてない。呑んだ」


「壊さないって約束じゃないですか!」


「壊したりはしていない。呑んだ」


 詭弁で対応しているとイリヤの目に涙が溜まってきた。


「うわーん。リヴェンさんの馬鹿!阿保!間抜け!椅子と喋る変人!」


 泣きながら大した威力もない可愛らしい手でポカポカと俺の胸を叩いてくる。


 最後のだけ心にくるからやめろ。


 ポカポカと殴り疲れるまで黙って殴られてやる。それが騙したせめてもの償いだ。


 イリヤの手が疲れてきたのか次第に遅くなり、最終的には脚が崩れてぺたりと尻をつけた。


「泣き終わったか?」


 そう訊くも、まだ「ひっぐ」「えっぐ」と言っていた。


「すまないとは思っているが、俺にも事情があるんだよ」


 イリヤは俯いたままだ。


 まぁ俺も当時スキルを奪われたりしたら癇癪を起すだろうな。


 奪った相手が同族なら嫌がらせ、敵ならば殺す。そうされないだけ有難いな。


「俺は遺物を取り込むことが出来るんだよ。んで、取り込んだ遺物を使うことが出来る」


 ん?どうやって使えばいいんだ?


『解答。スキル名を唱えるだけで使用可能』


 俺にスキルは二つしかないんだろ?


『抽出。完了。スキル魔力吸収を会得しました』


 そういう風に遺物を吸収するのね。


 なぁ、食べた遺物はどうなるんだ?


『解答。体内で分解されます。検査。身体状態に異常は見られません』


 食事みたいなものか。


 遺物を食べても体内で異物とは認識しないようなのは良かったけど、結局イリヤの遺物は壊してしまったようだな。


 今はまだ説明しないでおこう。


「嘘ですよ。そんなことできるはずありません。ひっぐ」


 鼻水を啜りながら言う。鼻をかんでやりたいが、紙が無いので放置しておく。


「なにか魔力が宿っているもの持っているか?」


 そう言うとイリヤは腰重そうに立ち上がり、俺からかなり離れて、腰につけていた麻袋から液体が並々と入った、イリヤの人差し指程の大きさのカプセル容器を取り出した。


「これは、ひっぐ、魔髄液です。液体の魔力みたいなのです」


 魔髄液は魔物の血液だ。魔物の血の中には魔力が少量宿っている。


 流石にそれは知っている。


「見とけよ」


 魔力吸収。


 そう心の中で唱えると、イリヤが持っている魔髄液が見る見るうちに減って行く。


 三秒程で魔髄液の魔力を吸収したようで、カプセル容器の中には少量の液体が揺れていた。


「と、まぁこうやって魔力を吸収したわけだ」


 今ので、どれくらい魔力が溜まったんだ。


『検索。提示。解答。稼働時間二秒程度です』


 あれだけで二秒か。小さめの魔物一匹で二分くらいかな。


 うん、現実的じゃない。


 ひゅんと空をきってカプセル容器が俺の横を飛んで、壁にぶつかって割れた。


「だ~か~ら~!どうして勝手に使い物にならないようにするんです!私がどれだけ苦労して手に入れたか知らないでしょう!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたのか相手に傷をつけられる攻撃手段を行い、ふぅ、ふぅと息を荒くして怒りをあらわにするイリヤ。


「見せないと納得しないだろ?」


「しませんよ!しませんけど!うぅぅ・・・今の魔髄液、奇跡スキルで偶々取れたんですよ。あの魔遺物だって私達の中では希少価値高いんですよ」


 怒りのやり場を失ってしまい、再び涙を溜めて、怒りを忘れようとする。


「話を戻すぞ。俺に、魔遺物を、全部、くれ」


 聞き取りやすいようにハキハキと言ってやる。


 しかしこれじゃあ脅しているだけなので、イリヤの返答の前に俺は続ける。


「もちろんタダでとは言わない。イリヤの魔遺物をくれたら、俺は力が付くだろ。そうしたらイリヤが色々と危惧している事も解決する。魔王の名にかけて約束する」


 勇者の名前にかけた方が人族は信じやすそうだったが、俺のプライドが絶対的に許さなかった。


 イリヤは溜めた涙を拭って、大きく鼻水を啜った。


「魔王は信じられません。・・・けど、信じてみようと思います。言っておきますけど、次、私を貶めたら、本気で怒りますからね」


「わかった。約束する」


 本気で怒ったら何をされるのだろうか。


 気になるが、怒らせないように極力努めよう。


 これでイリヤが持っている魔遺物を吸収することができ、尚且つ、外へと出られるだろう。


 行動猶予時間は二十分。この二十分で俺は魔力を集めて、ここへと戻って来なければいけない。


 つーか、お前、移動できないのか?


『解答。現状できません』


 一応玉座は動かせそうだけど、背負いながら移動するのは、あまりにも滑稽で、好戦的な廃品回収隠者の恰好の獲物だろう。


 やっぱり俺自身が移動しないとな。


「ここに魔遺物を持って来られるか?」


「無理です。貴重品ですし」


「じゃあ俺が取りに行くしかないな」


「だから駄目ですって!」


「要は俺が魔遺物だとバレなければいいんだろう?今はこんなチューブが背中に刺さっているから魔遺物に見えるだけで、接続を解除して接続部分を隠せばなんとかなるだろ。それ以外の見た目で魔遺物に見えるのか?」


 おっす!俺魔遺物!のような自己紹介をしない限りはバレないと思う。


 俺は魔族の中でも人族に近い。一見すれば人族と変わらない。


 見た目の違いと言えば牙があったり、血の色が違ったりするだけだ。


「見えないです、けど」


「俺が魔遺物だと知っているのはイリヤだけだ。イリヤは先入観で俺を魔遺物だと見ているけど、存在を知らない周りの人間にはどう見えると思う?」


「人・・・に、見える、かと」


「だったら大丈夫だろ」


 俺は口達者だと思うし、こうやってイリヤを誘導させている訳だ。


 相手が隠者だろうが減らず口では負けないね。


「じゃ、じゃあ案内します。けど約束ですよ、迷惑行為禁止です。あ、あと魔遺物とバレた場合はここへ戻ってくること!」


 押しに弱いイリヤは指をビシッと俺に指して注意する。


「元から帰る予定だしな」


 外に出る許しも貰えたことだし、接続を解除する前に稼働時間を再確認しておこう。


『検査。完了。提示。接続解除後の活動限界時間は十五分です』


 おいおいイリヤと話しているおかげで五分短くなっているじゃないか。


 これは悠長にしていられないな。接続を解除してくれ。


『接続。解除』


 プシュッと空気が漏れる音がした後に背中からチューブが取れて、チューブは玉座の中に収納された。


 背中の接続部分がどうなっているのかは確認しようがないので、着ていたフード付きのローブのフードで隠しておく。


 手と足の感覚を確かめるために手首足首を回す。


 うん、三百年動いていなかった割には、普段通りに動くな。


 「おぉ」と感嘆の声を小さく漏らしているイリヤの前まで行く。


 前まで来るとイリヤの顔は俺の腹部くらいにあった。


 やっぱり身長は力を使い果たしたあいつと同じくらいだな。


「じゃ、行きましょうか」


「あぁ行くぞ。しっかり掴まってろよ」


「ふぇ?」


 ひょいと擬音がつく位軽々しくイリヤを片手で持ち上げる。


 前は少女程度の体重は気張りながら持ち上げていたが、今は箸を持つ感じだった。


 殆ど重さを感じなかったのだ。


 俺、いつの間にかパワータイプになってる。


 両足に力を入れて踏み込んで走り出す。


「ちょっ!」


 顔の隣で何かを言おうとしたイリヤだったが、突然の発進に俺の首筋へと顔をぶつけた。


 むち打ちにはなっていなさそうなので、俺はそのまま走り続ける。


 一歩一歩が、地面にめり込み。踏みだすと、かなりの距離を移動している。


 これ魔力、すぐ尽きないよな。


 洞窟の外から光が漏れている小さな通路を俺は蹴っ飛ばして道を作る。


 なんかできそうだからやってみたけど、できるもんだな!


 通路はぽっかりと穴を開けて、大人一人が通れるくらいの出口を作り出した。


 魔遺物を取り込んだらカモフラージュしておこう。


 久しぶりにみた外の世界は相も変わらずに綺麗だった。


 洞窟の外には泉があって、青空を反射していた。


 周りの木々が風で揺れるたびに心地の良い音を奏でる。


 時折、鳥や獣の鳴き声が聞こえたりするのも、自然という生の中にいるのだと実感できた。


「な、なに考えているんですか・・・」


 口に手を押さえながら青ざめた顔でイリヤは言う。


 これ酔ってるな。三半規管が鍛えたりないぞ。


「すまん。急がないといけなくてな。のんびり歩いていられないんだ」


「だからって、うっ・・・」


「集落の方向だけ指で指示してくれたらいいから、後は俺に任せとけ」


 力がついたことで根拠のない自信がついた。


 イリヤは耐えるように口を窄めてから指を指した。


 可哀そうだが、酔いが醒めるまで待っている時間はない。


 あまり揺らさない様に移動してあげよう。


「あ、別に吐いてもいいからな。俺は気にしない」


 そう言うと首を小突かれた。


 今のが本気の怒りだと思っておこう。



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