2:椅子と話す変人
『更新。お名前をリヴェン・ゾディアックに更新しました』
「な、なんだ?」
俺が名前を名乗るとこの薄暗い空間に、どこかで聞いた機械的な男の声が鳴り響いた。
イリヤも体を大きくビクつかせて驚いていた。
「誰かいるのか?」
『解答。おります』
声がするのは俺の後方からだった。
チューブに気を付けて後ろを振り向くも、そこにあるのは玉座だけだった。
幽霊系の魔族がいるのか?
『誘導。ご主人こちらです』
声がするのはやはり玉座の方だった。
俺は玉座へと向かい、玉座の裏、上、下と確認するも、それらしき姿はなかった。
それに魔力の反応も感じられないので、近くに魔族がいることもない。
『存在。ここです。私はここにいます』
声は紛れもなく玉座から聞こえていた。
いや、そんな馬鹿な事があるか。椅子が喋りかけてきているなんてことがあってたまるか。
しかもあいつが座っていた玉座だぞ。
『存在。私はここにいます。警告。現在ご主人との接続状況率は30%です。警告。ご主人の行動可能時間は残り二時間です』
急にそんな事を言われても更に混乱するだけだった。
「何なんだよお前、名乗れよ。魔族なのか?」
『解答。私に名前はありません。魔族と称すよりも、魔遺物と称した方が的確です』
「また魔遺物か。魔遺物って何なんだ?そんなの三百年前には無かったよな?」
『検索。提示。解答。魔遺物とは――』
「魔力が込められた遺物ですよ」
『であると語られているが、本来は魔族の一部を機械化した物を指す言葉。疑問は解消されましたか?』
玉座にそう言われるも、疑問が増える一方だった。
「あ、あのぉ」
「なんだ?お前も話に参加するか?」
問題だらけで頭がパニック寸前のせいか、少々苛立ちを隠せずにイリヤに当たってしまった。
「先程からお一人で誰と話しているんです?」
「いや、この椅子とだけど。お前も聞こえているだろ?」
イリヤはゾッとした表情になってから、強く拒絶するようにふるふると首を振った。
『解答。私の声は接続されているご主人にしか聞こえておりません』
それを早く言え。
これじゃあ俺が一人で椅子と話している痛い奴じゃないか。
最初イリヤが驚いていたのはそのせいか。
「あー、すまん。どうやら接続されている俺にしか聞こえない声らしい」
人族の少女を怖がらせる趣味はないので謝っておく。
謝ったおかげかイリヤの警戒心が少しだけ解けた気がした。
その証拠にイリヤは俺の背中へと回ってチューブを観察し始めた。
「ほぉ~」とか「ふむぅ~」とか「成程なぁ~」とか聞こえてくる。
このチューブ何なんだよ。
と、イリヤの前では頭の中で会話してみる。
『解答。ご主人と私を繋ぐ魔力補給機関チューブです』
どうやら言葉にしなくても伝わるようだ。
成程、魔力補給機関。
確かに俺の魔力補給機関の二本角は背中にあったもんな。
で、さっき行動可能時間とか言っていたな。
もしかしてだが、俺は魔力を供給しておかないと生きていられないのか?
『解答。魔遺物となったご主人は魔遺物の源である魔力を一定量体内に補充しなければ行動不能となります。現在は私の中にある予備魔力と、イリヤ嬢が持ち込んだ魔力のおかげで、行動可能時間は二時間です』
だからそういう大事なのは早く言えって!
つまり俺の生命活動時間は二時間しかないって事だろう!
『検索。提示。解答。正確には二時間と十五分です』
細かいことを聞いている訳じゃない。
叱っても玉座はうんともすんとも言わなかった。
俺は大きくため息をついてから解決策を考える。
魔力がないなら作ればいい。
俺の持っているスキル、魔力開発を使って、空気中の元素を魔力に変える。
そうすれば俺は常に稼働できるだろう。
発動するために手を空中に伸ばしても一向に魔力が作られる気配はなかった。
『検索』
と、一人でに玉座は検索を始めた。
『完了。スキル項目を2つ検知しました』
スキルが二つ?おい、待て。俺は千を超えるスキルを持っていただろう。
検索間違いじゃないのか?もう一度検索してくれ。
『検索。完了。スキル項目を二つ検知しました』
何かの間違いであってほしかったが、玉座は同じ回答を言うだけだった。
封印されたせいで俺のスキルが失われたのか?
『解答。ご主人のスキルは三百年の間に消失しました。現在の所持スキルは魔力感知と遺物吸収です』
魔力感知は呼吸と同じみたいなものだから、出来て当たり前で気が付かなかった。
俺が苦労してコツコツと三年間集めたスキル達は消えてしまったようだな。
80年代後半のゲームを久々につけたらセーブデータが消えているような悲しみだ。
それで、もう一つの遺物吸収ってなんだ?俺は会得した記憶はないぞ。
『解答。遺物を体内に取り込むことが可能です』
例えばだが、お前を取り込むことも可能か?
『解答。不可能です。私はこの椅子自体が魔遺物なので、お口には入らないかと』
あぁ取り込むって口からなのね。
『継続。本来遺物はイリヤ嬢が持つような小さな物体であります』
玉座に言われて最初から少し気になっていた、イリヤが手に持つ赤く光るカプセル容器のようなものに視線を落とす。
「な、なんでしょう」
今の今まで目を輝かせてチューブを観察していたイリヤは視線に気づいて、魔遺物と呼ばれたものを自分の小さな体の後ろへと隠した。
初対面で意味不明な会話をし過ぎたせいか、かなり警戒されているな。
俺は一度イリヤから離れるために玉座へと戻り、腰を下ろした。
『接続。接続率100%』
座るとそんな音声が流れた。それを無視して俺はイリヤに話を振る。
「お前は――」
「お前じゃないです。イリヤです」
ぷぅっと頬を膨らませてイリヤは言う。
つい癖で親しい呼び方をしてしまった。
あいつはもういないんだった。
「イリヤはどうして俺の封印を解いたんだ?」
出来事の最初の疑問。
俺の封印が解けた時に目の前にいたのはイリヤだ。
そして玉座が言ったイリヤが持ち込んだ魔力との言葉。
状況と単語を掛け合わせると、イリヤが俺の封印を解いたと考えるのが妥当であった。
「人型の魔遺物は初めて見ました。だから起動させてみようかなぁと」
あぁそうだ。魔遺物だ。
さっき魔遺物が魔族の一部って言ったよな?
俺は一部と言うか、魔族そのものだぞ。
『検査。完了。結果。解答。魔王様の封印魔術により、ご主人の身体全てが魔遺物に変化した模様です』
生きた化石みたいなもの程度の認識でいいのだろうか?
何にせよ、魔族ではなくなってしまったようだ。
元人間で、元魔族で、現魔遺物。長ったらしい経歴だ。
お前も魔遺物なんだよな?あいつの力で魔力が宿ったのか?
『解答。魔王様とご主人の魔力が合わさって魔遺物として生を受けました』
うん?俺の魔力は封印されている間ずっと座っていたから吸ったのはわかるけど、あいつの魔力ってなんだ?
『解答。魔王様はご主人を封印する際に、ご主人にありったけの魔力を注ぎ込みました。その魔力はご主人の身体に入りきらずに、私へと流れ込んできました。そうして密着しているご主人の魔力と合わさり、年月をかけて出来上がったのが私です』
あいつに魔力を流されたなんて感じなかったが。
『解答。魔王様がご主人に接吻をした時です』
あの時かよ。興奮しすぎて一切わからなかったわ。
「またお椅子さんとお話しているのですか?」
少し玉座と話し過ぎたようで、会話が続かなくて不安になったのか、イリヤは質問してきた。
「いや、考え事をしていた」
そですか。と呟いて、会話が終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます