1:三百年後
俺が最初に知覚したのは光だった。
眼球が優しめの光を捉えて、次第に視界が明瞭になっていく。
勇者と魔王の最終決戦。
あれから一体何時間、何日、何年経ったのだろうか?
その疑問が解消されたのは、視界が完全に戻ってからだった。
目の前には別れ際と変わらないあいつの姿があった。
感動して、あの時の涙と鼻水が口の中でしょっぱく広がった。
みっともないので腕で拭って、夢ではないと再確認する為に瞼を閉じる。
そして自分が生きているのだと確信する為に大きく深呼吸をした。
「また会えた」
赤い髪の毛に朱色の瞳に魔力が尽きた小さな体躯。
変わったのは顔に汚れをつけ、ボロボロでみすぼらしい絹の衣服を着用している事だろうか。
だけどあの時と変わらない姿のまま、あいつはそこにいるのだ。
あいつは後ろを振り返って、辺りを見回す。
周りは光が入って来ていないのか、薄暗く、どこか緑臭かった。
あいつは何かを気にしている様子だった。
まさか、まだ周りに勇者達がいるのか!と心配したが、どうやらそんな危険な状況ではないみたいだった。
あいつは俺に向き直り、もじもじと恥ずかしそうに胸の前で指を交差させながら言った。
「しょ、初対面です」
「は?何言ってんだよ」
そう威圧的に言うとあいつはらしからぬ「ひっ」と怯えたような声を出して、見た目通りの年相応に可愛らしく身構えた。
「いやいや、そんな冗談いいから。あれからどうなったんだ?お前が生きているって事は勝ったって事でいいんだよな?」
「えぇっと・・・あの・・・わからない・・・です・・・」
まるで人が違うような態度で対応された。
勇者に何かされたのか?勇者は魔族ならば女子供であれ人道に反する事を平気でする屑だ。
魔王であれば何をされていてもおかしくはない。
「おい、本当に大丈夫か?ちょっと診せてみろっおぉっ!?」
精神に関する魔術ならばお手のものだったので、診察をするために玉座から立ち上がり、あいつの元へと向かおうとすると、背中の真ん中からチューブのようなものが伸び、二歩程歩くと伸び切ったのか後ろへと反動で戻された。
一歩戻って自分の背中がどうなっているのかを観察する。
どうやらチューブは玉座の中に繋がっているようだった。
なにこれ気持ち悪い。
「これはなんかの悪戯か?寝起きドッキリか?」
昔よくされていたのを思い出して言ってみるも、あいつは困ったような顔をするだけだった。
「なぁ、なんとか言ってくれよ。勇者は倒したんだよな。だからお前は俺の前に約束通りまた現れてくれたんだよな」
チューブが限界まで届く範囲まで近づく。
あいつは一歩後退りをしたが、話は聞いてくれていた。
「あの、勇者って、勇者グランベルの事ですよね?」
「そうだが?それ以外にもいるのか?」
勇者の名前はグランベル。いつ聞いても気に食わない名前だ。
勇者には色々な魔族を嗾けたし、色んな手法で殺害を企てた。
それも全て徒労に終わったのが・・・。
何にせよ、名前を聞けばあの憎たらしいイケメンの顔を思い出せる程に記憶に新しかった。
「勇者グランベルは二百年程前に亡くなりましたよ?」
「・・・・・・」
一瞬なんと言ったのかを理解できなかった。
「・・・え?」
やっとのことで出した言葉は語彙力のない稚拙な返しであった。
「勇者が、二百年前に、死んだ?」
ゆっくりと復唱すると、あいつは小さく頷く。
「ちょっと待ってくれ」
あいつに掌を向けて待てのジェスチャーをする。
そして深く集中する為に目を瞑り、眉間に皺を寄せる。
勇者が二百年前に死んだ。
まずはこれの真意がどうかを確かめなければいけない。
目の前のこいつが嘘をついていると考えるのが常識的だ。
ちらりとあいつを見るも、澄んだ瞳が心配そうに見つめていた。
あいつが勇者に関して嘘をつくはずがないよな。
ならば勇者が二百年前に死んだのは真実だと仮定しよう。
仮定したとすれば、勇者は最終決戦時十七歳とかだから、ここはあの最終決戦から大体二百十七年後の世界だ。
二百年後の世界にあいつは今、存在している。魔族だから寿命は人族よりも百倍はある。
つまり、あいつは勇者に勝ってここにいる。
はい、Q.E.D。
「やっぱお前が勝ったんだな!お前が勇者を殺してくれたんだ!」
喜んで小躍りしてからブレイクダンスでもしたいところだけど、チューブがあるので、拳を強く握ってガッツポーズを作っておいた。
「私は勇者を殺していませんよ、生まれていませんし――」
あいつの言葉で拳に入った力が緩んだ。
「それに勇者は老衰で亡くなったんですよ。百二十歳まで大往生したって歴史書に載っていました」
結局チートスキルを持っていても百二十歳で死ぬんだな。
ん?ということは今は大凡三百年後ってことか?
なんであれ殺してやれなかったのは残念だが、死んだとなればざまぁないぜ。
「って、まてまて。今、生まれていないって言ったか?」
「言いましたけど・・・」
何か問題でもありますか?と言わんばかりの顔で言われた。
色々と仮定する前に、最初に確認して、明確にしておかないといけないことがあった。
「なぁ、馬鹿な質問だが、お前の名前はリーチファルト・ゾディアックだよな?」
俺の、俺達魔族の魔王であろうリーチファルトは難しい顔をした。
そして可愛らしく小首を傾げた。
「それって最低最悪最後の魔王の名前、ですよね?」
「人族にとっては最悪だったんじゃないか?」
俺達にとっては最高最善の魔王だったと記憶している。
3Kみたいな言われようだったのでにむかっ腹が立ち、嫌味ったらしく返しておいた。
「私は魔王じゃありません。私にはちゃんとした自分の名前があります」
そう言ってえっへんと胸を前に突き出して名を名乗る。
「イリヤって言います。よろしくお願いしますね。魔遺物さん」
聴きなれない単語と共に自己紹介された。
イリヤ?リーチファルトじゃないのか?
嘘だろ?だとすれば、やっぱりあいつは、あの場で勇者に殺されてしまった?
嫌な考えを払拭させるために頭を振って脳を揺らす。
信じない。信じたくない。悪い冗談のはずだ。
はずなんだ。
「大丈夫ですか?」
俯いている俺と視線を合わす為に、イリヤと名乗った少女は屈んでから覗き込むようにして俺の顔を見た。
光が反射したら透き通る様に綺麗だと想像させる赤毛に、暗闇でもキラリと光る朱色の瞳。
揉みたくなるほどのもち肌の頬に、摘まみたくなる小さめの鼻。
窄んだ口は血色良く、話すと時折見せる尖った歯が印象的だ。
あぁ、やっぱり似すぎている。
これで本人じゃないと言うのだから悪い夢でも見ているようだ。
「っ!?・・・あぁ、大丈夫だ。寝起きだからちょっとな」
観察していると、あいつとイリヤの決定的な違いを見つけてしまった。
魔王リーチファルトの胸の真ん中には魔力供給機関である角がある。
しかし、今屈んで見えたイリヤの胸には跡形もなく、傷もなく、それは無かった。
なので、受け入れがたい現実を受け入れて吹っ切れた。
会話してあいつじゃないと気づいていた。
男勝りな喋り方をするあいつが、魔族の上に立ちたがるあいつが、恐怖した顔なんてしないあいつが、快活に笑うあいつが、こんな貧弱な少女になっても生きていると信じていたかった。
魔王リーチファルト・ゾディアックは死んだ。
そしてあいつが死んだ三百年後の世界で俺は生きている。
ならばあいつと最後に約束した、あいつの我儘を聞き入れよう。
それが今を生きている俺があいつに手向けられる花だ。
「自己紹介がまだだったな。俺はリヴェン――」
リヴェン。
今までは名前だけだった。
しかしあいつの我儘を聞き入れるならば、あいつの姓を使った方が効率的に物事が進むのでは?
そう思ったので、改めて名乗る。
「リヴェン・ゾディアックだ」
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