オレは直観を信じてる

スマ甘

オレは直観を信じる

 遥か昔から受け継がれた『神秘』が、錬金術師パラケルスス、魔術師アレイスター・クロウリー、数々の秘密結社によってシステム化され、日常生活に『魔術』として根付いた現代。

 魔術を悪用する者達『妖術師ソーサラー』は、魔術を用いてテロを起こし、世界を脅かしていた。

 そしていま、妖術師が九十九里の沿岸に現代魔術兵器――二足歩行型のロボット『バロール』を召喚したという報告を受け、オレたちは緊急出撃したのである。

 

 ◇

 

 オレの名はヴォーダン。 元は名前のない傭兵であり、ある一家の手で『ジェヴォーダンの獣』の逸話を組み込まれ、一家が管理する地下空洞『海』に12年も閉じ込められていた。

 だがある時、一家の子供がオレを見つけ、救い出してくれた。

 それから、新しい人生が始まったのである。

 

「気をつけろヴォーダン。 バロールはまだ魔眼を使っていない。 開けたところに出たら黒コゲになるぞ!」

 

 あの子に助けられてから間もなく、オレとあの子は妖術師が起こしたテロに巻き込まれ、国連が設立した特殊部隊『対魔戦特務隊 MAGIマギ』に助けられた。

 その後、オレたちもMAGIに加わり、妖術師たちと戦ってきたのだ。

 

「わかってる」

 

 MAGIの司令官ジェイレン・ヴァーナーからの通信に答えながら、周囲を見回した。

 

 九十九里の海岸沿いは、高層建築物が少ない。

 それは、全高8メートルの巨体を持ち、体内に大型の魔力炉と、長射程を誇る高出力の魔力レーザー照射器『魔眼』を搭載する二足歩行型ロボットのバロールを相手にするには、圧倒的に不利だということを意味する。

 それでもオレは走り続けた。

 

 現在、バロールに対抗できる魔術師は、オレ以外にもうひとりを足したふたりしか存在しない。

 MAGIに所属する魔術師は、固有魔術を習得している者が少なく、常に人手不足だ。

 

 通常の任務であれば、魔力を持つ隊員に、魔力を込めた弾丸を装填した銃火器を持たせるだけで足りる。

 しかし、ミサイルですら防ぐシールドを展開できる魔術兵器には対抗できない。

 なので、魔術兵器との戦いには固有魔術を習得した隊員を送り込む。

 

「あいつらが居れば、バロールもスクラップにできるんだがな……」

 

 ジェイレンが戦力不足を嘆く。

 MAGIの隊員、中でも固有魔術を習得した者達は全員、去年の夏に起きた事件とその後の戦いで負傷し、今も入院中である。

 つまり、固有魔術を習得し、魔術兵器に対応できるMAGIの隊員は、オレともうひとりしか居ないのだ。

 

「――!」

 

 アラートが鳴り、HUDヘッドアップディスプレイUAV無人航空機から送られてきた映像が表示される。

 

「捕捉されてるぞ!」

「知ってる。 いままで移動していたからな」

「なんだと!?」

 

 オレにはがあった。

 それは野生の勘のようなではなくて、論理的に説明できるひらめき。

 

 九十九里の海岸沿いは、たしかに開けた場所が多い。

 けれど、市街地側には民家や工場が多数あり、それらを遮蔽物にして移動すれば、捕捉されずに接近することは可能だった。

 

「エネルギー臨界! 照射が来ます!」

 

 オペレーターが叫ぶ。

 オレが小さな商店の壁を蹴り、ビーチラインに飛び出せば、前方200メートルのところに居るバロールと目が合った。

 

「――あとは任せるぞ」

 

 この通信は、宛に送ったもの。

 バロールは、魔眼と形容するにふさわしい、いびつで巨大なカメラアイを輝かせた。

 

 直後、バロールの目の前にある乗り捨てられた車、周囲の家屋や舗装路が、超高エネルギーに晒され融解していく。

 強化外骨格エクゾスケルトン、いわゆるパワードスーツを着ているだけのオレが魔眼を喰らえば、一瞬で蒸発してしまうだろう。

 、の話だが。

 

「――新たな歴史を創ろう」

 

 聴こえてきたのは、歌うような囁き。

 

「その者はかみに愛を注ぎ、民より自由を取り上げ、国を統べた独裁者」

 

 聴き慣れた子供の声だった。

 魔眼の熱に炙られた車が爆発して音を立てようが、建物が音を立てて崩れようが、オレはあの子の声を聞き逃さない。

 

「世界は彼を批難する。 けれど彼は揺るがない」

 

 魔術を発動する際に行う詠唱という動作は、自己暗示に近い。

 自己の魔力を安定させ、魔術の精度を高めるために想像力を働かせる。

 舞台役者のように大袈裟な台詞を吐いて魔力をというのは、最もポピュラーな手法であるかもしれない。

 

「現れろ……尊厳代替そんげんだいたい!」

 

 オレの目の前に小柄な少年が躍り出て、自分の体より大きな盾を構え、魔眼を遮った。

 目が眩むほどの光を盾が遮断し、不可視の力場がコンクリート製の建造物ですら溶かす熱線を頭上へと逸らす。

 おかげで、周辺被害も出さずに済んだ。

 

「まったくもう! ヴォーダンは無茶ばかりして!」

 

 盾で魔眼を防いだ少年の名は、萌芽ホウガエリノ。

 去年、『海』に閉じ込められたオレを見つけて助け出し、名前を与えてくれたのも彼である。

 

「直観で動いただけだ」

「つまり勘で動いてたってコト?」

 

 魔眼の照射が終わり、バロールは冷却を開始する。

 冷却中は動きも止まるが、その間はシールドの出力が上がるため、並の魔術兵装では傷をつけられなくなる。

 

「エリノはオレに平均速度で劣るが、瞬発力はオレより高い。だから、障害物や建物を使って高速移動して、オレより先にバロールの前に出ると思ってたんだ」

「だから、ボクが魔眼を防ぐことに期待してたの?」

 

 オレが「そうだ」と答えると、エリノは「バカ」と言いながら頭を小突いた。

 

「万が一を考えなかったの?」

「考えなかった。 エリノがオレのことを護ってくれると信じていたからな」

 

 言いながら、オレは強化外骨格に積まれた魔力炉を起動させる。

 

「ヴォーダンの想いが重いわ」

「こんな状況でそんな冗談が言えるのか」

 

 魔術に付加された風・火・土・水の四属性。

 それぞれに特性と相性がある属性を込めた魔力炉を、この強化外骨格は1属性につき7基――計28基搭載する。

 この強化外骨格のことを、エリノは『二十八の幻想クラン・カラティン』と呼んでいた。

 

「あの技で仕留めるぞ。 炉心の位置はもうわかってるんだろ?」

「手持ちに優秀なスパイも居るからね。 魔眼の素材にしてる水晶が年代モノだから、魔眼は壊さないでよ」

「あとで売るのか」

 

 エリノは返事の代わりに子供らしくない不敵な笑みを浮かべ、腰だめに構えた尊厳代替を射撃モードに変形させる。

 

 萌芽エリノは、物語を具現化する魔術を操る両親――オレにジェヴォーダンの獣を混ぜた人――の手で、かつてパナマを支配していた独裁者の逸話や、国に染み付いた魔力、彼を恐れ恨み呪った人々の全てを肉体にインストールされた。

 結果、私兵組織を土台とした『権力の盾』として逸話を実体化できるようになり、圧倒的な防御力と、実在しない部下の召喚といった能力を得たのだ。

 

「二十八の幻想、最大出力」

「目標捕捉。 照準補正も完了」

 

 オレは魔力を練って槍を構築し、槍を携えたままクラウチングスタートの姿勢になる。

 エリノは尊厳代替に魔力を充填していた。

 一方、バロールは冷却を強制終了し、魔眼を照射しようとしている。

 だが、そんなことをしてももう遅い。

 

「ブースト・オン!」

「インパクト!」

 

 オレが魔力をジェットのように後方へ噴射して加速する瞬間、エリノが最大出力の砲撃を放った。

 つまり、オレという弾丸をエリノの砲撃で撃ち出したのである。

 

 バロールも魔眼を照射したが、独裁国家の加護を帯びる光の矢となったオレに、そんなものは通用しない。

 

 独裁国家の歴史が魔眼の光をかき消し、オレの構えた槍がバロールのシールドを突き砕いて、炉心のある胸の中心を貫く。

 

 そして、着地したオレが槍を構え直す間に、バロールは機能を停止したのだった。

 

「バロールの完全停止を確認。 ヴォーダン、エリノ、ご苦労だった。 すぐに迎えを送る」

 

 ジェイレンの声を聞きながら、オレは駆け寄ってきたエリノの頭を撫でた。

 

「おつかれ、ヴォーダン」

「オレは何もしてない。 エリノが作った二十八の幻想と、尊厳代替の能力に助けられただけだ」

 

 エリノは、両親から物語を具現化する魔術も受け継いでいた。

 その魔術を利用して、二十八の幻想も生み出している。

 

「まあ、ボクはダメ親から継いだ魔術なんて使いたくないんですけどね」

「こら、親の悪口なんか言うんじゃない」

 

 オレは、さっきやられたみたいにエリノの頭を小突いた。

 

「いたーい。 暴力反対でーす」

「うそつけ」

 

 まるで兄弟のようなやり取りをしたあと、笑いあう。

 それから迎えが来るまでの間、オレはエリノと海辺で遊んだのだった。

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