三話 大粒の涙/『インビジブル・リッパー』


真っ暗なジャパリ夜市の中、『エデン』の紫色の光がこちらに届いていた。一行が呆然とする中で口を開いたのはイエイヌさんだった。


「あっ!!!セルリアンの匂いがします!!この付近にいます!!」


ハッとした。エデンに気を取られていたが、今は深夜。セルリアンの接近に気が付きづらい時間帯なのに加えてこの中華街は立地が迷路のようになっている。襲われたらまずい。


「みゃみゃっ!!ホントだ!!あと何か変な音も聞こえるよ!!さっきのセルリアンとは違う音だけど、キンキンって音!」


「まいったね.......私はもう結構ボロボロだし、、、、え?サーバルちゃん?」


かばんさんはボク以上に満身創痍だった。それもそうだ。アクジキと戦ったあと吹き飛ばされて数分気絶。その後セル触腕を弾いたり受けたりしてたら傷まみれにもなる。


「今キンキンって言った?キンキンって聞こえるの?」


「うん!!あっ!!もう近いよ!!そこっ!!その建物の角!!」


規則正しく建てられた建物達はこの夜市に無機質な十字を作り出していた。前方数メートルの十字路の右に曲がる角から、こちらに向かってきているそうだ。


「居ない?いや、出てこない.......」


『...............。』


かばんさんが指揮を執る。


「......行こう!!向こうから来ないならこちらから行くまで!!ここは視界も悪い、一気に仕留めよう!!」


前方数メートルの角を右に曲がる。サーバルによると曲がったところに居るはずだった。


「居ない......」


『...............。』


.....何かが動こうとする音がした。


「......いや!!!居る!!!サーバルちゃん危ない!!!」


『.......!!』


ガンッ!!!


今日、嫌という程聞いたかばんさんがセル触腕を弾く音。しかし、僕の目からは無を弾いたように見えた。


「......コイツは驚いた。このセルリアン、透明なんだ。......こんなやつもいるなんて。奴ら進化しすぎでしょ.......」


流石のかばんさんも冷や汗を垂らしながら言う。


「見えないってことですか!?そんなの倒せないでしょう!!逃げましょうかばんさん!!」


イエイヌさんが切羽詰まりながら言う。


『!!.......!!』


「いや、私ならセル触腕の攻撃だけはギリギリ見えなくはない!こんなとんでもない奴を放置する訳にはいかない!それと」


ギンッ!!ガンッ!!


「だが......うっ、くっ......!!流石にほぼ見えないとキツいね....!!それとこの状況だと私しか戦えない!!皆少し離れた方がいい!!サーバルちゃん!!まだそのキンキンする音は聞こえる!?」


ボク達は少し下がる。かばんさんが無を弾きながら、サーバルに問う。戦っているのだ。夜に紛れる、文字通り見えない敵と。


「まだ聞こえるよかばんちゃん!この音はなんなの!?私たち、何か出来ないかな!?」


「その音は....ぐっ!ソナーだよ!!このセルリアンが出してる!!でもずっと出せるわけじゃないはずだし、そもそもソナーは見えない敵を見る為の機能だ!!音を周りに出してその跳ね返りで周りを探知するんだ!」


ハッとする。そういえば、先程の資料に何かが書いてあったはずだ。


「かばんさん!!確かそのセルリアンは身体の光吸収率を自在に操れるセルリアンです!!名前は『インビジブル・リッパー』!」


役に立つか分からない情報を言いながら、イエイヌさんのおんぶから下りて、何とか自分の足で立つ。


「うっ!ぐっ!!でもね!ソナーを出すってことは!!透明化出来ない部分があるはずなんだ!!必ずソナーが切れる瞬間、コイツは無防備になるはず!!」


「今はかばんちゃんに任せて、そこを叩けば良いんだね!!見えた時に!!」


焦りながらサーバルが言う。かばんさん一人に任せてしまっているのはなんとなく焦ってしまうのだろう。


「このセルリアンはボク達に近付く時、きっと目を閉じてソナーを出してた!ソナーが出せなくなった瞬間、コイツは僕達を認識出来なくなり無防備になる!だから多分"目"だと思います!!そのうちソナーが切れ、目を開ける瞬間が来るはずです!!」


これはあくまで推論に過ぎなかったが、自信はあった。しかし、このセルリアンの本質を全く捉えていなかった事を後で思い知らされる。


『...♪』


「でかしたキュルルくん!!それに見えたッ!!本当に"目"だ!!サーバルちゃん!!イエイヌさん!!来てッ!!」


地面から数センチ上の空間に"目"が開いた。本来必要無いであろう"瞼"という機能がセルリアンにあるのも、この時点でおかしいと思うべきだった。


「任せてください!!」

「みゃああーーっ!!」


地面上数センチの所、目が出ている本体と思われる場所を三人が叩く。しかし___。


「なっ!?」

「これは......!?」


攻撃は、地面にヒビを入れる結果に終わった。


その時、一瞬だけ......かばんさん達の背後にイモムシのようなものが見えたような気がした。咄嗟に叫んだ。


「みんなっ!!後ろ!!!」


ブォンッ!!!!


「ああッ!!!!」

「ぐああっ!!」


ザブッ!!


手負いのかばんさんとイエイヌさんが、無から背中を切られた。しかもかばんさんは.......左腕ごと。身体から左腕が離れた。


「イエイヌッ!!かばんちゃん!!」


「みんなあッ!!!」


駆け寄りたい想いを必死に押しこらえる。ボクが行っても、また、何も出来ない。でも.......!!!


「ヤバいよ!!キュルルちゃん、とりあえず逃げよ!!」


サーバルが二人を担いで逃げる。ボクも走るが、二人も担いでいるサーバルが少し遅れるのは必然だった。


「......はぁ......はッ......こいつは初めから......全部透明だったんだ!!目を透明化出来ないなら、目だけ宙に浮いてるはず!なんで僕はこんな簡単な事に気付かなかったんだ!」


どうしようもない自分の不甲斐なさを自責する。焦り、自分に対する怒り、色々な感情が渦巻きながら走っていた。でもまずはコイツから逃げないと!


ブォンッ!!


「みゃあっ!!!」


続いて、サーバルも片脚と背中を切られてしまう。しかも、サーバルもかばんさんと同じく.......切られた片脚が肉体から離れた。


「サーバル!!どうしよう!!みんな!!」


全身の血液が沸騰しそうだ。心拍数が燃える。本当に、いつもボクはこう。そしていつも悪運だけがいい。何でボクが最後なんだ。本当に、何も出来ない自分が情けない。


「.......キュルルくん......自分を責めないほうががいい......こんどこそ.....にげて......キミは.....このパークの.....希望なんだ.......」


ズタボロになりながらかばんさんが言う。どうしてこんな時にもボクの心配を。


「かばんさん!!嫌だ!!みんなが倒れてボクだけが生き残るなんて嫌だ!!こんな......!!こんな時に.....!!」


涙を流す。かばんさんが目を閉じる_____。本当に......本当にボクは.......!!!!大粒の涙がかばんさんの顔に滴り落ちて血と混ざり合う。アイツが近付いてくる音が聞こえる。もう、ダメだ____________。







ギンッ!!ガンッ!!



『......"感情"ノ振幅。ソウスレバアイツガ見エル』


セルリアンの触腕同士がぶつかる音。そして、今日トラウマになりそうだったあの声。後ろを振り向くとそこには。


「アクジキ!!!お、お前......!!なんでここに!?」


何の説明もされずよく分からない注射を打たれて地獄を経験させられたり、今日は本当に散々だ。でも、こんな状況だからこそアクジキの存在がありがたく感じた。


「見えないよ!!アイツは透明化する!!」


『透明化スルンジャナクテ"周波数"ガ違ウダケ。思イ出シテ。キミハモウセルリアンノ"周波数"ヲ持ッテル』


ガンッ!!ギンッ!!


訳の分からない説明を聞く。いつ攻撃されるか分からない。しかし、アクジキがインビジブル・リッパーの攻撃を全て弾いてくれていた。


「......周波数?....あの資料には確か、光透過率が云々って.....」


ガンッ!!ギンッッ!!


『光透過率?.......コイツガ見エナイノ?........ソウ。トリアエズ、終ワラセル』


アクジキが飛び上がった。すると腰の辺りから大きくて黄金色の羽が生えた。その羽には無数の目がついていたので、セルリウム性だ。


『バイバイ、S級のインビジブル・リッパー。』


そして、羽から黄金色をしたセルリウムの弾丸のような物が大量に発射された。それが奴に突き刺さり、透明のインビジブル・リッパーを型どるようにして見える。周りの建物にも夥しい数の弾丸が突き刺さっていた。


『ォ.....オオオ.....!......!』


奴の透明化が解除され、先程一瞬だけ見た紫色のイモムシのような姿になった。......死んだのだろう。


『終ワリ。』


「あ、ありがとう.......。」


地面に降り立ったアクジキに礼を言う。


『.......イイヨ。私の為だからさ......。キミを除いていち、にい、さん、よん。こんなに......食べられるしね」


アクジキが仮面を解きながらボクの方をチラリとだけ見て、舌なめずりをした。.......何故だ。かばんさんは、サーバルは、イエイヌさんは、、、、、食糧じゃない。


「待ってよ。よんってどういうこと?.....。」


狼狽した様子を見られてはいけない。しかし、助けてくれたことで忘れていた。コイツはかばんさんを気絶させた相手だ。深夜の旧夜市にひゅうひゅうと冷たい風が吹く。


「そのままの意味。この子達は全部、私のもの.......ああ、血がもったいない......♡」


仮面を解いたアクジキが舌を出して、いやらしく微笑みながらかばんさんの頬から出ている血をべろりと舐める。心の中でドス黒い気持ちが湧き上がった。


アクジキが腕をセルリウム触腕に変化させ、血が吹き出している患部をギュッと縛り上げ、かばんさんとサーバルを止血する。二人とも苦しそうに呻く。


「か、かばんさんに!!皆に手を出すな!!」


アクジキに向かって走る。走って、どうするつもりだったんだろう。


「クスッ、のキミは食べても美味しくないけど♡この子達ハ頂ク♡トテモ美味シソウ♡』


「がぁっ!!うぐっ!!」


アクジキの右腕のセル触腕にガッチリと身体を拘束されて空中に上げられる。


『マズハ、ソコデ見テテ』


アクジキは死亡した『インビジブル』に近づき、生身の、人間の口で近づき______。


一口、ばくりと食べた。


『ウン、ナルホド.......ジャ、インビジブルハ吸収。目新シイモノハナシ』


そして、アクジキの背中から出たセルリウムが大きい口のように変化した。するとぐあっと開き、インビジブルを丸呑みした。ゾッとした。コイツはセルリアン以上にヤバい存在かもしれない。


『ハア♡ジャ......まずはヒトのアニマルガールから頂こ♡せっかくだから......脚のつま先から、指先から、腕から、全部......残らず全て人の方の口で......♡初めて見た時から美味しそうだと思ってた♡」


アクジキが仮面を解除し、寝ているかばんさんの上に乗り、指で頬を撫で、出血部を舌でべろりと舐める。舐められるその度にかばんさんが少し呻く。そしてアクジキは指先を鋭いセルリウム性に変化させた。


「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


アクジキの右腕はあくまでボクを拘束して離さない。そして、かばんさんの手のひらに鋭くなった爪を突き刺した。かばんさんが再び呻き、手のひらに開けられた小さな穴から血がポタポタと流れ落ちる。それを......口を付け、音を立てて啜る。


アクジキが寝ているかばんさんに身体をべたりと付け囁く。


「あああ♡.......最っっっ.......高♡♡コレがヒトのアニマルガールの生き血♡初めて味わった♡プラズムの濃度も高くて芳醇だけど旨みがあってサンドスターの含有量も高い♡」


_______なんだ、こいつは。


「やめろ!!!やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」


声の限り、叫ぶ。喉が裂ける。目がめいっぱい見開かれ極度に充血し、また涙が出る。深夜の旧夜市にヒトの咆哮が走った。


「あは~~~~~~♡♡もうせっかくだから寝てるこの子にキスでもしちゃおうかなあ!?♡体液全部貪ってから食べちゃおっかなぁ!?♡ははッ!ははははははははは!!!!♡♡」


口を歪めてアクジキが笑う。かばんさんの上で大袈裟に身体を仰け反らせるアクジキ。


「やめろおおおおおおおおおおおおお!!!やめてくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」


この状況と重なって、カラカルの事が頭に浮かんだ。あの、覚悟を決めた最期の後ろ姿が脳にフラッシュバックした。


ごぷっ。


あっ。


裂けた喉から血が出た。それが食道に入ろうとして、思わず咳き込んで吐血する。


「ごぱぷぁッ!!!!!」



.......え?


......その血の色は、乳白色だった。それらがアスファルトの地面にボタボタと吸い込まれていった。


アクジキの顔から笑顔が消え、拘束が解かれた。ボクは自由になった。


「.......え?」


頬に感じる違和感に、手で涙を拭う。その涙は赤黒かった。すると、再び僕に星の記憶が流れ込もうとしてきた。


「......あっ、嫌だっ!!嫌っ!!もう見たくないっ!!嫌だ!!やめてっ!!もうやめてぇぇぇぇぇ!!!」


.......流れてくる星の記憶を突っぱねるように、身体の内側から何かが来るのに備えるために、身体を丸める。頭が痛い。耳鳴りがする。カラカル、たすけ__________


「あああああああああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!』


びくんっ。 びくんっ。


背中が.......首が.......熱い.......むずむずする.......この........感覚は........


「これは.......ちょっと.....予想外カナ.......。』


アクジキは少年の首から腰にかけて、際限なく出続ける白い鉛筆のような形の触腕に、冷や汗をかきながら目を奪われていた。


『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!アグジギィイイイイイイイ!!!!!!!』


____奪われる、意識が。取られる。ダメだ。セルリウムに、握らせてはいけない。主導権を。自分で_______。あの時のように____現在に意識を。今はアクジキにかばんさんが食べられようとしている。助け、なくては_____。今、理解した。ボクは、力を、得たんだ。


「『ああああああ!!!かばんさんから離れろおおおおおおおおおおおおお!!!!」』


膝に手を付けて耐えないと身体が持たない。極度の集中と緊張により、とめどなく汗が湧いてくる。失敗すれば、明日はない。セルリウムに意識を持っていかれても、ここでアクジキに負けても。ボクは、負けてばかりだ。ボクは________



_____ここで勝たなくてはいけない!!!!


『グッ!!ウッ!!コレハ流石二予想外ッ!!コレガ確カ、黒王ノ.......!!』


アクジキは飛び上がって、先程とは比べ物にならない大きさの黄金色のセル触翼を広げた。


『オ願イッ!!コレデ沈ンデッ!!』


______来る。再び。黄金色のセルリウムの弾丸が。ああっ。アアアあアっ。とぶ。記憶がっ。意識がっ。セルリウムのせいで。に飛ぶ______!!!!


弾丸は、目の前数センチに既に向かっていた。これでは避けることは叶わない!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『.....沈ンダ.....。デモ、頭ヲ吹キ飛バシテシマッタ!!マズイ!!ソンナ!!頭部ハ複雑デセルリウム人体変換モ使エナイ!!コレデハコノパークガ......!!』


少年は十年前この地に再現されて産まれたが、その生をここに終えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『沈ンダ......。直前デ咄嗟二、頭ヲセルリウムデ保護シタノカ。気絶シテル......。トリアえず、この子の覚醒という目的は果たせた......」


その表情は、再び何も出来なかった自分を責めているようだった。この先も彼は、その意識に苦しめられることになる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『沈マナイ......ソンナ......!!全テ弾クナンテ......!!』


少年は、数十秒後の無数にある未来の一つに意識を飛ばした。外から見ていると、彼が弾丸を全て触腕で弾き飛ばしているだけのように見えた。


「『アクジキいいいいい.......!!!!」』


『分カッタ!!私ハ手ヲ引ク!!私ノコノ言葉ガ分カル!?自我ハ保テテル!?"カバン"ノ事ハ謝ル!!申シ訳無カッタ!!』


少年の身体が露骨にびくんと揺れた。


『「それは......本当.......?」


内心ホッとした表情でアクジキは語る。


『ソモソモ、コノママ続けても私達にメリットはない。元々はキミの覚醒が目的だった。」


「はあ....はあ......覚......醒......?この.....力の......?」


「本当はインビジブルを見えるようになって倒して欲しかったけど......無理そうだったから、かなり強めに挑発した。許して欲しい。かばんや皆を食べるつもりはない。そもそも私はフレンズを食べた事なんてない。」


アクジキはセルリウムの装備を解いた。この言葉に嘘も偽りも無かった。


「はぁッ.....はあっ.....信じる、君のことを信じるよ......。本当に、その言葉が真実であることを願うよ.......。」


「あ、ああ!うん。」


倒れかける。


「君は.....かばんさんを名前で呼んだ......だから.........信じさせて.........欲しいな..........」


ドサリ、と少年は意識を手放した。美しい日の出の光が、ジャパリ夜市を照らしていた。



四話に続く。



























































































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